不在伴奏.混乱
※ユーリ視点
その日、最後の診療所へと向かうシロを送り出して、ハークハイトと俺は城下の駐屯地へと来ていた。
領主城すぐ横にある駐屯地は、フェリジヤ領最大数の騎士が在籍している。領主城の警備はもちろん、貴族街への騎士の派遣などもこの駐屯地から行われる。
だが、前領主様の頃とは違い、ここに多くの騎士がいる理由はもう一つあった。
「おい、ルキシウス」
「なんだ、弟よ」
「なんだではない。お前のせいで、何人騎士を配置しても警護が足りん」
「私の警護など付けなければ良いだろう。だいたい、すぐに警護対象を見失うような連中、警護に当たらせるには力不足だろう。意味があるのか?」
「それは騎士団長に向かって言っているのか?」
「ファーガスはもう歳だ。あれの目を盗み逃げ出すことなど造作もない」
そう、領主城横の駐屯地に騎士が多く配備されている理由は、護衛と言う名目で逃げたルキ様を一秒でも早く捕まえ、執務室に戻らせて仕事をさせるためだ。
とは言え、昔からルキ様は逃げの達人な上、戦力もそこらの騎士じゃ全く持って歯が立たないレベル。
本人が言う様に、意味があるのか? と問われれば、それは疑問でしかない。
「どうでも良いが、そんなところに寝てないでさっさと仕事しろ」
「お前が代わりに片付けてくれるだろう。第一ここは私の執務室ではない」
「ならば城に帰れ」
「それは断る」
そして、仕事を放り出しては適当な場所に逃げ込み、誰かの邪魔をしては一日を終える。
結局、そのしわ寄せが基地にいるハークハイトへと来るわけだが、駐屯地にハークハイトが来てもそれは変わらない。
だが、ここにハークハイトが来る利点を一つ挙げるとすれば、ハークハイトが来ればルキ様が必ず顔を出しに来て、数時間はハークハイトの元であぁでもない、こうでもないと、どうでも良い話をして時間を過ごす。結果、ルキ様を捕まえるために日々奔走している騎士たちが、その日ばかりは護衛とは別の本来の任務に戻ることができるのだ。
「ところで、例の燃えない紙、王宮に献上しておいた。近いうちに王宮から召喚状が届くだろう。その時に、シロの薬も持って行こうかと思う。領主城の薬師たちにも評判だし、平民でも作れる分、彼らは作る手間が省けて大喜びだ。みな、歴史的発見だと興奮していた」
「いずれは必要なことだろうが、開発は領主城の薬師たちと言うことにしておいてくれ。彼女を矢面には出せん」
「わかっている。それより、次の王宮へ行く際には、お前も同行しろ」
「説明が面倒だからと押し付けて来るな。それは領主の仕事だ。第一、魔獣の氾濫が続いている今、領主と護衛の騎士団長が不在の際に私まで領地を空けることができないのは、ルキシウス、お前が一番わかっているだろう」
長椅子に横になり、ハークハイトの言葉につまらんなと頬を膨らませている姿は、本当に領主様なのだろうかと疑いたくなる姿だ。
「魔獣の氾濫に合成獣、全く厄介な事象だ。……厄介と言えば、王宮へ赴くのに迷霧の森についてもそろそろ新しい報告書を出す必要がある。適当に報告書を上げておいてくれ」
「新たに調査は行わなくて良いのか?」
「騎士団も今は人員を割けないだろう。調査は落ち着いたらで良い。それに、数千年もの間、解明できていない森をそう簡単に解明できるわけなかろう。王宮の連中は、時折持ち帰られる珍しい植物に興味があるだけで、深層部解明については期待していないだろうさ」
迷霧の森を調査しようと思えばそれなりの人員が必要になるし、場合によってはその多くが命を落とす危険性もある。
今は領地内が魔獣の氾濫やらで人手が足りないと言うこともあるが、どれだけ調査しても既にここ何十年と進展のない森の調査に、命をかけてまで人手を割く意味はないと、ルキ様は思っているのだろう。
ハークハイトもルキ様の意見には賛成の様で、適当な報告書を作ることについて、すぐさま了承の返事をした。
「それにしても今日は暇だな」
「暇なら仕事をしろ」
「私は身体を動かしたいのだ」
「ならば、ファーガス団長と手合わせでもして来い」
「繊細な私と馬力馬鹿のあれでは相性が悪い」
そうしてまた、うだうだごろごろとしながらルキ様とハークハイトの適当な会話が流れていく。
そして俺もまた、ハークハイトの護衛として、そんな兄弟のやりとりを見ながら不毛な時間を過ごし午前中が終わろうとしていた。
もう少しで昼だし、あと少しの我慢だと思っていると、ひらひらと伝蝶が部屋の中へと入って来た。
「至急、至急! 貴族街に合成獣の出現を確認。その数、三体! 至急、応援を頼む!」
伝蝶が伝えた巡回に出ていた騎士からの要請に、部屋の中に瞬時に緊張感が走った。
「三体って、まじかよ……。どうする、ハークハイト?」
「ユーリ、すぐに外のヤヤを呼べ。ルキシウス、三体相手は私だけでは手に余る。お前も出ろ」
「わかっている。鈍った身体を動かしに行くとしよう」
すぐさま応援要請のため外に出たハークハイトは、騎士たちへ指示を出していく。
緊急の要請に、訓練場にいたファーガス団長も出動するルキ様の元へと駆けつけた。
「ルキシウス、ファーガス団長は東の個体を、私とユーリは西の個体。それぞれ討伐完了次第、騎士たちを向かわせて時間稼ぎをする北側中央の個体に向かってくれ。ルキシウス、各地で起きているであろう魔獣の氾濫については魔狼たちを向かわせている。各貴族たちには身を守る様にだけ伝え、騎士以外は戦いに出ないよう要請してくれ」
「わかった」
必要なことだけを話し、すぐさま解散となった。
「ハークハイト、シロたちの方に連絡しなくて大丈夫か?」
俺は、合成獣討伐へ向かう道中、ヤヤの背に乗るハークハイトに声をかける。
「シロは合成獣に対して酷く怯えていたとザビウスから報告を受けてる。子どもがあれを怖がるのは当然だろうし、わざわざ連絡して心配をかける必要もないだろう」
「それもそうだな」
「それより、これまで単体でしか姿を現さなかった合成獣が、いきなり複数で出現とは何かいつもとは違う気がする。出現場所も偶然にしては綺麗に散りすぎている。いつも以上に気を引き締めて行くぞ」
いったい何が起きているのか、面倒なことにならなければ良いが、と思いながら俺はミーヤの手綱を強く握った。
合成獣の出現情報があった場所まで行くと、そこには異様な光景が広がっていた。
近隣に住んでいる貴族たちはすぐに避難をしたと思われ、人の気配はなく、静まり返った街に、動きを止めた合成獣がそこに立ち尽くしていた。
そして、これまでの合成獣とは明らかに違う、人間のそれと思われるものが継ぎ接ぎのなされた身体にくっついていた。
「ハークハイト、あれって……」
「人間の腕だろうな。これまでも様々な種類の魔獣の部位が取り付けられていたのだ、人間の部位があっても不思議ではない。だが……ついにその領域に足を踏み入れたかと思わなくもないな」
「猿の体に馬の頭と人間の腕、蛇の尾って、随分趣味が悪いな」
「これまで趣味が良かった個体が一度でもあったか?」
「ないな」
こうして、様子を見るために冗談を交えて話していても合成獣は動く気配を見せない。
「ヤヤ、ミーヤと共に少し離れていてくれ。問題はないが、万が一私たちに何かあれば基地まで走れ」
ハークハイトは、ヤヤにそう指示を出してミーヤと共に脇道に待機させた。
「ユーリ、万火の壁で目隠しを頼む。魔力を開放して一気に叩く」
「わかった。万火!」
ほとんどの住民の避難は終えているし、騎士たちも避難誘導と北の合成獣に向かわせている。けれど、ハークハイトのあの姿を見られるリスクは極力避けたい。俺は魔獣と俺たちとを囲むように火で壁を作った。これなら、火に囲まれたこの中は外からは見えないし、煙である程度高知から覗かれても恐らくよく見えないだろう。
火の壁が周囲にでき、十分に煙が上がったところで、ハークハイトはピコにもらった髪留めのカフスを取り、髪を解く。すると、さらさらと靡く髪が黒から白へ変わり、目の色も青へと変化した。
「ハークハイト!」
だが、変化したのはそれだけではなかった。
ハークハイトがカフスを外すと同時に、先ほどまでピクリとも動かなかった合成獣がこちらを見たのだ。




