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家族(前編)

遅いのは忙しいからというのが大きいのですがプロットって中身の細かい所が詰められてないから結局細かい所をああしてこうしてってやってると時間がかかってしまうなあ。キャラクターが小説の中で勝手に動き出すとか体験してみたい今日この頃です。

 エウティケア夫人はまどろみを愛する人間の一人であった。朝は少し早めに起きるでもなく起きて、清潔に保たれたシートに包まれて一人で寝るには大きすぎるベッドから熟睡するには光が入りすぎる巨大な窓を眺めながら、眺めるでもなく外を眺めるその時間を愛していた。元来さして名家の生まれでも無い彼女がエウティケアの後妻として据えられたのは彼女の美貌による所が大きく、それゆえ自分の出自からすれば分不相応といっても過言ではないその生活を目覚めの時から楽しんでいた。元気すぎる愛娘やいつまで経っても自分に懐かない先妻の息子たちのことを思い出してうんざりして思わず首を振った。気を取り直して日を浴びよう外の方を向くと窓辺に人が立っているのが目に入った。もう家事奴隷が起こしに来たのかと辟易としつつ

「もう少し寝かしてちょうだい。」

と聞き入れられることのない願いを声にした。エウティケアは時間に厳格な男であったので少々ぐずった所で無理やりベッドから引き離されるのだ。しかし今朝に限っては返事がない。夫人は不審に思って窓辺に立っている人影に目をやった。それは女だった。端正な横顔、きれいに整えられた長髪、地味では有るが清潔さを感じさせる衣類。どう見ても奴隷ではないその女は、その端正な横顔に偉大さすら感じさせる微笑を湛えながら窓から階下を見つめていた。

「あなた誰。」

そう言い終わるより早くその人影は消え去った。夫人は部屋を見回して絶叫した。

 かなり暖かくなってきて、タリアの涙は枯れ果てた。少女は自分の目を自らに持たされた悲劇から学問への興味へとそらす事で受け入れることができたがそれは同時に罪悪感を呼び起こした。彼女はこれと言った目的もなくただ漫然と学問をし、アウルスが皇務員登用試験の始めから決まってる結果を受け取り安心している頃、なんの脈絡もなく夢を見た。父も母もまだいっしょにいたあの村の夢だった。

 父親がそこにいていつものように内職の仕事をしていて、それだけで何故か嬉しい自分を不思議に思いながらそれでも父の背中に話し掛けられないでは居られなかった。

「ねえ、お父さん。何で私に勉強をさせるの?算数や文語はなんの役に立つの?」

娘にそんな事を聞かれて父親は少し考え込んだ。うーんと唸りながら答える。

「確かに勉強が出来ても飯の訳には立たんかも知れんなあ。」

「じゃあ、あたし家のお手伝いする。お手伝いするの全然嫌じゃないよ?」

「でもなタリア。学問してれば自分が困った時にどうすればいいか。家族が困った時にどうすればいいか。困らないためには何をしなくちゃいけないか。そんなことがわかるようになるんじゃないかな?」

もっとも、と一拍置いて

「俺は勉強した事がないからさっぱりわからんけどな。」

と寂しく笑っていた。ふと目覚めてしまった。雑然と並んだベッドと色々な肌の色をした人たちをみて、この悪夢こそが現実でさっき見たのはやはり夢なのだと思い知らされた。あの夢が自分の思い出なのか願望が夢になったものなのかわからないまま、それでも優しく暖かかった過去を思い出して涙がとくとくと流れた。布団にふせって涙を流しているとどこかから叫び声が耳に入った。

 夫人の大声によって家内は一時騒然としたが

「どうやら奥様が寝ぼけていらっしゃったようだ。」

という事で一件落着ということになる。夫人は憮然としてあんなハッキリした夢があるかしらなどとのたまったが、実際の所まどろみの中で見たそれを確実に夢でなかったというだけの自信はなかった。しかし、可哀想なことに彼女は次の日も早朝からまた叫び声を上げる羽目になる。

「もうあんな部屋で寝るの嫌ですからね。」

と夫人はその日をさかいにエウティケアと同衾するようになるが、夫人の寝相は相当なものであるらしくエウティケアはいち早くこれに音を上げる。彼が音を上げたのが妻の愛によるものなのか単に寝相によるものなのかは二人だけの秘密であるし誰もそれを知りたいとは思わなかった。妻の妄言の原因を突き止めたものには褒美をやるから何とかしてくれと家人の面前で醜態をさらす始末であった。

 主人の提案を受けて奴隷たちのみならず雇い人、家族たちに至るまでの全員が家捜しを始めた。とは言え奴隷のほとんどが日々の仕事に追われて調査どころではなかったし、雇い人達もまた夫人の部屋を荒らして回る度胸は無く、結局の所、真剣に主人の提案に乗ったのは暇を持て余していたアウルスと如何に兄にたかるかしか考えていないエウティケアの実弟であるエウエリアス夫婦、夫人部屋付きの奴隷数人だけであった。

 夫人が最後に悲鳴をあげてから四日ほど経ち、幽霊騒ぎが沈静化し始めた頃ようやくアウルスの食指が動いた。流行のミステリ小説を読むのに四日ゆっくりと時間を使ったことが彼の興味をより強いものにしたようだった。密室トリックという先進的な叙述法を使った最新作を読んで俺も推理したいと思ったようであった。彼はその願望にタリアを巻き込む事にした。推理小説には怪力で巨体な助手が居たので少し物足りなかったが居ないよりはましだろうという事で自分専属の奴隷を助手へと格上げすることにした。

 タリアが部屋に入ると十七歳になったばかりの少年はまるで紳士のように煙草をくゆらせていた。言うまでも無くこれもまた推理小説に触発されたことによる。すぐにムフンムフンと咳き込み火を消した。内心もう二度と吸うまいと思いつつヤニ臭くなった少年はタリアの眼を見た。

「どう思う。」

唐突過ぎて何への質問なのか判然としなかったため煙草のことだと少女は考え

「臭いのであんまり好きではないです。残り香は嫌いじゃないですがモウモウと煙が有る部屋は嫌いです。」

単刀直入に答えた。

「そうじゃないよ。タリア君。」

普段は呼び捨てである。

「私が聞いているのはあの女がみた幽霊の事だよ。タリア君は本当に幽霊だと思うかい?」

あの女という響きに冷たいものを感じた。

「あまり詳しく存じ上げないのでわかりませんが早朝の事ですし奥様が寝ぼけてらっしゃったんじゃないのですか?」

「なるほど、タリア君にしては安直な答えだな。それではあの女が部屋を移って以来叫び声を上げていない事の説明がつかないだろう。結果には原因がある。その原因を突き止めるという行為こそ私の原動力なのだよ!」

急に語気を荒げた少年に驚かされ思わず

「はあ。」

と返事ともため息ともつかない言葉を吐いてしまった。アウルスは頭をかきながら

「ノリが悪いなあ。タリアもこれ読んどいてよ。」

そう言って昨日の夜まで自分が読んでいた本をタリアによこした。

「お前がそれを読み終わったら事件の調査を開始するからな。さっさと読み終わらないと犯人言うぞ。」

手にとって見ると「ツァイコフ家連続殺人事件」という小説だった。ツァイコフという旧王族の巨大な屋敷にたまたま招かれていたホーロックシャームズが人界から隔絶された屋敷で次々に起きる密室殺人を解決するという内容の推理小説である。いま皇国で聖書についで二番目に読まれている小説なのだと謳われている。ちなみにこれは誇大広告であるとして後日取り消された。しぶしぶ少女は二日かけてその小説を読み自分の幼い主人が何を求めているかを早々に把握した。アウルスの部屋に入るなり

「ご主人様、こんな難事件あっしには難しすぎやすゼ。」

小説の一部を引用して少年に話し掛けると彼は満面の笑みで

「難事件であるほど私の知的好奇心はかき立てられると言う物だよ。タリア君。」

と答えた。

アウルスがミーハーで間抜けすぎる気がする。もっとクールな少年にしたかったなあ。

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