19.スレイプと魔狼
早朝、ペタペタと頬をつつく感触に目を覚ます。
「んー……カオ? おはよう」
そう言えば、昨日は魔狼たちと眠りについたんだった。
身体を起こし部屋の中を見ると、周りには魔狼たちがいた。
そして、毛布を巻いて座ったまま寝ているハークハイトと、カオとヤヤの子どもであるイアンを撫でているザビ。
「起きたか、シロ。おはようさん」
「おはよう、ザビ。ずっと起きてたの?」
「いや、主と交代で寝たよ」
どれだけ私が大丈夫とは言っても、長らく人は魔狼を危険な存在として扱って来た。
幾度となく行商人や旅人が襲われもした。
私にその気が無くても、魔狼たちがハークハイトやザビに襲いかかる可能性も捨てきれない。
だから交代で魔狼たちを見張っていたのだそうだ。人が身を守り生きていく為の警戒心だから許してな、とザビが説明する。
確かに、人の寝首を掻こうとする魔獣は実は多い。少し頭の良いカラスや猿は人間の情に訴えて悪さをすることもある。
カオたちがそう思われるのは心外だけど、仕方がないとも思う。
「少し早いけど、起きるか?」
「うん。みんな外に出たいだろうし」
私が大きく伸びをすると、カオはハークハイトの元へ行きペロリと顔を舐める。
あれは、起きての合図だ。
「カオは、ハークハイトを気に入ったんだね」
「そういや夜中も主の側に寄って来てたな」
「ハークハイトって、どことなくハクに似てるからちょっとわかる気がする」
「そうなのか?」
厳しいけど優しくて、全身で寄りかかっても文句を言いながら助けてくれる。よくハクには怒られたけど、そう思うと今もハークハイトによく怒られてる。
「ん……? こら、顔を舐めるな」
マオの時は寝てるマオを起こす振りして馬乗りになり、そのまま体重かけたりして遊んでいたので、ハークハイトのことは同等か上に見てると言うことで間違いないだろう。
「おはよう、ハークハイト」
「おはようございます、主」
「あぁ」
それから、朝の身支度をして朝食の時間。
魔狼たちのご飯をどうしたものかとハークハイトに尋ねると、どうやら昨日の帰りに手配してくれたらしい。基地に行けば肉があるそうだ。
「ところで、シロ。基地に魔狼たちを連れて行くのは良いが、馬が怯えてしまう。どうにかならないか?」
「馬のリーダーはスレイプでしょ? カオとスレイプがちゃんと挨拶して慣れれば大丈夫だと思う。でも、森に馬っていなかったからカオたちも馬を見るのは初めてかも」
「私の愛馬を傷付けてくれるなよ」
「二匹とも賢いから大丈夫だよ」
スレイプとカオたちが仲良くなったら、一度スレイプに乗せてもらおう。
ハークハイトが今から行くと、いつもはしない連絡を伝蝶でユーリに飛ばしてから家をでた。
「ハークハイト、伝蝶って私でも使える?」
「魔力があれば使えるが……マオに伝蝶を使って、もし飛ばなかったらどうする?」
「飛ばないなんてことあるの?」
「相手がいなければ伝蝶は飛ばん」
「どう言うこと?」
首を傾げると、この話は後だと言ってハークハイトは話を変えた。
「基地に着いたらそのまま厩へ向かう。くれぐれも馬を襲わない様に君が手綱を握れ」
「大丈夫だって」
ぞろぞろと魔狼たちを連れて、基地へ入ると厩へ向かう。
すれ違う騎士たちが何故か距離をとって避けていく。
「ラインハルト!」
厩に行くと今日もラインハルトの姿があった。どうやら馬の世話はラインハルトの仕事のひとつのようだ。
「ハークハイト様、おはようございます。シロもおはよう」
「おはよう」
「朝からすまないな。ユーリから聞いてると思うがスレイプを連れてきてくれ」
「かしこまりました」
ラインハルトが厩へ入っていくので、私もカオたちを外で待たせたまま厩に入った。
「でも、まさか本当に魔狼があんな友好的とは思わなかったな」
「ラインハルトは動物に詳しそうだね? 魔狼見ても逃げないし」
「俺は昔から魔獣に興味があってね、個人的に勉強もしてるから。この国の人は魔獣を危険なものだと一纏めにしがちだけど、そんなことは決してない」
昔、森の魔獣たちも人を嫌ってた。マオや私がいたから慣れた子もいたけど、今だって人嫌いな子は沢山いるだろう。人に侵食されない魔獣が安心して暮らせる場所のためにジジ様は森を作ったって言っていたけど、ラインハルトのような人が増えたら魔獣と人が歩み寄れる日も来るのかもしれない。
「シロを通して彼らと交流を深められたら良いなって思ってる」
「ラインハルトならすぐ仲良くなれるよ」
ラインハルトは、スレイプの場所へ向かいながらも、他の馬たちの様子もしっかりと見ている。馬たちもラインハルトを信頼しているように見える。そんなラインハルトなら、カオたちともすぐに仲良くなれると思う。
「スレイプ! おはよう」
スレイプの元へ着き挨拶を交わす。スレイプは私の服の臭いを念入りに嗅いでいる。
魔狼たちの臭いが移っているのだろう。
「私の大切な子を紹介したいの。スレイプ、怖くない?」
首元を撫でると鼻を伸ばし気持ちよさそうにする。警戒もしていないから、大丈夫だろう。
厩の外に魔狼たちがいるのは風に乗る臭いでわかっているだろうし。
「シロ、スレイプを出すから一旦離れて」
「はーい」
ラインハルトがスレイプを引き厩の外へと連れて行く。
「カオ」
私はスレイプが厩の外へと出てきたのを確認してカオを呼ぶ。
スレイプもカオもお互いをジッと見つめている。
「カオ、スレイプだよ。カオと同じ黒毛だね。これから仲良くしてね」
カオを撫でながらスレイプのことを見ると、カオは意味を理解したのかスレイプの元へ近寄り、互いに鼻を合わせる。
「ラインハルト、手綱を離して」
私がラインハルトに合図を送ると、カオとスレイプはトコトコと周辺を歩き出した。
足並みを揃えて歩き、段々とスピードを上げて辺りを駆け回る。
あの二匹はもう大丈夫だろう。
「カオ! 他の子たちも!」
走り回ってるカオを呼ぶと、戻って来て他の魔狼たちをスレイプの元へと連れて行く。
それぞれに臭いを確認したり、挨拶を交わしたり。
「すっかり仲良しだね、ハークハイト」
「心なしかスレイプも嬉しそうだな」
尻尾を上げて軽やかに進む足取りは、楽しいを全力で表現しているように見える。
カオも、群のリーダーとしてしっかりしてる反面結構甘えん坊だからスレイプとは緩い付き合いが出来て良いのかもしれない。
「ヤヤも挨拶できた? これからは馬のみんなも守ってあげてね」
スレイプと戯れている魔狼たちから先に抜け出し戻ってきたヤヤ。
カオが遊びたい時はこうしてヤヤが私の元にいる。ヤヤは周りをみて行動するしっかり者。すっかり群れのお姉さんだなー。
「さて、馬たちもこれからご飯なんだ。魔狼たちの餌も届いてるからご飯にしようか」
馬の餌をせっせと運ぶラインハルトを手伝って、カオたちのご飯も用意する。
スレイプは一度厩へ戻し、魔狼たちは外でご飯。
「私は執務があるので、先に執務室へ行く。昼前には裏庭へ呼びに行くのでくれぐれも魔狼たちを執務室へ連れてこないように」
「入っちゃダメなの?」
「魔獣は基本外だ。それとあまりうろちょろさせないように」
「はーい」
いくつか午前中の注意事項を述べて執務室へ向かったハークハイト。要約すると、勝手なことはしないで裏庭で大人しくしてなさいってことだろう。
魔狼たちが食事を終えると、とりあえず裏庭へと移動した。
カオ以外は庭の端で休憩したりじゃれ合ったり、カオは植物たちを避けながら私に付いて周る。
「慣れたもんだなー」
「森でもカオは同じことしてたから。上手に避けるよ」
「シロについて回るのはカオだけなんだな」
「護衛のつもりみたい。ザビ、試しに適当な場所へ隠れてみて。カオが反応すると思うよ」
「早速かくれんぼだな。よし!」
ザビはザッと近くの木の上へ登ると見えなくなった。
私は気にせずそのまま作業を続ける。
しばらく私の横で座っていたカオは、おもむろに立ち上がって身構えるとおりゃ! っと茂みの中へ突っ込んで行った。
「どわっ! 降参! 降参!」
声のした方へ向かうと、カオが尻尾を振りながらザビに馬乗りになっていた。
「カオの勝ちだね」
「あっさり見つかっちまったー」
「鼻も耳も人の何倍も魔狼の方が優れてるからね」
それから、私が薬草の手入れに勤しんでいる中、ザビとカオはかくれんぼをしていた。
途中から他の魔狼たちも参戦して、かくれんぼからのちょっとした模擬戦のようなことになっていた。
驚いのは、連携をする魔狼たちの戦い方に対してたった一人のザビが確実に応戦していること。
騎士とは違い剣は持たず、基本は体術で戦うのが得意で、剣や弓も出来るけど大きな武器は隠密の邪魔になるとかで持っていないのだそうだ。
「あれは仕事もせずに何をしている?」
「ハークハイト。カオたちとかくれんぼしてた流れで模擬戦してるみたい」
「全く……。それとシロ、なんだこの裏庭の状態は」
「え? 何か変? ちゃんと全部手入れしてるはずだけど……」
私は順調に育てている薬草類を見て首を傾げた。
種類も随分増えたし、暖かくなればもっと活気付くはずだ。
「私と最初に種蒔きをした時は庭の一角に十種類くらいだっただろう」
「そうだね」
「それがなぜ、庭の半分にもなろうとしていて私の知らない植物がいくつも植わっている?」
「種と場所がそこにあったから?」
私を見つめるハークハイトの視線が妙に痛い。
「でもでも、ハークハイト庭は好きに使って良いって言ったよ!?」
「確かに言った。だが、常識的にこんな短期間にこれほど増えるとは思わないだろう……」
確かにハークハイトと一緒に種蒔きをした時から色々増えて、面積は六倍、種類は三十種以上にもなった。
私としては野菜とかも植えてもっと増やしたいと思ってたのに。
「まぁ良い。見たところ危険もなさそうだし、君は薬草の扱いにも慣れてる。処置室の在庫管理だけしっかりしてくれ。作れる種類が増えたのなら追加で注文したいものもある」
「薬作るならいくらでも言って!」
備えあれば憂いなし。薬があって困ることなんてないんだから。
「とりあえず昼にするぞ。午後は私も魔狼たちに手合わせ願いたい」
「私は薬室に行くから、カオたちはハークハイトに任せるよ」
「君がいなければ彼らは来ないだろう?」
「そんなことないと思うよ。ハークハイト、試しにカオのこと呼んでみて」
何故だ? と言いながらも、ハークハイトがカオを呼ぶとザビとの戦闘をピタリと辞めてハークハイトの元へ駆け寄る。
「ほらね?」
「ほらね? の意味がわからん……」
今朝の様子からしてもハークハイトはカオに認められている。
魔狼たちは攻撃的なことはしなくても、決して格下の相手に従いはしない。
カオがこの群れにおいてリーダー足り得るのは、戦闘能力と言う点でもあるけどそれよりも相手や戦況を瞬時に分析する洞察力でもある。
「簡易スペースではあるが魔狼たちの待機場所を用意した。今後、彼らの寝床としてくれ」
それから私たちは厩の横に急ピッチで作ったと言う魔狼用の小屋にカオたちを連れて行った後、執務室でお昼を食べた。




