表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/38

#07 【放棄/Abandonment】

 以上が、Rの思い出せた記憶の限界だった。フル回復した状態から三発食らっても、まだ死にはしないが……。結末は、三段組みの祭壇が示している。ランペルともども屠られたのだろう。

 そのとき、現実の映像内で電話が鳴った。渚が電話に出て話し始めたので、音声をONにして会話を盗み聞く。


『うん……。ええ、うん……。大丈夫よ、みーちゃん。もう二週間だし、いい加減お兄ちゃんのことは踏ん切りをつけないとね……、うん……』


 明るい声音とは裏腹に、渚の目尻にはどんどんと涙が滲んでくる。

 ――って、なに? 二週間だと?

 Rはカレンダーを見た。潜入したのは4月19日だったのに、今日は5月5日になっている。

 ハッハー、いつの間にか黄金週間ゴールデンウィークになってるじゃねえか。眩しいな、高校卒業したら人生も卒業ってか? 笑えねーよ。

 その間も、渚はぽつぽつと話を続けていた。


『うん……ごめん……。うん、じゃあ待ってるね……』


 渚は寂しげに微笑むと、電話を切って俯いた。

 ったく、なんだよそりゃ……。嫌ってるんじゃなかったのか? 会えば喧嘩ばっかりだったじゃねえか。そんなに想いが強いんだったら、俺に会ったときはもっと嬉しそうにしろよ、なあ……。

 Rが途方に暮れていると、渚はこたつに顔を伏せて泣きじゃくりだした。


『お兄ちゃん……。なんで、なんでよ……』


 背中を震わせる渚の、啜り上げる声だけが部屋に響く。

 ――くそっ、泣くなよ。泣きやがると、俺も悲しくなるだろ……!

 顔を歪ませたRは、たまらず自宅に電話をかけた。


『はい、もしもし……』

「俺だ! 兄貴だ!」

『はぁ……?』

「兄貴だよ! Rで入ってる! いや、今は女だが!」

『え、あの……、何、言ってるんですか?』


 渚の戸惑ったような口調が、Rに冷水となって叩きつけられた。

 ――バカか俺は! いきなり言って信じるかよ!


「ええっと、俺の名前……を言っても駄目か。住所、高校……駄目だ、全部調べられる」


 本人の証明ってのは存外難しいな。

 Rは頭をがりがりと掻いた。


「あ、じゃあ、これならどうだ。お前の太腿の右付け根あたりに黒子があるとかよ。ほら、小さい頃、鼻クソついてるとか言ってよくからかったよな?」

『――あっ』


 頼む、これで分かってくれ。

 受話器を握り締めたRは、固唾を呑んで返事を待った。


『分かりました』

「分かったか!? そう、俺は……!」

『変態ですね。警察に通報します』

「うぐっ……!」


 本日二度目の変態認定に、Rは声を詰まらせる。


「ち、違う! 俺は兄貴だ! 兄貴なんだよ!」

『兄ですか……。死にました』

「!!」


 Rは大きく目を剥いた。


「なっ、何を……」

『私の兄は……。し、死にました……』


 途切れ途切れに言葉を紡ぐ渚。口元を押さえ、腹の奥底から何とか絞り出したような訴えに、Rは大失敗を悟る。

 ああ……、そりゃそうだ。俺のお骨も、さぞかし丹念に拾ってくれたんだろうからな。映画やドラマじゃねえんだし、誰が信じるよ?

 Rは間抜け面を覆うと、額に爪を立てた。


「す、すまねえ、ナギ……。傷つける気は……」

『うるさい』


 底冷えのする声に、ぞくりとした。身内へのふざけた罵倒とは違う、心臓を鷲掴みにされたような本気の拒絶。


『あなたみたいな変態が騙るんじゃない。兄の名が穢れる』

「……」


 Rは奥歯を噛み締めつつ、自ら電話を切った。切られる前に、自分で切りたかった。


 ※  ※  ※


【放棄/Abandonment】

黒/レベル0/ミドルクラス

分類:瞬間

再使用時間:3秒

効果:術者が術者の所有物を廃棄できる。

発動条件:コスト3。黒の魔色を1入れるごとに1コスト減少する。

「切り捨てて、切り捨てて、残ったものは何だったか」

1/365

収録版:MP、改訂版


 ※  ※  ※


 よろよろと電話を荒巻家のインベントリにしまいながら渚を見ると、再びこたつに顔を伏せて泣いていた。

 くそっ……! 慰めるどころか、逆効果かよ……!

 Rはカメラの映像を乱暴に消すと、ふらつく足取りで屋外に出た。1秒が1コマに戻って体こそ軽くなるが、かえって自分が幽鬼の如き存在だと思い知らされる。当人だから何とかなるのではなく、当人だからこそ駄目だという呪われた状況。苛立ちとやるせなさがい交ぜとなって心腹に吹き荒れ、忌まわしき東京の地から一刻も早く離れたかった。

 ――なあ、おい。渚の兄貴ってやつは、随分と慕われてたらしいぜ……。

 Rはゆっくりと頭を振った。

 大事にしてやりゃ良かったじゃねェか、兄貴さんよぉ。「高校でライバルが出た」とか嬉しそうに言ってたナギの話も、もっと親身に聞いてやれよな。嫌らしいコンボとか教えてやりゃ、強くなったんじゃねえのか? 勝ち気なあいつのことだ、素質あるぜ。現に今も、どこの馬の骨だか分からねえ変態野郎を、言葉だけでノックアウトしたじゃねえか。

 つくづく自慢の妹だよなあ、おい。

 視界を滲ませながら幾多の「門」ポータルを通り抜け、当て処もなく彷徨い歩いたのち、気付けば再び四国の地を踏んでいた。場所は、南北に開けた見晴らしのよい峠で、三方向に道が伸びている。西に小さな山があるため、石鎚山は隠れているが、瓶ヶ森や手箱の山は良く望める。

 あぁ……、よさこい峠だ。

 Rは道路の真ん中に立つと、手を広げて風を全身に受けた。

 爺さんが、よく連れてきてくれたっけな。愛媛に帰ると、決まって旧式の軽に乗っけてもらってやってきた場所だったか。爺さんは高いところが大好きで、松山の観覧車もよく乗せてくれてたよな。ちょっとの風で揺れて、そんでもって山の上にはお城が見えててよぉ。二人して大ハシャギしてたのもいい思い出だ。

 そんな爺さんも、今はハシャギ疲れて、空の一等高い場所で休んでらァ。

 眩しげに北の景色を見やっていたRだったが、しばらく経つと、またもや心に澱が溜まってきた。何も解決しないまま逃げてきた自分が嫌になる。けれども、自分の存在こそが家族にとって苦痛なのだから、蒸し返すたびに泥沼だ。負の感情が胸から溢れ、瞬く間に全身を蝕むと、閾値を超えた体がドロリと溶け出したような感覚に襲われた。溶けた体は丸っこい球体を作っていき、やがて冷えて固まった形は岩となる。

 フフッ……、岩か。何も打つ手がない俺にはお似合いだな。

 時の間それを受け入れてしまったRは、ふと、その思考に慄然とした。

 ――なに?

 思わず両頬を張ると、かすかに熱を帯びてきた。それだけでは気が済まず、必死に二の腕を掻き毟って否定する。

 違うだろッ!! 何考えてンだ! 俺はヒトだぞ! 岩じゃねえッ!!

 痛いッ、柔らかいッ、赤くなるッ! ミミズ腫れまで出来るぞチクショーッ!


「うあああああああああああああぁあぁっっぁあああああーーーーーっ、クソッ!!」


 手持ちのありったけの呪文を瀬戸内海に向けてブッ放したRは、アスファルトに大の字で寝転がった。


「俺は一体、何なんだよ……。何者なんだ」


 なんで生き返った。――いや、そもそも、俺は本当に「俺」なのか?

 抜けるような快晴を眺めながら延々と思考の迷路を彷徨っていると、フレンドからコールが入った。


「なんだ、水脈かよ」

『ご挨拶ね、心配してた相手に向かって。急に叫んでどっか行っちゃったじゃない。さっきから結構呼んでたのよ?』


 履歴を見ると、着信が溜まっていた。


「そりゃ済まねえな。こちとら人生について考えててよ」

『壮大ね』

「俺はどうやら死んじまったらしい。へへっ、それなら何者なんだよな、ここにいる俺はよぉ」


 途端に水脈の声が途絶えた。

 ――ああ、ついさっき会った相手にいきなり「自分が死んだ」とか抜かされたら、ドン引きだよな。


『えぇっと……。つらい事があったのは分かるけど、落ち着けばいいんじゃない?』

「うん、おざなりな言葉でも嬉しいぜ。――ん?」


 自身の情報を展開していたRは、ふと、アップデート中の砂時計に気が付いた。現在95%で、もうすぐ完了する。

 終わったら再起動か……。あン? 待てよ、っつーことは……。

 意味をしっかりと咀嚼し終えたとき、Rは忍び笑いをした。


『ちょっと、何がおかしいの?』

「おい、水脈。どうやら電脳のアダ花は、やっぱ死ぬみてぇだ」

『はぁ? 何言ってんの?』

「いやな、肉体がもうねぇのに、うっかりアップデートしちまってた。ははっ、こいつぁ傑作だぜ」

『えっ……? よ、よく分かんないけど、つまり?』

「再起動って強制終了だろ? 体がねえのに【終了】クウィットしてンだから、消滅ロストだな」


 Rは顔を押さえて嘲弄した。


「まったく、皮肉もいい所だぜ。人を守るための仕組みで死ぬなんてよお」

『ちょ、ちょっと待って。えぇっと、助かる方法とかないわけ?』

「ああ、ねえな。一時停止してえんだが、そのボタンってのは肉体のほうに付いてるらしくてよ、見当たらねえんだ。おお、何だ、このシステム。欠陥だよな、クレーム出しといてくれや」


 Rは噴飯ものだと言わんばかりに大笑いした。


「ああ、やっぱ止めらンねえわ。駄目だ」

『ちょっ、ちょっと! 誰か止められそうな人はいないの!?』

「そうだな。OK社の日本支部なら、何とか出来るニャンコ先生がいるかもしれねえ」

『行けばいいじゃない!』

「ところが、そいつは新宿にあってな。こっからだと、まあ15分はかかる。対して、アップデートは……ああ、あと9分だ」


 調べるほどに絶望的だな。Rは自嘲した。


『ねえ! さっきから意味がさっぱりなんだけど、死ぬんならもっと焦りなさいよ!』

「焦って事態が好転するならな」

『もっと生きたいとか思わないわけ!? 足掻きなさいよ!』

「そのつもりだったが、俺がいればいるほどツラくなる身内を見ると、流石にな」

『それでも! 生きて打開策を考えなさいよ!』

「やれやれ。随分と世話焼きだな、お前は。仲人界のやり手ババアになれっぞ」


 Rはバニーの耳を掴んで外すと、上半身を起こしてあぐらを掻いた。


「じゃあ言おう。俺が【瞬間移動テレポート】を積んでたら、50枚ばかしスロットをブチ空けて使えたんだが、生憎持ってない。はい、終了」

『他の手段は!?』

「あァ? そうだなあ、フレンド登録した奴がたまたま新宿近くにいて、たまたまそいつの所持品を俺が持ってて、更にたまたま、そいつが【入れ替え】でも持ってれば、50枚スロットを空けて使えるかもな」

『それって、滅茶苦茶あたしのことよね?』

「ああ、さっき登録したお前だけだ。所持品は……おお、たまたまバニーコート着てるな。超ラッキー。ま、問題は【入れ替え】だよな。そんな玄人じみた呪文、ド素人のお前は入れてねえだろ? ははっ、ハイ終了」


 Rは左手だけでお手上げのポーズをした。電話越しの会話が止まる。


「な? これで諦めがついただろ? あばよ、水脈」

『――――わ、ねぇ……』

「あン? 何だオィ、小声じゃ聞こえねぇ……」

『アラ、そう! 悪かったわねぇ! ド素人が入れてて!』


 突然の大音声に、思わず受話器を遠ざける。


「はぁ? オイ、なんつった、お前?」

『入れてるわよ! 青魔法レベル8の【入れ替え】!』


 水脈が声を振り立てた。


『えぇ、えぇ! 使うときに最低でもスロット30枚空ける必要がある、ものスンッごく使えない呪文よね!』

「はぁ!?」


 Rは開いた口が塞がらなかった。


「なんで入れてンだ、お前!?」

『たまたまスターター2箱買ったときに入ってたのよ! ハイクラスだし青だから、カス魔法だけど入れとこうと思ったの!』

「ちょ、ちょっと待てよ……」


 おいおいおいおい!

 Rはバニーの耳をぐっと握り締めた。

 水脈はフレンド登録している。条件1クリア。条件2は所持品だが、バニーコートの所有者欄は……マジに水脈だ! 条件2クリア!

 そして、そして……、肝心要の【入れ替え】!

 ぶわっと鳥肌が立ったRは、思わず立ち上がった。


『ねえR、そこどこよ? 何枚外すって?』

「――ここは、愛媛と高知の県境だ」


 さっきまで諦めたはずの生への執着が、荒れ狂わんばかりに激烈な雄叫びを上げる。

 うああああぁぁぁああああああッ、クソッ!! ああ、そうだよ! 生きてぇよ、俺は!!


「そっちは、さっきと同じか」

『そうよ、市ヶ谷』

「なら、発動のデフォルトで30枚。1枚外して2m、以下1枚外すごとに効果範囲が倍になるから、40枚で1kmちょい、50枚で1000km。やっぱ50枚だ、外すのは」

『OK』


 すぐさま電話越しに発動音が聞こえた。Rも青い光に包まれる。本来ある許可などは、やはり出ないらしい。


『いくわよ!』


 次の瞬間、景色が歪んだかと思うと、市ヶ谷の防衛省前へとワープしていた。


『さ、これでもう、死にたいとか言わないわよね?』

「――躊躇なく使ったな、お前」


 Rは【金属の翼メタルウィング】に【敏速】クイックネスをマナップすると、西へとカッ飛んだ。


「なんでそこまでする!?」

『人を助けるのに理由がいるの?』

「NPCだぜ、俺は!?」

『人よ、あんたは。だって、バジルも気付いたはずだもの。でも言わなかった。それって、人だったからよね。それに、会社の人がちょくちょくNPCとして入ることもあるって、天使さんのお友達からタ~ップリ聞いたわ』

「罠があったら、お前が死ぬかもしれなかったんだぞ!? 俺が嘘ついてたらどうする気だ!」

『さっきのあんたが本気かどうかぐらいは見抜けるわよ』

「へっ」


 Rは銀髪を掻き上げた。


「愛してやるぜ、ベイベーッ!」

『バカ! それはバジルに言ってあげてよ! あんたのためじゃないわ!』

「そうかい! 全力で助けたお前が言うと含蓄深いな!」

『うっさいわね! あの子を泣かせるとか許さないわよ!? そンぐらいなら死ね、変態!』

「矛盾してンぞコラ!」

『あっ! うまくいったらお礼してよね、お礼!』

「急に図々しいな!?」

『返事は!』

「あー、はいはい! 何でもしてやるよ!」


 Rは超特急で新宿駅西口のオウパルキングダム社日本支部前に降り立った。アップデートの数字は99%に切り替わる。

 早っ! ヲイこら!?


「うおーいっ! 誰か俺を止めろーっ!」


 怒鳴り込んだら、すかさず警備員がゾロゾロ出てきた。拡声器を持った隊長らしき奴が前に出る。


『あー、あー。そこのバニー、抵抗をやめて大人しくしなさい』

「違うっ! そうじゃねえー!!」


 ここで間違えたら死ぬ!

 両手をブンブン振って否定したRは、頭をフル回転させた。おそらくラストチャンス! 周囲を見回しつつ、勢いよく息を吸い込んで――。


「ダサい猫! ダサい猫のチョコネギ女はいるかーッ! 特に服のセンスがダセェぞコラー!」

「誰がだミャーッ!!」

「いたー!!」


 奥から猛然と走ってきた〈猫人〉キティパッドのショコラ・リーキ。現在OK社で働くSMサブマスターの一人で、元「見えざる手アダム・スミス」だ。


「ん……お前、Rかミャ? 最近ご無沙汰だと思ってたら、いきなり随分な挨拶だミャー」

「悠長にしてンじゃねえ! また死にそうなんだよ! アップデートが99パー回ってな! 再起動したらアウトなんだよ! 止めろー!!」

「訳分からんけど、命令されると逆らいたくなるミャ」

「ルセェー!!」

「そりゃお前だミャ。それに、もう止めたミャー」

「――え?」


 Rはアップデートの数字を見た。99.7%でピタリと止まっている。しばらく見守っても、微動だにしない。


「は、はは、は……」


 Rは我知らずその場にへたり込んだ。目をぎゅっと瞑ると、涙がとめどなく溢れてくる。


「な、なんだミャー? 大丈夫かミャ、R?」


 そばまで近づいて来たショコラの黒いジーンズに、ひしっと縋り付いた。


「ありがとう……、ありがとうございます、ショコラ先生……」

「おミャーにお礼言われるとは、世も末だミャ。――あっ、警備の方々、いつもご苦労様です。彼の身柄は預かりましたので」


 素の口調で警備員達を返したショコラは、Rから受け取ったバニーの耳をインベントリに放り込むと、自身の猫耳を掻いてRを見下ろした。


「さてとR、事情を話してもらおうかミャー」

「あぁ、こっちも聞きたいことが山ほどあるんだ」

『――ア~ラ、そう……? あたしもあるわよ?』

「おっと」


 Rは思わず耳に手を当てた。会話をスピーカーにして、ショコラにも聞こえるようにする。


「水脈、お前のおかげで間に合った。恩に着るぜ」

『そりゃ良かったわねぇ! ところでココ、すっごく寒いんだけど!?』

「ああ、不慣れな奴にはキツかったか」


 Rは手の甲で目を擦りつつ立ち上がった。


「それでもまだ、日中は暖かいんだがな」

『風が寒いのよ!』

「ならよぉ、そこに『よさこい茶屋』ってあるだろ。伊吹山に登る手前の建物だ」

『あるわね。開いてないけど!』

「そこの裏手に、もう一個建物があるから、そこで寒さを凌げ」

『もう凌いでるわよ!』

「ならいい。ちなみにトイレな、そこ」

『見れば分かるっての!』


 なんか怒ってばかりだな、水脈。〈水玉アクア〉って涼しいはずなのに、暑苦しい奴め。


『ねえ、どうやったらここから戻れるのよ?』

「うーん、そうだなあ。どうせ飛べる魔法とかも入れてねぇんだろ? なら、UFOラインで西条に出る方が早いか。ええっと……」

「をひをひ、R」


 ショコラが肉球の指で脇腹を突っついてきた。


「からかうのはそのぐらいにしとくミャ」

「いや、ほら……面白いだろ?」

「否定はしないけど、冷えは女の子に大敵ミャ。絶対後で化けて出るミャ」

「化け猫先生が言うと真実味があるよな」

『ねえ、R? 何をボソボソ喋ってるのよ?』

「いやなに。水脈のために、ニャンコ先生が解決策をくれたぜ」


 Rが飛び切りのウィンクを送ってやると、「うえー」とゲンナリした顔を披露された。

 ――何故だ、この稀代の美女に向かって。


「何のことはねえ、もういっぺん【入れ替え】すればいいのさ。だが、今はまだ建物内だからな。ちょっと待ってろ」


 Rは一度通信を切ると、【転移阻害テレポートシールド】のかかったOK社からショコラと一緒に出た。


「先生。つーことで、もう一度替わりますんで、15分ほどしたらまた会いましょう」

「【入れ替えスイッチ】で消えるとか、お前は大物マフィアかミャ」

「ははは……。あ、このままトンズラこいた時は、入れ替わった奴を煮るなり焼くなり好きにしてください。たぶん蒸発しますんで」

「つくづく最低だミャ、お前」

「お、じゃあこれからは浮かぶだけ? やったー」


 諸手を挙げてみせたRは、水脈に連絡を入れた。


「よし、水脈。今、ショコラっていう、マイルドビターな猫先生と話をつけたから、【入れ替え】したらそこで待機しててくれ」

『分かったわ』


 再びRの体が青い煌めきに包まれる。空間が歪んだと思った次の瞬間、Rはよさこい峠のトイレへとワープしていた。

 茶屋の横から道に出ると、広々とした景色が祝福するかのように出迎えてくれる。Rは大きく伸びをしたのち、空を仰ぎながら深呼吸した。

 やれやれ、水脈の奴め……。効率を考えたら、魔力全部を使って、しかもデッキの呪文をあらかた使用不可にする魔法を入れて街をブラつくなんて行為は、とても出来ねえ。むしろ、ド素人だからこそ入ってたと言える無茶苦茶さだ。魔法の起動音もデフォルトのままだったし、トコトン常識外れの行動に救われたぜ。


「水脈」

『何よ』

「やっぱ愛してるぜーっ!」

『あたしは嫌いよ!』


 Rは大笑いしつつ、【金属の翼メタルウィング】に【敏速】クイックネスをつけて西条の市街地に飛翔したのち、すぐさま左旋回すると、西の土小屋にある小さな「門」ポータルへと向かっていった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

これが2017年最後の投稿です。

新年は1月4日からのアップを予定しております。

皆さま、よいお年を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ