不在伴奏.長い長い十日間(末日-前編)
「ハークハイト様、ユーリ様。ご無沙汰しております。納品が遅くなってしまい申し訳ございません」
ドルトディートの事件から九日が過ぎ、その日領地中から金環を集めたレパルが馬車を率いて湖へとやって来た。
「今回は急な頼みを言った。無理をさせたな」
「いえ、大恩あるハークハイト様のご依頼ならば喜んでお受けいたします」
途中様子を見に来たベルリナからハークハイトの見た目についても聞いていたのだろう、レパルはハークハイトを見ても驚いた表情を見せなかった。
「ベルリナから状況を聞き、誠に僭越ながら騎士団までお送りする馬車をご用意いたしました。複数の金環を付けて馬に乗るのはハークハイト様と言えども危険にございます。我々レパレント商会の馬車ならば、問題なく騎士団基地までお送りできるかと存じます」
「気が利くな。世話になる」
そう、金環を大量につければ動けなくなる問題をどう解決するか、どう帰るかが問題だったが、レパルの気遣いでそれもなくなった。
シロの薬を飲んでから、ハークハイトの世話を甲斐甲斐しくしていたヤヤなら、ハークハイトを乗せて帰れるだろうとは思ったが、そうなると今度は人目を避けて帰らなければならないので遠回りで時間がかかる。
馬車ならヤヤも乗って帰れるし、大店の商人の馬車ゆえに最短距離で関所を抜けるのも難しくない。
「この度、先にお送りした四点の金環に加え、十点の金環をご用意しました。念のため、生産業者に追加発注しておりますので、来週には追加もお届けできる予定です」
「さすがだな」
これで、ハークハイトが持っているシロ用の予備二点を加えて金環は計一六点になった。
これだけの金環を一度に必要となることはまずない。それでも、足りなかった時のことを考えて先回りする姿勢は一代で大商人まで登り詰めた男の手腕を覗かせる。
「少し確認する」
レパルから金環を受け取ったハークハイトが、金環を腕にはめていく。
三つ、四つ、とはめていくと、両腕に五つずつ金環をはめたところでハークハイトの容姿が元の黒髪黒目へと戻った。
「ハークハイト、髪も目も元に戻ったぞ! 植物も生えて来てない!」
「完全に抑えるのに全部で十個か。恐ろしい魔力量だな。そして動けん……」
膝をついたハークハイトの前にヤヤが滑り込みその体勢を支える。
「レパル、継続して必要になる可能性も考え、しばらく定期的に金環の発注を頼む」
「承知いたしました」
完全におさまっているならば、二、三日で金環がダメになる可能性はないが、今のハークハイトは人間の魔力量をとっくに超えている可能性もあるので一週間、一か月、どれほど持つかはわからない。
頼みの綱はこの金環と、シロが解決法を知っていてくれればという希望だけだ。
「これでようやく基地へ帰れるな」
「世話をかけたな、ユーリ」
「今更だろ」
「明日の早朝馬車を出し、最短ルートで行けば午後には基地までお送りできるかと存じます」
「では、今日は全員ここへ泊ってゆけ。こんなにも大勢の人間がこの湖に集まるのは何年振りかのぉ」
ようやく基地へと帰る算段が付き、全員がほっと胸をなでおろした。
「今宵は満月。せっかく黒の騎士の魔力があるのだ、花見酒と行こうかのぉ」
「老師?」
「この湖の周りの木は地の力が足りず、もう何年も花を咲かせていない。だが、お前さんの力があれば簡単に満開にできるだろう」
「では、私は商人らしく酒を仕入れて来るといたしましょう。ベルリナ、水や食材なら馬車に積んである。それを使って料理を頼む」
「はい」
「私も手伝う!」
「俺も運ぶの手伝います」
「お願いね、ユン、カスク」
スーロの言葉に、いったん解散となりハークハイトと俺は手持ち無沙汰となった。
ジャラジャラとつけた金環を外したハークハイトは、そのままヤヤに寄りかかっていた。
「どうした、体調悪いのか?」
「いや、気が抜けた」
そよそよと吹く風に白い髪を遊ばれながら、空を見上げるハークハイトはこの数年あまり見たことのない顔をしていた。
基地の外で、こんなにも警戒心を解いているハークハイトを俺は見たことがない。
「この緊急事態に、花見酒など……何をやっているんだろうな、私たちは」
その言葉とは裏腹に笑っている気がするのは俺の気のせいではないだろう。
「たまにはいいんじゃねーか?」
「魔獣と騎士と平民が同じ席に着くなど、常軌を逸している」
「ははは! 全部シロのおかげだな」
「あれは本当に不思議な存在だ」
「シロにとっちゃ、貴族も平民も関係ないし、人間も魔獣も同じだからな」
「全くだ」
「十日も留守にしたんだ、シロ泣いてるだろうな」
「誰のせいで帰れないと思っている。だが、ザビウスとカオがいればシロに危険が及ぶこともあるまい」
「そうだな」
「帰ったら、シロの未来についても考えなければならないな」
「シロの未来?」
「森に帰れないからと言って、いつまでも基地に閉じ込めておくわけにもいかないだろう」
「まぁな」
「あれに人間の常識を教えるのは骨が折れそうだ」
シロが来て、ハークハイトは確実に良い方向に変わっている。
最初はお互いに分かり合えない部分で振り回されることも多かったのかもしれないが、今は心を寄せあえる存在に変化しているように俺は思う。
その生い立ちのせいで他人を寄せ付けず、騎士団に引きこもっていたハークハイトが、シロと言う嵐のような存在に否応なく振り回され、他人との関りを持たざるを得なくなっている。
「次はどんな奇跡が起こるだろうな」
「願わくば平穏に生きたいものだ」
平和とは程遠いであろう未来を思い、俺たちはひとしきり笑った。
その夜、カスクとユンの父親とベルリナの旦那も合流し、湖畔で宴会が開かれることとなった。
「黒の騎士、そのまま進め。私がいれば沈んだりせんよ」
肩にとまるスーロに誘われ、ハークハイトは水面を歩き湖の中央まで進む。
「私の後に続けて唱えろ」
「はい」
「「夜の森歌 生命の灯 響け響け 雛鳥の鈴音 歌え歌え 豊穣の花」」
スーロに続きハークハイトが言葉を唱えると湖の中央から大きな魔法陣現れ、周囲の木々へとその魔力を伸ばしていった。
次々と魔力に満たされた木々は、満開の桃の花を咲かせた。
「すごいね、お兄ちゃん!」
「すげー……」
感嘆の声を漏らす子どもたちと、言葉を失う大人たち。
ここ数日、草や花を生やして採集していたというのに、まだ驚かさせられるのかという気分だった。
そして、湖の上に立つ、白い髪を靡かせるハークハイトの姿は人間と言う言葉にはおさまらない存在感を醸し出していた。
「これはもう、神の御業ですね……」
「本当にな」
俺の隣でそう呟くレパルの声に、俺は苦笑いを浮かべた。
これがいつでもどこでもできるようになったら、この世から農作物の不作はなくなり、世界がひっくり返る。
「だが、あれは今のハークハイトの魔力とスーロ殿の力があってはじめてできるもの、今日限りだと思って楽しんでくれ」
戻って来たハークハイトたちを迎え、大人組は手に酒を持ち乾杯した。
花を見て酒を飲むなんてこと、もっと年寄りにならなきゃわからない風情だと思っていたけれど、満月を背に風に揺れる桃の花は幻想的でいつまでも酒を片手に見ていられた。
酒も食事も進んだところで、カスクが薬師になりたいと父親に告げ、親子喧嘩になったり、ベルリナが突如妊娠を発表したことで旦那とレパルが泣きだすわで宴の席は大いに盛り上がった。
そして気付けば、湖の周りには花見をしに来た魔獣や魔動植物なんだか精霊なんだか良く分からない存在で溢れ返っていた。
周りを見渡してぎょっと目を見張った俺だったが、ハークハイトを除いた大人組や子どもたちは気付いていないのか気にした様子はなかった。
ここでもう一つ起きた誤算は、花見に来た魔獣や魔動植物が礼だと言わんばかりの草や花をハークハイトの元へ置いて行ったことだった。
翌日、明るい日の中でもらったものを確認すると、珍しい類の植物ばかりでシロがいたら大興奮だったに違いない。
「老師、ユーリ、少し話がある」
大いに盛り上がり、皆が寝静まった頃、ハークハイトはスーロと俺を人気のない場所まで呼び出した。
不在伴奏、お付き合いいただきありがとうございます!
最初は2話くらいの予定だったのに、気付けば全6話に…。
長い長い十日間、次回完結です!




