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伯爵、激しく動揺する

 王都からアストライア街へ帰ることになった日の夜。馬車で王都の隣街まで移動して、夜中前に宿に泊まった。


 部屋でエトワールと2人きり。ソファに並んで座るとフィラントは自然と大きなため息を吐いていた。馬車内では新たな側近、という名の恐らく監視役である王宮騎士がいたのでエトワールとロクに喋れなかった。


 新たな側近はユース王子の近衛騎士ダグラス・エアクラフト。レティア姫の近衛騎士であるミネーヴァ・カピトリヌス。ユース王子とレティア王子は、フィラントに何をさせるつもりだ。


 泊まる部屋を同じにされなかったのには、ホッとしている。ようやく、エトワールと落ち着いて話せる。


「あの、結局何があったんですか? レティア姫様、本当に私達のお屋敷に来るのですか?」


 おずおずとエトワールの手が伸びてきて、フィラントの手の上にエトワールの手が重なった。途端に気恥ずかしくなり、全身も強張った。


 チラリとエトワールを見ると、宝石のような瞳が不安で揺らめいている。フィラントは重ねられているエトワールの手をそっと掴んだ。


 この天使みたいな——でも無鉄砲で危なっかしい——女性はフィラントを愛している、らしい。権力闘争に巻き込まれたのと合わせて、全部夢かもしれない。寝て起きたら、野戦病院の寝台の上。ここ何日か、毎晩そう思っているが夢から醒めない。これは現実。


 どうも照れてしまって、エトワールの顔をまともに見れない。


「レティア王子の思惑通り、ユース王子が現れて何やら結託したようです。これだけ巻き込んで、話してくれません。今回の件は協力するが、その後は何もかもから手を引かせてもらう。そう話したら承諾してくれました」


 フィラントは靴の先を見つめた。ユース王子には未だ苛々する。


 エトワールを巻き込まないなら、これからも協力する。そうでないなら、ユース王子の元から、いやアルタイル王国から逃げる。そう、頼み込んだ。


 ユース王子は了承したのに、結果は「レティア姫は花嫁修業をする。シュテルン伯爵が預かる」というもの。


 だから、逃げようと思った。地位も名誉も財産も要らない。エトワールが準備してくれた「行商の傭兵」という道を行こう。そう決意した。


 指示通りにグラフトン公爵と接触し、彼の思惑通りになるような動きをした。雲の上の存在、会話することも無いと思っていた国王宰相を大嘘であしらうことになるとは思ってもみなかった。


 脚本は全部、ユース王子やレティア姫だったので楽だったが肝は冷えた。


 俺の人生は奇妙過ぎる。


——死と隣り合わせで良いです。フィラント様、ユース王子様を見捨ててはいけません。


 妙と言えばエトワールもである。奇想天外というか、エトワールはフィラントの思っている事とは別の事しか言わない。


 ユース王子やレティア王子の命令通りに動いた結果、フィラントを目の敵にしていたグラフトン公爵は何やら満足げ。フィラントがレティア姫と息子の婚約を後押しした。ユース王子の手駒である成り上がり騎士がグラフトン公爵についた。ユース王子とレティア王子が敷いたレール、嘘偽りを信じたらしい。


 ユース王子はこの国をどうするつもりなんだ……。聞けば教えてくれると思いきや、ユース王子は語らない。


「それで、ユース王子様はフィラント様と私に別れを告げたのですね……。レティア姫の生誕の儀に大国が圧力を掛けてくる。その話、聞きました?」


「いえ……。ああ、大蛇連合国の頂点ドメキア王国の王子とレティア姫の婚姻がどうとか……。表に出てない話……。本当にユースの目的は何なんだ……。エトワール……君が利用されて傷つけられたり、ましてや死んだら……。やはり……」


「やはり逃げよう? 無理ですよ。そんな顔をして。ユース王子様を信じられないけれど、信じている。そういう風に見えます。ユース王子様、大国にこの国を売るつもりなんでしょうか? 王位継承権を放棄だなんて……」


 何だって⁈ エトワールの発言にフィラントは驚愕した。


「ユース王子様、フィラント様には話してないのですね……。私がフィラント様に話すと思ったのでしょうか? 王位継承権を放棄したのは敵には敗北、味方には背後から噛み付く為。そう、言っていました。レティア姫とグラフトン公爵の息子さんの婚約と合わせて時間稼ぎだと」


「時間稼ぎ? ああ、王都では市民革命の動きが活発化していました。仲間にならないかと声を掛けられて……。俺は思っていた以上に、ユースの戦略により市民派にされているようです。ユースは革命を後押ししているように思える」


「大切なのは一滴でも血が流れないこと……。ユース王子様はそう言っていました。フィラント様、ユース王子様を信じましょう。アストライア街へ戻ればレグルス様がいます。何か知っていたり、ユース王子様が王都でフィラント様に話せなかった事とか言付かっていたりするかもしれません」


 ね? と微笑するエトワールに顔を覗き込まれた。


「俺はこのままだとユースと一連托生。ユースが国家転覆を狙っていて、失敗したら本当に捕まる。伯爵なので流石に無いとは思いますけど……裁判の筈ですが……。俺の元々の出自を考えると監禁拷問もあり得る。エトワール……自分ならともかく君がそんな目に合うというのは……」


 そっとエトワールを抱きしめると、震えていた。いや、震えは自分である。


「先回りして助けた。レティア様のその発言は、本当なんじゃないでしょうか? ユース王子様はフィラント様をとても大切にしています。かなり立ち回りが上手くて賢い方なんですよね? だから、ユース王子様が守ってくれますよ。フィラント様と私は逆に支えましょう?」


 ポンポン、と背中を優しく撫でられた。


「裏切ったり、見捨てるよりも気高くて崇高な道です。それなら、神様の加護もあるでしょう。私、昔から運が良いのできっと大丈夫です」


 運が良い? フィラントはエトワールから離れた。握っていたままの手は離せない。


 この前向きさ、楽観的なところにはどうも心惹かれてしまう。愚かなと馬鹿にする気持ちもあるが、エトワールが大丈夫だと言うと大丈夫な気がしてしまう。


「俺が君を気に入ったりしなかったら、こんな訳の分からない危険な人生にはなっていません」


 急に真っ赤になったエトワールが、もじもじとしながらフィラントから顔を背けた。


「いえ、とても幸せですよ」


 またしても、意外な返答。


 ゆっくりとした動きで、エトワールがフィラントの方へ顔の向きを戻した。秋の楓のような赤い顔で、柔らかな微笑。


 ジーッと見つめられて、耐え難い。元々可愛い天使だと思っていたが、キラキラと光って見える。


 何で俺は今までこの人(エトワール)に手を出せていたんだ? 手を出せるのは今のうちとか、好意的だから大丈夫とか、言い訳並べて好き勝手にしていた。


 このままだと心臓が爆発する。それで死ぬ。エトワールが泣くだろうから死ぬのは御免。


「絶対に守ってみせます。何があっても。寝ましょう。疲れているような顔色です」


 フィラントはエトワールを寝台へと促した。それなら、とエトワールは「寝る準備をします」といそいそ髪型を変え始めた。


 無事に屋敷へ帰れるまで、エトワールに手を出したりは……帰っても触れるのか? 無理そう。手を繋ぐだけで動悸が酷くて倒れそう。


 まとめ上げていた髪の毛を下ろし、櫛で梳かすエトワールの後ろ姿から目が離せない。艶々の巻き髪に目を奪われてしまう。


 寝台の上で、ボンヤリとエトワールを眺めた。俺は、やはりエトワールを連れて逃げるべき。彼女だけを逃がそうと思っていた頃が懐かしい。ほんの、つい最近まで思っていたのに遠い頃の事みたいだ。


 エトワールが見抜いた通り、フィラントはユース王子を捨てられない。手厚い振りで駒にする。そんな暴言、吐くべきでは無かった。手厚い振りなんかではなく、唯一フィラントの味方でいてくれてきた人だ。


 ユース王子から離れたくなくて、エトワールからも離れたくない。自己中心的な感情に、エトワールが付き合ってくれる。甘えてしまった……。


 髪を三つ編みにすると、エトワールが立ち上がってこちらを向いた。盗み見し続けていたと知られたくなくて、フィラントはエトワールの動きに合わせて布団に入った。


「お待たせしました。ふふっ、ようやく一緒に寝れますね」


 エトワールは隣の寝台ではなく、フィラントと同じ寝台の布団に潜り込んできた。衝撃的過ぎて、フィラントはガバッと体を起こした。


 よろめいて、寝台から落下。頭から落ちて、フィラントは気絶した。

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