2、火災発生
西暦六四一二年十二月二十七日。午前二時三八分。
ジュンイチはベッドで気持ちよさそうに眠っている。真実を告げてから三日が過ぎたが変わった様子は見られず、元気に仮想空間上の学校に通っている。だが、タモツとモモコの事に関しては、どうやら同じ境遇である事に気が付いた様子である。もちろん三〇二号室、三〇三号室で暮らすタモツ、モモコとも三日前にそれぞれの子育てロボットからジュンイチに伝えた事と同じ内容が知らされている。詳しい事を聞かれてもお茶を濁しているものの、いずれこの事についても真実を告げなければならないだろう。タモツ、モモコの子育てロボットとも相談する必要がある。今、真実を告げた後のジュンイチの行動をまとめて、マスターに対しレポートを送信したところである。
私の人工知能の不具合もようやく収まり、順調に機能している。この人工知能を一個作るために大切な人類再生実験を二十年間も中断し電力のほとんどを回して製造したそうだが、スペック的に以前の人工知能と変わらず原因不明の不具合が発生する不良品と言わざるを得ない。
私の人工知能とは逆にジュンイチの成長は極めて順調である。このまま進めばジュンイチが二十歳となる日にはスケジュール通り、この地下施設から外の世界に出て暮らす事になるだろう。だが心配なのは、現在このラボ・クリブには三十人の子供が暮らしているが、ジュンイチ、タモツ、モモコ以外は、今のところ外界での生活に適合していない。それどころか仮想空間上の学校へ通える状況にも無い。極めて心配である。
私は改めてジュンイチと共に十二年間を過ごしたこの部屋を見渡した。何の飾りも無い純白の内装。地下にあるこの部屋にはもちろん窓は無い。シャワールームとジュンイチの寝室。エレメントとテーブルが置かれただけのダイニング。広めのリビングには大きなモニターと疑似体験装置が設置されている。よくこの閉ざされた空間でジュンイチが立派に育ったものだと感心する。やはり疑似体験装置のおかげであると私は思った。人類が滅びる最後の時期、人々は怠惰な生活を送っていた。運動不足を解消するためにと開発された装置であったが、名を与えられることも無く忘れ去られていた装置である。
突然けたたましく非常警報音が鳴り響くと同時にマスターより緊急入電。
(カサイハッセイ タダチニ ヒナンジュンビヲ カイシセヨ。一プンゴニ ドアヲ カイホウスル。ヒナンバショハ チュウオウロビー。 ナオ ヒモトハ キカイシツ)
私は直ちに寝室へ走り、パジャマ姿のジュンイチをベッドから引きずりだした。
「ジュンイチ!起きなさい!非難します。早く!」
「なんだよお、こんな夜中に」
「ジュンイチ火事です!すぐに非難します!」
「えー火事? 火事って?」
私は寝ぼけているジュンイチの手をとり、壁と一体化していて見分けはつかないドアの前に立った。
「ねえ、なんなの。一体何が起きたの」
鳴り止まぬ警報音に、ようやくジュンイチもただならぬ気配を察したようだ。その時、いきなり目の前の壁がすっと開いた。
「何なの! 何なのこれ!」
ジュンイチは大声を上げた。この部屋から一歩も出た事の無いジュンイチにとって、それがたとえ廊下であっても別世界のように見えたに違いない。
「さあ! 行きますよ!」
私はジュンイチの手を引いて廊下へ飛び出した。そこは普段、誰一人として通る事のない暗闇の世界であるが、緊急事態の今、照明に明るく照らされている。そして、わずかながら最下層に設置されている機械室から階段を伝ってこのフロアーにも煙が進入し始めていた。私は目を丸くするジュンイチを引き連れ、明るく照らされた廊下をその階段とは反対方向にある中央ロビーへと向かった。廊下の両側に並ぶ部屋からは次々と子供を引き連れた子育てロボットたちが飛び出してきた。中央ロビーに着くと意外とそこは静かだった。パジャマ姿の二十数人ほどの子供たちがすでに集まっていた。しかし、みな無表情でこの大騒ぎにも関わらず黙って手を引かれている。
「やはりダメだったか」
その子供たちを見て私は思わずつぶやいた。
先ほどマスターより(カサイハ マモナク チンカ。アンゼンガ カクニン サレルマデタイキ セヨ)と第二報が入っている。
「ねえねえ、ダイスケ。みんな何で黙っているの。僕なんかワクワクしてジャンプしそうだよ」
パジャマ姿はこちらも同じだが、このジュンイチときたら眠気もどこかへすっ飛んだようで、さっきからぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「静かに」
「あっモモコちゃん!」
私の注意などまったく無視し、ジュンイチが大声で叫んだ。ジュンイチが見つめるその先にはモモコがいた。片手で自分の口を押え、もう一方の手を頭の上で大きく振っている。髪の長い、目がパッチリとしたかわいい女の子である。
「なんだよ。ジュンイチとモモコじゃねえか」
一番遅れて中央ロビーにやってきたのはタモツだった。小学生とは思えない大柄な体で緊急事態にもかかわらず悠然と廊下をこちらに向かって歩いて来た。
三人は駆け寄るとお互いの顔を見つめあい、大笑いを始めた。
「静かにしなさい! 緊急事態ですよ」
私は三人を制止した。おそらく何がなんだかわからなくなり、笑うしか無かったのだと思う。
「ほら、やっぱり俺の言った通りだろう」
「私の家、ジュンイチ君のお隣だった」
「やっぱり、みんな同じ建物の中にいたんだ」
三人の子供たちは口々に思いついた事を勝手に話し始めた。無理も無い。今まで何年も仮想空間の中で一緒に学び遊んできた仲である。それが現実の世界として、今結びついたのであるから。
私は三人以外の子供たちが恐怖の目でこちらを見ているのを確認した。瞬間マズイと判断し、ジュンイチの手を強く引いた。タモツとモモコの子育てロボットも同様に感じたのだろう、それぞれ三人を引き離した。
しばらくしてマスターから安全が確認されたので部屋に戻るようにと指示が出た。
私はジュンイチの手をぐいっと引き部屋へ戻ろうとした。
「じゃあまた!明日学校で!」
ジュンイチは振り返り、モモコとタモツに大きく手を振った。
部屋に戻ってもジュンイチの興奮は収まらず、私は質問の嵐にさらされる事となった。
「ねえ、ねえ、さっきのなに。何なの」
「ただの火事です。まあ、珍しい事ですが空調設備の老朽化で……」
「違うよ! 僕の家の外の事だよ。それと大勢の子供が居たでしょ。それにロボットも。人類が絶滅したって言ったけどいっぱいいるじゃん。タモツとモモコちゃんまで」
この前、真実を告げた時に特に質問も無かったので、おおよその事は察したのかと思っていたがまったく分かっていなかったようだ。現状に満足していれば他の事には興味を示さない。子供とは案外そんなものかも知れない。それが先ほどのボヤ騒ぎで好奇心に火がついたのだろう。こちらの火事の方が深刻のようだ。
「分かりました。そこに座ってください。詳しい事をお話します」
私はダイニングテーブルの椅子にジュンイチをつかせ、向かい合う場所に座った。ジュンイチはテーブルの上に身を乗り出して私の話を待っている。
「この前お話したように人類は絶滅しました。そして、マスターに人類再生プログラムを託してこの地球上から消え去ったのです」
「それ聞いた」
「ここはラボ・クリブと呼ばれる地下高度実験施設です」
「うんうん、それで」
「当時、つまり人類が絶滅した頃の地表は荒廃しきっていました。人類が地上で暮らせる環境ではなかったのです。そこで人類の再生は地表の環境が回復してから行われる事になりました。マスターは粘り強く環境の回復を待ちました。人類再生プログラムの始動から三千年が経過し、最初の人類再生実験が行われました」
「三千年! って言う事はマスターは三千歳」
「まあそう言う事になります。もちろん作られた当時のまま三千年経過した訳ではありません。人類再生プログラムにはちゃんとこれに対応するプログラムがなされていました。保守システムと呼ばれる仕組みです。エレメントの開発により素材の耐久性は大幅に向上していましたがそれでも長い時間が経過すれば老朽化が進みます。そこでこの人類再生プログラムに必要な設備は、すべて保守システムに組み入れられていて、逐次入れ替えられています」
「入れ替えるって誰がやってるの」
「この地球上には三千六百五十三台の作業ロボットが、常にこの保守作業にあたっています」
「ここにも居るの、その作業ロボットって」
「もちろんです」
「ふーん、でっさ。さっきの事なんだけど、子供がいっぱい居たでしょ。なんか僕たちの事をにらんでた。あれって誰?」
私は答えに詰まった。この真実はジュンイチたちにとって大変過酷な現実である。できればもう少し大人になってからと思っていたが、いずれ話さなければならない事と決意し
ジュンイチと向き合った。
「いいですかジュンイチ。よく聞いて下さい」
私はジュンイチの顔を見つめた。
「この人類再生実験は大きな問題を抱えています」
「なに?」
「動物、犬やニワトリなどはまったく問題なく再生できます。卵細胞を使わなくても対象物を正確にスキャンするだけでエレメントによって完全に再生できるのです。ですが人間だけは違いました。つまり……」
私は次の言葉に迷った。
「肉体は完全に再生する事が出来ました。医学上、生物学上まったく異常は認められませんでした。ですが、何度実験を繰り返しても心を再生する事が出来なかったのです。DNAデータに心を形成するデータは存在しないと結論付けられました。その後、心は後天的に形成されるのではと考えられ、私たち子育てロボットは人類誕生以来の膨大なデータから様々な方法を試みました。しかし、結果は同じでした。そう、先ほどあなたが見た子供たちは皆、心を持っていないのです」
「じゃあ、じゃあ僕も心を持っていないの?」
「いいえ、あなたはちゃんと心を持っています。タモツもモモコも」
「どうして僕たちだけ」
「分かりません。まったく解明できません。今のところ突然変異だと言うしか出来ない状況です。あなたたちは第三十六回の人類再生実験によって生まれました。一度の実験で三十人の子供が生まれます。つまり過去千五十人の子供が生まれましたが一度も心を持った子供は居ませんでした」
「じゃあ、ここにはもっと大勢の人が住んでるんだね」
「いいえ」 私は首を横に振った。
「じゃあ……」
私はその事についてとても言う気になれなかった。
真っ白な部屋にしばらく沈黙が続いた後にジュンイチが言った。
「うーん。心があるとか、無いとか良くわからなんないけど、まあどうでもいいやそんな事。それよりさあ、今、地上がどうこうとか言ったでしょ。荒廃したとかなんとか。それって遠い所なの」
「地上ですか。ここは地下三階ですから地上ならこの上三十メートルほどでしょうか」
「えっ!そんなに近いの。行けるの」
「ええ行けますとも。人類再生プログラムでは、あなたたちが二十歳になった時、外界へ出て暮らすようにスケジュールされています」
「二十歳なんて待ってられないよ。ちょっとだけ見れないの」
「ダメです」
「お願いだから」
「ダメです」
「ケチ!」




