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血路の果て、決断と二人の旅立ち

ケン隊長が、制御室のドアに認証カードをかざす。金属製の扉が、わずかに内側へと開き始めた、まさにその瞬間。


「今だ!」カイが叫び、EMP装置のスイッチを入れた!

ブゥン、という低い唸り音と共に、周囲の空間が歪んだように感じられた。照明が一斉に激しく明滅し、ゲート上部の監視カメラの赤いランプが消え、近くの表示パネルは意味不明な文字の羅列を映し出す。警備兵たちの通信機器にも、激しいノイズが走っているはずだ。ほんの十数秒。だが、それが彼らに与えられた全てだった。


EMPの発動と同時に、ニコが配電盤の影から弾丸のように飛び出した! ケン隊長が異変に気づき、振り向きかけた瞬間、ニコは渾身の力を込めて、腰の鉄パイプを隊長の腕、あるいは肩口めがけて叩きつけた!


「ぐっ…!?」

鈍い衝撃音。ケン隊長は呻き声を上げ、よろめいた。だが、彼は倒れない。即座に体勢を立て直し、猛禽のような鋭い目でニコを捉えた。

「貴様っ!」


ケン隊長が反撃に移ろうとした瞬間、カイが動いた。彼は、ニコとは反対側から、ケン隊長の体に組み付き、その動きを封じ込めようとする。だが、ケン隊長の力はカイの予想以上だった。彼はカイを振りほどきながら、腰のホルスターに手を伸ばそうとする!


「させん!」ニコが再び鉄パイプを振るう!


その時、通路の奥から複数の足音が聞こえた! ヘラが顔色を変える!

「誰か来る! 早く!」

ヘラは絶叫し、近くにあった金属製の台車か何かを、通路の中央めがけて力任せに突き飛ばした! ガラガラガッシャーン!というけたたましい音が響き渡り、近づいてくる足音をわずかに躊躇させる。


その一瞬の隙が、命運を分けた。カイがケン隊長の足元を払い、ニコが体当たりするようにして体勢を崩す。そして、もつれ合う中で、ニコの手が、ケン隊長の腰のホルスターから滑り落ちかけていた拳銃を掴んだ!


冷たく、重い、死の感触。ニコは、B4Fで生き延びるために叩き込まれた本能に従い、ほとんど無意識に、それをケン隊長に向けた。ケン隊長の目が、驚愕に見開かれる。


バン!


B2Fの通路に、二度目の乾いた銃声が響いた。今度は、EMPの影響下ではなく、その音はより大きく、絶望的に響き渡ったように感じられた。


ケン隊長の体が、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。胸から流れ出す血が、急速に床に広がっていく。その目は、もはや何も映してはいなかった。


「……はぁ…はぁ…」ニコの手の中で、拳銃がまだ微かに震えている。人を殺めた。その事実が、彼の全身を打ちのめす。ヘラは壁に背をつけ、口を押さえて震えている。


「…急げ! 時間がない!」最初に我に返ったのは、やはりカイだった。彼はケン隊長の亡骸から認証カードをひったくると、制御室へと飛び込んだ。「ニコ、銃を! ヘラ、周囲を警戒しろ!」


カイは、震える指で制御室のコンソールを操作し始めた。認証カードをスキャンし、彼が持つ古い知識とデータチップの情報を総動員して、B1Fへのメインゲートのロック解除を試みる。いくつかのエラー表示の後、コンソールが緑色のランプを灯し、ゲートのロックが解除されたことを示した!


「やったぞ!」


カイの声と同時に、ゴゴゴゴ…という地響きのような、重々しい音と共に、目の前の巨大な金属の扉が、ゆっくりと、しかし確実に開き始めた! その隙間から、B1Fの、静かで明るい、別世界のような光景が見え始める。


「早く!」カイが叫び、ニコとヘラを促した。「ゲートが開いたら、すぐに飛び込むんだ!」


ニコは拳銃を懐にしまい、ヘラの手を引いて、開かれていくゲートへと向かった。希望への扉。だが、それは同時に、血塗られた扉でもあった。


ゲートが、三人が通り抜けられるくらいまで開いた、その時。


「なあ」

カイの声が、二人を引き止めた。ニコとヘラが振り返ると、カイは制御室の入り口に立ち、しかし、ゲートへは向かおうとしていなかった。その顔には、やり遂げたという達成感と共に、深い苦悩と、そして決意の色が浮かんでいた。


「カイ…? 何してるんだ、早く!」ニコが叫んだ。


「俺は、ここまでだ」カイは、静かに、しかしはっきりと告げた。


「え…?」ニコもヘラも、言葉を失った。


「俺は、君たちと共にこの扉を開けるところまで、と決めていた」カイは続けた。「ケン隊長を…手に掛けることにも加担した。だが、これ以上は行けない。この扉の向こうは、俺の戦う場所ではない」


彼は、作業着の胸元にそっと触れた。「俺には、守るべきものが、このB2Fにある。娘がいるんだ。俺の技術は、あの子の未来のために、ここで使うべきなんだろう。血を流すやり方ではなく…別の方法で、この世界を変える道を、俺は探す」


「そんな…! 約束が違うじゃないか!」ニコは裏切られたような気持ちで叫んだ。「俺たちだけじゃ…!」


「君たちなら、大丈夫だ」カイの声には、不思議なほどの確信がこもっていた。「ニコ、君にはあのガイドブックが、そして強い意志がある。ヘラ、君には現実を見る目と、生き抜く強さがある。二人なら、きっと真実にたどり着ける」


カイは、最後に一つだけ付け加えた。「B1Fの連中は、おそらく外部…地上のコミュニティの存在を知っている。そして、それを隠している。その証拠を探せ。それが、全てをひっくり返す鍵になるかもしれん」


「カイ!」


ニコが何かを言いかける前に、カイは二人に背を向けた。「達者でな」

その一言を残し、彼は開いたゲートとは反対方向へ、B2Fの通路の闇の中へと、迷いなく歩み去っていった。その背中は、もう二度と振り返ることはなかった。


「……」

「…カイ…」


突然の別れに、ニコとヘラは呆然と立ち尽くした。だが、感傷に浸る時間はなかった。背後では、警告音が鳴り始め、ゲート周辺の照明が正常に戻りつつある。


「…行くぞ、ヘラ!」

ニコは、悲しみと怒りを振り払うように叫び、ヘラの手を強く引いた。二人は、開かれた巨大なゲートの隙間へと、転がり込むように飛び込んだ。


彼らが通り抜けた直後、背後で、B1Fへのゲートが、再び重々しい音を立てて、完全に閉じた。


……。


ニコとヘラは、B1Fの、磨き上げられた床の上に立っていた。

周囲は、信じられないほど静かで、清潔で、そして明るい。B2Fの喧騒も、B3Fの土の匂いも、B4Fの湿った闇も、ここにはない。まるで、別世界に迷い込んだかのようだ。


彼らは、ついに最後の壁を突破した。だが、その代償はあまりにも大きかった。ケン隊長の死。そして、カイとの別れ。彼らは、この未知なる最上階層に、二人きりで放り出されたのだ。


罪悪感、喪失感、そして、これから何が待ち受けているのかという、底知れない不安。だが、同時に、彼らの胸には、ここまでたどり着いたという、かすかな達成感と、そして、カイが最後に残した言葉…「真実を探せ」…という、新たな目的意識も芽生え始めていた。


二人は、互いの顔を見合わせた。その目には、同じ恐怖と、そして、共に乗り越えなければならないという、暗黙の決意が宿っていた。彼らの本当の戦いは、今、この偽りの楽園で始まろうとしていた。

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