62.モリスとカスク
その日、私たちは再び城下の診療所へと訪れていた。
平民街の診療所なので、モリスには騎士団で留守番をしてもらうつもりだったけれど、本人が行きたいと言って聞かないので連れてくることになった。平民街を騎士団の格好で動くと目立つということで、平民用の服に着替えた方が良いとレパルに言われたモリスは、一切抵抗することなく、むしろ率先して平民用のお世辞にも綺麗とは言えない服に着替えた。
着替えて行く気満々のモリスに、本当に大丈夫か? と心配するハークハイトの言葉は、
「僕はシロさんの弟子です。どんな場所でも、師の行く所には同行します。それに、多くの症例を見られるチャンスなのです。見識を広げるのに、本を読んでいただけでは決して経験できないものが現場にはあると思いませんか!?」
と言うモリスのキラキラした目にあっさりと否定された。
ここ数日で気付いたことは、モリスは対人関係では確かに一歩引いているところが多々あるけれど、知識に関しては、人一倍知識欲があり、知識を得るための努力は一切惜しまないと言うことだ。普通の貴族とは違って、彼にとっては身分がどうとかよりも知識欲が勝つのだろう。
「私たちはレパレント商会で今後のことで話をしているから、診察が終わったら戻ってきなさい。昼には領主城へ向かうのでそれまでには戻ってくるように」
「わかった。行ってくるね」
レパルと、薬の製法やらなんやらの件で話があるらしいハークハイトとユーリはレパレント商会に残り、モリスとザビ、魔狼たちと私は診療所へと向かった。
魔獣襲撃の際に、騎士団の薬を買うために製法を売ると話をしたけれど、魔素を抜く製法をハークハイトに話した後は全てどうするかハークハイトに丸投げしてしまった。ハークハイトならきっとうまくやってくれるだろう。
「今日カスク来るかな?」
結局、カスクに診療所を開くからよかったら見に来てと手紙は出したものの、返事はなかった。
元々急な手紙だったので、送ったところで返信は今日には間に合わないだろうと思っていたし、現地で待つしかない。
「カスクとは、誰か聞いてもいいかな?」
「そういや、モリスさんはカスクのこと知らなかったですね。カスクは……シロに憧れて薬師になりたい平民の勇気ある少年っすよ」
「平民で薬師か……。僕とは違う意味で、思い切った決断をしたんだね。こんな僕とも仲良くしてくれるだろうか?」
「大丈夫だと思いますけど……モリスさんは平民が薬師になるってことに嫌悪はないんですか?」
「嫌悪? 別にないよ。現状の薬師は貴族しかいないし、そのほとんどが貴族しか診ない。だとすれば、そのうち平民が平民を助けるために、薬師になると薬学の道を開拓し始めてもそれは、なんらおかしなことではないさ。歴史と言うのはそうやって切り開かれて来たものだろうし。それに、シロと出会ってしまったのなら、その道は必然だと僕は思うよ」
「モリスさんって変わってますよね……」
「そ、そうかな? 僕なんか変?」
「いや、俺はそういうモリスさん好きっすよ」
「あ、ありがとう……。というか、僕も魔獣の薬師になりたいと思っているあたり、平民の少年が薬師になりたいと思うのと大差ないんだよ」
ハークハイトやユーリとはまた違った価値観を持つモリスをザビはまじまじと見つめていた。
きっと、騎士団で貴族に囲まれている生活が長いザビにとっても、モリスという存在は新鮮なのだろう。
「診療所はこの先の道を曲がったところだよ」
レパレント商会から、のんびり三人で歩いて診療所へ辿り着くと、診療所の前に人影があった。
「シロさん!」
「カスク! 来てくれたんだね!」
「もちろんです。実際にシロさんに教えてもらえる機会はそうないですからね。スーロ様がシロさんによろしくと言っていました。それと、便箋の贈り物もありがとうございました。早く全部自力で手紙書けるように頑張ります」
「カスクからの手紙、楽しみにしてるね。セオンから遠いから、来られるか心配してたんだけど、どうやって来たの?」
「自警団の馬を借りました。スーロ様がいればセオンは安全ですから」
「どういうこと?」
「スーロ様が従えてる魔獣たちが、街の周りを見回ってくれているので街が魔獣に襲われたり、変な賊に荒らされることがなくなったんです。そのおかげで、自警団の馬は出動がなく、余ってる状態で……今や、スーロ様はセオンの守り神様ですよ」
僕ら兄妹も毎日お世話になりっぱなしで……と苦笑いするカスクの様子から察するに、スーロがカスクやユン可愛さに色々やっているのだろう。まるで、孫を溺愛するおじいちゃんの様だ。
「ところで、こちらの方は……」
「彼はモリス。この前騎士団に入って薬師見習いになったの。仲良くしてね」
「騎士団ってことは……え、この人貴族様なんですか!?」
驚いた理由を口には出さないものの、上から下まで舐めるようにモリスを見ているカスクの言いたいことはよくわかる。
「本人の希望なの」
「初めまして、僕はモリス。同じ道を志す者として、仲良くしてくれると嬉しい」
そう言って手を差し出したモリスに、カスクは戸惑いの表情を浮かべる。
「あのー……俺は薬師を目指してますが、平民ですよ?」
「君のことはザビから聞いたから知っている。平民であることが問題なのかい? ここ数日、騎士団でシロと過ごしてわかったことは、薬師になるのに魔力は全く必要ないということだ。他がどうかは知らないが、シロの弟子として、薬師見習いとして、君と僕に立場の差など関係ない」
「あなたがそう言うなら、俺は良いですけど……。後で不敬だとか言わないでくださいね」
「言わないよ。よろしく頼む、カスク」
「よ、よろしくお願いします……」
カスクはそれでもまだモリスを疑った様に見ていたけれど、二人は握手を交わした。
それから、準備とは名ばかりの、椅子を並べるだけの準備を終え、診療所の扉を開き、料金の書いた看板を出した。
「使徒様。おはようございます」
「おはよう」
診療所を開けると先日とは異なり、すぐに人が集まってきた。
街の人が一様に「使徒様」と口にするのをモリスとカスクが首を傾げどうして? と聞いてきたけど、説明も面倒だし弁解しても無駄な気がして気にしないでと苦笑いで流した。
レーナに新しく作ってもらった頭巾を被っても、やっぱり既に意味はない様だ。
「すみません、先日の怪我人ではないのですが、ちょっと子どもを見て欲しくて……」
今日はこんな感じの患者さんもちらほらいた。
期間限定の診療所だから、ずっと診られるわけじゃないけど、私はできる限り患者を診た。
「突発性の発疹だね。今日の夜辺りから二、三日は熱が出るかもしれないから、体温調節は十分に注意してあげて。それと、こまめな水分補給も忘れずに」
「ありがとうございます。使途様」
「シロさん、この場合薬は出さないんですか?」
「酷い場合にはもちろん出した方がいいけど、赤ちゃんや子どもは病気をして免疫が付くこともあるから、大丈夫そうなら本人の身体に任せて、様子を見る方がいいかな」
「なるほど……」
「シロ、薬を出すか出さないかの線引きはどうやって行うんだ?」
患者を診る度に、カスクとモリスから質問が飛んできて患者を前に説明しながら進めていく。
実際には私も人間の患者さんと言う意味では、初めて実物を目にする症例が多い。それでも、診察できるだけの知識が身に付いているのは、人間の数多の怪我や病気についてさんざんマオに叩きこまれているからだ。
あの時は人間のための知識が本当に必要になるのかどうかもわからなかったのに、いつかマオのために使えるかもとただ言われるがままに覚えていた。まさか、こんな形で役に立つとは思ってなかったな。
「シロ、もうそろそろ診療所を閉めて戻らないと主との約束の時間に遅れるぞ」
「そうだった……!」
色々と説明しながら患者さんを診ていたため、思ったより時間がかかってしまい私は急いで片付けを始めた。
「おい!」
診療所の中を片付け、表の扉に鍵をかけたところで、前回私のことをバケモノと呼んだあの男の子が乱暴に声をかけて来た。
その姿に、ザビがさっと私を庇う様に前に立つ。
「お前、誰だ?」
彼のことを知らないカスクが、怪訝な顔で彼に声をかける。
「手下なんてぞろぞろ連れやがって……!」
「手下? 俺たちは、ここにいる薬師のシロさんの弟子だ。その言い方はやめてくれ」
カスクの反論が癇に障ったのか、彼はキッとカスクを睨みつける。
「魔狼なんて引き連れてるやつが、薬師なわけねーだろ! 薬師のふりして患者を集めて、そこにいる魔狼の餌にでもするつもりなんだろ!」
「お前、何言ってんだ? シロさんがそんなことするわけないだろ。そう言うことは街の人間が一人でも消えてから言え。平民の怪我人をこんなに助けてくれる薬師は他にいない。そんな人に失礼なこと言うな」
「じゃぁ、なんで……!」
そこまで言うと、彼はくそっと言って走り去ってしまった。
「シロさん、なんですかあれ?」
「ごめん、カスクにもモリスにも説明しておくべきだったね」
近づかないように伝言を頼んだので、もう来ないだろうと思っていたけど、話しておくべきだったかも知れない。
私は、レパレント商会へ向かいながら、モリスとカスクに前回あったことの話をした。
「なんすか、それ? ただの八つ当たりじゃないですか」
「でも、良い気がしないのはわかるから、私も悪いかなって」
「シロさんが悪いことなんて一つもないじゃないですか」
「けれど、彼の心のケアは必要だと、僕は思うよ」
「モリスさんは、シロさんのことあんな風に言われてムカつかないんですか?」
「いや、それはそうだけど、彼はまだ子どもだし、彼なりに街の人を心配しての発言だろう? ちゃんと話をして向き合うべきかなって」
「モリスさんは甘いですよ。あぁ言うのは、とっ捕まえて一発殴ってやればいいんです」
「カスク、お願いだから暴力はやめてね」
今日は領主城へ行くのに、魔狼たちを連れて来たけど、次回からはやめた方が良さそうだ。馬の練習も進んできたことだし、今度は馬で来てみるのも良いかも知れない。
城下の診療所に行くのもあと一回か二回なので、申し訳ないけれど、彼にはあと少し我慢してもらおう。
そんなこんなを考えながら、私たちはレパレント商会に着いた。




