第五部 〈異形の巨人と刃〉
地響き。
魔族の襲撃により廃棄されたその区画に、ソレは居た。
小柄に見えるその体躯に不釣り合いなほどに巨大な腕を、引きずるように移動しては家屋を破壊して回る。
剛腕から繰り出される打撃は、何の小細工も不要な程の破壊力を誇り、犠牲になった家屋は見る影も無く粉砕される。
破壊活動をして回るその姿には悲しみがあり、憎しみがあり、寂しさが見える。
「何だあいつ……巨人族なのか……?」
巨人族。
通常の人間の三倍から五倍の大きさを持つと言われているその種族は、普段は温厚な性格で、争いを好まないと言われており、魔族の襲撃があった際にも目撃情報は極端に少ない。
だが、目の前の魔族はそれとは違うように見える。
通常、巨人族は体全体が大きく、また、意味のない破壊活動は行わない。
目の前のソレは、体の一部、主に腕のみが巨大化しており、それも通常の巨人族より見劣りするサイズだ。前述した巨人族の特徴とは似て非なるように思える。
「どちらにしろ魔族には変わりないんだろ? さっさと終わらせようぜ」
「待て黒羽。何者か分からないんだ、慎重に行け。失敗したらすぐに俺たちが援護してやるから安心しろ」
「分かった。一撃で終わらせてやる」
まだ破壊されていない家を壁にして近づく。
謎の魔族は、家屋の破壊に夢中で黒羽に気付いた様子は無い。
いける。
一撃必中を確信して放ったその一撃は、巨人もどきの首筋を捉え、
——ギィン
弾かれる。
「なにっ!?」
「下がって黒羽!」
志音が弓を構える。
黒羽が退いたことを確認して放たれたその矢は、敵の足元に刺さり、爆発する。
威力は低いが、舞い上がった土煙により黒羽は安全に退却することが出来た。
瓦礫を盾にして避難する。
「何だったんだ今の……結界か……?」
黒羽の刀は、魔族の首筋に当たる直前に弾かれていた。
考えられるのは結界である。しかし、
「ねえ、巨人族って魔法使えたっけ?」
そうなのだ。
巨人族は自らの剛腕があるが故に、魔法を使うことはほとんど無い。ましてや防御用の結界なんてものは、常に自らの肉体により構成されているようなものだ。それを張る意味は無い。
「北条君かい?」
声がする。魔族の居た方向だ。
まだ声変わりが済んでいないような、ボーイソプラノ。
「それに橘さんと三上君もいるよね?」
その声は段々と近づいてくる。
「もしかして一之瀬かっ?」
そんな馬鹿な。
「一之瀬だと?」「一之瀬君?」「誰?」
三者三様の反応をしているが、それに答える余裕はない。
「何してるんだ! 危ないだろ! 早く逃げろ!」
「逃げるべきなのは君たちじゃないか」
「何だって?」
思わず瓦礫から顔を覗かせる。
しかしどこにもナナトのような姿は見当たらない。
「どこだ一之瀬!」
「目の前に居るでしょ?」
前方の巨人もどきから声がする。
正面から見ると、その姿がはっきりと分かった。
その体に不釣り合いな程の巨大な腕の持ち主である、小柄な人物の正体。
「ナナト、どうしたんだその姿!」
一之瀬ナナト。
一般的な高校生男子の平均身長よりも、かなり低い身長の男子生徒。
魔法、近接戦闘、その他諸々が苦手なその生徒は、先日もチームメイトである金庭らに落ちこぼれ呼ばわりされていた。
温和でパッとしない生徒、というのが周囲の認識のはずだ。
「そんなことはどうだっていいんだよ。ボクは今、君たちを殺したいだけなんだ。ほら、出てきてよ。叩き潰してあげるから」
半ば錯乱しているようなナナトの言動に、戸惑いを隠せない。
「出てこないの? じゃあ引っ張り出してあげるよっ!」
「——っ!」
ナナトが振り下ろした剛腕は、見事なまでに黒羽達の隠れていた瓦礫を粉砕した。
「やるしかないのかっ?」
刀を構える。
「どうせ僕になら勝てると思ってるんでしょ? そんなに甘くないよ」
巨大な腕を構える。
「待て黒羽っ! 俺たちも居るんだ! 無茶するな!」
「分かっているさ。だが俺は前衛だ。守りは俺の役目だろ?」
仮にも近接武器を扱っているのだ。前衛の黒羽が逃げ出しては戦線が崩壊してしまう。
「待って待って! 私も鎌だから前行く!」
彩芽が駆け寄ってくる。
「来るなっ!」
「——っ!」
鬼気迫る表情で叫ぶ。
「分かるんだ。強いのが伝わってくる。お前を命の危険に晒すわけにはいかない」
「カッコいいこと言っても無駄だって。自分だって強いの分かってて無理してるんでしょ?」
幼馴染の勘だろうか。なぜかバレる。
「何であんたたちだけラブコメチックな雰囲気出してるのよっ! 良いから早いとこ倒すのよ! ケイ、指示を出して!」
「おうよ」
待ってましたとばかりに早口で説明するケイ。
「普段の一之瀬は魔法が使えないから、攻撃手段はおそらく近接。遠距離までは攻撃が届かないはずだ。だが、さっき黒羽の刀を防いだ結界があるから油断はするな。作戦はいつも通り、黒羽が前衛で戦線維持。俺と志音が遠距離から支援だ。刀を防ぐ強度の結界だと、遠距離では威力不足になるかもしれない。役割は主に目くらましだ。いいな?」
「「「了解!」」」
各々散開し、配置に付く。
黒羽はナナトの目の前。志音とケイはそれぞれナナトを挟むように瓦礫に隠れる。
「えっ、私は?」
彩芽が困り果てて立ちすくんでいる。
「お前はこっちに来い。攻撃の威力が足りん」
「ふへへ、もー、素直じゃないなぁー」
彩芽は破顔させながら黒羽の隣に並ぶ。
「本当は一緒に戦いたいんでしょ? そうなんでしょ? ねえねえ?」
「うるせぇ、集中しろ」
未だに武器を取り出さない彩芽に痺れを切らす。
「痛い! 叩かないでよー」
「いいから武器出せ」
「もー、分かってるってー。ふぅ……」
先ほどとは違い、彼女の髪からヘアピンが消える。
同時に彼女の髪が垂れ、目に掛かる。
『——っ』
周囲の気温が下がった気がした。
これならいけるかもしれない。
根拠は無いが、なぜかそう感じる。
彼女の白い髪も相まって、命を刈り取らんとする死神の様に見える。
「そろそろ良いかな? 準備が長いよ」
「あぁ、すまなかったな。良いぞ。絶対に負けねえ」
黒羽が地を蹴ると同時に、ナナトは腕を振り下ろし、加速する。
交錯する瞬間、黒羽は重心を下げ、ナナトの拳を避ける。
振るった刀は剛腕に当たり、弾かれる。
滲む血は、赤は見えども滴りはせず、さしたる影響も与えることは無さそうだ。
「弱い、弱すぎるよ。もっと全力で来てよ」
全力で、と言われても、全力を出すに出せない事情もあるのだ。
仮にも同じ学園の生徒。殺めたりなどできるわけがない。刃物は殺傷力が高いが故に、加減が難しいのだ。
「ほら、全力出してよ。じゃないと、ボクの本気で潰れるよ?」
背筋に怖気が走る。
「分かった。俺も全力を出す」
これは本当にやばい……!
ナナトの体に満ち溢れた力が、黒羽達にオーラを幻視させる。
憎しみや悲しみ、寂しさを湛えたそれは、ひどく冷たく、黒く思えた。
「ボクだって本当はこんなことしたくなかった……けど——」
仕方ないよね。
「——みんなボクをイジメるんだよっ!」
地面を叩く。
飛び散る石片は目くらましとなり、ナナトの接近を許す。
反応の遅れた黒羽は、その拳を必然的に刀で受け止めることになる。峰で逸らした剛腕は地面を殴打し更なる石片をまき散らす。
距離を取り直す黒羽を、さらにナナトは追い詰める。
「クソっ! 隙がねえ!」
瓦礫から戦闘の様子を窺うケイだが、戦闘のスピードが速く、付いていくことが出来ない。下手に魔弾を放ったら、黒羽に直撃しかねないのだ。
当の黒羽も、何度も魔器の力を引き出そうとしているが、体格に似合わぬ間断ないナナトの攻撃に、防戦一方だ。
「避けてばっかりいないでさあ! ちゃんと戦ってよ!」
逸らす。
「何で避けるのさ!」
逸らす。
「待てよ一之瀬! 俺は何もしていないだろう! なぜ俺まで潰そうとする!」
逸らす。
「何もしていない!? 本当にそうだと思ってるの!?」
「あぁ! 手を出した記憶は無いぞ!」
遠巻きに眺めこそすれ、いじめに加わった記憶などこれっぽっちも無い。
「じゃあ何で助けてくれなかったの!?」
「——っ!?」
逸らしきれない。
モロに刃への打撃を受けた黒羽は、それだけでは止まらず、後方に勢いよく吹き飛び、瓦礫に叩きつけられた。
「黒羽っ!」
今すぐにでも駆け寄りたい衝動を抑え、見守る志音。
「そういえば、あの娘はどうしたんだい? 白い髪の——」
バリーン、ガラスの割れるような音が響く。
「——っ!」
「私がこの人引き付けるから、早くくろにぃ連れてって!」
夜の闇から現れた死神は、一撃でナナトの生命線である結界を破り、執拗に首元を狙う。
大振りで決して美しいとは言えない刃筋。しかし、闇に紛れるステルス性、結界の薄いところを狙う観察眼は、目を見張るものがあった。
不意を突かれたナナトは、体制を立て直すことが出来ずに後退する。
「全く……もう少しだったのにさ。何で邪魔するの?」
「邪魔なんてしてないよ、くろにぃは私のものだから誰にもあげない。それだけ」
相対する死神と異形の巨人。双方が不敵な笑みを湛えている。
「黒羽っ、大丈夫……!?」
瓦礫裏に運び込まれた黒羽は、吹き飛ばされた衝撃の影響か、目を覚ます気配はない。
「息はしてるな。寝かせておけば大丈夫なはずだ」
体制を整えたナナトは、再度結界を張りなおす。敵として認識されてはもう、再び結界破りを行うことはできない。
彩芽は表情を険しいものにして、刃を構えなおす。
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