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沈黙の宇宙と忘れられた海  作者: 霧島真宙


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18/18

第18話 暖かい手

地球から遠く離れたアステロイドベルト。

そこに暮らす俺たちにとって、宇宙は冒険の舞台ではなく、ただの職場だった。

そんなある日、六十年間ほとんど変化のなかった俺たちの生活に、地球から一人の監査官がやってきた。

彼女の名前は、アレナ・イエリク。

なぜ彼女は、わざわざここまでやって来たのか。

そして、彼女が調査するという「旧坑道」には、いったい何があるのか。

静かな日常が、少しずつ動き始める。

ゆっくりと回転しながら、小惑星から離脱を始めていく。

視界がゆっくりと反転し、星空のかわりに岩肌が見える。


その中で、ザイルを必死に手繰り寄せるペドロの姿が見えた。

「ユイト、危ない。この手をつかんで!」

ヘッドセット越しにアレナの声が響く。

そして――アレナが手を伸ばしていた。

小さな身体で、必死にこちらへ腕を伸ばしている。

反射的に、俺はその手をつかんだ。


その瞬間、グローブ越しにもわかるほどの“温かさ”が伝わってきた。

宇宙服の分厚い素材を通しているはずなのに、

確かに、アレナの体温がそこにあった。


……


「ルー、危ないぞ。この手をつかんで。」

思わず、俺はルーの手をつかんでいた。

柔らかく、そして驚くほど温かい右手だった。

このまま放っておけば、壁に衝突するところだった。

無重力に慣れていないルーの動きは、どこか危なっかしい。


「しばらく重力制御室で過ごしていたからかしら。」

ケラケラと笑う。

まったく、こいつは子供っぽいのか大人っぽいのか、よくわからない。

「また、あそこに向かうのか?」

「だって、今いちばんきれいに見えるんでしょ?」

そう言いながら、ルーは俺の手に絡みついてくる。

「ルーの髪の毛の匂いってなんかいい香りするよな。おっと、そんなにくっつくなよ。移動しにくいっての。」

「あら、だって危ないんでしょ?」

さらに身体を寄せてきて、いたずらっぽく笑う。


「こんなかわいい子にくっつかれたら、もっと嬉しい顔しなさいよ。」

また、ケラケラと笑った。

向かった先は、コロニー9の展望休憩室だった。

そこからは、地球が一望できる。


太陽は俺たちの真後ろにある。

だから、視界の中央には――

真円の、青い地球。

光に縁取られた、完璧な丸。


無重力の中でふわりと漂うルーの横顔と、

その向こうに浮かぶ青い球体が、

まるで同じ光の中にあるように見えた。

「やっぱり、本物の迫力はすごい。現場で見なければだめね。」

「現場って……モルガン先生みたいな言い方だな。」

「だって、私はモルガン先生の弟子だもん。」


ルーは当然のように言う。

「ユイトって、何番目の弟子?」

「たしか、俺が二年前に研究室に行ったとき……四人目って言ってたかな。」


「私はね、モルガン先生とは五年前に、ハワイでパパが引き合わせてくれたの。

ほんと、すごい尊敬してて、こんな人になりたいって思って……それで宇宙に来たの。」


青い地球の光が、ルーの瞳に反射して揺れていた。

先生は、たしか何年か前に地球に招待されたと言っていた。

そのときに知り合ったということか。


「だから、私の方が先輩弟子なわけ。私が四番で、ユイトが五番ね。」

「俺は別に五番目でも構わないが……そのせいで、今、俺は迷惑しているってことだな。」

「まあ、そういうことかもしれないわね。」

また、ケラケラ笑う。


「モルガン先生をもう一度地球に呼ぶときには、あんたもついでに荷物持ちで呼んであげてもいいわよ。」

そう言って、ルーはチラッと向こうを見た。

「あ、“はばかり”か。ごゆっくりー。」

「失礼ね、おしっこよ、おしっこ!」


何を言っても嫌味にもいやらしくも聞こえない。


天に愛されているとは、こういう子のことを言うのだろう。

「それと、あんたの論文、ひどかったからね。少し直しておいたわよ。

ありがたく思いなさい。」

「おい、ちょっと待てよ。どういうことだよ。」

「失礼ね、トイレにまでついてくるつもり?」


……


オレは再び、アレナによって小惑星に戻ってきた。

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