4・常闇の精霊王
一体の王骸器がボロボロになって崩れ落ちる。
黒い精霊王。その支配下の精霊達が、王骸器を分解し主の修理材料にしたため形が保てなくなったのだ。
拳ほどの大きさの輝く石が、王骸器の胸からこぼれ落ちる……精霊石である。
精霊使いが扱う精霊石としては大きいが、精霊王の核である精霊石と比べれば比較にならないほど小さい。
たぶん、精霊石の発する力の全てを、王骸器を動かす事に費やしていたのだろう。だから、あの王骸器は破損箇所が、そのまま放置されていたのだ。
フォンシャが足を止め、そしてこちらへと舞い戻ってくる。
突然、現れた精霊王の気配に驚いたのだろう。既に王骸器が一体、完全に破壊されたのだ。
跳んだのだろう。着地したフォンシャが、爆発のような砂埃を立てる。
『常闇の精霊王……フォーチュナだと?』
信じられないとでも言いたげに、フォンシャが呟く。
星から来た精霊使い、彼女が従えていた精霊王である。
勝てるのか?
僕は、そう思ったが、フォーチュナも本気になったのだろう。内に秘めた精霊石の力を解放する。
精霊王としては、むしろ上位に位置するフォンシャ。そのフォンシャの二倍弱の力をフォーチュナは発していた。
フォーチュナは僕に向かって跪くと胸部を開いた……精霊王の搭乗口である。僕に乗れと言っているのだ。
正直、戸惑ってはいるが、乗らなきゃフォンシャに捻り潰されてしまう。だから、僕はフォーチュナの中へと飛び込んだ。
……姉さんの匂いがした。
直後に、フォーチュナはフォンシャに殴り倒される。
フォーチュナの中に頭をぶつけるが、過剰と言えるレベルの精霊の加護がある。だから、全く痛みはない。
『クー。精霊王を正しく使いなさい。後は、アナタに託すわ』
姉さんの声だった。でも、精霊王を正しく使えと言われても、僕には何の事かさっぱりわからない。
戸惑う僕を尻目に、フォンシャがフォーチュナに連打を浴びせる。
フォーチュナの甲冑状の装甲が次々と破損していく。それを僕は、精霊を介し認識していた。
このフォーチュナは、姉さんの精霊王だったんだ。そう思った途端、フォンシャに、どうしようもない怒りを感じた。
フォーチュナの中、肩の高さ両脇にある二つの持ち手を掴み足を突っ張る。これで身体が安定した。
フォンシャの拳を受け止める。フォーチュナが、僕の思考を動きに反映させたのだ。
体格的にはフォンシャの方が勝ってはいたが、実際の力は互角らしい。そのまま膠着状態に陥る……いや、フォーチュナには、まだ余力がある。
精霊による自己修復を一旦止め、精霊石の力全てをフォーチュナの活動に回した。
膠着状態が破れ、フォンシャが押され始める。
体制上の優位を得られた。そう思ったので一旦飛び退いた。フォーチュナの自己修復が再会され、十秒足らずでフォーチュナは完全に修復される。
『俺がフォーチュナを抑える。ガルムは中の精霊使いを殺せ』
ガルム……残った、もう一体の王骸器。それに乗り込んだ精霊使いだろう。
だが、単純に力比べを挑んだ所で、フォンシャはフォーチュナには勝てない。それは、今の一件で理解できたはずだ。
疑問を感じた途端、唐突に砂嵐が起こった。
それと同時に、フォーチュナの精霊石が発する力が周囲の精霊達に吸われてゆく。
外部から干渉する事で、精霊石の力の配分。その制御を狂わせたのだ。
黄色く光る砂嵐である……故に黄砂の精霊王か。
僕は内心、そう呟いた。でも、慌ててなんかいない。
フォーチュナを跳躍させると、フォンシャの起こした砂嵐から飛びだした。やはり、局所的な砂嵐である。
そして、砂嵐から抜け出した途端、フォーチュナに本来の力が戻る。
どうやら、フォンシャの砂嵐は単純に引き算らしい。砂嵐に巻き込んだ精霊王。その精霊石の発する力を、フォンシャの精霊石が発する分だけ封じ込める事ができる。
並の精霊王なら、その力の大半を封じられ動けなくなっただろうが、フォーチュナは並の精霊王ではない。フォンシャに力の半分強を封じられたが、それでも半分弱の力を残していた。
……このフォーチュナって、化け物だな。
そんな事を思いつつも、ルカを捜す。
ルカはドラの背に跨り、こちらを心配そうに眺めている。
このフォーチュナ……その百メートルほど後ろだ。身長十メートル前後はある精霊王にとって、十分な安全が確保できる距離ではない。
でも、ルカはフォーチュナを恐れている気配はない。僕がフォーチュナに乗っている事に気付いているのだろうか?
ルカを巻き込まないためにも、早々に勝負を付けた方が良さそうだ。
砂嵐が収まり、その中からフォンシャが姿を現す。が、その頃には、僕は反撃の準備を終えていた。
フォーチュナに従う数多の精霊達が、精霊石が発するエネルギーを高圧の電力に変換。同時に、フォーチュナとフォンシャを結ぶ直線に電気の通り道を作る。
そこへ発生させた高圧電流を流す。
僕がフォンシャに対して使った技と同じだが、その威力は比較にならないほどの開きがあった。
高圧電流で焼かれ、フォンシャの頭が完全に消滅していた。
あの有様では、胸部に乗っていた精霊使いも無事では済まないだろう……と思いきや、精霊の加護のおかげか生きているらしい。
火傷の痕が瘡蓋となり、ボロボロと剥がれている……フォンシャが主の傷を必死に治しているのだ。
精霊王ルドラとナーガ。この二柱がフォンシャに勝てなかった理由は判った。
先程使った砂嵐で、相手の力を封じる事ができるのだ。そして伏兵として連れてきた王骸器に留めを刺させる。
この能力……確証はないが,精霊王フォンシャ固有の能力だろう。フォーチュナには、どうやら同じ事はできないらしい……僕の思考に追従するよう、必要な知識が頭に流れ込んでくるんだ。
ここでフォンシャを抑えておかなければ、砂漠から次々と聖域が消えていくだろう。だから、フォンシャを逃がすわけにはいかない。
フォーチュナの中には身体を固定するベルトや座席の類はない。肩の高さにある持ち手二つを掴み、両足を突っ張って身体を安定させるしかないんだ。
それはフォンシャも同じのようだ。だから、乗り込んだ精霊使いが剥き出しになった今なら、容易に外へと摘み出す事だってできる。
僕はフォンシャとの間合いを詰める。と、同時に、フォーチュナが自らの能力を僕に教えてくれた。
フォーチュナの右手、その指が赤熱し、手刀全体へと広がってゆく。
赤熱した手刀でもって、再生の始まったフォンシャの胸部を再び切り開いた。
再生に精霊石の力を食われてしまっているのだろう。フォンシャは満足に動く事もできない。
だから、僕は赤熱させなかった左手でもって、中の精霊使いを掴みだした。
「フォンシャっ! ガルムっ! 俺を助けろっ!」
精霊使いは叫ぶ。が、フォンシャは再生で手一杯のはずだ。そして王骸器には、精霊王に対抗できる力はない。
が、フォンシャが動いた。
精霊王は、自らの主を守ると同時に可能な限り従おうとする。
フォンシャがフォーチュナの左腕に、両手でもって掴みかかってきた。
フォーチュナの方が力は強いが、片手と両手である。
赤熱させた手刀でフォンシャの腕を振り払う前に、フォーチュナの左腕がもがれていた。
そのもいだ腕を王骸器に向かって投げると、フォンシャは力尽きたかのように倒れる……いや、実際に力尽きたのだろう。身体の再生速度が、目に見えて遅くなっているのだ。 王骸器は、フォンシャの精霊使いを肩に乗せ脱兎のように駆けてゆく。
フォーチュナなら追いつけるし、仕留める事だってできる……けど、僕は追わなかった。人殺しなど、したくなかったのだ。
王骸器が落としていった腕を拾い繋げる。
『砂塵の精霊使い、ザパンを逃がしたのは高く付くわよ?』
「かもね……って、姉さんっ!?」
僕は姉さんの声に無意識に答え、そして慌てた。
『ようやく慣れてきたトコロ……精霊王は人間にしか従わないよう造られてるから、人間辞めちゃった手前、動けなくなっちゃったのよね』
人間辞めたって……どこにも姿が見えないのに声だけ聞こえるって事は、まあそういう事なんだろうけど。
「具体的には、精霊王と一体化したって事かな?」
『違う違う……フォーチュナの配下、その精霊達が形成するネットワークに、アタシの記憶と人格を転写したの。だから、フォーチュナが力を放出してくれないと、喋ったり考えたりなんて事はできなくなっちゃう』
ある意味、不死なのかも知れないが、凄く不自由な状態だ。それに、不老不死という点では、精霊使いはそれに近い物がある。
砂漠の精霊使いたるイツキ様は、壮年の外見だが齢百を超えているそうだ。ルカも二十歳を過ぎているが、精霊の力で身体の成熟を止めてしまったのか十六の僕と同い年に見える。
「なんで、そんな不自由な状態に……」
『こうでもしなきゃ、ホントに死んじゃうからね……死ぬのは構わないけど、いずれやってくるカイロスの事が心配で、人間辞めて自我だけ残す道を選んだの。……でも、カイロス墜ちちゃったんだ』
そう。カイロスは墜ちた。
「そりゃカイロスは墜ちたけど、助かった者達は聖域のおかげで生き残る事はできた……で、姉さん。ホントに死んじゃうって、何があったのっ!?」
『国王……最古の精霊使いに呪いを貰ったのよ。おかげで精霊の加護を使って怪我を治せない身体になった。精霊の制御に干渉し、正しく機能できなくするコンピューター・ウィルスみたいな物ね。内蔵まで届く深傷で助からないと悟ったから、フォーチュナを隠し精霊に自我を転写したってわけ』
ここの医療技術じゃ、内蔵を傷つけられたら、まず助からない。だって、精霊の力で、どんな深傷だって治しちゃえるんだよ?
カイロスにあったような医療設備でもなきゃ、治療できないような深傷である。
いや、でも姉さんの報告には精霊使いの事は触れられていたが、姉さんが精霊使いになったって事は触れられていなかったよな。
「姉さんて、いつ精霊使いになったの?」
『明星……この惑星を回る人工天体は知ってるわよね?』
姉さんの言葉に、僕は顔を蹙める。
いや、一応、知ってはいたけどね。結局、調査はしていない。カイロスが墜ちた事で、調査する術が無くなったからとも言える。
「先に、この惑星に辿り着いた者達が使った移民船だっけ?」
これは姉さんの報告に書かれていた推測である。
直径十キロもある球状の人工天体で、楕円軌道でこの惑星を回っている……んだったっけ?
『アレは移民船じゃないわね……たぶん、この惑星に人間がやってくる前からあったと思う。あそこに行き、あの星の力でアタシは精霊使いになった……精霊使いってのは、精霊によって身体を改変された人間なのよね。あそこで身体を改変され、精霊王を貰った』
精霊王を貰ったって……精霊王って明星で造られた物だったのか。
そして、星から来た精霊使いという二つ名も、明星から来た精霊使いって意味なのだろう。
こうやって会話をする事で、姉さんと再会できたって事が、ようやく実感できた。
良くも悪くも、記憶にある姉さんと同じ口調……精霊戦争を起こした百戦錬磨の精霊使いとは思えない。
まだ、姉さんに聞きたい事は色々ある。
「姉さん」
『何?』
「約束通り、待っててくれたんだ……」
でも、それ以上の言葉は出て来なかった。




