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少女ヘラと三人の同盟

地面に散らばった、わずかな光る菌類を拾い集める少女ヘラ。その孤独な姿に、ニコはいてもたってもいられなくなった。彼はカイと目配せをし、カイがわずかに頷くのを確認すると、そっとヘラに近づいた。


「…手伝おうか?」


ニコの声に、ヘラはびくりと顔を上げた。その目には、B4Fでニコ自身が常に浮かべていたのと同じ、深い警戒心と不信感が宿っている。彼女はニコの姿と、少し離れた場所で様子を見守るカイの姿を交互に見て、さらに身をこわばらせた。


「…誰? あんたたち、ここの人間じゃないね?」ヘラの声は低く、棘がある。


「俺はニコ。こっちはカイだ」ニコは正直に名乗った。「数日前に、ここに来たばかりなんだ。だから、まだ何も分からなくて…」


「ふん、新入りね」ヘラは鼻を鳴らした。「なら、余計なことに関わらない方が身のためよ。私みたいになりたくなかったらね」

彼女はそう言うと、再び菌類を拾う作業に戻ろうとした。だが、ニコは諦めなかった。


「さっきの監督官、酷いじゃないか。あんな言い方ないだろ」


その言葉に、ヘラの手が止まった。彼女はゆっくりと顔を上げ、ニコの目をじっと見つめた。その目には、怒りと、そしてほんの少しの、理解を求めるような色が揺らいで見えた。

「…同情のつもり? よそ者が。ここの厳しさを何も知らないくせに」


「厳しさは知ってるつもりだ。俺たちがどこから来たか、あんたには想像もつかないだろうけど」ニコは言い返した。「ただ、あんたの目が…諦めてないように見えたから」


そこへ、カイが静かに近づいてきた。彼は威圧しないように、少し距離を置いて言った。

「嬢ちゃん、その菌床…土壌の栄養バランスが悪いんじゃないか? 菌糸の伸びが明らかに鈍い。それに、隣の区画からの汚染水の流れ込みもあるようだ。これでは、いくら手入れしても十分な収穫は難しいだろう」


カイの的確な指摘に、ヘラは驚いたように目を見開いた。彼女はカイの、農夫ではないが経験と知識を感じさせる佇まいを見た。

「…あんた、何者なの? 農夫じゃないだろ」


「カイだ。以前は…少し機械をいじっていた」カイは曖昧に答えた。「だが、土や水の流れを見るのは、機械の構造を理解するのと似ている部分もある」


ヘラはまだ疑いの目を向けていたが、少なくとも敵意だけではない、複雑な感情がその目に浮かんでいた。彼女はため息をつき、拾い集めた菌類が入った、半分も満たない籠を示した。「見ての通りよ。ここは元々、他の農夫が放棄した痩せた区画なの。監督官に押し付けられた。肥料だって満足にもらえない。いくら頑張っても、ノルマなんて…」


彼女の声が震えた。「今月も未達なら、区画は没収。私は…下、B4Fに送られる」

B4F。その言葉の響きに、ニコもカイも息を呑んだ。彼女の恐怖は、想像を絶するものだろう。


「B4Fは…地獄だ」ニコが、実感を込めて言った。

ヘラは驚いてニコを見た。「あんた…まさか…?」


「ああ。俺たちは、そこから来た」カイが静かに肯定した。「そして、俺たちは、さらに上へ行こうとしている」


ヘラの顔から血の気が引いた。B4Fから来た? そして、さらに上へ? 信じられないという表情と、同時に、目の前の二人が、ただの通りすがりの人間ではないことを理解したようだった。


「上…B2Fへ?」ヘラがかすれた声で尋ねた。


「そうだ。だが、見ての通り、あの関門は厳重だ」カイはB2Fへと続くゲートを顎で示した。「我々だけでは、突破するのは難しい。そこで、だ」カイはヘラに向き直った。「君もここから抜け出したいのだろう? B4Fに送られる前に。我々も上へ行きたい。もしかしたら、協力できることがあるかもしれない。君はこの階層のことに詳しいはずだ」


ヘラは、突然の提案に戸惑い、警戒心を露わにした。「協力…? あんたたちみたいな、素性の知れない連中と?」


「俺たちだって、あんたを信用できるか分からない」ニコも言った。「でも、目的は同じはずだ。ここから抜け出すこと。このままじゃ、あんたはB4F行き、俺たちもここで捕まるか、飢え死にするかだ。協力すれば、あるいは道が開けるかもしれない」


ヘラは唇を噛み、激しく葛藤しているようだった。見ず知らずの、しかもB4Fから来たという怪しげな二人組。彼らを信じるのは、あまりにも危険な賭けだ。だが、このままここにいても、待っているのは絶望だけだ。彼女は、自分の足元にある、わずかな菌類と、遠くに見えるB2Fへのゲートとを交互に見た。


「…もし、協力して、B2Fへ行けたとして…あんたたちは、その先どうするつもりなの?」ヘラが尋ねた。


「それは、その時に考える」カイが答えた。「まずは、目の前の壁を越えることだ」


ヘラは、長い沈黙の後、意を決したように顔を上げた。その目には、恐怖よりも、現状を打破したいという強い意志が宿っていた。「…わかったわ。信じるしかないみたいね。協力しましょう。私にできることがあるなら、力を貸す。その代わり、必ず、私をここから連れ出して」


こうして、ニコとカイ、そしてヘラの間に、奇妙な、そして脆い三人の同盟が結ばれた。彼らの当面の目標は、B2Fへのゲートを突破すること。


その日から、三人は協力して、B2Fゲートの監視と情報収集を始めた。ヘラはこの階層の地理、人の流れ、そして噂話に詳しかった。監督官たちの性格や、警備兵たちの交代時間、他の農夫たちの間で囁かれている、過去に上層へ抜けようとして失敗した者たちの話など、彼女の情報は貴重だった。

カイは、その鋭い観察眼と分析力で、警備システムのパターンや、ゲートの構造的な弱点もしあればだがを探った。彼は、警備兵の装備や、ゲートで使われている認証システムの種類などを推測し、対策を練ろうとした。

ニコは、B4Fで培った、気配を殺して対象を長時間監視する能力や、人のわずかな表情や仕草から本心や弱点を見抜く洞察力を活かした。彼は、警備兵たちの個人的な癖や、彼らが何に興味を示し、何に苛立っているのかを注意深く観察した。


三人は、それぞれの知識と経験を持ち寄り、議論を重ねた。

「警備兵は二人組で、八時間交代ね。特に、夜勤明けの早朝は少し気が緩んでいるように見えるわ」とヘラが報告する。

「ゲートの認証はおそらくIDカードと、指紋か虹彩の生体認証の組み合わせだろう。物理的な破壊は難しい。電子的な干渉…EMPが効くかどうか」とカイが分析する。

「あいつら…」ニコが、警備兵たちを観察しながら呟いた。「腹を空かせているように見える。特に、時々B2Fから運ばれてくる、いい匂いのする荷物…肉か何からしいが、それを見る時の目が違う」


三人は、互いの情報を突き合わせ、突破口を探る。それは、暗闇の中で手探りで鍵穴を探すような、根気のいる作業だった。だが、一人では見つけられなかったであろう可能性が、三人が協力することで、少しずつ見え始めてきているような気がした。彼らの間に、まだ完全とは言えないまでも、共通の目的に向かう仲間意識が芽生え始めていた。

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