46.不調の原因
グストフの所へ戻ろうと歩いていると、私たちを探しているユーリを見つけた。
「ユーリ!」
「おー、いたいた。どこ行ってたんだよ」
「ちょっとね。それよりモリスの病気の原因わかったかもしれない」
「マジかよ! この短時間で……って、シロ。お前手も膝もどころだらけじゃんか。本当にこの短時間で何してたんだよ」
「それより、グストフに聞きたいことがあるの!」
「それよりじゃない。先に綺麗にしてからな」
そう言うと、ユーリは水魔法と風魔法で汚れたところを綺麗にしてくれた。
「それとシロ、モリス殿のことはモリス様、グストフのことはグストフさんって呼べ。できれば俺のこともユーリ様、な。どこで誰に聞かれてるかわからないんだ、外でも呼び方は気をつけろ」
「そうだった」
恐らく特効薬などないモリスの病気をどう直すかに考えを巡らせていたせいで、名前の呼び方なんてすっかり忘れていた。
「ユーリ様、グストフさんはどこ……です?」
「どこですか」
「どこですか?」
「そう。鷹小屋の方見てくるって言ってたから、行ってみるか」
「うん」
「返事ははい、な」
「はーい」
グストフを探しに鷹小屋へ行くと、グストフが他の使用人たちと話をしていた。
「グストフさん」
「シロ様探していたのですよ。トグリル家の敷地は広いですから、迷子になっていなくて安心しました」
「ごめんなさい」
どうやら他の使用人たちにも私を探すように言っていたようだ。
「それにしても鷹がいっぱいだね」
「ここはトグリル家が所有している全ての鷹が飼育されている場所ですからね」
「あれは鷹じゃないよね?」
「あちらは鷲です。手前の小さい種は隼になります」
鷹ばかりなのかと思ったら、そうではないらしい。いずれにしても飼ってる種類からして全部狩り目的なのだろう。
長い年月を鷹と共生してきた一族なのだから、きっとここにいる鳥たちは皆トグリルの人間に愛されているのだろうけど、仕切られた空間に、好きに空を飛ぶ自由も許されず紐で繋がれ世界を決められている彼らを見ると、昔の自分を見ているようで少し嫌な気分になった。
「シロ様、ルークをお預かりします」
「うん……」
さっきまで自由に空を飛んでいたルークも、グストフの手に渡り狭い部屋へ戻されていく。
「シロ、どうした?」
「え?」
「いや、お前のことだからこんだけの鷹見たらもっとはしゃぐかと思ったんだけどさ」
「そ、そうかな? 昔、森で大きな鷲に攫われて空飛んだなーってちょっと怖かったこと思い出しただけ」
「マジか!」
嘘ではないけど、うっかり嘘をついてしまった。
「言いたいけど言えないことってあるよね……」
もしかしたら、モリスもそうなのかも知れない。特に、口も利いてくれない家族には。
「あのね、グストフさんに聞きたいことがあるの」
ルークを小屋に戻して戻って来たグストフの袖を引くと、グストフは視線を私の高さに合わせてくれた。
耳元でごにょごにょと、他の人には聞こえないように私の考えを話すと、グストフはとても驚いた顔をした。
「どうしてそれを……」
「やっぱりそうなんだね。じゃぁ、捨ててるのはグストフさん?」
私がそう言うと、グストフは場所を変えましょうと、鷹小屋から離れたところへと移動した。
「なぜ、わかったのですか?」
「ルークが教えてくれたの」
「ルークが……。そうですか。あの子は、モリス様が大好きですから、気付いていたのですね」
「シロ、どういうことだ?」
「ユーリ様には後でハークハイト様も来てから話すよ」
「わかった」
病気の原因がわかったところで、この原因を作った本当の原因を潰さないと意味がない。それには、後でハークハイトに私自身がモリスと話す機会を作ってもらわないといけない。
「モリス様の病気はそれが原因だと思う」
「そんな……!」
「実際の期間や、どれくらいの範囲なのか本人にきちんと確認する必要があるけど、間違いないと思う」
「ですが、体調が悪くなったのはあの件よりずっと後のことだとモリス様はおっしゃっておりました」
「生き物はね、身体に栄養を貯めておくことができるの。だからしばらくの間は問題なく生活ができる。二、三日食べなくても死にはしないのと同じ。だけど、症状は緩やかに進んでいくから、気付いた時にはモリス様みたいに重症になってることもある」
「では私は、モリス様の病気の原因に手を貸していたということですか……?」
「それは違うよ」
四十年もトグリルの家に勤めているのなら、きっとモリスが生まれてからずっとグストフは使用人として側で彼を見てきたのだろう。あの時見せた悲しそうな顔は、この家とモリスの性格故の出来事を色々と知っているからで、そして今回の件に手を貸していたのはきっと、彼が誰よりもモリスを心配してのことなのだろう。そこまで追い詰められていたモリスの心を守ってくれたのは、グストフの行動だと私は思う。
「きっとこの数年間、モリス様の心を守っていたのはグストフさんなんだよ」
「私が……?」
「もし、誰にも言えなかったなら、モリス様はもっと苦しんでいたと思う。身体だけじゃなくて、心まで壊していたかも知れない」
誰も助けてくれない、逃げ出せない、そんな中でいつ終わるとも知れない痛みや苦しみに独りで耐え続けるとどうなるのか、私は知ってる。
「でも、モリス様はまだ大丈夫。病気も絶対治る」
「本当ですか!?」
「うん。ルークとグストフさんのおかげ」
良かったね、と笑うとグストフは、緊張の糸が切れたように地面に膝をついた。
「あぁ、良かった……」
「グストフさん、大丈夫?」
「はい。ガンフ様にも原因はわからないと言われ、このままモリス様が助からなかったらと毎日心が落ち着かなかったものですから、少し気が抜けてしまいまして……」
「そうだよね。治療には時間がかかると思うから、一緒に頑張ろうね」
「シロ様は、ハークハイト様のお連れの方と思っておりましたが、本当の薬師様はシロ様だったのですね」
「え、いや、それは……」
バレた! とユーリを見ると、ユーリもやばい! みたいな顔をしている。
「ガンフ様がいらっしゃった際の帰り際、彼女なら何かわかるかもとおっしゃっていたことが腑に落ちました」
「あー、グストフ? この件、内密にしていただけると助かるのだが……」
「もちろんでございます、ユーリ様。差し出がましいお願いになりますが、できればこちらの件も、旦那様方にはご内密にしていただけないでしょうか」
「わかった。経緯等の真実は伏せ、適当な病名でハークハイトの処方した薬で回復したことにでもしよう」
「ありがとう存じます」
何となく密談がまとまったところで、そろそろ診察も終わるだろうと私たちは家の中へと戻った。
家に戻ると、ハークハイトの診察がさっき終わったと、モリスの部屋ではなく客間へ案内された。客間には、イールの姿はなくハークハイトが椅子に座っていた。
「戻ったか。診察の方では、やはり特にこれと言った所見はなかったぞ」
「病気の原因はもうわかったの」
「わかったのか? 患者も診ずに」
「ルークが教えてくれたの。原因はやっぱり栄養失調だったよ」
「栄養失調? 食事はきちんとしていると本人は言っていたぞ」
「それが、今回病気が分からなかった理由なの。本人はそう言ってても、実際はそうじゃなかった」
「嘘をついたと言うのか?」
「つきたくてついた嘘じゃない。言えなかったんだよ」
「言えなかった?」
「だから……ハークハイト、ルキ様が持ってた水の壁ができる魔法具持ってない?」
「そんな物何に使う?」
「聞かれたくない話って言うか、一応守秘義務って言うかさ……」
「守秘義務なんて言葉どこで覚えた?」
「マオが教えてくれたの。薬についての勉強と一緒に、薬師の守秘義務の必要性についても」
「マオは本当に君に変なことばかり教えているな……」
「あの魔法具、持ってるの? 持ってないの?」
「持っている」
はぁと相変わらずのため息をつきつつ、ハークハイトは魔法具を取り出し、顔だけを覆う小さな壁を展開した。
「なんで顔だけ?」
「人様の家でこんなものを展開しているとバレたら怪しまれるし、信頼関係にも影響が出る。あまり使われない方法だが、本来はこれで十分機能を果たせる魔法具なのだ」
「なんで使われない方法なの?」
「周囲から見た時に滑稽だからに決まっているだろう。それより、さっさと話しをしなさい」
顔の周りにだけ水の壁ができている状態を想像したら確かに早く終わらせたい気持ちに駆られた。
「病気の原因が食事だったとしても、それがお父さんやお兄さんに知られるのをモリスは避けたかったんだよ」
「なぜだ?」
「栄養失調の原因はここ数年、お肉とか卵とか、動物性の食事を避けて完全菜食になっていたから。で、その動物性のものが食べられなくなっちゃった原因は多分鷹狩りだと思う」
「鷹狩りが原因?」
「そう。実際には鷹狩りの何が原因か本人に聞いてみないとだけど、自分で捕った獲物を食べるとか、鷹狩りで家族に口も利いてもらえなくなったとか、その辺の何かがモリスの心を蝕んで、モリスは動物性のものが食べられなくなったんだよ」
「そんな人間がこの家に生まれるとは、数奇な運命だな。で、治るのか?」
「治すこと自体は難しくないよ。動物性のものを食べれば体調は回復していくと思う。問題は、動物性のものが食べられなくなってしまった心の病気を治せるかって方かも」
「心の病気か。何か策はあるのか?」
「ないよ。心の病気は、切り傷とか擦り傷みたいにそう簡単なものじゃないもん」
人間では経験がないけれど、魔獣の場合はひたすら寄り添って安全・安心を提供してあげるしか方法はなかった。
「ゆっくり焦らずにやっていくしかないよ」
私もあの時、そうやってマオに守ってもらった。




