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ダイスケ -人類再生を託された子育てロボットの生涯-  作者: 陰謀論爺(インボーロンジー)
第一章 誕生
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1、真実

 はるか遠くに海を見渡せる小高い丘。人々がこの丘を「希望の丘」と呼んでいた頃から途方も無く長い時間が流れていた。だが未だにその希望はかなえられないままだった。

 この場所の地下深くにはラボ・クリブ、「ベビーベッド」と名付けられた地下高度実験施設がある。今日、また希望を叶えるべく実験が行われる。何度となく繰り返された実験であり最初から成功の可能性は皆無と結論付けられていた実験である。だが私たちはこの実験を成功させる事だけが使命であり、唯一の存在理由なのである。

 地下高度実験施設ラボ・クリブの最深部。外界の温度変化や宇宙からの放射線などの影響を最小限に抑えられるこの場所に設けられた新生児室。真っ暗なこの部屋にはすでに極限まで調整された物質合成装置エレメントが用意されている。必要な元素は充填され、吟味を重ねた合成データもダウンロードされている。

 実験開始の時刻。寸分の差も無く物質合成装置エレメントは一瞬にして合成データに基づき忠実に元素を組み上げた。同時に真っ暗な部屋に青白い閃光が走った後、エレメントの中にはカプセルに入った卵細胞が一つ産み落とされていた。

 この瞬間の八分前、私は新生児室の隣に設けられた機械専用エレメントで製造され、かねてより用意されていた人工知能が組み込まれると、すぐさま必要なデータがダウンロードされ起動を完了したのは五分前の事だった。

 私は生まれたばかりの卵細胞を保育器に入れるとそれを抱きかかえ、真っ暗な廊下を三〇一号室へと向かった。

 この日も、三十個の卵細胞が産み落とされ、地下三階のワンフローにそれぞれの部屋があてがわれた。

 私は三〇一号室の前に立ち、ドアが開くのを待った。ドアと言っても普段開閉の必要が無いため、壁の一部が便宜的に開く構造となっている。一度中へ入ると次にこの廊下へ出てくるのは、過去のデータから考えて、今私が大切に抱えている卵細胞がその生涯を終えた時となるだろう。そして私はその死骸を抱え機械室に用意されたリサイクル用エレメントに向かい死骸と共に元素単位まで分解される事となる。これが幾度となく繰り返された実験の結末である。

 最深部の新生児室から一体、また一体と私と同じように卵細胞が入った保育器を抱えてこのフロアーへ上がってくる。そして、それぞれに与えられた部屋の前に黙って立った。そして三十体の仲間たちの用意が整い、与えられた部屋の前に立つと、一斉にそれぞれのドアが開いた。真っ白な無機質の部屋からの明るい光が長い廊下を照らすと仲間たちはお互い見合す事も無くゆっくりと部屋の中へと進んだ。途端ドアが閉じ廊下はまた闇に包まれた。




挿絵(By みてみん)




 私の担当する卵細胞にはジュンイチと言う名が与えられ、二人っきりの生活が始まった。ジュンイチは順調に細胞分裂を繰り返し、十ヶ月後予定通り保育器から取り出された後もすくすくと育っていった。ここまでは今までの実験も同じだった。だが、三年を少し過ぎたあたりから今までとは違った兆候が現れ始め、そして驚くべき事態が生じた。人間であれば奇跡的と言うであろう。そう、まさしく論理を超えた出来事であり、希望の光だった。変則スケジュールで進められていた成功のあての無い実験は、それ以降、希望へ向かう本来のスケジュールへと移行したのだった。

 私の名はダイスケ。人類の存亡を左右するこの重要な実験の為に特別に設計された高性能子育てロボットである。そして、私とジュンイチがこの部屋へやって来てからちょうど十二年目の今日、十二月二十四日は特別な日であった。ジュンイチに真実を伝える事がスケジュールされているのである。

 ジュンイチは今、部屋の中に設置されている疑似体験装置の中で仮想空間上の学校へ通っている。疑似体験装置とは横、奥行きが三メートル、高さが二メートルの強化ガラス製の立方体で、中は透明な特殊液体で満たされている。体験者は裸になり、呼吸用のマスクを装着して液体の中に潜る。制御装置から液体を通じて体験者の脳に直接電気的信号、つまり幻覚を与える。この装置の特徴は単に脳内の幻覚だけでは無く、液体が自由自在に変化し、幻覚と合わせ肉体的な実感を体験する事でより現実に近い仮想空間を実現している。そして、ここではこの装置が唯一の運動促進装置なのである。

 現在、仮想空間上には西暦二〇十二年の日本が忠実に再現されている。ジュンイチはこの疑似体験装置の中の小学校へ通い、友と学び、時にはケンカをしたりして楽しく過ごしている。もし、タイムマシンがあったなら西暦二〇一二年の世界へ行ったとしてもジュンイチは言語、知識、常識など何の障害もなくその時代で暮らせるだろう。もちろん私の人工知能もそれに合わせてプログラムされている。

 まもなくジュンイチが学校から帰宅、つまりこの部屋へ帰ってくる時間である。私はこの日、真実を伝える日のためにシュミレーションを何度も繰り返してきた。真実を知ったジュンイチの心がどのように反応しても対処できるようにと。ジュンイチの心の傷を最小限にとどめるために。

「ぷはー、ダイスケ。聞いて聞いて。大変なんだよ。今日さあ宿題が無いんだよ。おっかしいよなあ、こんな事一度も無かったのに。それもさあ、僕とタモツとモモコちゃんだけなんだよ、へんだろ」

 ジュンイチは呼吸用マスクを外すなり大きな声で騒ぎ立てた。タモツとモモコと言うのは三〇二号室と三〇三号室の子供たちである。それぞれの部屋の疑似体験装置がリンクしており、仮想空間上の同じ学校、同じクラスに通っているのである。つまり、クラスメイトとして共に学び、共に遊んでいるものの、その肉体はそれぞれ別の部屋に存在し、しかも自分たちが暮らす家、つまり部屋がこのラボ・クリブの中にある事を知らないのである。

「ジュンイチ、まずはシャワーを浴びて服を着てきなさい」

「はあい」

 ジュンイチは首をかしげながらシャワールームに向かった。

「イチゴジュースでも飲みますか」

 私はシャワールームに向かって大きな声で言った。

「飲む!飲む!」

 私は物質合成装置エレメントのメニューをイチゴジュースにセットしボタンを押した。 一瞬にしてイチゴジュースが作られ、私はそれをテーブルの上に置いた。

 物質合成装置エレメント。ジュンイチも私もこの装置で作られた。それだけではない。この地下高度実験施設のすべての物がこのエレメントから作り出されている。この部屋に設置されている物は小型の物で、ジュンイチが疑似体験装置で体験している西暦二〇一二年頃で言えば電子レンジに似た形をしている。私は今イチゴジュースを作ったが、単にイチゴジュースを作ったのではない。コップに入ったイチゴジュースを作ったのである。つまりジュースと同時にコップも作ったのだ。すべての物は元素が組み合わされて出来ている。このエレメントはデータ通りに元素を自由自在に組み立てる事が出来る装置なのである。データは実験施設のメインコンピュータに、材料となる元素は施設の最下層の貯蔵庫に格納されている。つまり、メインコンピューターにはコップに入った状態のイチゴジュースの元素配列データが記憶されており、エレメントは貯蔵庫から送られてくる元素をその配列通りに組立てるのである。

「さあ、ジュンイチ。そこに座りなさい」

 私は、頭をタオルで拭きながらシャワールームを出てきたジュンイチをダイニングのテーブルの椅子に座らせた。

「なにダイスケ、今日は様子がちょっと変だよ」

 上下シルバーの制服を着たジュンイチは首に黄色のタオルをひっかけ、いぶかしげに言った。

「今日はあなたに大切な話があります」

 私はジュンイチと向かい合わせの位置にある椅子に座りながら言った。

「なに」

 私はジュンイチの目をしっかりと見つめて言った。

「今、いつかわかりますか」

「いつって、時間」

「いいえ、年号です」

「年号って、そりゃ西暦二〇一二年でしょ」

「いいえ」

 私は少し時間を置いて答えた。

「今年は西暦で言えば六四一二年です」

「六千!」

「そうです。今日は西暦六四一二年十二月二十四日です」

 ジュンイチは私がおかしくなったとでも言わんばかりの顔をして私をみつめた。

「ジュンイチ。驚かずに聞いてください」

 ジュンイチは黙ったまま私をみつめている。

「いいですか、ジュンイチ。今から三千九百三十九年前の西暦二四七三年九月二十三日。人類は絶滅しました」

「絶滅って、僕、ここにいるじゃん」

 ジュンイチは一瞬、何の事か分からないと言う顔をした後で言った。

「はい、そうです。あなたは今、ここ、そう地球の上で生きています」

「うーん。わかんない」

「説明します。よく聞いてください。確かに人類は絶滅しました。人類は絶滅が回避出来ない現実だと悟った時、すべてをマスターに託したのです」

「マスターって」

「マスターは人類が英知を結集して作り上げたスーパーコンピューターです」

「コンピューター?」

「そうです。人類はマスターに人類の再生を託してこの地球上から消え去りました。そして、マスターは人類が残した人類再生プログラムに基づいてあなたを作り出したのです。現在地球上のすべてがマスターの厳格な管理下にあります」

「うーん。やっぱりわかんない」

「当然です。いろいろと疑問があると思いますが、時間をかけて少しずつお話します。今日のところはこれだけにしておきます」

「ふーん」

 理解したのかしていないのか、ジュンイチは怪訝そうな顔つきでぼんやりと私を見ながらそう言った。

「それともう一つ」

「何?まだ何かあるの」

「これもあなたにお伝えしておかなければいけません」

 私はまたジュンイチの目をしっかりとみつめた。

「ジュンイチ」

「なに?」

 私は意を決して真実をジュンイチに伝えた。

「ジュンイチ、私はあなたの本当の父親ではありません」

「あっ、それ知ってるよ」

「知ってるって……」

 予想外のジュンイチの答えに私は次の言葉を失った。何度も何度も繰り返したシュミレーションにはこのようなジュンイチの反応は無かった。

「だってさあ、ダイスケどうみてもロボットだよ。しかも安物の映画に出てくるロボットそっくり。西暦六千年だったらもう少し人間と似ててもよかったのにね。あっ人類が絶滅したのが西暦二千四百年だったらそんなもんかな。そうそう、タモツの父ちゃんとモモコちゃんの母さんもロボットだって。大人の都合が色々とあるんだよんね。でも大丈夫。僕はダイスケと暮らせて幸せだから」

 その夜、ジュンイチは何事も無かったかのようにすやすやと眠りについた。

 私はジュンイチを卵細胞の頃から父親として精一杯育ててきたつもりである。当然の事としてジュンイチも私を父親だと思っていてくれると考えていた。もちろん私はロボットであるから悲しいとか、傷つくなどの感情は持ち合わせていない。だが、何かが引っかかる感じがしている。先ほど自己診断機能を使い、詳細な検査を実行したがどこにも異常は見つからなかった。今回の実験では私にのみ試作品の人工知能が組み込まれている。これが原因だと考えられるが、機能上に問題は認められず順調に動作している。マスターに対しても報告し、人工知能の交換を申し出たがそのまま使用せよとの命令だった。

 だが、なぜか異常電流が流れているような、漏電のような、説明のつかない不具合にしばらく悩まされそうだ。

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