#05 【不毛の地/Barren Land】 ●R
2分後。
「うぉい、バジルーっ!」
Rは先ほど二人と出会った場所の上空まで、煽情的なアバターの姿で飛ばしてきた。
服は「聖なるバニーコート」。カジノなどで美女が着ているバニースーツのことで、スタイル抜群な女の多いマホロバでは、「性なるバニー」などと持て囃されているシロモノだ。白い長耳もバッチリ装着している。
都会の空もなんのその、【金属の翼】を生やしてMAXの【敏速】でカッ飛んでくると、下界にいたのは水脈だけだった。
「おい水脈、俺は普通の服をオーダーしたよな!?」
「来たわね変態」
「これを寄越したお前らが言うなよ! これがいつから普段着になった!?」
「――似合ってるのがシャクに障るわね」
「あぁ、うん……。それは俺も思った」
鏡の前でうっかりシナ作っちまったよ。あいつの《真実の眼》、本体にも備わってンじゃねえのか?
地面へと軽やかに降り立ったRは、翼を解除した。
「んで? あの羊の皮被ったオオカミ娘は、どこ行ったんだよ?」
「バジルなら、お気に入りの子に会いに行ったわ。【終了】してね」
「ほほぉ~。じゃあなんでお前は残ってるんだ? 俺への懺悔か?」
「まさか。大事な友達が、『お姉様とフレンドリストを結ぶの忘れた』ってゴネるから、私が代わりに結んでおくって言って無理矢理終了させたの」
「――水脈、だからお前、友達選べって」
「普段は本当にイイ子なのよ、普段は」
「恋愛モードに入ると?」
途端にそそくさと視線を逸らす水脈。
ハハハ、流石は〈水玉〉、目ェ泳がせるのもお手の物か。――溺れろ、クソッ。
「さっ。とっととフレンドリストを登録しましょ、変態Rさん」
「アブない奴だと思ってるのに待ってたんだな。さっさとズラかって、『会えなかった』とかお茶濁せば済むだろうに」
「だってバジルが、『今から会う子を始め、庇護欲を掻き立てられる子は多かったけど、お姉様は別格よ。だって、格好良く守ってくれたハジメテの人だモン』とか、お目々キラキラさせて言っちゃうんだもの。それに、あんたにバジルが向かってくれたら、その子の負担が減るでしょ?」
「あ、俺って厄介な役を押し付けられる囮なのか」
「そういうこと。納得した?」
「スゲェした」
Rは水脈と握手を交わして、フレンドリストに登録した。
――やれやれ、なんつードライな「フレンド」だ。仕事でもそうそうねーぞ。
水脈はさっさと手を離した挙げ句、嫌そうに振りたくって見せたので、Rも思い切り悪態をついてやった。
※ ※ ※
【不毛の地/Barren Land】
黒/レベル4/ミドルクラス
分類:ドメイン
効果:範囲内にある、【不毛の地】以外の全てのドメインを破壊する。
効果:範囲内で新たにドメインを出せない。
「誰が悪いわけでもないんだ。ゆっくりじわじわと侵食して、気付けば手遅れなのさ」 ――バロウズ
7/82
収録版:MP、改訂版
※ ※ ※
「ところで水脈、本当に普通の服はないか」
Rは頭を掻きつつ溜息を吐いた。
「こう見えて、繊細でな。正直弱ってる」
「買えばいいじゃない。安いもんでしょ」
「そうしたいのは山々なんだが、俺本体の口座も調子が悪いらしくてな。使えないんだよ」
「じゃあ、そのままでいれば?」
「顔を出す用事があってな。このままだと、絶対ネタにするエロガキがいるんだよ……」
Rの脳裡で、ちっこい鼠小僧が所狭しとウロチョロしていた。女アバターだったら何でもござれという助平な四歳児に、グラマーなバニー姿というチーズを持って行くなど愚の骨頂である。ならば岩のまま馳せ参じてやろうかとも思ったが、先にこんな服のお礼を是非せねばという優先度も鑑みて、こちらにスッ飛んできたのだ。
「あ~らヤダ、NPCだわ」
そのとき、出し抜けにRの背後から声がした。振り向くと、そこにいたのは〈天使〉の女である。
「受け答えが凄く人間っぽいわねえ。OK社はリアルさを追求してるって聞いたけど、とうとうここまできたのね」
「おいおい、アンタ不躾だな」
おっとりした雰囲気や口調に覚えはない。どうやらこの天使、本心からRをNPCと言っているらしい。
「初対面の相手に、その口の利き方はねえんじゃねえか?」
「うわー、凄い。本当に生きてるみたいだわ」
吹き出しで名前なども見るが、やはり心当たりはなかった。
「ねえ、あなたもそう思わない、水脈ちゃん?」
「へ? いえ、だってこのRって奴、生きてますよ?」
「あらあら、水脈ちゃんはまだマホロバ歴が浅いの? ならしょうがないわねえ」
行動的に世話焼きおばさんっぽい母性溢れる天使は、自分でも操作してみせつつ、水脈に説明を始めた。
「えっと、このNPCを見つめてメニュー画面を出すでしょ? さらに見続けると、そこから詳細なデータを引き出すことが出来るの。NPCって文字は2ページ目にあるわよ」
「えっ、そうなんですか?」
はぁ? 何言ってんだこの女。勝手にNの文字が足されて見えてンじゃねえか?
Rは思いきり顔を顰めつつも、先ほどから不具合が頻発しているため、あるかもなぁと溜め息混じりにメニューを繰った。案の定、2ページ目には「PC」ではなく、「NPC」の文字がある。
ハッハー、ほーらな。もーこうなりゃ何でも来いだぜ。
Rは額を手で覆った。
俺はプレイヤーだっつーの。このアバター、見た目は極上なんだが、かなり不具合が多いな。ったくよォ、美人にゃ手が掛かるっつーのは、こういう事かねぇ……?
Rは頭を掻きつつ、ついでに次のページも見た。
「――あン?」
そこには、本人のみが閲覧できる特記事項について書かれていたのだが、その内容に思わず顔が強張る。
※このNPCは《速射/Quickfire》のユニークタレントを持つ。
《速射/Quickfire》の効果は、「呪文の準備時間が1秒早くなる。ただしゼロより小さくなる場合は一瞬とする」である。
「おい、何だよコイツは……」
――この呪文は、俺とランペルが御園居研究所に取りに行ったやつだぞ!?
Rは慌てて呪文カードの総数を数え直した。
60枚……、合ってる。
タレントも見返すが、どこにも《速射》の文字はない。
「――ハッ!」
Rは慌てて【終了】の真反対にあるハズの呪文、【開始】を確認した。呪文配置をカスタマイズしすぎた弊害と言うべきか、1枚だけ離しておいたのが完全に仇となった格好だが、差し替えるなら【開始】も外す候補だ。【開始】には道具袋が付随しているから、道具リストが展開しなかった理由にも説明がつく。
果たして、そこには《速射》が入っていた。
「うっ……。ウ、ソ、だろ……?」
景色がにわかに色褪せだした。全身が寒気に襲われる。地面がひどくあやふやなものに感じられ、まともに立っていられない。危うく前のめりに倒れそうになり、その場に膝をつく。
「あ、R……、大丈夫?」
水脈が心配そうに声を掛けてくるが、答える余裕すらない。息が深く吸えず、顔を手で押さえたのち、指の隙間からゆっくりと半透明の画面を見た。《速射》の文字が不変なことを知って、奥歯を噛み締める。
あ……、あのとき俺は、ターゲットだったこの呪文をスロットに突っ込んだのか……? それがユニークタレント扱いになって、【開始】が消えた……? いや、おかしいだろ。そんな処理はありえねえ。【開始】が消えたままじゃ、リスタートは出来ねえからだ。
なら、コイツはどういうことだよ? 都市伝説で噂されてるようなことが起きたっつーのか? たとえば、スロットに変則呪文を突っ込んだまま、死んだ、とか……。
「――なに?」
自分の推論に、背筋がゾクリと粟立つ。
突っ込んだまま……。
死んだ?
「――うわあああぁぁああああああァーーーーーーっ!!!」
Rは【金属の翼】で勢いよく飛翔すると、【敏速】を掛けてフルスロットルで世田谷の自宅にカッ飛ばした。
クソッ、クソクソクッソォーッ! 都会の空は混んでるだと!? 知るか!! チンタラ飛ぶ奴、ブツかりに来てンじゃねえぞ!!
Rは焦燥感に駆られつつ家へと急いだ。
そんなわけがねぇ、そんなわけがねぇんだ……。寒さは風のせいだぞ……寒気じゃねえ! 絶対にな!!
Rは脇目も振らず疾走したのち、屋根の青い一軒家の前に派手な砂埃を舞い上げて降り立った。扉の12桁のナンバーを乱暴にタッチしてから大股で押し入ると、1コマだった動きが1秒に変わり、目的階に到着した時のエレベーターのような加重感に襲われる。自動補正された間取りを居間まで歩き、同じく12桁のナンバーを入力、マホロバから現実の居間を見られるMVを素早く立ち上げる。
休日だからか、両親の姿は見えなかった。おそらく一緒に旅行でもしているのだろう。その代わりに、妹は居間にいた。休みぐらい一緒に過ごしてやれよと思うが、まさにお前が言うなというやつか。
目をトロンとさせ、万年こたつに伏せるようにして座る妹の様子に安堵したRだったが、ふと、片隅に映った隣室が様変わりしていることに気が付いた。ビデオを切り替えると、祭壇が組まれており、前方には純白の風呂敷に包まれた小型の直方体が安置されている。
それは昔、祖父の葬儀で見た光景と酷似していた。
祭壇の中央にある写真は、額縁の端だけが映っていた。嫌な予感が猛烈にぶり返し、またもや息苦しくなる。
おいっ……。嘘だろ、やめてくれ……!
必死に祈りつつ、固唾を呑んでカメラのアングルを変えていく。
しかし、予想は当たった。――当たってしまった。
「あっ……。あああぁぁぁあああぁぁっ……!」
写真を目にしたRは、両膝をついて泣き崩れる。
遺影の中では、在りし日の荒巻良太郎が、満面の笑みを湛えていた。
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キリが良いので一旦終了です。
これだけだと短いため、おまけでアバターデータを掲載いたします。
#アバターデータ01:R
名前/Name:ン五六ん56・R
種族/Race:〈岩石/Pygmalion〉
形態/Form:○
筋力/Strength:4
機敏/Dexterity:4
容貌/Looks:神々しい/Divine
年齢/Age:18
身長/Height(cm):91
体重/Weight(kg):108
領土/Domain:【不毛の地/Barren Land】
デッキ名「黒銀コッペリア・R」
レシピ
才能 2枚
《人間変身/Transform》
《魔力視覚/Mana Sight》
黒4+1 25枚
【封印/Seal】4
【無の領域/Null Field】3
【不毛の地/Barren Land】2
【放棄/Abandonment】
【生命奪取/Drain Life】2
【魔力奪取/Drain Mana】2
【魂の消滅/Soul Vanish】
【絶滅/Extinction】2
【死の衝動/Thanatos】3
【夜/Nyx】
【闇/Darkness】
【寄生虫/Parasite】3
銀4+2 27枚
【無敵の盾/Aegis】3
【水晶の盾/Crystal Shield】
【敏速/Quickness】3
【のろま/Slowness】
【遅発/Delay】
【偏向/Deflection】
【合言葉/Password】
【予備部品/Spare Parts】2
【鉄の体/Iron body】
【狙撃/Snipe】3
【金属の翼/Metal Wing】2
【幻覚看破/Find Illusion】
【ネタバレ注意/Spoiler Alert】
【カルイザワの眼鏡/Glasses of Karuizawa】2
【武器作成/Create Weapon】
【廃品回収/Salvage】
【衛星球/Satellite Ball】
【踊る自動人形/Dancing Automaton】
緑0 1枚
【強欲の宝石/Jewel of Greed】
紫0 1枚
【精神感応/Telepathy】
特技 6枚
【呪文の達人:銀/Spellmaster:Silver】2
【魔法熟達:銀/Magic Adept:Silver】2
【呪文の達人:黒/Spellmaster:Black】
【魔法熟達:黒/Magic Adept:Black】
特殊 2枚
《速射/Quickfire》
【終了/Quit】
計64枚