37.西の森
セオンを出て約半日、西の森に到着した私たちは西の森奥地を目指していた。
「やっぱりここは違うみたい……」
「だから言っただろう」
「自分で確かめたかったんだもん」
西の森に着いて、ここが私のいた森ではないことはすぐに分かった。
ジジ様の気配はなく、私の知った森の景色とは色々と違っていた。
「それよりシロ、ここから先はいつ奴らと遭遇してもおかしくはない。私とユーリで先を見てくる。君はザビウスとここで留守番だ」
ドルトディート……。
あの日のことを思い出すと今も身体が震える。
何事もなくみんなで帰れますように。私は、胸に下がるハクの魔石をぎゅっと服の上から握りしめた。
「それなら、ラスとシーラを連れてって。何かあっても二匹なら逃げられると思うから」
群れの中で、冷静沈着なラスと警戒心が強いシーラならどんな異変があってもきっと気付くだろう。
走りのトップスピードも群れの中では群を抜く二匹なら、ドルトディートと鉢合わせしてもすぐに逃げられる。
「わかった。少し借りるぞ」
「うん。ハークハイト、ちゃんと帰ってきてね」
「すぐ戻る」
ここで私が付いて行っても足手まといなことはわかってる。
私は、一緒に行きたい気持ちをこらえ大人しく森の奥地へと入って行くハークハイトとユーリを見送った。
留守番の間することもないので、木陰に座りながら気になったことをザビに聞くことにした。
「スレイプたちも連れて行かないんだね」
「こっから先は道なき道ってのもあるけど、ドルトディートのロシュは異常に気配に敏感なんだ。数人単位でも気付かれるから、ドルトディートを探すのはいつも主とユーリさんの二人でなんだ」
そう言えば、初めてあった時もハークハイトとユーリの二人きりだったことを思い出した。
「なんでか気付かれちまうんだよなー」
「ザビでも?」
「いや、俺は間接的にはあっても、直接奴らを偵察しに行ったことないんだ。ドルトディートにはロシュと後二人魔力持ちがいて、万が一見つかれば俺に勝ち目はないからな」
「その三人は貴族なの?」
「いや、正確には貴族だったが正しいな」
「貴族だった?」
「ロシュの家は、薬事に精通してる家柄だったんだけど二十年前にあったメテルキアの事件の煽りを受けて没落しちまってな。元々素行が良くないって噂はあったんだけど、気付いたら貴族の身分捨てて盗賊になってたって訳だ。後二人も似たような感じらしい。国も動いてはいるけど、フェリジヤに潜伏してるってんで、ここ最近は主が動いてるんだ」
「薬事ってことはロシュも薬に詳しいの?」
「どうかな。でも、両親はメテルキアの薬草園の研究員だったって話だから詳しくても不思議はないな」
ハクを殺せる程の毒を作れる人間は、それなりに植物や薬学に精通していないと無理だ。
ロシュ自身が作ったのなら、納得がいく。
「二十年前にあったメテルキアの事件って言うのは?」
「俺も生まれる前の話だから聞きかじった話だけど、メテルキアの宮廷薬師が国王暗殺未遂を起こして処刑されったって話だ」
「国王暗殺……」
「そっから共犯の疑いで領主夫妻も殺されるし薬草園は閉鎖になるしで大変だったらしい。薬草園に勤めていた人間はもちろんだけど、ザクシュルやフェリジヤでもメテルキアとの商売の取引を中止する傾向があって、メテルキアは職を失った人間で溢れかえったって話だぞ」
「どうして暗殺なんて……?」
「さぁな。国家転覆を目論んだのか、国王に不満があったのか……処刑される寸前までその薬師も領主も無実を訴えてたそうだけど」
「無実を訴えてたのに殺されちゃったの?」
「確固たる証拠が見つかったって話だから、覆しようがなかったんだろうな」
彼らが本当の犯人だとして、そこまでの証拠が出たのに無実を訴えるのはなんだか違和感を感じる。
「当時のメテルキアの領主夫妻は、貴族や平民なんかの階級も関係なく誰にでも等しく手の届く薬をって、領民からはすげー人気だったらしいぞ」
「優しい人たちだったんだね。会ってみたかったな」
「いやいや、他領の領主様だぞ? 無理だろ」
――シロ、薬は誰にでも手の届くものじゃなきゃ意味がない。病気は人を選ばない。だから、薬師も人を選んじゃダメだ。わかったか?
マオと同じようなことを言うのそメテルキアの領主夫妻と言う人たちに会ってみたかった。
「今メテルキアはどうなってるの?」
「領主不在のままだ。元領主一族の力と人気がありすぎて、一族に忠誠を誓ってた他貴族が領主になりたがらない。だから、国が代理人を立てて最低限のことはしてるみたいだけど、状況は二十年前から変わってないだろうな」
「領主以外の一族の人たちはどうなったの?」
「さーな。でも、領主の息子は事件の後すぐ消息が分からなくなったらしい。当時まだ貴学院の学生で薬事にも関わってなかったってんで、処刑はされなかったらしいけどな」
どんな理由があるにしても、両親を奪われたその息子がどんな心境だったかくらいは私でも容易に想像がつく。
それが、領民にだけでなく息子にも優しい両親だったとしたらなおさらだろう。
「その後もメテルキアは、鳥の伝染病が流行ったり、国内で初めて合成獣が発見されたりで大変だったらしいぞ」
「キメラ?」
「魔獣の氾濫の原因になってるなーんか気持ち悪いつぎはぎだらけの魔獣だよ。フェリジヤにも時々現れるけど、シロはあんなの見た日には泣くんじゃねーか?」
「つぎはぎって、それ自然の生き物なの?」
「んや、あれは違うだろうな」
俄かに信じがたい合成獣という生き物に、私は頭の中の引き出しを色々開けてみたけれど、そんな生き物が存在するなんて話は聞いたこともないし、見たこともない。
仮に誰かが本当に魔獣を“継ぎ接ぎ”してるのだとしたら、それはもう自然の理を越えている。
「ガウ」
「カオ?」
ザビに二十年前の話を聞いていると、カオが小さく吠えハークハイトたちが向かった方向へと視線を向けた。
「どうしたの?」
ただじっと森の奥を見つめ、何かあると訴えるカオに私も視線の先に意識を集中させる。
……魔力の波?
「これ、魔力感知だ!」
「魔力感知?」
「ハークハイトたちは魔力で周囲の状況を把握したりしないの?」
「何の話だ? 主たちから魔力感知なんて聞いたことないぞ」
自分の魔力をどこまでも薄く薄く周囲に広げ、周囲の獣の数や地形を探る。
マオが森の中で初めて行く場所で必ず使ってたものだ。
ハークハイトたちは魔力感知を知らない……?
「ザビ、すぐにハークハイトたちを追おう。誰かが私たちを探してる!」
「どういうことだ?」
「説明は後! 相手がロシュだったらハークハイトたちが危ない!」
「わかんねーけど、わかった。すぐ行こう!」
「スレイプとミーヤはここで待っててね。ヤヤ!」
馬たちをおいて私たちは急いでヤヤに飛び乗ると、ハークハイトたちが入って行った森の奥へと走り出した。
「主!」
「シロ、ザビウス! なぜ来た!」
「カオが何か感じ取ったみたいで」
「先ほどから、ラスとシーラの様子もおかしい。やはり、何かあるのか?」
ラスたちも魔力感知に気付いたのか、ハークハイトたちを追いかけると、進もうとしないラスとシーラに足止めをくらっていた。
私はヤヤから降りてすぐさまハークハイトの腕を引いた。
「ハークハイト、すぐに戻ろう。誰かが私たちを探してる!」
「探してる? どういうことだ?」
「説明は後でするから、すぐ逃げよう!」
なんだかとても嫌な予感がした。
今すぐここを立ち去らないと行けない様なそんな感じが……。
「そいつは困るなぁ」
ドクン……。
聞いたことのある声に全身の毛が逆立つのを感じた。
「せっかくこんな森の奥まで来たんだ、ゆっくりしてけよ」
ドクン……。
あの日のことを思い出して、手が震える。
「ロシュ……」
「まさか本当にいるとはな、ロシュ」
ロシュから私を隠す様に、私の前に出たハークハイトがロシュを睨みつける。
「ちょろちょろと俺たちの邪魔ばかりする目障りな騎士団をここで狩るつもりでいたけど、まさかまた会えるとは思ってなかったぜ。なぁ、嬢ちゃん?」
ドクン……。
ロシュの勝ち誇った目に、気付いた時にはもう遅かった。
私たちはもうあいつらに囲まれていた。
ついにドルトディートと再会しちゃいましたね……!
作者は1章完結後の閑話考えるの忘れてて大慌て中です。




