なにかが足りない
「どうだった?」と勢源。
「ストレートは140㎞ちょい? 一年にしてはすごく速いけれどコントロールはいまいちだな。スライダーは変化が大きい。カーブは遅くてしっかり落ちてる。変化球は二種類でコントロールはなかなかだった。それだけ」
「それだけって……」
とはいうものの桜は入学したばかりの一年生なのだ。完成度は高い。本来どこの高校にも特待生で歓迎されるであろう戦力。実戦不足さえ解消されれば都内でも五指に入るほどのピッチャーだろう。
一年というカテゴリーのなかでは。
指導者なしでこのレベル……たった二人で。
頭を使って最善最適な鍛練を重ねなければここまでの『高み』には立てなかったはずだ。
それはそれとして、
「このままじゃ青海には通じないと思う。ちょい前に対戦した九割の泡坂よりだいぶ劣る」
キャッチャーの片城が口出しする。
「基準が高すぎませんか? 比較対象が泡坂さんとか……。それに打ってるのが屋敷さんですよ」
「俺だから滅多打ちにできたわけじゃない。青海には俺に近い実力のバッターがいるんだし」
『超人』泡坂、『天才』佐山、『主砲』風祭……プロクラスが並ぶ超規格外の打線だ。こいつらをねじ伏せて9回を投げきらなければ勝利はありえないわけで。
それこそ泡坂に匹敵するボールがなければ青海とは戦えない。
やっぱり無理ゲーか?
「まだ全力で投げてないとか?」と俺。
「……」
「投げてない球種があるのか?」と勢源。
「……」
「全力で投げています。投げられるのは今の3つだけです」
片城が代わりに答えてくれた。
「というか顔真っ青だな桜ぁ。俺抑えられるつもりだったの? あの動画観て」
桜は下を向いている。表情は……少しも納得がいかないようだ。
唇を噛み血を流している。この後輩は本気で悔しがっていた。
俺を打ちとるつもりだったようだ。
それくらい高望みしてもらわないと。松濤にはおまえしかピッチャーがいないのだから。
「伸びしろはあるのか? ……桜デカいけれど身長は?」
「半年前から身長は伸びなくなりました。189㎝で」
クソデカ1年。
「桜無口だけど表情はわかりやすいな。わかりやすく落ちこんでる。どういう心構えなの?」
「ド派手に高校野球デビューしたんですけれどこれじゃ想定外です」
「えー、なら想定ではどうだったの?」
「誰にだって勝つつもりでした甲子園に出場するためにこの2年間鍛えてきました。最善の準備をしてきたつもりです」
「あと2年半あっけど?」
「青海と戦えるのは今年だけです。勢源さんはどう思いました?」
勢源はプレイングマネージャーなのだ。この部においては俺などよりはるかに重要な人物である。
「おまえたちは本当に正しい努力をしていたと思う。桜のフォームは完璧に超効率だし覚えているスライダーもカーブも実戦で使える。見た限りフォームの癖はないから狙い撃ちされることもないだろう。守備もセンスあるし野手とのコンビネーションはこれから身につければいい。桜はうちのエースだ」
「……」
「動画観たり教本読んだりして、本当に自分たちで強くなったんです。投げこみだけじゃなくてウェイトもランニングも体幹トレーニング、カメラで撮影してフォームチェック……なんでもやりました。勢源君に認められたのはうれしいですよ……でも」
「でも足りない。なにかが足りない。桜の投球を短期間でワンランク上に上げないといけねぇ。となると方法は一つしかねぇ」
答えはわかったが言わずが花だ。
片城と勢源。
「配球ですね」「配球だな」
俺と桜。
「やっぱな」「……」
桜はまだマウンドの上から降りようとしていない。不安そうに不満そうに俺を見ていた。
その日の練習のあと、勢源にたずねてみた。
「第一課題の投手力だったけ? ……おまえはどう評価する?」
「ランク付けするならC+ってところだ。C、B、A、S、SSで」
非常にシビア。
投手、守備、攻撃全部A判定以上でやっと勝機が見えてくると勢源は言った。
「桜と片城の二人にとんでもなく負担をかけちまうな。……あと四ヶ月で劇的に桜のストレートが速くなることもない、青海相手に通じる新しい変化球を覚えられる可能性も低い。そして俺は奇跡なんて信じないし」
「片城?」
あの地味男。
「そうだ。桜のボールを受けるのはあいつ。高校まで野球部に所属したことがなかったあいつの頭脳にすべてがかかってる。運動神経も最弱だしサイズも平均だし。……俺らあいつのことなんてなにも知らないにも関わらず命を預けようとしているわけだ。さっき『俺どこのポジションでもプレーできるからキャッチャー代わろうか』って言ったらよ、片城は少し迷ってこう言ったんだ。『屋敷さんのデータが手に入らなかったから苦戦したんです。1ヶ月後にはもう少しいい勝負できると思います』どう思う?」
「返り討ちにしちゃる」




