予言どおりだったろ?
勢源「松濤には逸乃がいる」
逸乃は自分の魅せ方というものを熟知していると勢源は言うが。
……なにがあったのかは裏方にすぎない俺には理解できないが、逸乃が運用している各種SNSはそれは盛り上がっているらしく投稿するたびにいいねが数千つくとかなんとか。どういうことなの?
逸乃「上手く説明できないけれど……ま、これに関しては私の手柄かな? そもそも都内の野球部で試合に出ている女子選手が私だけで、その点をあんまりアピールしないことが逆に良かったのかな。投稿もそこまで頻繁にはしなかった。見ている人を飢えさせたかったからだよ。ときどき写真撮ってたでしょ? やっぱり大衆は文章じゃなくてわかりやすい画像や動画に惹かれやすいんだよ。毎回データ集めて統計つくって手を変え品を変え……男の集団に紅一点っていうのは火薬庫なわけだから、批判されて炎上されかねないわけで超気を配ったよ」
俺「そんなことが……知らなかったそんなの……」
逸乃「屋敷はそういうの興味ないもんね。もちろん画面に私が映っていたから最初はフォロワーが増えたんだけれど」
逸乃の顔つきは美少女と美女の間に配置されていてすごく得をしている。外見だけでも食っていけそうな。逸乃は親しげな男っぽい喋り方をしているが特徴やファッションは少女的でギャップがある。そこがいい。
現役女子高生で現役野球部員。しかもレギュラー。創設チーム。そして対外試合で強さを証明してきた。都大会で生き残っている。これで数字が出ないわけがない。
実際にアカウントを覗いてみるとまぁ逸乃がいい顔をして練習後の日常風景や練習試合の様子をいい感じのレイアウトで撮っているわけでそりゃフォロワーも増えるし試合観にくる人も大勢いるだろうという感想だ。野球をあんまり知らない奴だって球場にきているかもしれない。
逸乃「有名人な中原や勢源がいることもさりげなくアピールできた……考えてみればスキャンダラスなチームだね。全員隙なく癖がある。とんでもないチームだよ。私が埋没するくらい。そしてチームが都大会を勝ち上がっていくとネットでの言及も増えていった」
片城「バズるってやつですか?」
逸乃「平たく言えばね。そして決勝戦の対戦相手は青海高校。こんなに盛り上がるカードもない。フォロワーは指数関数的に増えていったよ。チームが夏の大会で勝ち残ればこうなるとは思ったけれど当初の想定よりも盛り上がっている。ま、選手としてはいまのところ私は無難だけれど、チームの人気に貢献できたことはうれしい」
逸乃は守備機会も多く高い守備能力を要求されるショートで無失策、打率も3割近くと充分に誇れる数字を残しているのだが。
逸乃「そもそもチームとしてはね、一番目立つ選手がいるわけで……」
俺「誰のこと?」
勢源「大会中に残してる成績が異常だろ。新記録ってレベルじゃねぇ。前人未踏すぎる。その記録一つだけでも観戦者が倍増しかねないっつぅのに」
俺「一体誰の打撃成績のことなんだ……」
9回表、アダムが2アウトから連打を浴び4失点。ついに同点に追いつかれた。
この展開でも――最終回に4点差を追いつくRDA学園の流れにあっても、スタンドの観衆はまだ松濤の味方をしてくれていた。内野席から俺たちの勝利を信じる声援が飛ぶ。「ここで勝てば青海が相手だぞ」と。
心理的には追いついたRDAが楽で追いつかれた松濤が苦しいはずなのだが、俺たちは不思議と落ち着いていた。
センターを守っている桜が肩を回し恨めしそうにマウンドを見ているが、勢源は動かない。アダムと心中するつもりだ。
内野陣とバッテリーがマウンドの周囲に集まっていた。
「帰りたい……帰りたい!」
アダムは正直すぎる。
「アダム君に負けてもらったら困ります。チームの敗北は桜君の敗北じゃなくちゃ困るんです」
片城がまた謎の台詞を口にする。
「RDAくらい簡単に倒せなきゃ話になんねぇ。決勝あさってだぞ?」
これは中原。
ちなみに青海は準決勝の第一試合で5回コールド(置鮎が先発し無失点ピッチング、打線は毎回得点)で勝ち上がっている。
これで青海は59連勝。この2年間無敗なのだ。俺の打撃成績など霞むとんでもない記録である。
「現実に苦戦してるんですから仕方ないですよ? むしろ経験値積んでる段階だとアクティヴにとらえるべきでは?」
これは華頂。これには俺も同意した。
逸乃はいつもの不敵な笑顔でこう付け加える。
「RDAは青海が台頭する前は都内で一番強いチームだったんだ。むしろ9回までリードしていたことがすごい」
RDA学園は2年前まで甲子園常連校かつ本大会優勝候補の強豪。東京の旧支配者だった。
……先輩としてなんか言わないといけない流れだと察した俺は汗をぬぐいながらこう言った。
「勢源いないから言うけど本当奇跡だからこのチーム。みんなすごい選手でみんな成長してそいでこの大会中もラッキーいっぱいあっただろ? 俺たちには僥倖しか起こらない。なのでここは相手の攻撃は同点留まりで9回裏にサヨナラ勝ちします。そういう流れ」
言い切ってみせた。
場の雰囲気に流されて上記の発言をしたが俺はオカルト的なものを一切信じていないのでその点は安心してもらいたい。
嘘でもいいからチームメイトを安心させたかったのだ。
後輩たちは戸惑ったが反論せずにそれぞれの守備位置に戻る。
二死一塁、三塁。
プレー再開、アダムはクールだった。とんでもない速度のボールが俺の胸元に飛ぶ。牽制。1塁走者の一瞬の惚を見逃さなかった。
1塁手俺と2塁手華頂でランナーをはさむ。ボールを華頂へ、切り返すランナー、華頂から俺への返球と同時に片城から指示が飛んだ。
「わかってる!」
3塁走者がホームに特攻んできた。(1塁ランナーをアウトにする前に3塁ランナーのホーム生還を許したらRDAの得点が成立する)。俺はタッチアウトをあきらめホームへ送球。片城がキャッチし、回りこもうと走るコースを外に膨らませたランナーの脇腹へ真横に飛びつきミットを触れさせ殺した。
「――確かにラッキーが起こりましたね」と片城。
「ランナーのリードが大きかったし(相手の)ミスだろ?」
「屋敷先輩が守備でミスしないなんて奇跡以外のなにものでもない」
「ちくちく言葉やめて……」
で、9回裏松濤は7番勢源から始まる攻撃なのだが、すでに消耗していた相手ピッチャーはワンナウトもとれず四球、ヒット、ヒットで無死満塁となる。
1点でも失えばサヨナラ負けのこの状況。内野外野はともに極端な前進守備だ。RDA学園はここまで一度敬遠していた俺相手に強制的に勝負せざるを得ない(出塁即失点、失点即敗北)。
ベンチからの敬遠指示にブチ切れるほど気の強い2年生投手は燃えていた(1回無死から救援し投げここまで8回3失点の力投)。
肉体的には限界を迎えている。
顔が青ざめ眼に力がない。それでも投げる。
おまえはもうお休み……。
「――悪くないボールを投げる。秋季大会が楽しみだよ」
そう言い捨て俺はその初球を、
外角低めにきたストレートを、
バットでボールにこすりつけるように回転をあたえつつ弾き返すと、
打球がセンター前に落ち、
同時に投手は倒れ伏し、
勢源が小さくガッツポーズしながらホームインした。
俺は1塁ベース上でさりげなくVサイン。
「予言どおりだったろ?」
準決勝第2試合
勝者 松濤高校
松濤高校2年の1塁手、屋敷慎一の打撃成績は、準決勝までの6試合で21打数21安打11打点1本塁打6盗塁4四球(うち2敬遠)だった。
打率10割。
公式戦で未だ凡退なし。
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