子供たち
そっと建物の裏に回ると、子どもが五人、元気に走り回っていた。
先頭がアリアーツェ、二番目が黒髪に褐色の肌の少年、だいぶ遅れてあと三人の子供が苦しそうに追いかけている。
「やっぱり私が、いっちばーん!」
裏庭で一番大きな木に、アリアーツェが最初にタッチした。得意げに振り返る。
「くそっ……! 待て……!」
「はぁ……はぁ……っ」
「も……ムリ…!」
「ふいぃ……っ」
アリアーツェはともかく、他の子供はやせ細って、体力がなさそうに見えた。だいぶ遅れて木の前で座り込み、アリアーツェに文句を連ねはじめる。
ハラハラして見ていると、夫人が大丈夫よと微笑む。
「さあ、私が一番だから、いうとーりに、ねっ?」
「くっ……! 絶対負かす……っ!」
くやしそうにアリアーツェを睨む4人の子供達は、離れて見ていたメイドに連れて行かれ、屋敷の中にゾロゾロ入って行った。
「あっ、おかえりなさいっ!」
クライツ領主に気づき、アリアーツェが走りよってきた。勢い良く抱きついてきた小さな身体を、抱きとめる。
「ただいま……アーツェ」
「ごぶじで、よかった、ですっ」
「ああ……おかげさまで」
クライツ領主は、目を細めて、サラサラな金髪を撫でた。
「結局、何もなかったからな。それより……新しい、子供達は……」
「さっきの、子たち!」
「ご説明致しますわ。まずは館に入りましょう」
夫人ににっこり促され、応接間に移動した。
館の奥から、子供達の声と、何か注意するメイド達の声がする。反抗的で手間取っている様子だ。
「大変だったのですよ。全く、言う事を聞いてくれなくて──」
楽しそうに夫人は話し出した。
アリアーツェに願われて、馬車で直接、山の奥まで飛んで行った。飛ばしたのは、もちろん風の精霊だ。
おかげですぐに子供達のいた洞窟まで行けたのだが、見知らぬ他人をすぐに信用するほど、子供達は単純ではなかった。それどころか、馬車をよこせと襲いかかってきたのだ。
「びっくりしましたわ。ガリガリに痩せて、満足に水すら飲んでいなくて……どうやら、獣の猿が、果物などを採ってきていたようで。……近くに廃屋と、お墓がありました。子供達の親はみな、飢えで亡くなってしまったらしいのです。さらに、彼らは……元々はサザイツ領の領民だったようです」
「何だって……?」
昔の記憶を懸命に掘り起こし、近隣領地の当時を思い出す。
「確か……山猿が出て、近隣の領地はみな被害を受け……亡くなった領民もいたはずだ。まさか──賊達は」
「あのね、あそこの領主さんと同じだったの、お耳!」
自分の耳を髪をかき分けてみせて、アリアーツェが精霊達を見る。顕現した精霊達が、肯定して頷いた。
「生き物の血筋は、外見の特長に出やすいだろう? 火の魔力を使える子供は、どうやらあの土地の領主の血筋らしい。耳の形が、そっくりだったぞ」
「そんな……まさか──」
本当だとしたら…………とんでもない事だ。盗賊や海賊は、捕まれば一族全員、重い処罰が与えられる。賊を手助けしたり、素性を隠す事も禁止されている。
サザイツ領主の若かりし頃の様子を思い出しながら、クライツ領主は難しい顔つきになり考え込んだ。
「確か……アイツは兄弟がいて……理由は分からないが、亡くなったという話で……」
もう、だいぶ昔の話だ。
自分の領地の事で手一杯で、近隣の領地の内情には踏み込まない。それが暗黙の了解になっている。
年に一度、地方領都に収穫物を送る以外に、特別な要件がなければ顔を合わせる事もない……だから、近隣の領地の内情は詳しくないのだ。
「……子供達を、当家で育てるのは、難しいな」
身寄りのない子供をいきなり引き取れば、どうしても領民達に気付かれる。子供が産まれればちゃんと届出するのだから、見知らぬ子供が増えれば、不思議がられるだろう。
いったい何処から連れて来たのかと怪しまれ……サザイツ領地に出向いた事も知られているから、すぐに関連付けられる。そのまま、盗賊の子供だと万が一分かれば……クライツ領にどんな影響があるか。
かすかに青ざめた夫に夫人はうなずく。
「分かっておりますわ。東領都に、大きな子供園があるでしょう? そちらに孤児として、預けるのはいかが?」
「子供園か……そうだな……それなら、山の中で子供を見つけたという話にすれば……多分大丈夫だろう」
クライツ領主は、妻がちゃんと考えていたので安堵する。
アリアーツェは少し不安げに、細かい事を決めていく夫婦を見上げ続けた。
「子供園って?」
「地方の領都に、親のいない子供を集めて、育てる教育園があるのです。衣食住与えられますし、才能があれば仕事先も斡旋してくれます」
「ふーん?」
(孤児院、みたいなものか?)
メイドのアンに寝巻きに着替えさせられて、ベッドに潜り込む。
子供達を助けたい。アリアーツェの願いは叶えられたが、助けた後の事まで考えはなかった。クライツ領では、領民の目もあり、育てられないらしい。
寝る時は、外してベッドサイドの棚に置かれたペンダントを眺める。この、個人認識のタグのお陰で、身元不明な者は領地で暮らせない。
「子供園に入れば、孤児として登録可能らしいのです。あの子達も、無理やり館で引き取るよりは、同じような子達と一緒に成長した方が、為になるでしょう……」
アンの笑顔はちょっと引きつっていた。アリアーツェは申し訳なくなる。
「ごめん、ね。あの子達、ぜんぜん、なれない……なびかない? ね」
育った環境が最低だったようで、他人を全く信用しないし、周りを睨みつけるだけで、風呂に入れたり、食事をさせるのも一苦労だった。
「お嬢様が謝る事ではございませんよ。彼らがああなのは……大人のせいです」
まるで、野生の獣並みの、警戒心。メイド達では手に負えないので、男の使用人が面倒を見る事になった。
「おやすみなさい、アン……ありがとう」
「おやすみなさいませ」
アンが部屋から退出し、星空のひろがる夜空を窓から眺めながら、アリアーツェはなんとも言えない不安を感じた。
枕元に精霊達が集まり、悩む少女の頭を優しく撫でる。
子供達を助けた事は、余計な事だったのだろうか? クライツ領に迷惑がかかるのだろうか。子供達は、子供園でちゃんと生きていけるだろうか?
「……わかん、ない」
精霊達は、ただ微笑むだけである。
(こういうのは、運だからな)
(だな……)
暗い、暖かい部屋で、子供達はくっついて毛布にくるまっていた。
頑丈な建物の中は雨風も吹き付けず、危険な虫や獣もいない。古着だという服や下着は清潔で、身体を洗われたので不快感もない。
パンやスープをお腹いっぱいに食べた。まわりの大人達が何を言っているのか理解できなかったが、もう洞窟には戻れない事だけは分かった。
体は満たされたが、心は不安でいっぱいだ。知らない土地、知らない大人達。知らない……キラキラした子供。
あまりにも綺麗な少女が、屈託なく笑いかけるので、いらついて仕方ない。彼女に寄り添う、透明な存在達も不気味で、恐ろしい。
「……」
いつまでもいつまでも、少年は暗闇の中、じっと仲間達を抱きしめる。ただ、なんとしても生き延びたい。生き延びる。その生存本能だけを胸に燃やして……。
誰もいなくなった洞窟を、寂しそうに見詰めて──大猿は山に帰っていき。
山間の領地、サザイツ領主の館では、主がとても不安げに、山の方を眺めていた。
精霊達はその様子を見ていた。
「あの獣は、大丈夫でしょう」
「問題は、この地の領主だな……」
「アリアーツェに、影響がなければよいのですが……」
精霊達もなんとなく、不安を感じる一夜が過ぎていく──。




