3・王骸器
精霊王リーフとの同調が一方的に断ち斬られる。
たぶん、イツキ様がリーフの力を使って他の聖域と話をするのだろう。
カイロスにあった通信機と似たような物だと思う……やっぱり、精霊王は機械の類だ。問題は、誰が何のために作ったのかって事だね。
いや、何のためかって事は判るよ?
この惑星で、人が命を繋いでゆくためだ。けど、僕たちカイロスの生き残りが降りてくる前から住んでた人たち。彼らが造った物では無さそうだ。
この惑星……機械文明が、ほぼ失われている。良くも悪くも精霊が万能過ぎるんだ。
でも、例え精霊を自在に使役できても、機械文明を捨てたりはしないと思う……だから、精霊達や精霊王は、彼らが来る前から、この惑星に存在し、僕らと同じく漂着に近い形で彼らはこの惑星にやってきた。そう考えられるんだ。
精霊石を用い念ずれば、金属だって望むがままに加工できる。植物の育成が促進できるだけでなく、相当な深傷だって治療できてしまう。
これじゃ、加工技術や医療技術を磨くなんて馬鹿らしくなっちゃうよ。
もっとも、それができるのは精霊使いだけで、この惑星の住人、全てが精霊使いでも無いんだけどね。
精霊使いは十人中、二~三人が精霊の加護を受け精霊使いとなるらしい。だから、ちょっとした特権階級だ。
あと、カイロスの生き残りは、何故か全員が精霊使いになれたんだ。だから、イツキ様が迎え入れてくれた……ってワケでも無さそうだ。
……今までの、カイロス墜落時から今に至るまでの言動から察し、どうもイツキ様。カイロスの移民たちを迎え入れるために、ここにリーフの聖域を作ったっぽいんだ……ま、確証はないけどさ。
だとすると、どこかで姉さんと接点があるんだと思うけど、何にも教えてくれてないんだな。あんまり話す機会はないけど、どうも、姉さんを知ってるっぽい気配があるんだ。
ま、教えてくれないなら、自分で何とかするさ。
さっき聞こえた姉さんの声。砂に埋まっていた、あの形。
それが凄く心に引っかかってる。
距離にして十数キロ。もうすぐ日没。日差し対策も要らないし、砂竜の足を使えば一時間あれば楽に往復できる。
この聖域で何か起こる前に帰ってくる事だって可能だ。
そう思ったので、僕はイツキ様に一礼し、この場を去る事にした。
リーフから……イツキ様から十分離れた所で、ルカが僕の手を掴む。
「クー……行くの?」
その言葉に、姉さんの声がルカにも聞こえたんだって判った。
「うん、行く。姉さんか待っててくれたんだ」
ルカは、どこか悲しそうな顔で僕を抱きしめる。
僕の姉さんは既に死んでいる……たぶん、ルカは、それを知ってたんだと思う。
……僕だって察してたさ。
生きているなら、リーフの聖域を必ず訪れただろう。
砂漠の聖域間には、交流があるんだ。王都に対抗するためって側面もあるけど、人や物を交流させることで文化を発展させてる。
この一団に便乗させて貰えれば、精霊使いでなくとも砂漠は渡れるんだ。
でも、カイロスが墜ちて、はや十年。姉さんはついに、リーフの聖域を訪れる事はなかった。
この事実だけでも、姉さんは、もう生きてはいないって事ぐらい察せるさ。
「あの声が聞こえたんだよね?」ルカが頷くのを見届け、僕は言葉を続ける。「姉さんは精霊を使ってメッセージを残した……たぶんそんな所だと思う。だから、あの場所に行って、何があったかを知りたいんだ」
行ったから解るとも限らないが、解らなかったって事が解るだけでも大きな収穫だ。
あと、半ば砂に埋もれかけたあの形……たぶん精霊王だと思う。精霊石を完全に止たのか、一切、力は発していなかったけどね。
「じゃ、アタシも行く。ドラを使えば早いわよ?」
ルカはそう言うと、精霊を介しドラを呼び寄せる。
砂竜は扱いにくい動物なんだ。僕じゃ上手く乗りこなせない。
けど、ルカは完全にドラを従えてる。だから、ルカの駆るドラに便乗させて貰えれば、僕が単身砂竜を駆るより、早くあの場所に行けるだろう。
「じゃあ、お願いするよ。流石は、僕の姉貴分だ」
「クーは、アタシの弟分であると同時に、未来の旦那様よ?」
ルカの言葉は、サラッと聞き流す……でも、現状からそうなるんじゃないかなぁって事は察してる。
カイロスにいた頃から、それっぽい流れが作られてたしね。
移民船の中じゃ、一番歳の近い未婚の男女だったんだ……僕とルカってさ。それに僕はルカを嫌ってない。拒む理由なんか無いさ。
僕が聞き流しても、ルカは気を悪くなんてしてない……まあ、毎度の事だからね。
ルカに呼ばれ、ドラがやってくる。僕たちが、その背に跨ると、ドラが勢いよく駆け出した。
足音も立てず、僕たちを乗せたドラが疾走する。
周囲は砂漠……体重五百キロ前後はある砂竜でも、足音を立てず走れるのだ。
十分ほど走ったあたりで、僕は精霊石の気配を感じた……正しくは、精霊石によって活性化した精霊の気配だ。
気配は三つ。
恐らく、リーフの力を借りて探知した気配だろう。
が、まだ距離はある。
目的の場所に辿り着き検分。そして身を潜めてやり過ごす……それくらいの事はできると思いたい。
聖域では、イツキ様が深緑の精霊王リーフと共に迎撃態勢を取っているはずだ。だから、戦力外の僕たちが居なくても問題ないはず。
「ルカ。そのまま進んでっ!」
「わかった……いざとなったら、アタシがクーを守ってあげる!」
ルカの言葉に少しばかり傷ついてしまう。が、精霊使いとしての技量は、遠見以外はルカの方が格段に上なんだよな。当然、精霊の力を戦いに使う術も。
ドラは、ルカが統べる精霊の力で疲労を溜めず疾走している。
……そう、精霊の力を使っていたのだ。
僕が、近づいてくる精霊石の気配に気づけたように、相手も僕たちが持つ精霊石の気配に気づけてもおかしくはなかった。
けど、遠見の技を磨く精霊使いって、相当な変わり者だ。並の精霊使いなら気づけるはずがない。
そう、タカを括ってたんだ。
三つの精霊石の気配。その内の一つが、唐突に大きくなった。
抑えていた力を解放したのだろう。紛れもない精霊王の気配である。
それと同時に、恐ろしいほどの速さで、僕たちの元へ真っ直ぐ向かってくる……いや、放物線を描いているって事は跳んだのか?
そう思った途端、手前で爆発でも起こったかのように砂が巻き上がった。
恐る恐る目を開くと、黄土色の甲冑を纏った巨像……精霊王が居た。
いわゆる固太り……闘士を思わせる体型。そして岩のような拳。深緑の精霊王リーフは細身の騎士だが、この精霊王は重戦士といった姿である。
「黄砂の精霊王フォンシャ……」
ルカは一目で、それが何か判ったらしい。でも、僕は名前を聞くまで精霊王である事までしか判らなかった。
黄砂の精霊王フォンシャ……王都に属する、国王に仕える精霊王である。
後ろ二つの気配は、速度こそ上げたが特別な行動は取っていない。僕たちの相手なんて精霊王が一柱居れば十分、そう言う事だろう。
『斥候を寄越してきたか……星から来た精霊使い。その片腕を務めた男だけあって、イツキは戦上手だな。先の二人とは大違いだ』
精霊王が言葉を発した。正しくは、中に乗った精霊使い、その言葉を外へと伝えたのである。
星から来た精霊使い……精霊戦争、その切っ掛けを作った精霊使いである。世界を楽園へと変える……そう、多くの精霊使い達を唆し、精霊王を王都から砂漠へと連れ出した。
結果、王都は多くの精霊王を失い荒廃する事となった。国王派に言わせてみれば、悪魔のような存在である。
とは言え、国王はとの手打ちは終わっていたはずだ。
王都を維持できるだけの精霊王は残す。だから、国王も砂漠へ散った精霊王達を連れ戻さない。
そう約定を交わし、星から来た精霊使いは姿を消した。自らが従える常闇の精霊王フォーチュナと共に。
カイロスが墜ちてくる一年前の話だってのに、なんか神話みたいに語られてるんだよな。
……って、そんな事のんびり考えてられる状況じゃないよ!
立ち竦んでしまったドラから飛び降り、そしてルカは両手を挙げた。降伏の意思表示である。
勝てる相手じゃ無いって事は僕にも判るさ。だから、僕もルカに倣ってドラから降りると両手を挙げた。
……あと、ほんの少しだったんだけど。
僕は内心、愚痴る。
あと数十メートルの距離だ。今は砂に埋もれてるけど、その一部が月明かりの元、確認できるのだ。
「先の二人……ルドラとナーガ。二柱の精霊王は如何した?」
精霊王を相手に、ルカが毅然と問う……多少、演技が入っているのは、ご愛敬である。
赤風のルドラに輝石のナーガ。いずれの主も、イツキ様に劣らぬ名だたる精霊使いだったはずだ。簡単に退けられる相手では無い。
フォンシャは、首を振って後ろを指した。
ルドラとナーガ。二柱の精霊王の姿が、そこにはあった。でも、何かがおかしい。
リーフの聖域に近かった事もあり、僕はルドラやナーガの聖域にも行った事がある。精霊王ルドラ、そしてナーガも実際に間近で見た。その放つ力も感じた。
でも今、あの二柱の精霊王が放つ気配は、僕が感じた気配とは全く違う。
それに、ルドラとナーガ……その身体は、ずいぶん痛んでいる。
精霊王は例え壊れても、配下の精霊達が身体をすぐに修復するのだ。だから、深緑の精霊王リーフは、蔦に覆われこそすれ、その身体には曇り一つ無い。黄砂のフォンシャも、砂埃を浴びたはずなのに汚れてすらいない。が、あの二体は、汚れだけではなく体中傷だらけだ。
それどころか、精霊石に最も近い胸部が大きく破損しており、鉄板を重ねて蓋をしただけというお粗末な補修がされている。
精霊王なら、例え壊れても、修理痕すら残さず、完全に元通りにできるはずなのに。
『あの二柱を抑えるのに、三体もの王骸器を潰された……が、精霊石を抉り取り骸とする事で、新たなる王骸器が手に入った。おかげで、まだ侵攻を続けられる』
その言葉で、王骸器が何かを理解した。
精霊王の核たる巨大な精霊石。それを抉り出した後の骸に、別の小さな精霊石を収め傀儡としたのだ。
精霊『王』の『骸』を『器』とした……だから王骸器。
……醜い操り人形だ。僕は、そう思う。
「逃げるわよ?」
ルカが小声で囁いた。
戦って勝てる相手じゃ無いって事ぐらい判る。それに、この場を切り抜ければ、また機会ぐらい作れるさ。
「目眩ましをかける。手を貸して」
そう言い、僕は腰の水袋に手を掛ける。
精霊の力を戦いに使う術は、僕よりルカの方が長けている。僕が何を言っているかは理解できてるはずだ。
僕が水袋を放り投げると同時に、ルカは精霊石の力を解放する。
精霊王フォンシャは疎か、二体の王骸器にすら劣る力ではあるが狙いは目眩ましだ。圧倒的な力など必要ない。
水袋は、砂の上に落ちると同時に爆発した。
精霊の力を用い、ルカが水を瞬時に沸騰させたのだ。
水が気体になると、その体積は千倍を軽く超える。それが一瞬で起こったのだ。文字通りの爆発になる。
平行し、僕がドラに指示を飛ばす。
ドラは僕を嫌っているようだが主人たるルカは大好きだ。そして、主人が危険な状況である事も理解している。
コイツは馬鹿じゃない。するべき事は解っているはずだ。
僕らの隣で身を屈めたドラ。その背に二人で跨ると同時に、ドラは駆け出……せなかった。
精霊王フォンシャが再び跳び、僕らの退路を断ったんだ。
砂竜の足は確かに速いが、それでも精霊王には敵わないのだ。
僕も精霊石の力を解放する。そして、ドラから飛び降りた。
囮となってルカを逃がすつもりである。
精霊を介し、精霊石の力を電力に変換し貯める。平行しフォンシャと僕を結ぶ直線に、電気の通り道を作る。
通り道が完成した所へ、発生させた電流を流す……僕の使える技の中では、もっとも強力な、いわば切り札である。
光の筋が、周囲を明るく照らした。
結構な高圧電流だ、人間ならば一溜まりもない……そう、人間ならば一溜まりもなかっただろう。
相手は精霊王だ……全然、効いてない。
「ちょっ! ドラ、止まりなさいっ!」
慌てたようにルカがドラを制止する。が、ドラは止まらない。僕の意図を読んだらしいドラは、スタコラサッサと駆け出していた。
今の技で、僕に注目を集める事はできたから、一応の目的は果たせたんだけどね。
……でも、少しは躊躇しろよっ!
あまりにアッサリと置いて行かれたので、内心呆然としてしまう。けど、これは僕の望んだ事でもあるんだ。
『星から来た精霊使いも、同じ技を使ったな』
フォンシャは、そう言うと、大きく踏み込み周囲の砂と諸共に僕を蹴り飛ばした。
骨が砕け内蔵が弾ける……けど頭は無事だ。
その手に精霊石がある限り精霊の加護が受けられる。精霊の加護を受けた精霊使いは即死レベルの重傷でもなけりゃ、そうそう死なない。加護を与えた精霊達が死なせてくれないんだ。
落ちたのは砂の上だ。頭も無事。幸いと言うべきか生憎と言うべきか僕は生きている……いっそ殺して。死なないだけで痛い事には変わりないんだ。
『精霊石を取り上げトドメを刺しておけ。オレは、あの娘を追う……前二つの聖域は、残った女に死なれちまってたから御無沙汰だったんだ』
フォンシャの言葉に、僕は慌てた。
……ちょっと待てよっ!?
僕は精霊に命じ、傷の治癒を促進させる。それと同時に、僕の周囲に漂う全ての精霊達に呼びかける。
僕の持ってる小さな精霊石。その力を解放した所で、活性化できる精霊の数は知れている。それを補うため、活性化していない精霊の力も借りようと足掻いてるんだ。
焼け石に水だろうが、僕が少しでもフォンシャの気を引ければ、それだけルカが逃げ伸びる機会が増える。
だから、全身全霊でもって精霊達に呼びかけた。
その時、何かが僕の声に応えた。
少し離れた砂の中で、精霊が活性化したんだ。
砂が盛り上がり、その中から全身ボロボロになった黒い巨人が身を起こす。でも、その発する気配は、王骸器とは違い紛れもなく精霊王だった。
その精霊王は、這うようにして僕の元へとやって来る。
全身から痛みが消えた。
精霊王が従える膨大な数の精霊が、僕の傷を癒しているんだ。
黒い精霊王は、黙って僕を見下ろす。
その背後から、二体の王骸器が襲いかかってきた。
……危ないっ!
そう思った途端、黒い精霊王は反応していた。
殴りかかってきた王骸器の拳を腕で受け止めたのだ。
酷く劣化していたため受け止めた腕は、そのままもげてしまう。が、同時に王骸器の拳が、精霊王の腕に取り込まれ繋がっていた。
王骸器の表面を覆う甲冑状の装甲が消えてゆく。それと平行し、黒い精霊王の甲冑の復元が進む。
王骸器を取り込み、自らの身体の補修資材としているのだ。
王骸器の中に乗り込んでいた精霊使いの姿が見える。あまりの出来事に、思考が追いつかないのだろう。
パニックを起こしたのか、訳の判らない叫びを上げていた。
訳が判らないのは僕も同じだ。でも、僕は落ち着いていた。
この黒い精霊王が、僕の味方だって事だけは判っていたから。