5回表 さて話そう
≪松濤視点≫
『00000000』
青海0000 |0
松濤0000 |0
勢源を打ちとった泡坂が駆け足でベンチに引き上げていく。
堂埜監督が両腕を組んで待ちかまえていた。泡坂をのぞいた青海ナインはリードされているがごとく顔色が悪い。
点が動かないまま4回裏が終了。このシチュエーションを現実レヴェルで想定してきた選手は両チーム含めほとんどいないだろう。
内野席の野球部員、学校関係者、それに青海ファンも同様だ。
確かに俺――大会を通しフル出場で打率10割をキープする好打者を擁したチーム――ではあるが、松濤高校は過去最強の挑戦者というわけではない。
過去3度甲子園で対戦しことごとく敗れた大阪の超名門校、
あるいは1年目の夏に青海を敗退目前まで追いこんだ神奈川の王者、
この両者に比べたら無名もいいところなのだ。こんな相手に苦戦するなんて異常事態でしかない。
青海ファンにとってストレスが溜まる展開――つまり松濤ファンにとっては理想に近い進行で試合が経過していることを意味する。
俺と夙夜は小声で言葉を交わす。
「序盤にこっちが先制したら相手の闘志に火が点いて大量失点もありえたからね」と俺。
「野球は『流れ』があるスポーツ……だからといってわざと得点を狙ってないわけじゃない」と夙夜。
俺としては無風のままこのゲームが進行することを願っていた。
もっとも松濤の頭脳はそうは思っていないようだが。
『松濤ベンチの会話 その1』
俺「さて話そう」
俺は後輩たちにそううながした。
むこうのベンチでは堂埜が選手たちに指示を飛ばしている。相手の攻撃まで時間はあるはずだ。
勢源「(抑えた口調で)現状おまえらは悪くねぇ。だが結果がでてない。対戦相手あってのゲームだ。今日は泡坂の調子が良すぎる。投手戦だが」
片城「先に失点してしまったら取り返すことが難しい」
桜「1点ならまだしも2点以上だとな。まぁ俺が投げてる限りありえねぇ仮定だが」
俺「はいはいはい」
比叡「すべては私が不甲斐ないせいよ」
逸乃「(小さく手を挙げ)もっと足を使ってかき回すべきじゃないかな?」
勢源「得策とは思えない。その程度の策はこれまで全国の猛者が試して効果はなかった。奴は守備も内野との連携も完璧だ。泡坂に小技は通じない」
中原「対案を用意しろよ」
華頂「(小声で)球数も少ないですよね? 相手のリードにいいように打たされています? もともと泡坂さんは完投が多くスタミナは問題ない?」
不利な条件を増やさないでくれよ華頂。まぁ現実そうなんだけど。
俺がいなかったら無安打無得点が現実味を帯びるくらい泡坂は絶好調だ。過去一。
『試合中に相手にとって有利な条件が付加される』。
現実的に思考できる人間ならこのパターンを想定できるはずだ。
勢源もこの『投手戦』、
『相手先発投手の出来が上々』、
『1点を先に奪ったほうが超有利』、
『だがエース攻略の糸口がつかめない』というゲームの流れを予期していたはずだ。
見ろ、勢源は落ち着き払った態度で選手たちの様子を冷静に観察している。いつもの試合中のあいつだ。なにも悩んでいない、迷っている様子などこれっぽっちもない。序盤中盤終盤隙がないよね。うーん、これは名将勢源。
アダム「なにかあるのかセイゲン? アワサカから点獲れる秘策が?」
勢源「あんよ」
そう即答する。
ざわつくチーム松濤。
桜「どうやってだ?」
夙夜「そういうことですか……?」
夙夜はわかったようだ。
千歳「あたしもわかったわ、野球のルール! だいたい理解した!」
顧問を無視した片城が、不審の眼をチームの監督にむけている。
「もったいつけずに教えてくださいよ勢源君」
「君づけはやめれ」
勢源は自信たっぷりに言った。
「超絶簡単なプランだ。常識に縛られている奴は気づかないみたいだけど」
謎の開き直り的な笑顔を見せた勢源。
そうか、やっぱ俺頼りなんだ。




