9回裏 さぁ勝負しようぜ
《青海視点》
くるとわかっていても手が出ないボールがある。
それが置鮎のストレートだ。第1球、アウトローにそれが決まった。
中原はスイングを始めることができない。
(あのコースなら低めに外れるはずだった、なのにゾーンをかすめやがった!! クソ!!)
勢源は語る。
「プロ入りした選手がまず苦戦するのが低めのストレートだ。アマチュアのピッチャーは低めのストレートがホームベースの手前で『おじぎ』をしてボールと判定されるが、プロクラスはそのままストライクゾーンに決まる。ボールにかけられたスピン量が違うんだよ」
置鮎はプロでも指折りのストレートを投げられる。際どいコースに投げられたストレートに対し中原は凍結し見送るという選択肢しかなかった。
5月の練習試合、中原は置鮎の投球に対しなす術がなかった。2打席とも三振を喫している。
「たった3ヶ月じゃ変わらない……のか?」
今村は中原の手にできたマメを見る。
努力は結果として残してこそ。
2球目低めにストレート?
(同じ球種!)
今度こそバットを疾走らせる中原、置鮎のボールには――
当てることができない!! 直球が一転落ちた!!
「ストライクゾーンで勝負するんじゃねぇのかよ!」
「そんなこと約束してないよ」
「――置鮎の投げるボールはストレートとフォークの区別がつかんのだ」
腕を組み見守る屋敷。
「運営には一刻も早くナーフしてもらいたい」
(遅れていた俺を助けてくれたのはあいつらだった。同い年の四人の全国制覇をスタンドで見ているしかなかった俺を救ってくれた。投げている俺自身には客観的にボールの質を確かめる手段がない。俺が投げているときにあいつらがバッターボックスに立ち、ボールのコースごと違いを教えてくれた。同じ球種でも投げるコースによって精度、変化は異なってくる。あいつらのアドヴァイスなしに今の俺はいない)
置鮎が泡坂に比較されているのではない。泡坂が置鮎に比較されているのだ。
プロ球団のスカウトたちに現時点で二人の完成度を問えば、過半数のスカウトが「置鮎は泡坂よりも上」と答えるだろう。
味方の失策による走者一人の準完全試合を達成したのが1年目の春の選抜大会の準決勝。
連続奪三振11と一試合最多奪三振23、同じ試合で二つの記録を更新したのが2年目の夏の選手権のベスト8。
「そうだな。おまえには少し無様に凡退してもらおう」
置鮎は悪い顔をして、今村のサインにうなずいた。
第3球、そのボールはインコース、中途半端な高さから――落ち始める。
(いや、ベースはかすめない。今度こそボールだ)
自信をもって見送った中原、しかし!
審判は拳をつきだし三振とジャッジする。もちろん納得しない中原! だが、
勢源がすかさずベンチから飛び出た!
「中原!! 今のはストライクだ、おとなしく帰ってこい。いいから!!」
無言で審判をにらみつけていた中原は、自分よりもキレた勢源の顔を見て冷静さを取り戻し、とぼとぼと歩いて戻っていく。主審への抗議は松濤へのジャッジに悪影響がある。
「い、今のがストライク?」疑問を呈する夙夜。
「ボール半分外に出ていたように見えるが……それも含めて置鮎の投球術だよ」口を開いたのは桜だ。「もともと置鮎のコントロールが抜群だってことが高校野球界には知れ渡っている。……そのうえで実際に投げるボールがキャッチャーミットが動かないほど制御されてたらそりゃ主審の眼も狂うし、心情的にゾーンから外れたように見えてもストライクにとっちまう。……心理戦で勝ってやがるんだ」
逸乃が続ける。
「主審の眼にも限界がある。広いストライクゾーンを正確にジャッジすることは難しい。キャッチャーが構えたところにこない逆球はストライク(ゾーン)でもボールと判定される。キャッチャーの要求通り投げられない(荒れ球の)ピッチャーはそれだけでストライクと判定されにくいし、コントロールいい置鮎はそれだけで主審と結託できてると言えるね。正直突破口が見えない……」
置鮎の全国一のコマンド力は、機械ではなく人間がジャッジする現行上のルールにメタを張っている。
他のピッチャーよりボール半分広いゾーンで戦える。いわば超絶の狙撃手。
置鮎は中原の背中にこう語りかける。
「一番打っていたときの親父を連れてこい。打撃王も血祭りにあげてやる……」
片城は小声で喋っていた相方の様子を観察していた。桜の眼は虚ろで、何度タオルでぬぐっても汗がひかない。プレー中でもないのに肩で息をしている。
(まるでノックアウト直前にゴングに救われたボクサーです。殴って気合をいれようにもそのまま失神してしまうかもしれない。いずれにせよ10回表は無理ですね)
勢源かアダムがマウンドに上がるしかない。
置鮎は次の対戦相手を見て笑った。
「さぁ勝負しようぜ同胞!」
「誰が同胞よこのロリコン」
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