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伯爵夫婦、帰ってきて歓迎される

 王都からアストライア街へ帰ってきたら、フィラントは騎士達にもみくちゃにされた。あれよあれよと言う間に酒場である。


 エトワールは何処だ!


 なりふり構わず、机の上に立つと、酒場の隅にあるソファにちょこんと座っているエトワールを発見した。隣にはミネーヴァ。いそいそとエトワールに食べ物、膝掛け、飲み物などを用意している騎士達。腹立たしい程に締まりのない顔。


「副隊長! よくぞ帰還された!」


「領主様への嘆願書を準備をしていたんですよ!」


「副隊長の屋敷を調査しにきた王宮騎士の態度は最悪でした! あんな奴ら追い出したかったですが、隊長に諭されて止めました! 屋敷や署内をこれでもかって程披露しましたよ!」


「やはり不当逮捕だったんですね! 国家反逆だなんて何の証拠もないし、悔しそうでした!」


 あちこちからビールグラスが差し出される。フィラントは机から飛び降りた。エトワールを発見したので、ここにはもう用なんて……。いや、王都にてこういう無頓着さを反省しようと思った。


 街ではどんな噂になっているんだ? 調べないとならない。


「副隊長室に妙な書類とかありましたけれど、副隊長の筆跡では無いので燃やしておきました」


 妙な書類。その話を聞きたいと、ロナウドに問いかけようとしたら別の騎士がフィラントの肩に手を回した。


「副隊長、中央で恨みを買っているらしいですね」


「聞きましたよ、かの宝石姫を袖にしたって」


「フラれた腹いせに反逆罪で逮捕なんて、なんていう姫だ」


「いやいや、俺はビルマ王子を貶したと聞いた」


「俺もそう聞いたぞ」


 フィラントは差し出されたビールグラスの1つを掴んだ。


 飛び交う台詞をまとめると、割と本当のこと——世間へ向けて作られた真実——が流布されているらしい。それから、妙な書類という陰謀めいた話。レティア王子の言う通り、彼が何かしなかったら本当に逮捕だったのかもしれない。それも、でっち上げで。


 いや、助けてくれたのはグラフトン公爵やレティア王子の動きを察知したユース王子か。彼はいつも、自分の手柄については、あまり語らない。今回も軽い口調で少しだけ「先回り」というような事しか言わなかった。


 市民革命。今のところ、そういう雰囲気は無い。


「結婚したく無い姫様の我儘の相手、槍玉に上げられただけだ。レティア姫は周りに諭されて、素直に引いた」


 へえ、と感嘆のような声が酒場に響く。いつの間にか、隣にゼロース隊長が来ていた。


「市民が殺気立って大変だった。フィラント様、少ししたらエトワール様と街中を散策して下さい。その後、領主様の元へ。領主様、かなり荒れているそうです。フィラント様もですが、エトワール様もかなり市民の求心力を得ていますよ」


 エトワールが? 孤児院、病院、教会への協力などに熱心だからか。


 ゼロース隊長の耳打ちにフィラントは間抜けな声を出しそうになった。


「ゼロース隊長、その話を聞きたい。あー……」


 大騒ぎという騎士達をどうするべきか。あと、エトワール。ニコニコしながら、騎士達と談笑している。ただ、距離は少し遠い。ミネーヴァにひっついて見えるし、少し困惑気味な様子。こんなに男だらけで、心の中では嫌なのかもしれない。


「皆の働きにフィラント様がご馳走してくれるそうだ! 仕事の話が溜まっているので、俺達に部屋を用意してくれる者はいるか⁈」


 高々とビールグラスを掲げたゼロース隊長に目配せされた。フィラントは上着の内ポケットから財布を出した。王都を出る際に、ユース王子にかなりの金を渡された。


 近くにいる者に概算額を渡す。この場で1番下っ端のパーズが酒場の店主と話し始めた。エトワールも呼ぼう。こんな中に置いていきたくない。何より、目を離したくない。


「エトワール様!」


 エトワールに近づこうとしたら、酒場に侍女サシャが飛び込んできた。


「エトワールさまああああ」


 騎士達が道を開ける。サシャの後ろからロクサス、スヴェン、オリビアも現れた。スヴェンとオリビアもエトワールの名前を叫んで駆け寄っていく。


「酷いですよー! 私の仕事はずっと無くならないって言っていたじゃないですかあああああ!」


 サシャはエトワールの元まで一直線に駆け、飛び込むように抱きついた。後ろにオリビアが続く。何故かスヴェンはフィラントに抱きついてきた。


「まあ、サシャ。フローラの侍女に戻るかパン屋の住み込みでしょう?」


「旦那様は騎士署の事務員にライラ夫人の侍女と……。なんでそんなに仕事があるんですか⁈ 退職金ってどういうことですか⁈ あんなもの受け取れません! やはり、帰ってきたじゃないですか!」


 不意に酒場内が静まり返った。周到に準備していたということは、何か企てていたこととイコールになる。


「領主様と共にいずれ中央政権に切り込む。いずれ王都へ。だからだサシャ。仕事は色々と選べた方が良いだろう」


 こんな感じで良いのか? 自分の鼓動がバクバク煩い。


「旦那様! 奥様にはこのサシャが必要です! 王都に行くなら行きます!」


 ツカツカとフィラントへ近寄ってきたサシャは、ふくれっ面である。サシャの向こうにいるエトワールは、ポカンとしていた。


「王都へ行く際についてきてくれるのは嬉しいけれど、ほら、この街で素敵な恋をするかもしれないし、選択肢は沢山ある方が良いわ。元の生活に戻れるから、またよろしくねサシャ」


 にこやかに笑ったエトワールがソファから立ち上がった。バッとエトワールの方へ振り返ったサシャが、再度エトワールへと駆け寄っていった。


「私はエトワール様の面白い恋話を書いたり見ている方が良いです! あっ……」


 そろそろ、とサシャがフィラントに体を向けた。エトワールの面白い恋話とは、フィラントに対する話……。全身が沸騰したように熱くなる。


「しばらく王都へは行かない。というより、今回の濡れ衣騒動で遠ざかったかもしれない。また、勤勉に働いて欲しいサシャ」


 照れでエトワールを見れない。エトワールはサシャにフィラントの事を話したりしていたのか。それも恋の話とは……。


——色々と思惑があれど私と結婚するのでしたら、私を妻として受け入れて欲しいと思っています。


——私、フィラント様ときちんと夫婦になりたいです。


 ん? 思い返してみれば、エトワールは割と最初の方から好意的だった。


——死が2人を分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓います


 結婚式の誓い。その時にはもう? 怯えられて、嫌われていると思っていた。それを克服する、歩み寄りたいという話だった筈だが……エトワールからの好意には思い当たる節がある。うんとある。


 というか、エトワールはかなり積極的にフィラントを口説いていたんじゃないか⁈


——死が2人を分かつまで……。忘れないで下さいね……。私も愛していますよ……。決して離れません……


 私も……。


 私()……。


 も、っていうことは……。


 フィラントの気持ちはエトワールに見抜かれている、らしい。フィラントはよろめいて、テーブルに体をぶつけた。次は足が自分の足に絡まって転ぶ。こんなに動揺するとは情けなさすぎる。


「まあ、フィラント様」と駆け寄ってくるエトワールがよろめいた。転びそうで、転ばなかった。澄まし顔のサシャがエトワールの背中を押した。サシャと目が合う。サシャからウインクが飛んできた。


 エトワールがフィラントの胸にポスンッとおさまった。


 激しい動悸、呼吸困難。体を襲う熱感。フィラントはエトワールをつい抱きしめた。


 途端に冷やかしの声が飛び交う。副隊長の人でなしという叫びもあちこちから飛んできた。人でなし⁈ 何故人でなしなんだ⁈


「よおフィラント! 即座に報告に来ず、酒場で油を売るとは良い度胸だ。おまけに伯爵ともあろう男が公然と妻にデレデレするな」


 ベシリッと頭を殴られて、フィラントは後方を見上げた。


 怒り顔のレグルスが腰に手を当てて仁王立ちしていた。


「でっ……」


 デレデレなんてしていない! そう叫ぶ前に再び頭を叩かれた。


「行くぞ」


 レグルスがフィラントからそっとエトワールを引き離して、腕を組んできた。


「奥様もどうぞ。ロクサス卿、ゼロース隊長、同行してくれ。サシャや子供達も来なさい。妻が支度しているだろうから、共にエトワール夫人を休ませてやって欲しい」


 フィラント達は馬車に乗せられ、領主邸へと移動することになった。呼ばれていないダグラスとミネーヴァがさり気なくついてきたが、レグルスは何も言わなかった。

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