20.模擬戦
午後、ハークハイトたちは魔狼の元へ向かい、私は薬室へ向かった。
私は一人で良いと言ったけれど、ヤヤとザビが薬室へ付いてくることになった。
早速昨日ザビがくれたヤッカニウムの成分の研究をするために道具を準備し、鑑定用の魔法具でヤッカニウムの大まかな成分を調べていく。
さらに細分化して調べる場合は手作業になる。
「そんなにそわそわするならザビもハークハイトの所行けばいいのに」
「いや、そうなんだけどさ……」
さっきから外が気になるのかそわそわしているザビ。薬室からは訓練場は見えないから、行って来て良いと言っているのに。
視界の隅でそわそわされては、集中できない……。
「保存のための下処理だけ終わったら外行くから、ちょっと手伝って」
結局、今日の研究は諦めて訓練場へ行くことにした。
ヤッカニウムは気になるけど、カオとハークハイトの手合わせも確かに気になる。
私はバッグに魔獣用の傷薬を入れて訓練場へと向かった。
訓練場へ着くと、ハークハイトが見たことの無い武器を手にして魔狼たちと戦っていた。
「ハークハイトの武器は剣じゃないの?」
「あれ、シロは見るの初めてか? 一定の魔力がある騎士は自分の魔力を武器に具現化して戦うんだよ。主の魔力は桁違いだから、すげーぞ。つっても毎回魔力の武器使うのは消耗も激しいから、普段は普通の剣だけどな。あれ見られるのは本気の時だけなんだ」
訓練場の隅に模擬戦を見守るユーリがいるのを見つけて、私たちはユーリの元へと移動した。
「ユーリさんは待機っすか?」
「最初、木刀で俺とカオとでやったんだけど、力加減わかんなくて軽くやってたらケツ噛まれて休憩中ー」
「うーわ、何やってんすか。ウケる」
ユーリのお尻にはカオの歯型がくっきりと残っていた。
カオは気に入らないことがあると相手のお尻を噛むのが癖だ。
「主はやっぱ凄いっすね。魔狼相手に全然引けをとらない」
「いや、凄いのはむしろカオたちの連携だよ。魔狼はチームプレーだってわかってても、あんなに連携してるもんだと思わなかった。あのハークハイトに勝るとも劣らないんだからな」
確かに、カオを中心に陽動して隙を突いて攻撃して、相手に休む隙を与えない。
そして、対するハークハイトも武器を上手く変形させて使って距離感を詰めさせない。
膠着状態は大きな魔熊と魔狼の戦いを見ているみたいだ。
「クークー」
「ふふっ。ヤヤも入りたいの?」
ヤヤが、私も行かせろとせがんでくる。
確かに、カオの群れの本領はカオとヤヤが揃ってこそ発揮されるものがある。
「じゃぁ、俺たちも入るから三対七でやるか。ここの所、ハークハイトの事務処理手伝ってばっかで身体動かしたかったんだよ」
「良いすっね。俺模擬戦用の武器持ってきます」
「模擬戦用の武器?」
騎士団の模擬戦において、本気で戦っても相手に怪我を負わせない様に攻撃が当たっても衝撃を吸収する魔法具があるのだそうだ。
それなら魔狼たちに当たっても安心だし、魔狼たちがハークハイトを噛んでも安全だ。
一度ハークハイトたちの戦いを止め、それぞれが武器を装備していく。
そんな凄いものがあるなら、それを着て外を歩いたら無敵なんじゃ……? と思ったけど、全身に纏わせるその魔法具はお世辞にも見た目がいいとは言えず、外を歩くには目立ちすぎる。あくまでも模擬戦用ということらしい。
「準備はいい? 始め!」
唯一不参加の私の合図で、ハークハイトたちとカオたちの戦いが始まる。
ユーリが前に出て盾としての役割をしてるうちに、ザビが体術で相手への攻撃に出る。
「何あの弓矢……」
ハークハイトは武器を弓に変えて後方から攻撃を仕掛ける。ハークハイトの弓は矢も魔力の矢で、実矢ではない。
一本だけを射ったはずの矢は空中でいくつもの矢に変わる。
「見てるこっちがハラハラする……」
魔狼たちは司令塔のヤヤを中心にカオ以外の五匹が連携して攻撃を仕掛ける。
ハークハイトが放った図上に降り注ぐ矢すら、ヤヤの一声で交わしていく。
森で様々な魔獣たちと縄張り争いをして、勝ち続けている彼らにしてみれば、こんな拓けた場所で相手がどこにいるのかわかっている敵なんて怖くはないだろう。
けれど、なかなか一進一退の攻防が続いている。
「ガゥ!」
「ザビ、右だ」
「了解!」
「グルルルゥ」
「ユーリ、左を守れ」
「あいよ!」
なかなか攻撃だけに出られないのは、ハークハイトの後方支援が上手いと言うのがあるだろう。
弓を使い上手く魔狼たちとの距離を調整している。
「はぁ……はぁ……さすが魔狼なのか、あいつらが特別連携が上手いのか、体力ばっか削られますね」
「こりゃ相当厳しいな。スピードもパワーもあって、あれであいつらまだ本気じゃないだろ?」
ユーリの言う通り、魔狼たちはまだ本気じゃない。
本気を出した彼らの動きはもっと早い。
「ユーリ、ザビ、引け!」
――シュッ!
「え?」
「うわっ!」
他の魔狼たちに気を取られている間に、視界から外れていたカオが音も無く背後をついて襲いかかる。
ハークハイトの遠距離の攻撃もカオの動線上で放てば味方に当たる。
体制を崩したユーリとザビに他の魔狼たちが一気に加わり、二人はこの時点で戦線離脱。
「やるな」
距離を詰められカオと睨み合うハークハイトは、武器を双剣へと変える。
「来い」
ハークハイトの言葉と同時に走り出すカオ。
右足を引き前かがみの姿勢をとるハークハイト。
「ガゥ!」
「はぁ!」
正面からぶつかったハークハイトとカオは、すれ違いお互いに背中を見せて静止した。
「ここまでだ」
双剣をしまったハークハイトの言葉で、模擬戦は終わりを告げた。
「どっちが勝ったの?」
「魔狼たちの勝ちだ。これが本当の戦いなら、カオの首を落とす代わりに、私は腹わたを抉られていた。だが、魔狼たちはまだカオ以外の六匹が残っている。見事な連携だ」
ハークハイトが近寄って来た魔狼たちの頭を撫でる。
「いやー、面目無い」
「全くだ。だがユーリとザビウスは私のせいでろくに訓練できない日もあるだろう。時間を作ってカオたちに訓練してもらえ」
カオたちのハク仕込みの戦闘力は伊達ではないらしい。
大きな熊や巨大な枝角鹿、時には鷹なんかとも戦ってるもんね。さすがだよ。
「カオさすがだねー」
ミヨーンとカオの頬の皮膚を伸ばしながら褒める。戦ってるときは勇ましくて凛々しいのに、そうじゃない時のこのギャップがたまらない。
「ヤヤもたくさんお疲れ様。みんなも頑張ったね」
「シロ、時々騎士の訓練に彼らに参加して欲しいんだが、できるか?」
「大丈夫だと思うけど……怪我させる様なことしないでね?」
「使う武器は今日と同じだから安心しなさい」
ここにいればカオたちは運動不足になってしまうだろうし、さっきの訓練みたいにできるなら怪我もなく運動もできて、戦いにも強くなる。
それなら、反対する理由もない。
「ハークハイト様!」
会話がひと段落したところで、訓練場の外からハークハイトを呼び駆け寄ってくる騎士の姿があった。
「どうした?」
「騎士団に用があると商人の方がお見えなのですが……」
「商人? 商人がこんな所まで何の用だ?」
「それが、騎士団で売られているハンドクリームについて話がしたいと……」
「ハンドクリーム?」
物凄く嫌そうな顔をしたハークハイトがジロリと私へ視線をむける。
「あの件については、騎士たちに外に漏らすなと通達したはずだが?」
「それが、どうやら食堂で働く人間から話を聞いた様で……」
まだ何も聞かれてないのに、ハークハイトがどういうことだ? と機嫌悪く聞いてくるであろう空気をひしひしと感じる。
「食堂のカルナさんに頼まれて、カルナさんと食堂の人たちにも……」
「渡したのか!?」
「ハークハイトに怒られる前の話だよ! 怒られてからは渡してないもん!」
「なぜそれを怒られた時に言わないのだ、君は」
反論、発言は一切認めないって雰囲気で説教してたの自分なのに!
なぜ言わなかったと今さら言われたって……。
「今日はわかる人間がいないとでも言って適当に追い返せ。商会名と商人の名前を控えておけ」
「かしこまりました」
それに、作りたくても材料がないのだ。
山で採った素材はもうないし、ここで栽培しているものでは作れない。
全てを植物だけで賄うのは無理がある。
「はぁ……。君の作ったハンドクリームとやらの作り方を教えなさい。町にもその手の物くらいあるだろう。何が違う?」
「特別な物なんて使ってないよ? 普通の軟膏と同じ。森で採れる物だし」
ブレンドした薬草を漬け込んだオイルや、蜜蝋などありふれた材料しか使っていない。
強いて言うなら、軟膏と違って香りを足してるくらいかな?
それらを溶かして固めるだけだと説明する。
「これと言って変わったところはないか……」
「でしょ?」
「では、なぜ騎士たちは君の作ったハンドクリームに殺到した? 商人が出張ってくるほどだぞ」
「そう言えば、効き目が凄いってレーナとミラが興奮気味に話してたな。手はすべすべで唇はプルプルで、女子の必須アイテムになること間違いなし! とかなんとかって……」
「ユーリ、それは彼女たちの真似か?」
「似てるだろ?」
「本人たちの前でやってみろ。……それより、今回の件、またシロが変なものを混ぜたからだとばかり……。他に説明がつかない」
変なものって……。
ハークハイトの私への疑い方が酷過ぎる。ハンドクリームに関して言えば、魔力回復や回路修復の薬は一切入れていない。
ハンドクリームや軟膏などのちょっとした傷や末端に使うものへ入れても意味がないからだ。
「さっき言った材料しか入れてないのに……」
「仕方ない。実際に作る過程を見せてもらおう。君の作り出すものに関しては一通り目を通しておいた方が良さそうだ。それとザビは食堂の人間から誰に何を話したのか聞いておけ」
「わかりました」
最初の薬作りの時の様に、材料はこちらで用意すると言われハンドクリームの話は終わった。
ついでに薬室で足りなくなってきた材料も頼めたので良いとしよう。
「戻ろっか」
私は魔狼たちに声をかけ、練習場を後にした。




