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情報統括部への潜入

ガラス張りの部屋――「情報統括部」。その中で垣間見た、青い空と緑の大地の映像、そして「ベイエリア連合」という謎の言葉。ニコの直感が、ここがこの地下世界の巨大な欺瞞の核心に繋がる場所だと告げていた。だが、問題はどうやって内部に入るかだ。


彼は、再び物陰に身を潜め、情報統括部の周辺を執拗に観察し続けた。部屋の入り口は、分厚い強化ガラス(あるいは透明な特殊素材)でできており、カードリーダーと、指紋認証に加えて虹彩認証まで備えているように見える、最高レベルのセキュリティが施されていた。常時、部屋の内側と外側から、警備兵ではないが、明らかに権限を持っていそうな職員たちの視線が行き交っている。ここを力ずくで突破するのは不可能だ。


(どこかに、隙はないのか…?)


ニコは、壁、天井、床、そして隣接する部屋との接続部分などを、注意深く観察した。換気口はあるが、どれも人が通れる大きさではない。天井のパネルは頑丈で、外せるようには見えない。彼はカイのデータチップにあった古い構造図を再度確認したが、この「情報統括部」自体が、比較的新しい時代に、既存の構造の中に埋め込むようにして作られた区画である可能性が高く、古い図面には詳細が記されていなかった。


彼は、職員たちの出入りパターンにも注目した。彼らは皆、一様に冷静で、無駄のない動きをしている。認証エラーを起こしたり、ドアを開けっ放しにしたりするような、初歩的なミスを期待するのは難しそうだ。清掃ロボットは定期的に部屋の前を通るが、内部に入ることはない。物資の搬入なども、裏手の専用搬入口から行われているようで、ニコが潜む通路側からはうかがい知れない。


数時間が経過し、ニコの焦りは募っていった。時間だけが過ぎていく。ヘラは、そしてカイは、どうしているだろうか。いや、今は目の前の壁に集中しなければならない。


(何か、何か方法があるはずだ…どんなシステムにも、完璧はない…カイもそう言っていた…)


彼は、思考を切り替えた。正面からの突破や、物理的な潜入が難しいなら、何か技術的な弱点はないか? 彼は、部屋の入り口周辺を、さらに仔細に観察した。すると、認証システムのパネルのすぐ脇に、小さな、普段はカバーで隠されているであろう、メンテナンス用の診断ポートがあることに気づいた。おそらく、システムのチェックや、緊急時の手動オーバーライドなどに使うものだろう。通常は厳重にロックされているはずだが…。


(あれを使えないか…?)


ニコは、カイから託された道具のことを思い出した。EMP装置と、ピッキングツール。EMPで一時的に認証システムや監視カメラを麻痺させ、その隙に、ピッキングツール(あるいは、奪った携帯端末にカイが何か仕込んでくれていた、簡単なハッキングツールのようなもの)を使って、あの診断ポートにアクセスできれば…あるいは、内部システムに干渉できるかもしれない。あるいは、システムエラーを誘発させて、内部から誰かが確認に出てくるかもしれない。どちらにせよ、危険な賭けだ。だが、他に有効な手段が思いつかなかった。


彼は、フロアの人の流れが少なくなるタイミング…おそらく、B1Fにおける「深夜」にあたるであろう時間帯…を待つことにした。それまで、彼は体力を温存し、計画のシミュレーションを頭の中で繰り返した。


そして、ついにその時が来た。通路は静まり返り、情報統括部のガラス張りの部屋の中にも、残っている職員の数はわずかになっていた。


ニコは、診断ポートに最も近い物陰まで移動し、深呼吸をした。失敗は許されない。彼は、EMP装置を取り出し、認証パネルと、その周辺にあると思われるセンサー類に向けて、スイッチを入れた!


ブゥン、という低い音。照明が激しく明滅し、認証パネルのランプが異常な点滅を始める。ガラス張りの部屋の中から、驚いたような声がかすかに聞こえた気がした。監視カメラも、おそらく数秒間は機能を停止しているはずだ。


ニコは、EMPの効果が切れる前に、診断ポートのカバーを素早くこじ開け、ピッキングツールセットの中から、カイが「あるいは、こういう時に役立つかもしれん」と言って加えてくれていた、特殊な形状のコネクタを取り出し、ポートに接続した。そのまま、奪った携帯端末(これもカイが何か改造していたのかもしれない)に繋ぐ。画面に、意味不明な文字列が高速で流れ始めた!


(頼む…!)


ニコが祈るような気持ちで見守っていると、突然、認証システムのパネルから、甲高いエラー音が鳴り響いた! 同時に、情報統括部の内部で、何人かの職員が慌ただしく動き出すのが見えた。


「システムエラー? またか、このポンコツが!」

「おい、手動でロックを解除して、外部を確認しろ!」


計画通り! エラーを誘発させることに成功したのだ。ニコは素早く端末とコネクタを引き抜き、物陰に身を潜めた。


ガコン、という重い音と共に、情報統括部の分厚いガラス扉のロックが手動で解除され、内側から職員の一人が、怪訝な顔で扉を少しだけ開けて、通路の様子をうかがった。


(今だ!)


ニコは、そのわずかな隙間を見逃さなかった。彼は、息を殺し、床を滑るようにして、開かれた扉の隙間へと飛び込んだ! 職員が「なっ!?」と驚きの声を上げるのと、ニコが部屋の中に転がり込むのは、ほぼ同時だった。職員が慌てて扉を閉めようとするが、もう遅い。ニコは既に内部に侵入していた。


「侵入者だ! 誰か!」


職員が叫ぶ! 部屋の中に残っていた他の職員たちも、一斉にニコに気づき、騒然となる!


(まずい!)


ニコは、咄嗟に近くにあったサーバーラックの影へと飛び込んだ。部屋の中には、警報音が鳴り響き始めている!


だが、彼はもう内部にいるのだ。彼は、サーバーラックの隙間から、部屋の中央付近にある、一際大きなメインコンソールのようなものに視線を向けた。あのモニターで、地上の映像が流れていた場所だ。あそこにたどり着きさえすれば…!


彼は、混乱の中、職員たちの動きの死角を突き、部屋の中を移動しようとした。だが、すぐに別の職員に見つかり、行く手を阻まれる!


「待て! どこへ行く気だ!」


職員は、武器は持っていないようだが、ニコよりはるかに大柄だ。ニコは、腰のナイフに手をかけようとした、その時だった。


突然、部屋全体の照明が落ち、完全な暗闇になった! 同時に、鳴り響いていた警報音も、サーバーの駆動音も、全てが停止した。予備電源すら落ちたのか?


(何が起きたんだ…?)


ニコも、職員たちも、完全な闇と静寂の中で、呆然となった。これは、EMPの影響ではない。もっと大規模な、システムダウン?


いや、違う。ニコは気づいた。これは、おそらく――カイだ。


カイが、B2Fのどこかで、この中央管理局の電力供給か、あるいは情報システムそのものに、何かを仕掛けたのだ。ニコが潜入するこのタイミングを狙って。彼は別れた後も、自分を支援してくれていたのだ!


(カイ…!)


胸が熱くなるのを感じながらも、ニコはすぐに思考を切り替えた。これは、絶好のチャンスだ! 暗闇と混乱に乗じて、あのメインコンソールへ!


彼は、手探りで、記憶していたメインコンソールの方向へと向かった。周囲では、職員たちの怒鳴り声や、懐中電灯の光が乱れ飛んでいる。だが、完全な暗闇は、ニコにとって有利だった。


そして、彼はついに、目的のコンソールにたどり着いた! 予備電源すら落ちているのか、メインスクリーンは暗いままだ。だが、手元のサブパネルか何かに、わずかにバッテリーが残っているかもしれない。彼は、手探りでパネルを操作し、そして、かすかな起動音と共に、小さなサブスクリーンに光が灯るのを見つけた!


彼は、急いでデータチップを接続し、震える指でファイルを探し始めた。警報は止まっているが、いつシステムが復旧するか分からない。時間は限られている。彼は、「ベイエリア連合」「地上通信」「特殊環境記録」といったキーワードを頼りに、目的のデータを探す。


そして、ついに、彼はそれを見つけた。厳重にプロテクトされたフォルダ。だが、カイがデータチップに仕込んでくれていたのだろうか、あるいはシステムダウンの影響か、パスワードを要求されることなく、フォルダは開いた!


中には、ニコが探し求めていた全てがあった。地上コミュニティとの定時連絡の記録。物資交換の交渉ログ。そして、何よりも衝撃的だったのは、「サンクチュアリ計画維持に関する最高評議会決定記録」というファイルだった。そこには、七十年以上前に、地上がある程度生存可能になった後も、支配者層が意図的にその情報を隠蔽し、地下世界の住民を管理し続けることを決定した、冷徹な議事録が記されていたのだ。


(やっぱり…嘘だったんだ…! 全部!)


ニコは、怒りと、裏切りへの絶望に、全身が震えるのを感じた。彼は、急いでこれらの決定的な証拠となるファイルを、自身のデータチップへとコピーし始めた。その時、遠くで、電力システムが復旧し始めるような、低い唸り音が聞こえ始めていた…。

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