終わった後:春
「海斗ぉ!?どうしたんだ!?」
その日、バカは衝撃を受けて立ち尽くしていた!
というのも……バカが帰宅すると、先にバカの部屋で待っていた海斗が、目を潤ませていたのである!
「ど、どうしたんだ?何か、怪我したのか?やなこと、あったのか……?」
ぐす、とやっている海斗を見て、バカはおろおろしながら羽をぱたぱたさせ……そして。
「やめてくれ、樺島……」
そうしていたら、鼻声の海斗にそんなことを言われてしまった!
「え、え、あ、ごめん……俺、居ない方がいいか……?」
「居ない方がいい……」
更に、海斗から『居ない方がいい』と言われてしまって、バカは更なるショックを受ける!
『ああ、俺、やっぱりなんかやっちゃった……』と思いつつ、一歩、二歩、と、そっと海斗から離れ……しかし。
「お前の羽!花粉を!全部くっつけてきてるんだろうがぁ!それを!ぱたぱたさせるんじゃあない!」
バカが何かを勘違いしていることに気づいた海斗は、いよいよ涙を零しながら怒声を張り上げたのであった!
「えええええええええええ!?花粉!?花粉!?」
……そう!世は正に!花粉症シーズン!
そうしてバカは即座に全裸になり、即座にシャワーを浴びてきた。特に、羽は念入りに洗った。
綺麗さっぱりつるんとしたバカが風呂場から出ると、海斗は海斗で、床や自分のコートをコロコロで綺麗にしていた。コロコロ……。
「海斗……大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ。もう落ち着いてきた」
海斗は海斗で、『怒鳴って悪かったな』と、気まずげな様子である。
……とはいえ、その海斗は今、まだ目が潤んでいて、ぐす、とやっているのだが。バカとしては、なんだかちょっぴり落ち着かない気分である。
「薬は飲んでるから、さっきみたいに酷くなることは少ないんだ。だが……その、お前が帰ってきたら、その、急に症状が悪化して……」
海斗はそう言うと、じと、とした目で、バカの羽をつついた。
「絶対にこれのせいだろ」
「うん……。俺の羽、ふわふわだから埃とかいっぱいくっつくよな、って先輩達とも話してたことある……」
バカはしょんぼりした。バカの羽はふわふわで触り心地がとても良い羽なのだが、それは決して良いことばかりではない。
埃や花粉をくっつけてきてしまうし、オナモミやセンダイグサやヌスビトハギもよくくっつけてくる。……実のところ、バカは自分の羽がふわふわなのは、あんまり好きじゃないのだ。ただ、海斗はバカの羽を気に入ってくれているようだし、ミナやたまやビーナスが触りに来るから、それはちょっと嬉しいのだが……。
……あと、バカがゴロンゴロンやるとそこの埃が全部綺麗になるので、そこは重宝されている。バカ自体は風呂に浸けてばしゃばしゃやって洗えばすぐ元の綺麗な状態に戻るので、クリーナーとしても優秀なバカなのであった。
「しかし……こんなに酷く症状が出るとは、余程花粉だらけだったのか……。樺島。今、仕事場はどこなんだ?」
「うん?今、山のトンネルの補修してる!」
「成程。つまりその山には杉が生えてるんだな?」
「うん!」
バカは、『親方ぁ!山から煙が!』『なんだぁ?煙だぁ?……あー、ありゃ火事じゃなくて花粉だ』というやり取りをやったばかりである。つまり、花粉がめっちゃある現場!
「怒るぞ……!」
「そんなあ!」
が、海斗に怒られてはたまらない。バカは嘆いた!りふじん!
「そもそも、なんだって、こんな時期にわざわざ、花粉が大量にある山の作業なんかしてるんだ!天使の先輩方だって花粉症はあるだろう!?」
無論、海斗の言うこともご尤もなのだ。ご尤もなのだが……。
「あ、無いぞ?」
「えっ」
「天使になると、花粉症、無くなるんだぞ!」
……海斗が愕然とした顔をしていたが、バカは元気に答える。
「アレルギー、全部なくなるみたいだ!だから、猫アレルギーだった先輩が猫抱っこしてるし……あっ、あと、『人間だったころはエビカニアレルギーだったけれど今は大丈夫です!』って先輩もいる!」
バカは、件の先輩達のことを思い出す。『俺、天使になれて、本当に良かった……!』と感涙に咽びながら猫に埋もれている先輩であったり、『知ってるか?樺島。エビカニアレルギーだとカブトムシなんかも食えねえんだぜ。ま、今は大丈夫だけどな!』と爽やかな笑顔でセミを食ってる先輩であったり……。
「それは……何よりだな。まったく、花粉症が無いだなんてずるいぞ……」
海斗は、ちょっぴり嫉妬の目をバカに向けてくる。まあ、海斗が苦しんでいる横で、花粉症のかの字も無いバカが元気に羽をぱたぱたやっているものだから、ちょっぴり恨めしくもあるのだろう。
「うん!俺達は天使で、花粉症とかねえから!だから、花粉症の人達が苦しまなくていいようにさあ、この時期、花粉がひどいところの作業は俺達がやろうな、って決めてるんだ!」
「そ、そうか……。その、悪かった。浅慮だった。うん……ありがたいことだ、本当に」
が、バカから天使の心意気を聞いた海斗は、ちょっぴり申し訳なさそうな顔であった。バカは、『気にしなくていいのにぃ』とにこにこしつつ、海斗のこういうところカッコいいよなあ、と思うのだった!
さて。
「ま、海斗が花粉症なんだったら、俺、これから帰宅する前には絶対に花粉クリーナーやってから帰ってくることにするよぉ」
バカとしては、これからも仕事で花粉をいっぱいくっつけてくることになることは間違いない。
だが、大事な親友の花粉症を悪化させるのは本意ではないので……となると、バカ側がちゃんと、花粉対策をしてくるべきなのである。
「花粉クリーナー……?」
「うん!バキュームカーにたまのボディだけ借りて、今だけ花粉専用にして常時運転してるんだ!」
が、バカがそう説明した途端、海斗は頭の痛そうな顔になってしまった!
「……まさかとは思うが、バキュームカーで花粉を吸うんじゃないだろうな……?」
「うん?大体そうだって天城の爺さんが言ってたぞ!」
……バカが『すごいよなあ、かにたまボディ!』と目を輝かせる横で、海斗がますます頭の痛そうな顔になってしまった。
「そ、そうか……。それは、バキュームカーとしては、その、いいのか……?」
「うん。なんか、花粉専用にパーツ切り替えできるようにしたんだってさ。あ、ほら、たまも花粉症だからぁ……」
「……そうだったのか」
海斗は、ちょっぴり嬉しそうである。……花粉への憎悪が親近感や連帯感になっているのだ!
「あと、ミナもちょっと花粉症だから、食堂に入る前には全員、花粉クリーナーやってから入ろうな、って決めてる!」
「……そうか」
海斗は、『そこまで気遣いができるなら、何故僕のところに花粉塗れで帰ってきたんだ……』というような顔をしていたが、バカは海斗が花粉症だとは思っていなかったので仕方がないのである!海斗が普段、涼しい顔をしているのが悪い!
ということで。
「これが花粉クリーナーだぞ!」
「……僕にはバキュームカーに見える」
バカは、『あっ、人間用はこっち!』と、海斗を人間用花粉クリーナーに通した。海斗は大人しく通されて綺麗になった。
そして。
「じゃ……いくぞぉーッ!うおおおおおおおお!」
「ま、待て!お前ですらそんなに覚悟が必要な代物なのか!?」
海斗が『早まるな!』と止める中、バカはバキュームカーにたま(花粉クリーナーアタッチメント付き)へと向かっていった!
「あああああああああああああ」
「か、樺島ぁあああああ!」
そして、バカはバキュームカーにたまに吸われた!そのままうっかりすると吸い込まれかねないところを、気合いと筋力だけで耐えている!
……そう!あのバカすら、気合いと筋力で耐えるしかない吸引力!それがバキュームカーにたま(花粉クリーナーアタッチメント付き)なのだ!すごいぞかにたま!
「ふむ。好調か」
そこへやってきたのは、天城とかにたまである。かにたまはちびたまボディなので、天城に抱っこされてご機嫌のかにかに具合である。
……尚、かにたまボディは人間型の『カニメイデン』も開発されたのだが、どうも、かにたまはこのちびたまボディを大層気に入ってしまったようで、カニメイデンになることはちょっと珍しいのだった!
「こ、好調……?」
「ああ。当初、想定されていた以上の出力が出ている」
戸惑う海斗に、天城はちょっと満足気な顔をして見せる。天城も穏やかになっちゃったものである!
「この機体は今、つぐみが注入したやる気で動いているわけだが……」
「注入したやる気!?」
「つぐみの、花粉への憎悪は凄まじいからな……。自らのボディの1つについて『花粉用に改造して』と願い出てきた時には何事かと思ったが、まあ……憎い花粉のためなら仕方がない」
……そうして海斗が唖然としている中、ようやくバカの清浄化が完了した。
埃も花粉もすっかり綺麗になったバカは、ぜえぜえと肩で呼吸しながら『勝った……!』と満足気である。そしてバキュームカーにたまはというと……既に風呂に入っていたバカからは花粉がほぼ出てこなかったらしく、『かに……』とちょっぴり不満げであった!ごめんねかにたま!
だが、何はともあれ、こうして花粉の心配がなくなったバカ達は、無事、社員食堂に入店する。
……すると。
「あっ、いらっしゃいませ!お席、空いてますよ!」
とてもご機嫌なミナの姿があった。
「あれっ?ミナ、昼も働いてなかったか?今日、一日バイトか?」
ミナは今、大学生だ。ここへはバイトで来ているので、ずっと居ることは珍しいのだ。だが……。
「はい!大学は春休みに入りましたし、それに……その、この社員食堂内、花粉が無くて、快適で!アルバイトの時間以外も、ここに居させていただいているんです!」
ミナが、ぱーっ、と、花が咲くように笑うのを見て、バカは『そっかぁ!よかったなあ!』とにこにこした。海斗は、『ミナさんも花粉への憎悪が強い性質か……』と、ちょっと嬉しそうに頷いていた!
「それにしても、天界には花粉が飛んでないんですね。ビーナスさんが、花粉症の症状が今年はずっと軽い、って!」
「あっ、それ、聞いたことある!天界のスギ花粉は天使と喧嘩して負けて以来、大人しくなったんだって!」
「花粉と喧嘩したのか……いや、今更驚かないさ。驚かないとも……」
ミナの声を聞きつけたのか、少し離れた席に居たビーナスがこっちを向いて、『こっちいらっしゃいよー!』と手を振った。なのでバカ達は揃ってぞろぞろと、ビーナスとヒバナがご飯を食べていた隣のテーブルに着くことにした。
本日の日替わりメニューは、『鶏つくね豆乳鍋~柚子の香りと共に~』である。バカはエンジェル盛りをオーダーしたので、デカい土鍋がドドンとバカの前に置かれた!尚、ビーナスとヒバナはエンジェル盛りを2人でシェアしているらしい!鍋物はこういうのができるのが楽しい!
「で、海斗ももしかして花粉症?」
そうしてバカが鍋を食べ始めると、横からビーナスが海斗に話しかけてきた。『仲間、発見!』とでも言いたげな、ちょっと嬉しそうな顔である。
「ああ。特に目に来る性質で、涙が出てくる。……その、そっちも?」
「あー……俺はちょっと痒い程度だ。ただ、お嬢がな……」
ヒバナと海斗の視線が注がれると、ビーナスは小さく肩を竦めて見せた。
「そうね。私はヒバナより酷いわよ。目と鼻もそうなんだけれど、喉がね……」
バカは、『そっかぁ、花粉症って、喉にもくるのかぁ……』と、また一つ学んだ。大変そうである!
「まあ、そうは言っても、私もそこまで酷くないわ。世間一般のレベルよ。今はずっとこの職場に居るし、天使達が持ち込んだ花粉くらいしか飛んでないから、ずっと楽よ」
「そっかぁ!それはよかったぁ!」
まあ、何はともあれ、ビーナスもにっこり笑顔なので、バカは嬉しい!
……このキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部は、今後も花粉対策しながら、天使ではない従業員達の健康と幸せを守っていきたい所存である!
と、バカ達が話していたところ。
かに、かにかに、と。かにたまが鋏をかにかにやって、何やら天城に伝えている。すると天城はふんふん、と頷いて、それから、指をちょきちょきやって、モールス信号でお喋りしている。……この2人のお喋りはこの調子なので、とっても静かなのだ!
「なあなあ、天城の爺さん。かにたま、なんつってるんだ?」
2人のお喋りが気になるバカは、早速、そう聞いてみた。すると……。
「ああ。まあ、ここの様子を見る限り……つぐみが一番、花粉症の症状が酷そうだな、という話をしていたところだ」
「えっ」
……バカはちょっと驚き、しかし、『まあ、バキュームカーにたま、めっちゃ強いもんなあ……。あれ、花粉が嫌すぎてパワー出てるんだもんなあ……』と納得した。
そして。
「あれ、皆いる」
「天城さん達も来てたんだ。参ったな。俺達が2ペアになっちゃった」
そこへ丁度、陽とたまが入店してきた!いらっしゃいませ!
「盛り上がってたみたいだけど、何の話だったの?」
断りを入れてから天城とかにたまのお隣に座った陽とたまは、ちょっとわくわくした顔で尋ねてくる。
「うん!花粉症の話だったぞ!たまが一番、花粉症酷いって!」
バカは今までの話を教えてやりつつ……おや、と思う。
……たまは、涼しい顔をしているのだ。花粉症が酷い、という割には、とても涼しい顔である。
ということは、2人は今まで、地上ではなく、ずっと雲の上に居たのだろうか。バカが首を傾げていると……。
「うん。今は花粉症、平気なんだ」
たまは、ちょっと自慢気に頷いた。
「『ジェネリックエリクサー・ストロング花粉バスター』の治験に参加したから」
「つぐみ。危ない薬に手を出すのは危ない」
陽が真剣に、たまの両肩に手を置いてたまを諭す。
「うん。天使の薬だから大丈夫だよ」
が、たまはたまで相変わらず自慢気であったし、お返しとばかり、陽の両肩に手を置き始めちゃったので、なんだか不思議な絵面になってしまった!
「ちょ、ちょっと!たま!天使の薬、ってねえ!それ、字面だけだと相当ヤバい奴よ!?」
「ビーナス。君が言うと、その、冗談に聞こえないんだが……」
一方、ビーナスはなんだか別方向に慌てているし、海斗もなんだか頭の痛そうな顔をしているが、バカは『ほええ』という顔をするしかない!
「しょうがないよ」
だが、その中でたまは1人、堂々としていた。
「リスクがあったとしても、花粉症には勝ちたかった」
「そっかぁ!勝ちたかったんだったらしょうがないよなあ!」
そしてバカも、『勝てたならヨシ!』と、勝手に堂々とすることにした!たまはちょっと嬉しそうに、むん、と胸を張っていた!
……そうして、バカ達はそれぞれ、柚子が香る鶏つくね豆乳鍋を楽しんだ。特に、たまは柚子が好きらしく、にこにこであった。
「匂いが分かるって、いいよね」
「あー、分かるわ、それ。この季節にお料理の香りが分かるって、いいわよねえ……ミナは特にその恩恵、大きそうよね?」
「あっ、はい!すごくわかります!特に春って、香り豊かな食材が多いので!ここに来てようやく、私、春の食材を真の意味で楽しめています!」
ミナは『特にこれ!セリとツナの和え物です!箸休めにどうぞ!』と、小鉢をサービスしてくれた。春の香りたっぷりの和え物は、とてもおいしい!確かにこれは、鼻づまりしていたら楽しみ切れない食材だろう!
……ということで、バカ達は全員で、花粉から解放された食卓を楽しむのであった!
……そうして、社員食堂を出て、バカの寮の部屋へ向かう帰り道。
「海斗ぉ。海斗の分も、『ジェネリックエリクサー・ストロング花粉バスター』、お願いしてみるかぁ?」
「……ちょっと考えさせてくれ」
海斗が……あの慎重派の海斗ですら、『ジェネリックエリクサー・ストロング花粉バスター』を飲むかどうか真剣に悩んでいるのを見て、バカは『花粉症ってほんとに辛いんだなあ……』としみじみ思った。
そして、『俺、いつか、地上のスギ花粉全部に喧嘩で勝って、海斗がどこででも快適に過ごせるようにするぞ……!』と心に誓うのだった。
おお、キューティーラブリーエンジェル建設、ああ、キューティーラブリーエンジェル建設!
昨日より、『頭脳と異能に筋肉で勝利するデスゲーム』のコミカライズがコミックガルドさんにて連載開始しております。
詳しくは活動報告(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/486724/blogkey/3592317/)をご覧ください。




