伯爵夫人、考察する
王都を発って4日。アストライア街へ帰ってきました。フィラント様曰く、もう間も無く街に着くそうです。確かに、窓の外の景色にはかなり見覚えがあります。
急な出頭命令から軟禁、そして解放まで私はずっとフィラント様から愛情を感じていて、感無量でした。
しかし、その愛はなんと「家族愛」なようです。私、フィラント様の妻ではなく娘か妹として愛されたようです。
何せ、フィラント様は私に全然欲情しなくなりました。一緒の布団で寝ていますが、手を出されません。気のせいかと思って、キスしてみようとしたら避けられます。1度や2度ではありません。
手は繋いでくれます。たまに、耳を赤くしているので私に対して照れることもあるようです。
私、女性として猛アピールしてきたのに何故「家族愛」に至ったのですか!
何でですか⁈
なので、私は大変不機嫌です。我慢しようとしても、取り繕えていません。演技力を磨くのは私の今後の人生の課題なのに、中々上手くいきません。
「エトワール……。具合が悪いです?」
隣に座るフィラント様に、顔を覗き込まれました。
「いいえ。悪いのは気分です」
愛されているのは大変嬉しく、喜ばしい事です。しかし、私が欲しいのは真の妻の座にして恋人の椅子です。
「これから以前のような暮らしに戻れるので、元通りなら治ります」
今はダグラスが馬車を操縦しています。なので、私達夫婦の前にはミネーヴァが座っています。しかし、黙っていられません。
「ああ……。そうですよね。こんな事があって不安でしょう。どうか、信じて下さい。君だけは必ず守り通してみせます」
破壊力抜群の口説き文句に、クラッときました。
——エトワールが無事な間は従います。彼女の衣食住、全てを保証して下さい
あの時も、矢で胸を打ち抜かれたようでした。弓矢で怪我なんてしたことないですけれど。
痛いのと、甘くて、ぐちゃぐちゃな感情で胸がギュウッと締め付けられました。
何度目かの惚れ直しをしている場合ではありません。
「そういう事ではありません。フィラント様、私との約束事をお忘れですか? 歩み寄るために色々と取り決めしましたよね?」
胸倉を掴むのは淑女ではありません。なので、フィラント様の胸にそっと両手を添えるだけにしておきます。
ゴンッ!
何故か仰け反ったフィラント様が後方の壁に頭をぶつけました。
「まあ! フィラント様! 大丈夫ですか⁈」
後頭部を抱えて体を丸めるフィラント様。頭を確認してみると、たんこぶは出来ていません。血も出ていません。良かった……。4日前の夜も、寝台から滑り落ちて頭を打っています。その時のフィラント様は気絶したので、私は大騒ぎしました。
監視役なのか護衛なのか知りませんが、ダグラスとミネーヴァが実に親切かつ適切な対応をしてくれました。医者を呼んでくれたりです。
「だ、大丈夫です……」
ぶっ。ミネーヴァが急に口で変な音を出しました。
「あはははは。見ていて飽きない方々ですね。ふふふ、あはははは。フィラント卿、そんなだとまた利用されますよ」
お腹を抱えて大笑いするミネーヴァ。
「どういう意味です?」
私の問いかけに、ミネーヴァは肩を竦めました。
「奥様を捕らえればフィラント卿は何でもする。そう、あちこちに知られました。どう思われているか知りませんけれど、私は奥様の護衛です。ユース様と手を組む話がついたのでレティア様はもう貴方達夫婦に用はない。レティア様からのお礼です。それでいてユース様からの命令でもあります」
笑うのを止めると、ミネーヴァはキリリと引き締まった表情になりました。騎士の格好ではなく、侍女の服を着ているので違和感たっぷり。
「エトワール奥様。基本的に四六時中、監視致しますので危ないことはしないように。亡命する際は手伝うように。そうも命じられていますので、何なりとお申し付け下さい」
不意に、ミネーヴァは私達から顔を背けました。フィラント様が立ち上がり、馬車の扉を開けます。
「騎士団……」
私はフィラント様と反対側の扉の窓から外を見ました。アストライア街騎士団が行進してきています。
「貢献者に突然の出頭命令。さぞ、王家への不信感が募ったでしょう。意外ですねフィラント卿、聡明かと思えばこの事には思い至っていなかったとは」
「どういう事だミネーヴァ」
迫力ある眼光でミネーヴァを睨んだフィラント様。
「市民革命はアストライア街から始まるのですよ。祭り上げられるのも、止めるのも貴方次第。貴族騎士を逃がすために突撃させられた徴兵達を背に、勇猛果敢に敵に立ち向かった英雄フィラント・セルウス。この国の真の王子」
フィラント様に腕を掴まれて引き寄せられました。腰に下げた鞘から剣を抜いて、ミネーヴァに突きつけるフィラント様。
「それは大嘘だ! レティアは最初からユースと結託していたのか」
「違います。そう、ユース様に教えていただいただけです。レティア様は右往左往していただけです。今回の件、ユース王子様がレティア様を追い詰めて起こしたようです。正直、腹立たしいですが被害が無かった上にレティア様はユース様の庇護下。なので従うしかありません」
舌打ちすると、ミネーヴァは両手を上げました。
「俺が真の王子とは誰がそんな嘘を信じる!ユースは何を考えている! 吐け!」
「そういう嘘でこの国を新たな時代へ導け。貴方は進んでそういうことはしない。だから、道を作っている。王族はユース様が牛耳り、市民は貴方。無血革命にしたいそうです。この国は破裂寸前。戦争続きで徴兵や重税で民に負担をかけ、更には王位継承者争いのせいで王家や中央政権の醜聞が流れている。何もしなければ血の雨が降る」
ミネーヴァが、フィラント様が開いた扉から少し身を乗り出しました。
「半信半疑でしたけれど、かなり慕われているのですねフィラント卿。翻弄されたくなければ、今が最後の好機でしょう。2人で逃げます? 何もかもユース様の思惑通りに行くなんて奇跡は無い。この先、下手したら待っているのは地獄ですよ。私、貴方達に同情しています。亡命するなら手伝います。見返りはレティア様の亡命幇助です」
今度はフィラント様が舌打ちをしました。
「慕われている⁈ 単に蜂起のキッカケにしたいだけだろう⁈ 突撃しろと言われたから先頭に立った! 死にたくなくて必死になった! 恩人にアストライア領地の治安向上を命じられたから精一杯働いた! 市民の為などと思った事はない! 市民革命を背負え? 打算的な気持ちはすぐ見抜かれる!」
「私に怒鳴られても困ります! フィラント卿の思うままにさせろ。策略など要らない。私はユース様の今後の方針を聞かされただけです。私は奥様の守護騎士となるように。そう、命令されて納得して従っただけです。私はレティア様から離れません! 今の筋書きで貴方達が亡命しないなら、レティア様はアストライア街へ来ます。策略の駒か罠か、庇護か、ユース様を見定めます!」
バチバチと睨み合うフィラント様とミネーヴァ。なんで、喧嘩なのでしょう?
「あのー……。要はユース王子様はフィラント様に市民代表になってもらい、王族と衝突しないようにして欲しいという事ですよね? それで、ユース王子様はいがみ合って民のことを考えていない王家を改革しようとしている。私達は、ユース王子様やレティア様が民想いだって話を広めれば良いのではないのでしょうか?」
2人にバッと顔を見られました。2人とも全然似てない顔なのに、同じような表情。眉間に皺で、口は半開き。私、的外れなことを言ったようです。
「そういう話ではないようですね……。レティア姫がアストライア街へ来るなら、こう、慈善事業をしてもらうとか……ユース王子様が本当は遊んでフラフラしてなくて……そういう本当の話を……なんて……考えたのですが……」
そうこうしていたら、騎士団が馬車を囲いました。即座にフィラント様が外へ出ました。
「ゼロース隊長! 俺です! フィラントです! 嫌疑が晴れて戻ってきました! 俺が王子だとか、国家転覆を企てているとか嘘の噂が広がって大変でした! 結局、嘘なので簡単に釈放されました!」
私はフィラント様の後を追いかけて馬車から降りました。フィラント様は私に気がついて、戻ってきて隣に並んでくれました。
黒毛艶やかな一際大きな馬に乗る騎士はゼロース隊長。以前から名前は聞いていましたし、遠目には何度か見ていましたが初めて会います。赤味がかった短い金髪に剃り込み。鉤鼻と大空色の瞳が印象的です。歳はフィラント様より10歳くらい上でしょう。
「フィラント様! 王宮騎士の旗でしたので……。また何かかと……。帰るぞ! 我等の伯爵騎士が帰還した! 奥様も無事だ!」
また何かかと、その台詞が出た時にフィラント様は身震いしました。私も嫌な予感に身が竦みました。
我等の伯爵騎士。
フィラント様はご自分で自覚しているよりも、この街で大きな存在になっているようです。フィラント様は目の前で事件があれば必ず解決するような人情溢れる方です。助けて、そう言われると断りません。言われる前に手を差し伸べていたりします。そういう話、私は沢山聞いています。
新婚旅行の際の海賊討伐が良い例です。王都にて市民革命の仲間に誘われるとは、王都での評判も良いのでしょう。それをやっかまれて、悪評流されている。もしくは貴族層には嫌われている。フィラント様は思慕ではなく嫌悪の方にばかり目がいくので、王都嫌い。そんなところでしょうか?
——市民の為などと思った事はない!
あれは言わない方が良いです。後でそう助言しましょう。
フィラント様に向かって、馬から次々と降りた騎士達が突撃していきます。男性がこんなにいるのは怖いので、私はフィラント様から離れました。ミネーヴァにくっついて遠くから観察。
揉みくちゃにされるフィラント様は、どこからどう見ても慕われています。他者からの思慕に対する認識がおかしいから、私の恋心も正しく伝わっていないのかもしれません。




