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-外伝- 遠い未来 その03。

 アリシアはミアの行いにため息を吐き出し、とりあえず残った仕事を片すことに集中することにした。


**********


 魔王様と家令様の執務室から頭を下げて退室した後、私は"ガラガラ"とカートを押しながら魔王城の廊下をコレットさんに教えられた通りになるべく静かに、丁寧に、かつ速く歩いていた。

 カートが音を立ててしまうのは仕方がない。これの音を立てるな! なんて無理な話だ。

 できる人がいるなら見てみたい。


 とにかく洗い場へと急ぐ私。

 その途中で、出会いたくない人に出会ってしまった。

 イザベラさん。魔王様と家令様が性格に難があると言っていた人。

 そのことは、ここ数日の間によく分かった。

 コレットさんがいない今のような時に私に嫌味を言ってきたり、時には暴力なんかを振るってくるのだ。この人は。

 それでも侍女の中では立場が上の方の人だから私は何も言えない。

 例え殴られたとしても耐えるしかない。


 被害に遭っているのは私だけではないらしい。

 他の侍女も数名目を付けられているらしいけれど、私と同じように誰も何も言えないのでいるのだ。


 イザベラさんの顔が歪んでいる。

 嫌な予感がするけど、私は仕事を全うしなくてはいけない。

 その為にはイザベラさんの横を通り過ぎなくてはいけないのだけど、私は恐らく彼女がしてくるであろうことをある程度予測して準備し、自分よりも立場が上の人・イザベラさんに軽く頭を下げてからその横を通り過ぎようとした。


 予想通り。私の足に自分の足を引っ掛けてきた。

 自分がそれで転げてしまうのはいい。

 魔法で治せるから、怪我をしてしまうのも構わない。


 ただお茶セットは何としても守らなければいけない。

 カートから素早く手を放し、それを軽く少しだけ前に押して隙間を作り、私は私だけが横転するだけで済むようにしていたから、それが功をなして私の目論見通りにお茶セットは無事で済んだ。


"ほっ"とする私。それとは対照的に残念そうな顔をするイザベラさん。

 あの、このお茶セットって魔王様と家令様専用の物なんですけど……。

 もし何かあったら私だけじゃなくて、貴女も罰せられることになるんですけど。下手したら2人共クビ……で済めば良い方。投獄されて鞭打ちなんて可能性もあるんですけど?

 無事で済んだことに私に感謝して欲しい。

 あ! でもこの女性(ひと)の場合は全ての罪を私に擦り付けて自分は助かろうとする可能性もあるか。


 …………………………。


 言いたいことはあるけど、何も言えずに無言で立ち上がる。

 と、イザベラさんは今度は私の身体を両手でど突いて来た。


「入領して早々に魔王様のお付きになるなんて。生意気なのよ! あんた」

「……っ」


 コレットさんに聞いたことがある。

 イザベラさんは仕事はできるから侍女長の座に迄昇りつめることができたけど、魔王様からはあまり信用されておらず、故に重要な仕事は任せて貰えないんだとか。

 任せて貰えるのは、あくまで他の侍女の世話のみ。

 誰も何も言わなくても、他人の雰囲気などからその人物の(さが)というモノはある程度は察せられるモノ。なので侍女長というその立場も危ういところに来ているというのが今のイザベラさんの置かれている状況のよう。


 それがどうしてなのか。どうして顧みようとしないんだろう?


 イザベラさんにど突かれて、私の身体が向かった先は階段。

 頭だけは守るように転げ落ちながら、私は彼女のことを哀れに思う。

 私だって決して偉そうなことは言えるような人ではないけど、私ならもう少しは要領良くする。

 こんな、この先に待っていることを考えないような真似はしない。

 

 私はそのまま階段の一番下迄転がり落ちた。

 頭は守ってたのに、結局頭を強く打ったようで意識が朦朧とする。

 赤い水溜まりが見えて、早く治さないとって脳の奥底は命令してくるのに、身体が動かない。

 激しい痛み。私はそのまま意識を失った。

 次に気が付いたときは医務室だった。

 天井も壁も真っ白。どうしてこう、医務室という場所はどこの組織に置いても逆に気が滅入るような造りなんだろうか。

 うん。でも派手だったらそれはそれで落ち着かなくて困るかなぁ。


「リーネちゃん」


 まだちょっとぼんやりしている私の手を心配そうに握ってくれる女性(ひと)

 コレットさん。ずっと私の傍に寄り添っていてくれたみたい。


「たまたま傍を歩いてたら凄い音がして、それで慌てて行ってみたらリーネちゃんが倒れてて。怪我は治癒魔法で医療侍女が治したけど、何処かに異常があったりしない?」


 優しい女性(ひと)だ。ハイエルフの私のことを心配してくれるなんて。

 精神的に温かなモノを感じたけど、でも私にはそれよりも気になることがあったのでコレットさんに聞いてみた。


「お茶セット無事でしたか?」


 魔王様と家令様の大切な物。あれは私より価値がある。傷ついて欲しくない。

 とか思ってたら、コレットさんが少しだけ怒った顔になった。


「今はそんなこと気にしてる場合じゃないでしょう!」

「でも、あれは魔王様と家令様の大事な物で私なんかより余程」

「それ以上言ったら怒るよ?」

「もう怒ってますよね?」

「こんなこと聞かされて怒らない方がどうかしてるよ!!」


「でも……」と続けようとしたら私達のことを隠していたカーテンが右に引かれて広げられた。


「失礼するわね」

「リーネ、無事か? 一体何があった? 全部話せ」

「アリシア様にミア様」


 コレットさんがその姿を見てすぐに私の元から立ち退こうとする。

 が、魔王様と家令様は手でそれを制した。


「そのままでいいわ。この子の傍にいてくれてありがとうコレット」

「勿体ないお言葉です」

「コレット。済まないが君が見たことを全部話してくれないか」


 コレットさんが家令様に促されて説明を始める。

 彼女が見たのは最初に私に言ってた通りのものだけ。

 音がして、その音の現場に駆け付けたら私が倒れていた。

 それしか分からないとのこと。

 イザベラさんは上手く逃げたみたいだ。

 次は私に事情聴取がされたけど、私はイザベラさんのことは話さずに自分の不注意でこうなった事にした。

 魔王様も家令様もコレットさんも、と~っても疑っていたけれど、私が頑なに自分のせいにするので、この件は一応私の不注意ということで片が付いた。



 ……と私は思っていた。



**********


 2日後。

 大事を取って休暇を貰っていた私も今日から仕事に復帰。

 領主館の窓を拭いている時にコレットさんから「魔王様がリーネちゃんを呼んでるよ」と聞き、私はすぐに魔王様の部屋へと駆け付けた。


"こんっこんっこんっ"と扉を三回叩き、「リーネです。お呼びと伺いましたので参りました」と言うと中から聞こえてくる魔王様の声。


「入って頂戴」


 それを聞いて扉を開け、部屋に1歩踏み入れたと同時に感じる不穏な空気。

 なんだかこう、"ピリピリ"としている。

 たじろぐ私に魔王様が執務机の椅子から立ち上がって、無言でこちらへと近付いて来る。


 怖い。逃げたい。魔王様のその様子で私の心は[恐怖]に支配される。


 魔王と言われる方。魔王様は普段は魔力を抑えているけれど、今日は少しも抑えていない。

 なので私に直接感じられる、その強い魔力。

 私が[魔女]でなければ腰を抜かして立てなくなっていたかもしれない。

 それでも身体が震えているのが分かる。扉を開けてすぐの場所。私はそこの場所から1歩たりとも動くことができない。


 魔王様が私の目の前迄迫って来た。


「リーネ」


 呼ばれる私の名前。私は震えながらそれに返事をする。


「はい」

「貴女のせいでコレットは副侍女長の座から降ろされることになったわ」

「え……?」

「監督不行き届きというやつね」

「そうだな。コレットがリーネから目を離したせいで起きたことだからな」


 魔王様の魔力への恐怖で周りが見えていなかったけど、家令様もこの部屋の奥にいらしたらしい。

 お二人共今回の件はコレットさんのせいだと言う。違う。あれは……。


「お、お言葉ですがあれは私の不注意で……」


 私はコレットさんの降格を取り消して貰おうと言葉を紡いだけど、ダメだった。お二人には届かなかった。


「コレットが貴女から目を離さなかったら起きなかったことよ。だからこれはあの子のせい。降格は妥当だと思うわ」

「残念だが、アリシア様の言われる通りだ」

「そんな……」


 項垂れる私。私のせい。私のせいでコレットさんが……。

 もしかして私は疫病神なんだろうか。

 こんなことになるくらいなら、私はここに来るべきじゃなかった。


 私の背後の扉に魔王様の右手が押し付けられる。

 私を睨みつけながら、魔王様が口にすることは、あの日の本当のことを全部話せというもの。


「リーネ。コレットを救う手段が1つだけあるわ。……あの日のことを貴女の口から全部話しなさい。そうすれば、あの子はこの処分から免れることができるわ」

「コレットを救うか、それとも見捨てるか。全部リーネ次第ということだ。理不尽だと思うかもしれないが、我々はこの領主館における。……いや、この地方に置ける最高責任者だ。疑惑をそのままにしておく訳にはいかないんだよ」


 ……………………。


 魔王様はこの地方の領主様。この地方は長らく初代魔王様の側近の方が治めていたのだけれど、新たな魔王様が生誕したことでその方は隠居。そして今の魔王様がその後を継いでお治めになっている。


「話したくないと言うならもういいわ。用は終わりよ。この部屋から立ち去りなさい。そして貴女はクビ。何処にでも行けばいいわ」

「私は……」


 私がクビになるのはいい。仕方ない。

 でもコレットさんが降格になるのは嫌だ。

 これが王族・貴族の世界。


 優しさは時として罪になる。


 私は観念し、魔王様に全てを吐露した。

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