-閑話2- フィーナの日記 その02。
私が感動を噛み締めていると、マリーちゃんが優しく微笑んで私の手に自分の手を重ねた。
**********
今日は休日。1週間分の食材の買い込みを済ませてリーネ師匠と【リリエル】の皆さんにとっては別荘。
私にとっては自宅。に戻るとリーネ師匠を含めた【リリエル】の皆さんがいた。
これでリーネ師匠と【リリエル】の皆さんに会うのは40数回目。
最初の頃こそ恐縮しっぱなしだったけど、これだけの数を数えればもう慣れた。
のんびりとリビングでくつろぐリーネ師匠と【リリエル】の皆さんに私は笑顔で声を掛ける。
「リーネ師匠に皆さん、こんにちは」
「フィーナ、お帰りなさい。ところで今日はマリーさんはいますか?」
「あ! マリーちゃんなら私の後ろに」
私が言うと"ひょこ"と私の背後から姿を見せるマリーちゃん。
買い物からの帰り道で出会ったので、一緒に帰って来た。
私がリーネ師匠の嬢子なら、マリーちゃんはアリシアさんの嬢子。
リーネ師匠率いる【リリエル】の皆さんが私の前に姿を見せた3度目くらいの時だったかな?
たまたまマリーちゃんも一緒にいて、その時にアリシアさんがマリーちゃんに嬢子にならない? と話して2人は師妹の関係になったのだ。
「これで揃ったということですね。では、行きましょうか」
リーネ師匠が私達の手を握る。
発動される転移の魔法。
到着したのは里からは遠く離れていると思われる荒れ地。
リーネ師匠と【リリエル】の皆さんはあの里のことを第二の故郷と思っている。
なのでリーネ師匠と【リリエル】の皆さんから魔法の教えを乞う時は誤って里に被害を出さないように離れた場所となるのだ。
一般常識の時は普通に家の中での勉強なのだけど。
「質問です。フィーナ、魔力感知・魔力制御・魔力操作は完全に慣れましたか?」
「はい! リーネ師匠に言われたように何度も私室や浴場や寝室で繰り返して身体に染み込ませたのでもう問題なくそれらはできます」
「そうですか。では、魔法を放つ実践からで大丈夫そうですね」
「はい! よろしくお願いします。リーネ師匠」
リーネ師匠と【リリエル】の皆さんからの学び。
これ迄の学習を得て、私達の能力は【リリエル】傘下の【クレナイ】の皆さんの領域に至っている。
だから私達も【リリエル】の皆さんの傘下のハンターとして活動している。
私とマリーちゃんの2人だけのハンターパーティ。通称名は【ガザニア】。
【クレナイ】の皆さんが裏方であるなら、私達【ガザニア】は補佐。
【クレナイ】の皆さんが単独でもハンター活動を許可されていることに対して、私達【ガザニア】のみの活動は【リリエル】の皆さんからまだ許可されていない。【リリエル】の皆さんと一緒であることが絶対の条件。
正直それには何の不満もない。寧ろ有難く思うくらい。
【リリエル】の皆さんと一緒だと生存確率も跳ね上がるし、交戦方法とか戦術を見て覚えることができる。
現状学ばせて貰っている以上のことが吸収できる絶好の機会。
これ程に喜ばしい機会を貰えていることに何の不満があろうものか。
私とマリーちゃんは心の中で"ニヤ"けていたりする。
リーネ師匠と【リリエル】の皆さんからの指導が始まる。
私の場合は指導の主体はリーネ師匠。補助が他の【リリエル】の皆さん。
マリーちゃんはアリシアさんが主体で補助が他の【リリエル】の皆さん。
という感じ。
魔法を放つ指導。上級魔法迄なら私達は特に苦も無く操れるようになっている。
ただ、私は[光]。マリーちゃんは[闇]の魔法が苦手で互いに補い合っている。
「上級魔法迄は最早手足のように扱えるようですね。ですが、フィーナは光系統の魔法を大の苦手としている節が変わらず見受けられます。本来ならば、魔女として致命的ですが、アリシアの嬢子のマリーさんがカバーをしてくれていますし、魔女になれるでしょう。剛力な者が必ず強いとは限りません。知的な者が必ず優秀とは限りません。大事なのは見極め、適応です。2人は苦手を補いあっています。適応できているということです。双翼の魔法士ですね。魔女に必要なモノを持っているということです。馴れ合いを嫌う者もいますが、人は1人では生きていけません。必ず誰か、何かの世話になるのですよ。孤独なのは生死の時だけです。馴れ合いは時には人と人との関係をマイルドにするのです。必要なのですよ。ごめんなさい。説教臭かったですかね」
双翼の魔法士。リーネ師匠から仮の呼称を言われて嬉しくなる。
マリーちゃんの方を見ると彼女もこちらを見ていて目と目が合った。
微笑み合う私達。私達の様子を見て同様に微笑むリーネ師匠とアリシアさん。
リーネ師匠。顔は綻んでるけど、なんだろう? 違和感がある。
先の話も何処か自分に言い聞かせているように感じたのは気のせいかな。
私が考え事をしている間にリーネ師匠の顔付きが凛となる。
再度話し出すリーネ師匠。
「では最上級魔法の指導に入ります。上手く扱えるようになれば、2人にはこれ迄よりも私達【リリエル】と共に邪族を討伐して貰います。その分だけ[生命]を喪失するかもしれないという危険度が増します。デメリットですね。ですが、邪族討伐の機会が増えますので、貴女達が自由に使えるお金が増えます。ランクの高い邪族との戦闘も行うことになので、報酬が高くなるというメリットもあります。貴女達の暮らす里の周辺の邪族だけではなく、私達の暮らすロマーナ地方に出没する邪族も討伐して貰います。最上級魔法を習い、習得するということは代償が伴うということです。今なら魔女になることをやめて別の可能性を探るという道もあります。選択してください。どうしますか?」
「習います」
報酬は私達にとっては副産物。
【リリエル】の皆さんと共にいられる時間が増えるのが嬉しい。
幸福しか感じない好条件をみすみす逃すなんてあり得ない。
魔女になることをやめることもあり得ない。
別の可能性。私達のことを思ってのことでもあり、リーネ師匠なりの1つの試験でもあるのだろう。
私達はリーネ師匠の学びの条件を1も2も無く受け入れた。
「分かりました。では始めましょうか」
最上級魔法を習い、魔女となることを選択した私。
学びの姿勢を受け取ったリーネ師匠が私の背後に移動してくる。
半ば私に身体を寄せるようにして、リーネ師匠が贈呈してくれた杖を握っている私の右の腕を持つ。
贈呈してくれた杖。デザインも素材もリーネ師匠の得物と全く同じ物。
それもその筈でリーネ師匠が予備として持っていた物を譲り受けた物だから。
それよりも無意識なんだろうけど、……どう反応したらいいか困る。
リーネ師匠の身体からはいい匂いがするし、柔らかいのが当たってる。
「リ、リーネ師匠!!」
「フィーナ。これから貴女の身体に私の魔力を流します。そして、そのまま放出を行います。つまり貴女の身体を媒体にするわけです。魔力の流れと感覚をしっかりと覚えてくださいね」
「は、はい。いや、それどころじゃなくてですね」
思わずマリーちゃんを見ると、彼女もアリシアさんに同じことをされていて顔が真っ赤になっていた。
リーネ師匠達は天然タラシなのかもしれないってこの時初めて思った。
そんなことを考えている間に私の身体にリーネ師匠の魔力が流れ込んでくる。
なんと言えば良いのだろう? 神聖でありながら邪悪。矛盾の権化。
常人では不自然すぎる矛盾により錯乱するだろう。恐ろしい魔力。
こんなモノをリーネ師匠は難なく制御しているなんて、やっぱりセレナディア様の愛しき子は伊達じゃない。
このことはリーネ師匠にも【リリエル】の皆さんの誰にも話していない。
マリーちゃんがフレヤ様から受け取った神託でそうするようにとセレナディア様自身から真言があったと言われたから。
リーネ師匠がセレナディア様の愛しき子。
マリーちゃんから聞いた時は動揺したものだけど、今となっては……。
言い方は悪いけれど、どうでもいい。リーネ師匠と他の【リリエル】の皆さんといられる時間がとても楽しいものだから。
「フィーナ、貴女の身体に私の魔力が流れていることは感じられていますか?」
「は、はい! こんなの制御してるんですね。リーネ師匠はやっぱり凄いです」
「別にそう褒められることでもないと思うのですが」
いやいやいや、褒められることだと思います。リーネ師匠。
私ならこんな恐ろしい魔力に精神が耐えられるとは思いません。
「リーネ師匠。賛辞を受け取って欲しいです。私の我が儘です」
「分かりました。ならば受け取りましょう。ありがとうございます。フィーナ」
「はい」
「では、これから魔法を使います。先程も言いましたが、流れと感覚をしっかりと掴んでくださいね。モノにしてください」
リーネ師匠の言葉と共に私の身体に更に魔力が注ぎ込まれた。
共に私の脳内に流れ込んでくるリーネ師匠の記憶? のようモノ。
リーネ師匠は元異世界人で、元の世界にいた時は随分な目に遭っていた。
ある日、自宅への帰り際にこちらの世界に召喚。様々な[人]と出会い、安息の地を見つけ、リーネ師匠の心には恋焦がれていた安寧が訪れた。
充足した日々。割とのんびりと、好きなことを出来る毎日。心から笑える時。
だけど、リーネ師匠から安寧を略奪しようとする者が現れる時もあった。
元の世界での人間みたいな性格破綻者。略奪者にリーネ師匠は一切の容赦はせず滅してきた。
滅されたのは主に人間。なるほど。リーネ師匠の人間嫌いの理由が嫌という程によく理解できた。
私、エルフで良かった。人間だったら、多分使い魔さんに目を掛けられることも無かっただろうし、リーネ師匠達の身近で暮らしていたとしても無視か愛想笑いで済まされていたかもしれなかった。
「炎流星之降臨」
私の身体を媒介にし、杖から放たれるリーネ師匠の魔法。
荒れ地にできあがるは巨大なクレーター。クレータからは青い炎が噴き上がっている。
これでも凪いだ感覚の魔法だったけど、リーネ師匠が一度怒りを露わにすれば、魔法は激しく荒ぶる。大嵐へと変わるのだろう。
下級魔法は中級魔法へ、中級魔法は上級魔法へ、上級魔法は最上級魔法へ。
魔法の頂点。最上級魔法は人の領域を超えて女神の領域に近い魔法へ。
リーネ師匠の魔法の[質]が神聖と邪悪の矛盾する二面性を持つ理由はここにあるということだ。
魔法は自らを映す鏡でもある。
リーネ師匠が教えてくれたこと。
なんとなくの理解だったけど、今のでよく分かった気がする。
なら私の魔力の[質]は? リーネ師匠なら聞けば答えてくれるだろう。
答えを聞いて、悪いところは修正、良いところは磨けば私はリーネ師匠のような[魔女]に1歩くらいは近付くことができる筈だ。
私はそうと決まれば実行。リーネ師匠に私の魔力の[質]について質問してみた。
**********
夜。
私は私室のベッドの中で昼間にリーネ師匠から言われたことを思い出していた。
私の魔力の[質]についてリーネ師匠ははっきり答えてくれた。
「フィーナの魔法の[質]は素晴らしいモノですよ。でも、発揮しきれていません。これは私の見立てですが、フィーナには迷いがありますね。これだけ魔法を扱っているのに、自分が魔法士であることに僅かけ疑念を抱いていることが魔法に表れています。貴女に必要なのは疑念を無くすことと、自分に自信を持つことです。両方が手に入れば、貴女の魔法は真なる輝きを持つでしょう。それと……」
疑念を無くすことと自信を持つこと。
私の課題は2つ。1つ目はなんとかなりそうだけど、問題は2つ目。
「自信。自信を私が持つことができたらマリーちゃんの師匠のアリシアさんに次ぐ魔女になれる、か」
-
[雪華の魔女]。人々から畏敬・恐懼されている女性に次ぐ素質。
そこ迄の素質が私の中にあるなんて本当なんだろうか?
私を孤児院から連行した日、使い魔さんは【リリエル】の皆さんに次ぐ素質だと言っていた。
皆さんの中で魔法を使えるのはリーネ師匠とアリシアさんとケーレさん。
私はアリシアさんとケーレさんの中間の素質があるということだ。
使い魔さんが言っていたことよりも少々上の素質。
-
うん、相違なく本当なんだろう。リーネ師匠が嘘を吐くような女性じゃないことは私がよく知ってるし、大体にして嘘を吐く意味もない。
「けど、そんなこと言われたら益々自分に自信を持つなんて難しいよ」
リーネ師匠から言われたことに深くため息を吐き、1人ボヤいていたら、今日はこの家のこの部屋にお泊り中のマリーちゃんから私に声が掛けられた。
「フィーナちゃん」
「うわっ、ごめん。起こしちゃった?」
時間は日付けをとっくに越した頃。
マリーちゃんが起きてるなんて思わなかった。
「ちょっとそっち行っていい?」
「そっちって?」
マリーちゃんが床に引いた布団から私のベッドの中へと移動してくる。
私室に設置されているベッドはシングル。どっちかが床に布団を敷いて寝よう。って話し合ったのに、これだと話し合った意味がないよ。マリーちゃん。
「ちょっ、狭いよ」
「フィーナちゃん、実はさ。わたしも似たようなこと言われたんだよね」
「え!?」
部屋を消灯してから大分経つ。
暗闇にすっかり慣れた目がマリーちゃんを捉えて離すことができない。
彼女の言葉の意味が知りたい。
「なんでもいいから自分が叶えたいと思ってる[事]を魔法に乗せられたら、わたしも師匠様……。アリシアさんに次ぐ魔女になれるって」
珍しくマリーちゃんが動揺してる。
普段はお姉ちゃんぶってるのに、今日は妹みたいだ。
「それで? マリーちゃんも私と同じで自信が無くて、疑念を抱いてるの?」
「そう。突然そんなこと言われてもって思ってる」
「だよね。それにしてもさ、【リリエル】の皆さんって天然タラシだよね」
「急に話が変わったけど、言いたいことは分かるよ。自分達の師匠様はあれだし、他の皆さんは言葉とか優しい瞳とか反則だよね」
「あのね、リーネ師匠の記憶らしきモノが私に流れ込んできたことで知ったことがあるんだ。嫌な人から身体に触れられたりしたらセクハラってモノになるみたい。相手に不快感や嫌悪感を与える性的な言動全般を指すのがセクハラの概要。けど、嫌じゃなかったんだよね。私」
「同じくだよ。いい匂いしたし、柔らかかった」
「うんうん」
「……フィーナちゃんもいい匂いがするし、柔らかい」
「は?」
「ふわぁ、なんだか急に眠くなってきた。おやすみなさい」
「ちょっ! 寝るなら戻るかここに残るかどっちかにして」
ってもう夢の中にいるみたいだ。寝付き良いなぁ。
しかし狭い。このベッドで2人はちょっとキツい。
仕方がない。マリーちゃんがここで寝るなら私は床に。
……抱き枕にされてるから動けない。
「はぁ……っ」
女性2人。横を向いて抱き合って寝るならいけるかな。
私はマリーちゃんを抱き締め返して互いに互いが抱き枕。
微かに高揚感を覚えつつ私は眠りに就くことにした。




