-二章- プリエール女子学園 その03。
色んな噂がこの地方の人々。シエンナ様に【リリエル】の私達の耳にも届いたけど、シエンナ様も私達もそれらについて考えることを放棄したのだった。
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1週間後。
ロマーナ地方に各地方から派遣されてきた人々が集まった。
皆、その地方の領主に大慌てで[主命]を受けて訳が分からないままに駆り出されてきたらしい。
同情する。私が同じ立場だったらどうしていただろう?
シエンナ様からの大慌ての主命。
うん、やっぱり私も困惑しながら受けたに違いない。
困惑しながらね。困惑しながら。
そんな人々の前にいるのはロマーナ地方の領主シエンナ様とヒカリお姉ちゃんと何故か私達【リリエル】と[赤]のドラゴン。
その[赤]のドラゴンを一目見いて、頭を抱えて項垂れるシエンナ様を横にヒカリお姉ちゃんが1歩前に出て駆り出されてきた人々に語り掛ける。
「皆さん、ロマーナ地方へようこそいらっしゃいました。領主様は体調が優れないようなので、皆さんがここに駆り出されてきた理由をあたしが領主様に代わり説明しますね。皆さんには、1年間この地方の特産物の収穫などを手伝って貰います。よろしくお願いしますね」
ヒカリお姉ちゃんの言葉で騒めく各地方から集められた人々。
無理もない。突然そんなこと言われたらそうなるのは当然だ。
「それはどういう?」
その中で1人の男性がヒカリお姉ちゃんに問う。
果たして、ヒカリお姉ちゃんの答えは至極単純なものだった。
「え? そのままですけど?」
絶句するその人。元気なヒカリお姉ちゃんとは対照的にシエンナ様は貧血っぽくなってて今にも倒れそうになっている。
「大丈夫ですか?」
顔が真っ青。シエンナ様の肩を抱いて助ける私達【リリエル】。
「あ、ありがとうございます。……皆さん、いい匂いがしますね」
……………。
思ってたよりは元気なのかもしれない。
なら大丈夫かな? と思って離れようとしたけど、シエンナ様に阻止された。
「【リリエル】の皆さんにこうして貰えるなんて……幸せです」
力強いな。シエンナ様。
3人で引き剝がそうとしてるのに、びくともしない。
これが噂に聞く火事場の馬鹿力かな?
その間にヒカリ姉ちゃんと各地方から集められた人々は話が付いたらしい。
ヒカリお姉ちゃんが半ばスキップしながらこちらへとやって来た。
「シエンナ様。これでもう安心ですよ。皆さん、喜んで手伝ってくれるそうです。[赤]のドラゴンがちょっとばかり皆さんを睨ん……。こほこほっ。見つめただけでそうおっしゃってくれました」
「そうですか。もう、どうにでもしてください」
かくして労働力を得たロマーナ地方の人々。
契約はひとまず1年間。場合によっては現在集められた人々と交代で他の人々がやって来て更に1年間。
そうなることもあるらしい。
その間ロマーナ地方の人々は……。
本業・または副業として騎士や衛兵やハンターをしている人々は……。
学園生活に専念することになるのであった。
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その後、早速私達に、【リリエル】に学園指定の制服が支給された。
日本の中学生や高校生が着用している物と同じような物。
トップスは白のスクールブラウス。胸にポケットが1つ付いている。そしてよくあるボタン式。
その上に着用するのはネイビーのブレザー。そのブレザーには腕の部分に金色のボタンが3つ縦に並び付いていて、お腹の部分にも腕部と同じく金色のボタンが3つ並び付いている。腹部のボタンのちょっと横に左右1つずつポケットがある。
ボトムスは基調となっているのはグレーで濃いグレーと薄いグレーが順番に段々となっている。
更に言えばグレー部分は線が細いところもあれば太いところもある。そして白い線が縦と横にそのグレーの上にある。つまりは所謂タータンチェック柄スカート。
靴下は白か黒、ネイビーであればいいらしい。長さは自由。
靴は外では黒の革靴指定。学園内では純白のシューズ指定。
それとは別に運動場 兼 決闘場で使う為のスポーツシューズもある。
これも基礎は純白で左右それぞれ横に赤のラインが入っている。
尚、スカートは膝丈丁度かそれよりも20cm上迄なら好きにすることが許されている。
スクールベストも支給されている。長袖と半袖があって、これもボタン式。色はベージュ。
後、スカートの柄と同じなネクタイかリボンかが選択できる。
「……何と言いますか。本格的ですね」
そんな制服を見て、私達【リリエル】にそれを直々に手渡してきたシエンナ様に私は思わずそう言葉を紡いだ。
そのすぐ後にさっき自分が言った言葉が言葉として意味がないことを悟った。
この国には私と同じ世界・国から来た異世界人が多い。
きっとこの制服はその異世界人のうちの誰かが身に着けていたもの。それを見て作られた代物だろうことが分かったから。
それは私ではない。私のはもっとシンプルだったから。
トップスはネイビーで似てるけど、ボトムスはトップスのそれよりもやや薄い青一色のスカートだった。
なので、シエンナ様は私の顔を見てそれを察したのか。
私の質問への答えを口にすることはしなかった。
変わりに……。
「ネクタイとリボンどちらにしますか?」
って聞かれたから私達【リリエル】は全員リボンを選んだ。
理由は特に無い。なんとなくだ。
選び終わるとシエンナ様から新たな言葉が私達に掛けられる。
「では【リリエル】の皆さん。今すぐここで制服に着替えてくださいね」
【リリエル】全員固まった。
ここはシエンナ様の領主館でシエンナ様の執務室。
なので私達【リリエル】とシエンナ様の他には誰もいない。
女性4人きり。とは言ったって、この場で着替えるのは流石に恥ずかしいものがある。
「大丈夫ですよ。今日はメイド達にも絶対にこの部屋には入らないようにと言ってますし、仮に客人が来ても「領主様は他の地方から来られた方々の様子を見物中で留守にしております」って言うようにっと申しつけてますから」
そういう問題じゃない。恥ずかしいんです。
それから領主様がそれでいいんですか! それで!
権力の悪用化が過ぎると思うんですけど。私は。
「さぁさぁさぁ、着替えてください。着替えてくださる迄は【リリエル】の皆さんはこの部屋からは出れませんよ。はぁ、はぁ……っ」
目が怖い。目が。鼻息もちょっと女性としてどうかと思います。
シエンナ様に対する心象がまた1段階私の中で下がった。
「その……。どうしてもここで着替えないとダメですか?」
ダメで元々。聞いてみる。
「はい。ダメです」
即答。シエンナ様がにこやかに返事をされた。
これはもう、覚悟を決めるしかないのかな。
「恥ずかしいので、せめて着替える間は後ろを向いていてくださいませんか」
まぁ、言うだけ無駄だろうなって思ってた。
けど、シエンナ様は意外にも「仕方ないですね」と言いながら"くるり"と後ろを向いてくれた。
意外。絶対に身体に穴が開きそう程に私達の着替え姿を見ると思ってた。
拍子抜けして私はアリシアとミーアを見る。
「どうしますか?」
「そうね。もしもここで逃げたら不敬罪とかになって投獄なんて可能性もあるかもしれないわ。いえ、シエンナ様がそんなことをするとは思わないけれどもね。でも例えば書類仕事を1週間くらいは手伝わされそうな気がするのよね。だからこの際仕方ないんじゃないかしら」
「自分は書類仕事は嫌いだなー」
「うふふっ。それはいいことを聞きました。では、そういうことにしましょう」
「余計なことを言ってしまったわ」
「アリシアのアホー」
「そうね。ごめんなさい」
「うっ。そう素直に謝罪されると辛いー」
「まっ、まぁまぁ。ここで揉めても仕方ないと思いますよ。素直に諦めて、ここで着替えましょう」
「そうね」
「だねー」
私達は"もそもそ"と私服から制服に着替え始める。
……物凄く視線を感じる。アリシアとミーアの視線を。
気が付かないフリをして黙々と着替える私。
私服を全部脱いで下着姿。スクールブラウスを身に着けて、スカートは膝上10cmで整えて穿く。
靴下と靴も学園の指定の物に変えて、ベージュの半袖ベストを着て、その上からブレザーを着る。
後はリボンを乱れのないよう綺麗に整えて"きゅっ"と締めたらエルフな学生さんのできあがり。
「リーネ、可愛いわ……」
「私は人間で言うと成人済なんですけど、違和感はありませんか?」
「違和感なんて無いわね。だって貴女って、出会ったその頃の容姿のままで少しも変わりないじゃない」
「そういうアリシアもですけどね」
「わたしは16歳で老化が止まってしまったみたいなのよね」
「……あれ? じゃあ私はいつでしょうか? 15~20歳の間のランダムでしたよね」
「リーネは15歳じゃないかしら。さっきも言ったけど、わたしと出会ってから全然変わってないもの。……ん? そう言えばミーアも変わってないわね。獣人はエルフと違って普通に歳を重ねる筈。スライムの溶液を使ってる様子もないし……。何故かしら?」
「え? 使ってるよー。スライムの溶液」
「そうなの? いつの間に」
「お風呂に入れてる。つまり……2人も使ってることになるねー」
私とアリシアで顔を見合わせる。
お風呂のお湯に時々少しのトロみが感じられる日があるような気がするなぁっていう気はしてた。
あれはミーアのせいだったのか。
「もしかして早々と私達の成長が止まったのってミーアのせいかしらね」
「エルフにもスライムの溶液って効果あるんですか?」
「あるわよ。例えば髪に艶が出ることとか、肌が滑らかになることとか、やっぱり他の種族と同じように老化が遅くなることとか、他にも色々ね」
「エルフって元々老化しないじゃないですか」
「だからそれ以上によ。さっきも言ったけど、肌が滑らかになるってことは、それだけ細胞単位での老化が遅くなってるということよ。それにあれには精神の老化を抑える作用も実はあるらしいの。肉体の衰えだけじゃなく、この国は精神的にも若々しい者が多いわ。それに違和感を覚えた、とある研究者がスライムの溶液を色々と調べて、結果つい最近それが解明されたらしいのだけれどね。実際エルフを例にしてみると、200~250歳を超えた辺りからわたし達は世の中がつまらないと感じるようになるわ。悟り切ってしまうというか、怠慢になってしまうというか、そんな感じね。でもこの国に住むエルフはそんなことは無い。つまりわたし達にもスライムの溶液は効果があるってことよ」
「なるほど」
「アリシア物知りー」
「ところでミーア。ちょっとこっち来なさい」
「何ー」
「リボンのつけ方下手すぎよ。貴女」
アリシアがミーアのリボンを直してあげている。
見ているとなんだか微笑ましい。
アリシアが私の視線に気が付く。
「何かしら? リーネ」
「いえ。2人共可愛いですね」
「リーネに言われると嬉しいわね」
「うん。満更でもないー」
そして全員の着替えが終わる。
制服なだけに【リリエル】全員同じ格好の筈なのに、何所となく違う。
3人の性格が制服の着こなしに滲み出ているように感じられる。
私はどちらかというとキッチリ着こなしている方だけど、スカートの長さを短くしてるところとか、自分の身体の本来のサイズよりも敢えてブレザーをワンサイズ上のを選んでゆったりとしたものにしているところとか、靴下が長めの[黒]なのが私らしい。
アリシアは流石は元お嬢様。女子校生の手本のような制服の着こなし。
キッチリしていて、スカート丈も膝丈丁度。靴下は長めの[ネイビー]。
ミーアはなんとなくちょっとダラしない。
スクールブラウスのボタンを上から2つ程外してる。
スタート丈は膝上10cm。私と同じ長さ。
靴下は短めで色はこれも私と同じ[黒]。
「ふむ」
【リリエル】全員で全員の格好を見る。
全員でそれぞれチェックし終えた後に最初に口を開いたのはアリシア。
「性格が出てるわね」
「確かにそう思いますね」
「特に靴下に性格が出てるよねー」
「そうね」
誰も[白]を選んでいない。
【リリエル】は全員性格が表面は[灰]だけど、裏は[黒]か[ネイビー]だ。
確かにそれがよく表れている。
「……でもリーネの下。もがっっっ」
ミーアが変なことを口にしようとした結果、アリシアによって咄嗟にその口を押えられることになった。
「時と場所と場合を考えなさい」
助かった。とりあえずため息を吐く私。
「はぁ……っ」
それと同時にシエンナ様から声が掛かった。
「皆さん、そろそろ前を向いてもいいでしょうか?」
「ええ。どうぞ」
アリシアに言われてシエンナ様がこちらに振り向く。
その顔は何故かとても幸せそうな顔をしていた。




