5、人工知能
成田博士が旅行に行っている間、研究室ではいつものように西田と沢村の口喧嘩が繰り広げられていた。
「いやー、やっぱり子育てロボットは一人に二体がいいんじゃないの。父親と母親って事でさあ」
「ダメダメ。絶対に無理。新人類が自分たちで子供を設けるようになるまで子育てロボットが必要なのよ。何体いると思う。とても無理だわ。そもそもあんたが設計した人工知能がいけないのよ。人工知能を一つ作るのにどんだけ電力使うか分かってるの。それに何でこの世に存在しない元素で作るのよ。普通にゴロゴロしてる元素で作ればいいじゃないの。元素表に載ってるヤツで。世の中に無い元素を初めから一個一個つくるから莫大な電力が要るのよ」
「仕方ないだろ子育てロボットなんだから。普通の元素で作ったらコンピューターレベルが限界なんだ。父さん、母さんが意志を持ってない正確な判断だけのコンピューターじゃいやだろ。心だよ俺が作ってるのは。コ・コ・ロ。時には優しく、時には厳しく。本当の人間に近づけたいんだよ。しかも小型でバッテリー駆動なんだから普通の元素じゃ無理なんだよ。頭の直径が五メートルで電源コードが付いた父さんなんていやだろ。第一そのサイズじゃ部屋の中に入れねえぜ」
「分かってるわよ。だから一人に一体にしてるんじゃないの。本当なら十人に一体ぐらいにしたいところよ。そうすれば一度に産む子供の数が多く出来るでしょ。人類の発展速度も速くなるの。一度に三十人じゃ、いつになったら元の世界に戻ることやら。そうそう、それと前から言おうと思ってたんだけどさあ、あんたの設計した子育てロボットってブサイクじゃない?」
「ブサイクだって!」
「そうよ。絶対ブサイクよ。全身シルバーだし、目はまん丸で瞼ないし、鼻も穴が開いてるだけ、しかも一個。口だって動かなくて中のスピーカー見えてるし。その上ハゲ。人間に近づけたいならもっと外観にもこだわりなさいよ」
「うるさいなあ、機能優先なの。俺の設計は。瞼や髪の毛付けたって機能は向上しないし、鼻なんて穴一個あれば匂い分析できるし、物食わねえんだから口なんて開かなくていいの、声さえ出せれば。全身シルバーって言うけど人工皮膚だぜ。赤ん坊抱いた時にも柔らかくてスキンシップに持って来い。しかも金属ベースで強度最高ときたら使わない手は無いだろ」
「はいはい。分かりました。いいですよ。ブサイクで」
西田は呆れた顔でそう答えた。
「ところでさあ、一つ頼みがあるんだけど。やっぱダメかなあ。ダメって言うよなあ」
「何よ。男らしく言いなさいよ」
「これ新型の人工知能なんだけどさあ。一台だけでいいから作っていい?」
「見せてみなさいよ。ええっと。何これ!間違いでしょ。何で作るのにこんなに電力使うわけ。桁が違うじゃないの、しかも三桁。ばっかじゃないの。保守システムを動かしながら作ると人工知能一つ作るのに二十年はかかるわよ。何考えてんのあんた」
「あーやっぱダメか。俺もそう思ったよ。電力食い過ぎだよな。はあー。すっげー人工知能なんだけどなあ。仕方ないか。それじゃ削除するか」
「ちょっと待って。本当にすごいの?」
「ああ、すごいとも、めちゃくちゃすごいよ!作らせてくれる」
「ダメ」
「なんだよ。期待もたせるなよ」
「作っちゃダメだけど、データだけは置いといて。何か役に立つかも」
「何かって何だよ」
「んーわかんない。女のカン」
「カンかよ。まっいいか。データさえあれば。どうしても心の再生がうまく行かない時に二十年かけても作ってくれるかも知れないしな。最終手段って事で。心の再生には関係ねえけど、物は試しってな。なにしろ、スゲー人工知能だからな。そのカンとやらに期待するか」
「そうそう、人工知能もいいけど、その人間の心の方も何か考えなさいよ」
「そりゃ無理だ。俺、設計屋だから。機械が専門。まあ、電気もやるけど。人間の方は専門外でーす。そっちの方は先生が何か方法考えてんだろ」
「それがねえ。やっぱり難しいみたいなのよ。だって先生も工学博士だし」
「そうだよなあ。どっかに優秀な生物学者いないのかなあ」
「今地球上に生き残っている科学者たちは、みんなあの霧島博士って言う人の研究所に集まって。それで出た最終結論が人類の再生は不可能なんてねえ。結論出したらみんなさっさと自分の国に帰っちゃたそうよ。無責任ねえ」
「そうだよなあ。これじゃお先真っ暗だよ。いくら人工知能作ったって肝心の人間に心が無ければお手上げだよ」
「あと生き残っている生物学者と言えば、あの爺さんぐらいだしねえ」
「爺さんって」
「ここ、エリア長野に住み着いてる偏屈ジジイよ」
「ああ、あの爺さん。そういえば昔は有名な生物学者だたってな。この前うちの先生、会いに行ったんだろ、その爺さんに」
「ええ、でも面白い話を聞かせてもらったって。お茶出してもらって」
「なんだよ、茶のみ友達かよ」
「そう、だからさあ、やっぱり私たちが頑張らなきゃいけないのよ。あんたもその大飯喰らいの人工知能に何か考えさせなさいよ」
「大飯喰らいだって!」
「そうじゃないの。電力ばっかり使って」
「何だと!」
「あっ、先生からメール」
視察中の成田博士からデータが送られてきた。
「ええっと。何このデータ。開けないわよ」
「どれどれ、こりゃあのビデオカメラのデータだな。ちょっと待ってろよっと。はいこれでOK」
「わあ、すごい!こんなに自然が回復していたのね。うん、よし。これだけ自然が回復しているなら地球全体の自然が回復するのも時間の問題ね。あとは心の問題さえ解決すればOK。ねえ、あんた。なに黙って画面見てるのよ。私が気合入れてるっていうのに!」
画面には草原で遊ぶ大祐の姿が延々と映し出されていた。
「いいなあ。雄大な自然かあ。ああ、俺も行きたかったなあ。大祐君といっしょに草原で追いかけっこしてさあ」
「そうねえ、あんた大祐君と仲良しだもんね」
「仲良しなんてモンじゃねえよ。大祐君はなあ、俺の師匠だぜ」
「十歳の子供があんたの師匠。何よそれ。まあ頭脳レベルから言えば、あんたより大祐君のほうが上かも知れないけど」
「ばあか。俺の人工知能はなあ、大祐君の行動パターンを解析して作ったんだよ。だから師匠なの。子供って好奇心の塊だろ。俺の人工知能にもその好奇心を植え付けたわけ。そしたら爆発的に成長してさあ。人工知能が自分自身でだぜ」
「ふうん。だからいつも大祐君と遊んでたわけ。私、てっきり、あんた幼稚園の先生志望なのかと思ったわ。ああ、分かった。それで五年前に大祐君が北海道へ行っちゃったから、あんたの人工知能も成長止まったんだ」
「ちゃんと成長してますよ。この前、いつだっけ。大祐君が久しぶりに北海道から遊びに来ただろ。そうしたらさあ、生意気な事言うようになっちゃってさあ。大人ぶってんの。いろんな事を俺に教えようとするんだぜ。何にも知らないくせに。それで俺も考えたわけ。ああ、これは物事を自分なりに解釈して、推理してるんだって。そこで俺の人工知能にも推理と検証機能をつけたわけさ。それともう一つ。いたずらしたり、ダダをこねたりしてるの見て俺はピンときたね。かなり成長してるって」
「当たり前でしょう。子供が成長するの」
「そうじゃなくて、何故成長したかだよ。いたずらだって、ダダをこねるのだって相手がいなきゃ成立しない行動だろ、驚いてくれたり、怒ってくれたり、喜んでくれたり。そこでさあ、俺の人工知能にも相手を意識して行動する回路を取り入れたわけ。俺の人工知能使うの子育てロボットだろ、だから子供に重点おいて。プログラム通りに動くコンピューターと違って自分で成長するのが人工知能だから、これ、たぶんすごい事になるぜ」
「たぶんって何よ。まだ出来てないって事」
「出来てるさ、設計はな。でも作らせてくれないじゃんか」
「ああ、あの超大飯喰らいの事」
「だから作ってもいいだろ。一台だけ」
「ダメって言ってるでしょ。電力食い過ぎ。そんな事よりちゃんと画面見なさいよ。せっかく先生が送ってくれたんだから」
「見てますよ。ちゃんと」
「ねえねえ。今大祐君が食べたのって、もしかしたらイチゴ?」
画面に大祐がイチゴを食べるシーンが映し出された。
「そうだよイチゴだよ。ああ、俺もイチゴ食いてえ! 大祐君がイチゴ食ってるの見たら、なんか脳みそがピリピリとしてきたぜ。何で昔の人はデータ残してくれなかったんだよ。カツ丼やらトンカツやら酢豚とか、画像ばっかり残ってるけどエレメント用の合成データ何も無いんだぜ」
「仕方ないのよね。エレメントが出来た時は食べ物なんてほとんど何も残ってなかったんだから。スキャンする事もできなかったのよ」
「そうだよな、エレメントが出来た時って言えば食料危機が頂点に達した時だもんなあ」
「スキャンする食材が無かったんだからデータが無いのは当然よ。ところであんたが食べたい物って豚肉料理ばかりなのね」
「よく豚肉料理って知ってるじゃん」
「実はね。私も時々いろんな食べ物の画像見て、あー食べたいって思ってるの」
「へえ」
「あれ?」
「何?」
「あんた画像見ただけで美味しそうって思うの?」
「そうだけど」
「ほんとうに?」
「なんでこんな事でウソつかなきゃいけないんだよ」
「ほんとうに」
「しつこいなあ、本当だって言ってるだろ。毎晩画像見てよだれたらしてます。そうそう変態ですよ。俺は」
「違うわよ。あのね。普通の人って画像見ても美味しそうとか思わないんだって」
「まさかあ」
「それが本当なのよ。友達の誰に聞いても美味しいとか思わないんだって。と言うよりどうも昔の言葉で言うと食欲って言うのが無いみたい。あんたの友達はどう?」
「俺、友達いない」
「あ、ごめん」
「ごめんって言うな!」
「あんたに友達いないのは置いといて、良く考えると当たり前なのよね。だって生まれてから一度も美味しい物って食べた事がないんだもんね。学校でさあ、エレメントで合成された塩化ナトリウムとか酢酸とかブドウ糖とか味見したけど、どう考えてもあれって美味しく無いもんね。だから美味しいって言う概念がないのよ。もしかして私たちのって超能力かも!」
「ばあか」
「じゃあなんでよ」
「なんでって言うか、食欲があるのが普通で無いのが変なの。だから俺たち普通なの」
「そうなのかなあ」
「おいおい、今度は先生と奥さんまでイチゴ食ってるぞ」
モニターに家族三人でイチゴを食べる映像が映し出された。
「あらほんと。たくさんあるのねえ。でも誰が撮ってるのかしらこの映像」
「そんな事よりおれも食いたいよお。イチゴ。えっ、ちょっと待って。大祐君がイチゴ食ってるのって今の映像だよな」
「そうよ。えー、時間から考えてアメリカの極地観測機経由で送ってきたんじゃないかしら。早く私たちに見せたかったのよ、きっと」
「先生、まだそこに居る!」
「うーん。あと三十分ぐらいで出発よ。まだこの映像の草原に居ると思うけど」
「おいおい!早く先生にメール!」
「ナニよ、あわてて」
「イチゴ採って来てもらうんだよ」
「いい考え。あっ、でもここに着く頃には腐さちゃうわ。冷凍してもらう」
「ちがうよ。アンカレジの基地にスキャナーぐらいあるだろ、そこでデータ化してもらうんだ。それをすぐにここへ送ってもらうんだよ」
「あんたすごい! 食い意地張ってる!」
「そんな事より早く先生にメール」
「はいはい、送信と。そう言えばさあ、先生に聞いたんだけどさあ、あの偏屈爺さんの家にニワトリみたいな鳥がいたんですって、それもスキャンさせてもらちゃおうか」
「いいねえ、鳥。焼き鳥に空揚げ。あー唾が噴出してきて溺れそうだぜ」
「そうそう!あとどっかの国の王族が犬飼ってるんですって。さすが王族ね、あの食糧危機があっても、何百年間も犬を飼いつづけてるなんて。それもスキャンさせてもらっちゃいましょうか」
「お前犬食うの?」
「まさか」




