第六部 〈白き翼の堕天使〉
『おーおー、やってるなー』
「「「——!?」」」
突如、戦場に似つかわしくない緊張感のない声が響いた。
長い黒髪を腰の辺りで束ねた青年。
背中には、白く大きな翼が生え、ローブを羽織り、快活そうな笑みを浮かべている。
『いやー、にしても久しぶりだなあ。外の世界ってのもやっぱり良いもんだねえ』
ぐぐっと伸びをして深呼吸する青年。
その場にいるもの全てが、緊張感で微動だに出来ない。
『おっと、こんなことしてる場合じゃないな。えーっと、かたなかたな……あったあった』
青年は、先の戦闘で折れた、黒羽の刀を拾う。それにはもう、黒は無い。
「魔器が折れてる……だと……?」
ケイが驚愕する。
「これはやばいことになったな……」
魔器は、魔族を封印する器。つまりそれが破壊されれば、中に封じられた魔族の封印も自動的に解けることになる。
黒羽の使う魔器は、一際強力な魔族が封じられていた。それが今、解き放たれたのだ。
『おい、クロ、起きろー』
「なっ——」
いつの間に近づいたのだろうか。認識したときにはすでに、目の前の黒羽の頬を叩いていた。
『あちゃー、起きないかなーこれ。仕方ないか、これ使いたくないんだけどな』
ブツブツと独り言のように何事かを呟く青年。
その掌から黒いオーラが流れ出し、黒羽の中に入り込む。
「ちょ、ちょっと! 何してるんですか!」
空気が読めないのか無謀なのか、志音が青年に声を掛ける。
『んー? これ? これは、クロを起こしてるのさ』
「は……?」
『そろそろ起きるかなー。おーい』
「——っ」
目を覚ます。
『お、起きた起きた。ほら、クロ、倒さないといけない敵が居るんだろ? 倒してきなさい』
まだぼんやりする。
倒さないといけない敵。居たかもしれない。俺はさっき負けたはずだ。負けた……?
「——っ! だ、誰だっ!?」
『お、ようやくはっきりしたな。俺の事覚えてるか?』
「覚えてる……?」
何をだ。こんな男は知らない。
怪訝そうな黒羽の態度など意に介さない様子で、青年は手を差し伸べる。
『ほら、立て』
「あ、ありがとう。貴方は?」
『忘れたのか? お父さんだぞ?』
「……は?」
さらりと放たれた一言は、この場に居る全員を震撼させた。
魔族であるはずのこの男が、人間である黒羽の父親? そんな馬鹿なことがあるわ開けが無い。
『む、疑ってるな? せっかく新しい力をあげたってのに』
「新しい力?」
『あぁ、そうさ。といっても本来元から使えたやつを引っ張ってきただけだけどなっ!』
ハッハッハッ! 何が面白いのか、笑い出す自称黒羽父。
「せ、せめて名前を……」
『名前? 俺はヴァイシャネラだ。略してヴァイスな』
ヴァイシャネラと名乗った男は、黒羽に言う。
『とりあえず、細かいことは良いから倒してこい。話はそれからじっくりしてやる』
「お、おう」
ヴァイスに背中を押された黒羽は、ナナトの元へ向かう。
『俺は手を出さないから安心しとけよー』
何のための安心なのかと問いたいが、それも後から話してくれるのだろうか。
「彩芽、ありがとな。」
サポートしてくれたであろう彩芽に礼を言い、ナナトに向き直る。
「ナナト、今度こそ倒すからな」
「う、うん、強くなったのかもだけど、絶対に負けない。叩き潰すよ」
再び構える二人。
しかし、先ほどとは全く違う点が一つあった。
黒羽は刀を握っていない。代わりに、魔族しか使えないはずの魔法陣を展開している。
「魔法が使えるのかい? でも、それじゃあボクの結界は破れないよ」
黒羽には分かる。この魔法は普通ではない、と。
「ふむ、なぜかは分からないが、この魔法、良く馴染むな。まるで俺の手足の様だ」
黒羽が呟く、その瞬間。魔法陣から漆黒の腕が生えてくる。
「なるほどな」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた黒羽。
「ど、どんなことをしても無駄だよ。ボクの結界は、強度だけはあるんだ」
「分かった。一撃で終わらせてやる」
二人同時に加速に入る。
リーチで上回った黒羽の魔法が、ナナトを捉えた。とっさに交差させた腕に直撃し、吹き飛ぶ。
その衝撃だけで、結界が破れた音がする。
いや、衝撃はそれだけに止まらない。叩きつけられたナナトは、あまりの衝撃に気を失った。
「……ハァハァ……これは……予想以上に、疲れる、な……」
気を失ったのはナナトだけではなかったようだ。
『こりゃ、もうちょっと訓練が必要だな。よし、運べ運べー』
「「「は、はい!」」」
腕が元に戻ったナナトと魔法陣が消えた黒羽、二人を運びながら学校へと帰ることになる。
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