第八話「トロールの泥太とドラゴンの魔衣(3)」
マリアは、
「流石はドラゴンね! 炎魔法への耐性を持ってるだなんて! でも、これならどうかしら? 『氷槍』!」
と、魔法を唱えた。
魔法の杖を前に突き出す動きと連動して、一メートル程の氷柱が出現して飛んで行き、魔衣に襲い掛かった。
――が。
「そんな!?」
――それもまた、魔衣にぶつかる寸前に消滅した。
その様子を見ていた、マリアの左隣にいる僧侶のキャルドンが、
「どうやら出番のようですな。お任せあれですぞ! 『風』!」
と、聖杖を掲げた。
その言葉に呼応して風の刃が生じ、魔衣に向かって飛んで行く。
――だが。
「何ですと!?」
――やはり、魔衣に触れる直前に消えた。
すると、
「ハッ! てめぇら、揃いも揃って情けねぇな!」
と、マリアの右隣にいる勇者ウォレスが、声を上げた。
「鋼の肉体を誇るハロルドさえも一発で殺した俺様の雷魔法を食らいやがれ! 『雷』!」
「いやそれ自慢しちゃ駄目だろ!」
正助が突っ込む中、ウォレスが翳した手から雷撃が生まれて、猛スピードで魔衣に向かっていく。
――しかし。
「馬鹿な!?」
――それすらも、魔衣には届かず、掻き消された。
思いもよらぬ善戦に、
「スゲーじゃねぇかお前! 攻撃激弱だけど、防御最強じゃねぇか!」
と、興奮する正助。
魔衣は、
「えっへん、なの」
と、胸を張った。
雷魔法を防がれたウォレスは、
「ハッ! 魔法が駄目なら、剣で斬りゃ良いだけの話だぜ!」
と威勢良く叫ぶと、一歩前に足を踏み出して、剣を構えた。
――と同時に、その足が小石に当たり、前方へと転がって行った。
コロコロと転がり続けた小石は、魔衣の右後ろ足に当たった。
「あうっ」
気勢を上げるウォレスを睨み付けていた正助は、魔衣の方を向きつつ、言った。
「よし! お前は最強の盾だ! 俺が抱えながら前進するから、お前はアイツらの魔法を全て防げ! その間に俺が――」
――が。
「死んでるー!」
――魔衣は死んでいた。
「え!? ちょっ!? は!? 何で!?」
混乱する正助。
ふと、倒れている魔衣の横に、血の付いた小石が転がっているのが目に入った。
見ると、魔衣の右後ろ足からも、少し血が流れている。
「いや、まさか……小石!? 死因:小石!!??」
正助の言葉は分からないものの、どうやらチビドラゴンが死亡したらしい事を察したマリアは、両手を腰に当てて、得意顔で言った。
「どう? あたしの魔法は、遅効性なのよ!」
「んな訳ねぇだろ! 遅効性の炎と氷って何だよ!?」
鋭く突っ込みつつ、正助は、
「ああもう、しょうがねぇ! 最初のプランに戻るだけだ!」
と、気持ちを切り替えた。
その時、魔衣の命を奪った凶器――小石を目にした正助は、
(待てよ……これは使えるな)
と、何かを思い付いた。
そして、地面に落ちていた拳大の石を素早く拾って、ウォレスが走り出そうとした瞬間に、全力で投げた。
予想外の投擲に、ウォレスの足が止まる。
だが、それは、ウォレスを狙ったものではなかった。
正助が投げた石は、真っ直ぐに、マリアへと勢い良く飛んで行った。
正確に顔面を狙った攻撃だったが、マリアは――
「あたしが魔法使いだから、避けられないとでも? 舐めるんじゃないわよ!」
と叫びつつ、ヒョイと顔を動かして、石を避けた。
「ふん、キモいゴブリンは、やる事なす事全部狡い――」
と、マリアが罵りながら、元の体勢に戻った瞬間――
「!?」
――マリアの目の前に、長く伸びた触手が迫っていた。
口角を上げる正助。
正助が事前に確認した際に分かったのは、熱男の頭部から生えている極太触手は、最大二十メートルまで伸びる、という事だった。尚、他の触手は、三メートルしか伸びない。
更に、〝触れた相手の魔法を封じる〟能力を持つ極太触手は、熱男自身の意思でも勿論動かせるが、何故か正助の意識にも反応した。
正助が投げると、勝手に正助が捕らえたい相手を捕縛して、正助の手元に戻って来るのだ。
石を投げたのは、気を逸らして、触手による攻撃に直前まで気付かれないようにするためだ。
完全に不意を突かれたマリアは、硬直してしまい、反応出来ない。
(狙い通りだ!)
正助は触手を操って、瞬時に捕縛して、手元へと引き寄せた。
「人質ゲットだぜ!」
下卑た笑みを浮かべながら、正助が捕まえた相手を見ると――
「ああっ! 一生の不覚ですぞ!」
「何でお前がいるんだ!?」
――キャルドンだった。