6回表 おらよ
「6番貴船君に代わりまして、代打、三ツ谷君」
右打者に送られた監督からの指示は『待球』だった。
バッターボックスに立つ三ツ谷の佇まいからそれを即座に見抜いた桜と片城。初球のスライダーをど真ん中に放る。
三ツ谷はなにもできず見送る。
彼の耳にベンチからの檄はとどかない。
不甲斐ない心境のまま桜の第2球を待つ。
(なんだこのグラウンドの空気は? 薄い。寒い。みんなこんな場所で戦っていたのか?)
(ここは息苦しい)
(都大会決勝戦、無得点、無敗の青海、甲子園5大会連続出場が懸かったこのゲームのプレッシャーに耐えられない? 3年の俺が……)
今村が甲高い声を上げているが彼の耳には届かない。
指先がまともに動かなかった。
三ツ谷は考えがまとまらない。思考が固定化されたままきた球を打つしかない。
桜は笑い、
キャッチボールよりもゆるい♨ 山なりのボールを投じる。
「おらよ」
(ざけんな!)
強く振ったバットはまともにボールを捉えられず、ショート逸乃の定位置に。ショートゴロ。
気恥ずかしさからかピンチヒッターは頭を下げたまま一塁へ走っていた。
ファースト屋敷がボールを捕球する直前、マウンドを一歩降りた桜がベンチにむかって歩きだしていた。
「傲慢」「悪ふざけがすぎる……」「野球を舐めるな!」そのような声が球場の各所からきこえてくる。
桜は意に返さずベンチでドリンクをむさぼるように飲んでいた。
松濤のエースはすでに次のイニングの戦いに備えた顔をしている。
「これだけゼロが続くと『サッカーより点が入らない』ってアメリカ人が怒りだすと思う」と屋敷は夙夜にささやいた。
「ちょっと前に『近年のアメリカにおけるサッカー人気は本物だ』と言ってたのに……」
青海000000 |0
松濤00000 |0
「青海は全力で潰すに値するチームだ。ぜってー気は緩めねぇ」と桜。
「デッドボールのあともそうだし最後の打者もそうだし、桜は問題児に見られないと気が済まない子?」
「んなわきゃねぇだろ地だ地」
「つか桜高校浪人してたりするのん? 顔がチンピラ」と屋敷。
「チンピラ……」
「失礼ですよ。確かに粗野な顔をしていらっしゃいますが」と夙夜。
「ソヤってなんだ……?」
「だから女の子にフラれるんですよ」と片城。
「フフ……てめぇら、青海に勝った投手がモテないと思ってるのか? 明日――いや今日から俺の時代だ! 憶えとけよ!」と桜。
「エースの動機が不純すぎねぇ?」と勢源。
「……あいつだ」「あのピッチャーなら最強を倒しかねない」「投手としての能力だけではない」「メンタルが強い」「あのふてぶてしい態度」「球威も衰えない、むしろ速くなっている」「スライダーだ、あのスライダーが半端ねぇ」「泡坂の世代の打者たちをここまで抑えるとは……」「近年稀に見る接戦」「青海が公式戦で6回まで得点を奪えないだなんて……!」
試合をモニターで観ている全国の強者たちは桜を讃えつつも、試合の結末を予想できずにいた。
まだ善戦止まりだ。
松濤は『10割』・屋敷を擁しても未だ泡坂から点を奪えず、
そしてどんな形からでも(ヒットを打たずとも)青海は点を奪うことができるのだ。




