63.領主城
診療所を閉めてレパレント商会に戻り、私たちはそのまま領主城へと向かった。
モリスも行くかと思ったけれど、領主城にはお父さんのイールがいるので、今日は残ってカスクと勉強会をすると、一緒に行くのを断って来た。
「もう少し知識がついて、薬草園の方々と深く話ができるようになってから同行させていただきます」
そう言っていたけれど、今は単純にイールと会うのが気まずいのだろう。
それでも、既に仲良くなったのか、薬室から持参した薬草の本をカスクと一緒に見ながらあぁでもない、こうでもないと話をしていたから、私としては今のモリスにはその方がいいのだろうと無理に一緒に行こうとは誘わなかった。
「薬草園楽しみー!」
「シロ、薬草園の前に、まずルキシウスに面会だ」
「なんで?」
「君に話があるらしい。相手はあんなのだが、一応領主だ。騎士団基地とは違い、周りの目もある。あまり崩れた態度はするな」
「ルキ様って言えば良いんでしょ?」
「それと、私たちのこともだ」
「ハークハイト様とユーリ様でしょ。大丈夫」
「本当に大丈夫なら良いんだがな……」
不安そうなハークハイトを余所に、見えて来た大きな城門に私はわくわくが止まらない。
魔狼に乗って現れた私たちに、一瞬ぎょっとした顔をした門兵たちは、ハークハイトの顔を見てすぐに門を開けた。
「来たか。弟たちよ」
門に入ると、すぐにルキシウスの姿があった。
そしてカオたちが、威嚇するわけでもなく私の前にぞろぞろと集まり壁を作った。
「領主自ら出迎えか?」
「少々外の空気を吸いにな」
「執務から逃げ出したの間違いだろう」
「朝から晩まで下らない書類にサインをするだけなら、私でなくても良いとは思わないか?」
「それがお前の仕事だ」
「兄に対してつれないな。どうやらそっちの魔狼たちも私を嫌っているようだし」
魔狼たちは決して威嚇や怒りを表に出したりはしていないものの、初対面での印象が悪すぎたのか、暗にそれ以上近づくなと言う視線をルキシウスに送っていた。
「まぁ良い。魔狼はしばらくあちらの区画で待たせておけ。城内で勝手にうろうろさせるな。シロ、中で君に話がある」
そう言って、ルキシウスは一人先に城の中へと入って行った。
私たちは指定された場所でカオたちを待たせ、城内へと向かった。
ハークハイトに連れられ、長い通路の先の大きな扉の中へ入ると、ルキシウスが椅子に座り頬杖をついていた。その横には、ファーガス団長が控えていた。
「よく来たな。ハークハイト、ユーリ、シロ、ザビ。人払いはしてある。お前たちには色々と言いたいことがあるが、まずはシロだ」
すっと向けられたルキシウスの何を考えているのかよくわからない視線に私は首を傾げた。
「シロ、君は先日城下で起きた魔獣の氾濫の際に平民を救うために、騎士団の薬を売れとファーガスを脅したそうだな」
「確かに、ファーガス団長に薬を売ってほしいと言ったけど、別に脅してない」
「目が赤くなったと聞いたぞ」
「それは、自分に腹が立って怒ってたから……。別にファーガス団長に怒ってたわけじゃないし、砕覇を使おうとしたわけじゃない」
「そうか。襲撃が起きてから、定期的に平民街で診療所を開き、平民を診ていると聞いたが?」
「それなりの重症患者もいて、経過観察が必要な人もいる。その日だけ見て後は放置なんてこと、私にはできない」
「言い分はそれだけか?」
「言い分?」
私に視線を向けていたルキシウスは、横にいるハークハイトへと目を向けた。
「ハークハイト、お前が許可したのか?」
「そうです」
短くそう答えたハークハイトにルキシウスはふっと鼻で笑った。
「シロ。本来、平民に薬師を派遣するかどうかを決めるのは、領主である私だ。今回の場合、魔獣の氾濫で被害は出たが、わざわざ薬師を派遣するほどではないと考えていた。それを君は、騎士団の薬師だと言う身分を利用して、怪我人の治療を行った」
「それの何がいけないの?」
「私にもメンツと言うものがある。領主の指示もなく勝手に動かれた上に、聞けば君が使う薬はとてもよく効くそうだな。貴族ですら手に入らない中毒を起こさない薬を安価で平民に使っているとなると、貴族たちが黙ってはいないのだ。その薬師は何者だ? とな。……そして、その疑惑の薬師が騎士団の薬師となればそれはもう立派な貴族に対する裏切りだ」
わかるか? とどこか冷たい目で言ってきたルキシウスの言葉に、この人はいったい何を言っているのだろう? と、そんな感想しか出てこなかった。
「あの日、レパレント商会のお店で魔獣の氾濫が起きていると聞いた時、お店には貴族の薬師の人もいた。私は、助けないの? って聞いたけど、その人は平民がどうなろうと関係ない、巻き込まれる前に帰るってどこかに行ったの。……目の前の患者を、見捨てて行った」
この前のイールも同じだ。必要ない、死んでもいい、貴族の中にはそう線引きしている命が一定数存在する。
「薬師を派遣しないと決めたルキ様も同じ……。あの人も、ルキ様も、救えるかもしれない命を捨てた。あなたたちが捨てたものを私がどうしようと、それは捨てた人には関係ない」
「ほう……。だが、君は対外的に見て今は騎士団の薬師だ」
「なら私を騎士団から追い出せばいい。そんな肩書きで人を救えなくなるなら、そんなもの要らない。薬師なんて名前が、貴族だけを救う人間を指すなら、そんな名前、私は要らない」
救えない命を前に手も足も出ないわけじゃないのに、ほんの少しの手助けで助かる命を捨てていく。それが貴族だと言うのなら、貴族なんて、大嫌いだ。
ふつふつとした感情が、静かに心の奥で揺らぐ。
「シロ」
不意に名前を呼ばれルキシウスと目が合うと、ルキシウスはトントンと軽く自分の目元を人差し指で叩いた。
それは、私の感情が昂ったせいで目が赤くなっていることを教えてくれたのだとわかり、私はぎゅっと目をつぶって顔を伏せた。
「相分かった。ハークハイト、お前も苦労するな」
「一番私に迷惑かけている人間からその様なお言葉を頂けるとは、恐悦です」
「嫌味が過ぎるぞ。で、シロ」
貴族とか薬師とか、世間的な謎の足枷に、ルキシウスのことまで嫌いになりそうになっていると、ルキシウスが私に話を戻した。
私は、感情を落ち着け、再度顔を上げた。
「私は、正直君が誰を助けようとどうでもいい。平民を助けることにとやかく言う気もない。だが、君が、騎士団の薬師が公に診療所などと言うものを開いて平民を治すことがまずいと言っている。ただでさえ忙しい公務の合間に、さして仕事もできない貴族連中から私にくだらない文句が来る。実に煩わしい」
「どう言う意味……?」
「私の言葉をどう取り、どう動くかは君が考えろ。私は、面倒な連中に煩わされなければそれでいい。平民が平民を治すのは勝手だし、私の知ったことではない」
前もってハークハイトから聞いているのか。この人はいったいどこまで知っているのだろう……?
「シロ、君の平民街での直接的な治療行為を禁ずる。良いな?」
「は、い……」
ルキシウスは回りくどい言い方をしたけど、平民街に行くなとも診察や治療そのものを禁止することもなかった。きっと、さっさとカスクを育てて私は卒業しろということだろう。
「君の身分については、あれこれ詮索されると私としても説明に困る。さっさと貴族の養子になっても良いと言うなら構わんが、元の場所へ帰りたいと思っているならあまり目立った真似はしてくれるな。それと、その目は見る者によっては酷く脅威に見えるし、今回の様に騎士団の団長を脅していたなどど言われかねない。気をつけなさい」
「わかった」
「言葉遣いについても、今後要勉強だな」
ルキシウスは肩をすくめ小さく笑った。
「話は変わるが、トグリルの件、礼を言う。私の思惑とは全く違う結末となったが、君のおかげでイールにも良い薬になった」
「良い薬?」
「あれは常に自分が正しいと、傲慢なところがある。仕事はできるが、人の気持ちに疎い。今までさんざん無神経に扱った息子に、急に捨てられ少なからずショックだったみたいでな」
穀潰しとか言ってたのにショックって、なんて自分勝手な……。
「モリスのことはもちろんだが、今回の件でイールの悪い病気も少しは良くなりそうだ。感謝する。特に心配はしていないが、モリスをしっかり育ててくれ」
こうして話が終わると、ハークハイトたちはまだルキシウスと話があると言って、私だけ使用人の様な人に案内され部屋を出された。
部屋を出てそのまま連れられるがままに城内を進むと、そこは綺麗な花々が広がる薬草園だった。
「やぁ、シロ。久しぶりだね」
「ガンフ!」
「先日はモリス様の件、力になってくれてありがとう。やっぱり君を推薦して良かった」
「力になれて良かった。詳しい病状や治療法をまとめたものはハークハイトに渡してあるから」
「わかった。後日見せてもらうとしよう。ところで、ルキ様とのお話はもう終わったのかい?」
「うん」
「なら、薬草園を案内しよう。こっちへおいで」
私はガンフに手を引かれ、待ちに待った花や草の香りが広がる領主城の薬草園に足を踏み入れた。




