-特別編5 最終話- もう1つの正史 その4。
彼女達は自分達が愛し合う者同士でまるで示し合わせたかのように……。
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ルージェン王国。
そこは女性の、女性による、女性の為の国。
スライムの溶液が変貌してからは、より一段と表立つようになり、今や実に人口の95%弱が女性という状況。
男性達は金のドラゴンが元首・ザウルビーツ王国へと次々に移住していった。
東と西。ルージェン王国は西側でザウルビーツ王国は東側。
互いに不干渉が暗黙の了解で貿易さえも行われていない。
ところで金のドラゴンが元首の国、ザウルビーツ王国にもスライムがいる。
いるが、ルージェン王国のスライムと比べると何かと違う。
まずは容姿。ルージェン王国のスライムは真っ白で半身が猫のような容姿だが、ザウルビーツ王国のスライムは黄色で饅頭のような容姿。
溶液については天と地程の差。
ルージェン王国はハクとナツミがいるので効力が高く、ザウルビーツ王国の溶液とは比べ物にならない。
互いに親交がないのでそれらのことについて互いに何も知らない。
いや、ルージェン王国からザウルビーツ王国に渡った男性達は知っている。
知っていても、どうにもならないことなので諦めるしかない。
仮にルージェン王国のスライムを連れてきても、ザウルビーツ王国に渡った途端にそれ迄の溶液の効果は失われるので意味が無い。逆もまたしかり。
女性が主体の国。男性が主体の国。
男女別々が主体の国は今後も状況の変化なく続いていく。
[人]という存在が失われない限り。永久に……。
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カフェ・リリエル。
現在は午前の部が終わってCLOSE中。
シェフのメンバー達は午後の部に向けて仕込みをしている。
仕込みの最中、リーネ達ウェイトレスのメンバーは午後に向けて英気を養う時。
休憩室でティロットの世界地図を広げて見ていた。
地図は数百年前迄はとても貴重な代物で、上流階級の者達だけが観覧することが許される物だった。
が、時代は移り行き今の世は図書館に行けば庶民であっても普通に見られることが可能な物となった。
図書館の司書さんに言えば貸し出しもしてくれる。暇潰しに借りてきた。
リーネ達は地図を広げながら自分達が住んでいるルージェン王国の場所を見る。
縦に長い。もうかなり記憶は薄れてしまったが、何処となく地球の日本の面影がある。
あの国の太平洋側にもう少し大地を足したのがルージェン王国。
地球では日本は東側だったが、こちらでは西側。
他の大陸は地球と大差ないように見える。
違うのは、東と西を分ける中心地に結構巨大な大陸があることくらいだろうか。
ムー大陸。或いはアトランティス大陸。
地球ではそう呼ばれていたような気がする。
「でも……」
リーネは巨大な大陸のことを思う。
ルージェン王国と親交があるので、クオーレの背に乗って飛行して貰い上陸。
立ち寄ったことがあるが、文明の発達具合は他の所と同じ程度だった。
決してムー大陸やアトランティス大陸のようなロマン溢れる大陸ではない。
こうして見ると、ティロットは地球を模して創られた世界なのかもしれないが、地球に比べると何かと遅れている。
波動が低いのかもしれない。自分がこの世界に転移してきてから802年。
そんなにも多くの年月を積み重ねているのに、文明は転移時よりも僅かだけ発達したという感じなのだから。
「私は今の世界観が気に入っています。ですので変わらないで欲しいですね」
リーネが小さく笑う。
笑顔を見て彼女の肩に自身の肩を寄せ付けるアイリ。
「笑顔、可愛いわね。リーネ」
「見慣れているのではないですか? 可愛いと言って貰えて嬉しいですけど」
「そんなことないわ。毎日が新鮮よ。溶液のせいかしらね? 精神も若返ってる気がするのよ」
「確かにそうですね。私もそういう感覚があります」
「だからリーネの笑顔も可愛くて仕方がないわ。それに寝顔も可愛いし、接客中の顔も可愛いわね。ああ、顔だけじゃないわ。貴女の全部がとても可愛いわ。でも、特に可愛いのはリーネが何も着ていな……」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!! それ以上はダメです。アイリ」
アイリが口走りそうになったこと。
察して大慌てで彼女の口を手で塞ぐリーネ。
そうされてアイリは不満そうだが、リーネとしては心に漂う安心感。
放っておけば、アイリは大暴走して良からぬことを次々と口から吐いていたに違いない。
リーネが『いっそ殺してくれ!』 と思ってしまうようなことを。
「はぁ……っ。危なかったです」
「もが……!!」
「怒ってもダメですよ! 恥ずかしさで私が死にますから」
アイリの様子を見守りながらリーネが"ゆるゆる"と手を放す。
と、アイリは膨れっ面になるだけでリーネが羞恥に悶えるような言葉を口から零すことは無かったが、愛嬢子のフィーナが彼女の意思を引き継ぐかのように不意に語りだした。
「アイリさんの言いたいこと。なんとなく分かります。【リリエル】の皆さんと別荘の浴場で裸の付き合いをしたことがありますけど、師匠って可愛いですよね」
「フィーナ!!?」
「膨らみとか、体型とか、こう……」
「まっ、フィーナ。貴女は何を言って!!」
突然のこと。リーネは今度はフィーナの口を塞ぎに掛かろうとするが、ケーレに背後から両脇に手を差し込まれ、肩を押さえられてその場から動けなくなった。
「ケーレ!!」
「フィーナ続けて」
「えっ? でもいいんでしょうか?」
「ねぇ、フィーナ」
「アイリさん?」
「お互いにリーネが可愛いと思うこと言い合わない?」
「面白そうですね!」
「待ってください! これでは公開処刑ではないですか」
公開処刑。そうはさせじとケーレから逃れようと藻掻くリーネ。
しかし彼女は[魔力]に関しては異常でも[物理力]は極普通の女性並み。
いや、地球ではそうでもこの世界では一般的な女性よりも力は残念ながら劣る。
リーネと同年代の一般女性が持ち上げれる物を彼女は持ち上げれない。
藻掻き虚しく、リーネは結局羞恥に悶えて2人の話が終わって解放された時には休憩室の床にへたり込むことになってしまった。
「アイリは分かりますが、フィーナに迄そんな風に思われているとは知りませんでした……」
「えっ? 私はマリーとは別の意味でずっとリーネ師匠のこと可愛いなぁって思っていましたよ。ニナさんにお菓子を貰って微妙な顔をしつつも口にしてしまうところとか。さっきアイリさんが言ってたところとか。小動物みたいです」
「流石フィーナちゃん。リーネの愛嬢子ね。よく見てるわ」
「アイリさんこそ。やっぱりリーネ師匠の奥さんですね」
「2人共。もう、許してください」
全身が熱っぽい。顔を両手で覆って熱が冷めるのを待つリーネ。
そんな姿さえもアイリとフィーナには可愛い生き物のように映っている。
ケーレはそうではないが、リーネの恥ずかしい話がアイリとフィーナ。彼女を慕う2人から聞けて緩んだ顔付き。
思い付きでちょっと意地悪してやろうと決めたケーレはまだ立てずにいるリーネの隣に屈みこんで耳元で彼女に言葉を紡いだ。
「リーネって……」
ケーレの一言がトドメとなり、リーネの顔が先よりも紅に染まってしまったのは言う迄もない。
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午後の部開始。
最初の1時間は客層は学生達。
それ以降の時間は主婦や他様々な人々に取って代わる。
予約制なだけあって顔ぶれは安定していない。
毎日のように変わる。
お客様の方も新鮮だが、店員側も新鮮。
そしてこの日も、当然のように[事]が起きた。
「オーダお願いします」
それはケーレが厨房にお客様から聞いた注文を伝えに行った時。
たまたま手が空いていたカミラがケーレの傍に行って彼女の首に腕を回しながら言い始めたのだ。
「なぁ、ケーレ。さっきは楽しそうな話してたじゃねぇか」
カミラの顔は真から楽しいというのが伝わる笑顔。
ケーレの側はカミラの言葉を聞いて顔に曇りがある。
「聞いてたの?」
「あんだけでかい声で喋り合ってたら嫌でも聞こえるっての。ところでケーレよ、お前って……」
ケーレの耳元で喋りだすカミラ。
徐々にケーレの顔が紅くなっていくがカミラの口は止まらない。
ついにケーレは休憩時間中のリーネと同一。耳迄深紅。
お客様にはカミラが言っていることは聞こえないが、彼女の心底楽しそうな顔とケーレの後ろ姿、耳が赤く染まっているのを見て想像が膨らんでいく。
「何言われてるのかしら」
「あれだけ照れてるんだからきっと……」
「きゃあぁぁ」
店内に広がる黄色い歓声。
お客様の声を聞いて、ケーレはカミラに「も、もうやめて」などと小声でお願いする。
カミラはケーレの恥辱溢れる声を聞いて、彼女の照れた顔を見て、「ほんっとに可愛いな」と笑顔から真剣な顔に変えて優しい眼差しを送りつつケーレの唇に自分の唇を重ねた。
「口コミは本当だったのね……」
「何この店、尊い」
「ああ……、遥々王都から来た甲斐があったわ……。なんて素敵なのかしら」
お客様数名尊死。
尊死者が出た矢先に今度は別の場所でもカミラとケーレと同じ現象が起きる。
ミーアとリーネとアイリ。マリーとフィーナ。
リーネなんてやっと立ち直ったばかりだというのに又しても羞恥を覚える言葉を吐かれ、言葉の矢で心を貫かれて身体が火照り、鋭敏になり、"じわじわ"と彼女を侵食し、他のウェイトレスメンバーの誰よりも先に顔を深紅に染めて本日2度目、カフェの床にへたり込んだ。
へたり込んだ時の彼女の顔を、お客様達は目撃してしまった。
「なんでかな? 今凄くあの子にお菓子をあげたい気分」
「分かる! 持ち合わせあるよ。あげる?」
「あげよう」
席から立ち上がるお客様。
カフェの床にへたり込んでいるリーネの前迄歩いて行って声を掛けつつお菓子を差し出す。
「あ、あの~」
「……はい」
「これ良かったら」
リーネに差し出されたのはパイナップル味の飴。
日頃からニナを筆頭にロマーナ地方の人々からよくお菓子やらなんらかの食べ物を受け取ることの多いリーネは、身に付いた習慣で無意識でお客様に差し出された飴を恥で潤んだ瞳をしながら受け取った。
「ありがとうございます」
飴を包む袋を剥いで口の中へ。
そこでやっと自分がしたことにリーネは気が付くが、もう遅い。
時と場所と場合。今は全部においてお菓子を受け取るべき場面ではなかった。
「やってしまいました……」
かと言って、お客様の前で口の中の物を吐き出すわけにもいかない。
照れながら落ち込むという器用な真似をするリーネ。
一部始終を見ていたお客様は彼女の可愛さに心を持っていかれて、惨事。尊死。ミーアとアイリは本来は怒らなければならないところなのだろうが、笑いが先に立ってしまってそれどころではなくなった。
「ぷっ、リーネったら」
「可愛いが過ぎるー」
笑いながらリーネの頭を撫で回すアイリとミーア。
リーネはまだ羞恥と自身がやらかした[事]とで立ち直れずにいるが、顔に幸せが浮かんでいるのが見て取れる。
笑顔になるお客様達。
リーネ達は又新たなファンを獲得した。
一方、フィーナとマリー。
こちらはこちらで騒ぎが起きていた。
マリーはフィーナを逃がさないように、しっかりとその身体を抱き締めながらの羞恥心の与え。
最早フィーナの顔はとんでもないことになっているが、マリーは言葉を止めようとしない。
「それでこないだの夜のことだけど……」
「も、もうやめてマリー」
「ダーメ」
「私、羞恥死しそうなんだけど」
「あのね、こっちはフィーナがリーネさんのことを褒めちぎることに嫉妬してたんだからね! お師匠様だからっていうのは分かるけどさ」
「ごめんね」
「許さない。で、フィーナのあの反応……」
聞きたくなくても聞くしかない状態。
フィーナの心の中の恥ずかしさがついに限界を突破する。
軟体動物のようになるフィーナ。
マリーは仕舞いには愛するフィーナの長く尖った耳を甘噛みするなどし始めて、嫉妬からの復讐を彼女に行うことに成功した。
「これはこれで尊い……」
「店員さん達全員の手が止まってるから料理来ていないけど、何故だかお腹も心も満たされてる気がする」
「ずっと見ていたいわ」
「料理が来ていない」お客様からの言葉で"はっ"と我に返るカフェ店員。
恭しく謝罪して大急ぎで持ち場へと戻って料理の提供を始めるが、遅れたことに対してお客様達は誰1人として声を荒げたりするようなことは無かった。
逆に【リリエル】と【ガザニア】が我に返ったことを残念がるお客様が多数。
カフェ・リリエルは今日もファンを増やして無事に閉店時間となった。
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特別編5 Fin.
読者の皆様、ここ迄ご覧いただきありがとうございます。
2024/02/18より特別編6が始まります。
よろしければ最後迄お付き合いいただけると幸いです。




