伯爵夫人、拒否する
王都郊外のお屋敷に連れてこられて、約1週間が経ちました。
かつての屋根裏暮らしとは違って、地下生活は快適です。3食付きでティータイムあり、お風呂あり、お散歩ありです。女騎士ミネーヴァが見張り役で、1人で何かするのは禁止なのは窮屈。監禁、幽閉とは程遠いです。
時折レティア「姫」に呼ばれて談笑します。
レティア王子ではなく、レティア姫と貴族女性としてのお喋り。誰だか知らない貴族とか、王宮騎士などに見せつけているみたいです。私は演技下手なので、レティア姫の言動に対して素直に話すようにと言われています。来客と話すのは基本的に禁止。たまに、喋ってしまいますが挨拶とか世間話のみです。
最低、1日1回フィラント様が会いに来ます。隠し通路は封鎖されていて、フィラント様は逃亡よりもレティア様と手を組む道を選択。理由は不明。
フィラント様、私と話し合いをせずに勝手に決めてしまいました。それに、とても変です。
まず、目が合いません。私に触りません。半径30センチくらい離れています。昼間、気苦労が多いのかボンヤリしています。一緒に歩くと、必ずどこかに体をぶつけます。
——私も愛していますよ
いつどうなるか分からない。そう思ったので、意を決して伝えたのに無視されました。告白して嫌そうに泣かれるって、どういうこと……。出頭命令から地下生活まで、私をこよなく愛してやまないという言動ばかりだったのに、見当違いだったようです……。
私も、とは自惚れ屋の阿呆でした。
結婚前と同じように、フィラント様は会いに来る際にお花やお菓子を持って来てくれます。恋人になれるどころか「不本意な婚約者」まで後退したようです。
窮地に愛を確かめ合って燃え上がる! 紅葉草子などの創作物と現実は違いました。
地下の部屋にいると、昼なのか夜なのか不明。今日はまだ外に出ていないので、鬱々としてきます。暇なので編み物をしています。頼んだら、ミネーヴァが毛糸や編み棒を用意してくれました。
フィラント様に渡せなかった、自宅に置き去りの誕生日プレゼントの作り直し。使ってくれるのか、そもそも受け取ってくれるのかも怪しくなりました。
人生とは無情。
あれです。私が役立たずでおまけに人質という足枷になったので、落胆されたのです。自分なりに、励んでも世の中思い通りにいかない。そういうことは多々あります。
コンコンコン。
ノック音がして、私は胸を弾ませて立ち上がりました。3回の時はフィラント様です。食事の時、ミネーヴァのノックは「コンコン、コンコン、エトワール様」ですもの。
「フィラントさ……ユース王子様……」
開け放たれた扉の向こうにいたのは、ユース王子様。フィラント様と同じ格好です。髪型も同じ。でも、私の目を真っ直ぐに見たので違うと即座に判断出来ました。半ば、無意識です。
「解放される喜びではなくて、フィラントではない落胆とはエトワールちゃんはブレないね」
爽やかな笑顔を浮かべて近寄ってくるユース王子様。私は思わず後退りしました。
「い、嫌です。フィラント様が来ないなら出ません」
1週間で、フィラント様とレティア様はユース王子様と接触して、色々と手を結んだ。これから、何かするんでしょうけれど私の居場所はそこには無いでしょう。
「フィラントは私を捨てて、君と逃げたいって。残念だけど駄目。私にはまだフィラントが必要だ」
ユース王子様を捨てて、私と逃げる?
まさか……。
「嘘です。フィラント様が1番大切なのはユース王子様です。……まだ? まだとはどういうことです?」
「そうかな? フィラントに聞いてみるといい。おっと、うっかりした。まあ、いいか。そう、まだだ。人とは身分関係なく自由である。地獄の業火に燃やされようとも突き進む者もいれば、世界の果てまで逃亡する者もいる」
まるで演説のような発言です。ユース王子様の真面目な表情は初めて見ました。いつも、捉えどころのない軽やかな笑顔でしたもの。
「王位継承権を放棄した。敵には敗北、味方には背後から噛み付く為に、そんな感じの話をしてある。レティア姫はグラフトン公爵の息子と婚約。この国は、まだ変わる時ではないから時間稼ぎ」
王位継承権放棄……。私が目を丸めると、ユース王子様に手を伸ばされました。
「レティア姫は花嫁修行に入る。王家から一貴族の妻になるから、色々学ばないとならない。我儘、自分勝手を矯正しないとならない。そういう建前。結婚前にもっと自由になりたいっていう、レティア姫の我儘。まあ、何もかも嘘だ」
一歩、一歩、とユース王子様が私に近寄ってきます。
「レティア姫に気に入られたご婦人が預かる。彼女はレティア姫の教育係を側近にしているし、冤罪事件を通してレティア姫に好かれた。レティア姫の生誕の儀に大国が圧力を掛けてくる。それまでの時間稼ぎだから宜しく。そこまで協力してくれたら、フィラントに本当の自由を与えよう」
大国が圧力を掛けてくる……。ユース王子様が手を引いているのでは? この国を売るつもり?
レティア姫様生誕の儀の晩餐会で、他国の要人に取り入って欲しい。その話をすっかり忘れていました。
「あの……。あの、ユース王子様! この国はどうなるのですか? 何をするおつもりで?」
「さあ? 世の中、思い描いた通りにはいかないものさ。誰も未来の事は分からない。私は宝物の為に足掻くだけ」
寂しそうに微笑むと、ユース王子様は一気に私の近くへ来ました。
「王座なんて興味ない。大切なのは、一滴でも血が流れないこと。そう、思わないか? 国とは人である。国が残っていて民がいないんじゃ話にならない」
私を抱き寄せると、ユース王子様は私に寄りかかるように脱力しました。
「一緒に逃げるのは無理。私は民を見捨てられない……。でも、フィラントから聞いた君の言葉は嬉しかったよ……。さようならだ……。フィラントを宜しく頼む……」
ガタガタッと音がして、私は顔を上げました。扉の所にフィラント様がいます。
「ユース! 何処に消えたかと思ったらやはりここか。エトワールから離れろ」
フィラント様、激怒しています。絶対にそうです。フィラント様がユース王子様を睨みつけるなんて、どうなっているのでしょう? おまけに、フィラント様は抜剣しました。
「へえ、そんなに怒った?」
「手厚い振りで駒にする。まあ、君のやり方は嫌いじゃない。むしろ尊敬している。だが、エトワールから離れろ」
唸るような怒声に、私の体は強張りました。こんなフィラント様は初めて。ユース王子様が私を投げるように、フィラント様の方へと押しました。
「本当に私を見捨てるのか? 大恩を仇で返すなんて、君らしくない」
「十分、働いたと自負している」
フィラント様が私を抱きかかえて、走り出しました。どういうことです?
それにしても、フィラント様は逞しいです。私を抱えているのに階段を軽やかに登っていきます。
「あの……フィラント様⁈」
「この件が片付いたら終わり。その筈だったのに、レティア姫を預かれと。まだ、使う気だ」
その話は先程ユース王子様から聞かされました。
——さようならだ。フィラントを宜しく頼む
どっちが本音? ユース王子様の本当の気持ちは何処にあるのでしょう?
「終わりとはどういうことです?」
階段を登りきると、私は床に下されました。フィラント様は、やはり私と目を合わせません。床を見つめています。
「苦労ばかりかけるかもしれません。しかし、死と隣り合わせの場所からは遠ざかります。一緒に……別の国で暮らして欲しいです」
私の両手をそっと握ったフィラント様の声は、悲痛そのもの。手も震えています。
——フィラントは私を捨てて、君と逃げたいって
——さようならだ、フィラントを頼む
ユース王子様の本心はきっとこちらです。それで、私は不本意な婚約者まで後退ではないみたい。ユース王子様よりも私。そう選ばれたとは、おまけ「一緒にいて欲しいとは「愛」です!
全身の血が逆流したかのように、熱いです。自惚れ屋ではなかったみたい。卒倒しそう。
——ずっと仕事しかしなそうだったから、家庭を持たせてやりたかったんだ
——私にとってフィラントは唯一の兄弟
どうしましょう。今回の件、もしかしたら何もかもフィラント様を怒らせてユース王子様と決別させる為かもしれません。色々、不可解ですもの。たった1週間で色々話をまとめられるユース王子様が、フィラント様連行を察知したり回避したり出来ないなんてこと無さそう。信頼し過ぎ?
「死と隣り合わせで良いです。フィラント様、ユース王子様を見捨ててはいけません。そんな顔をして、無理です。きっと、私を置いてこの国に戻ることになります。そうしたら、追いかけてきますよ!」
この世の終わり、フィラント様はそういう表情です。
「エトワール……俺は……」
「フィラント様、ユース王子様の気持ちを知っているんですね。フィラント様と私だけ逃がしたいという本音。家族ですから3人一緒です。1人だけ置いていってはいけません」
「ユースが俺達を?」
「そうです。フィラントを頼む、そう頼まれました。わざとフィラント様を怒らせたんですよ」
ほら、と手を引くとフィラント様は素直に従いました。フィラント様の腕力で抵抗されたら、非力な私が引っ張るなんて無理。フィラント様の本心は、ユース王子様を支えたいということです。
「大変思いやりのある方の妻になったら、同じようなお兄様も出来ました。協力して荒波を越えれば、彩り豊かな素敵な暮らしが待っていますよ。苦は分かち合うものです。3人でいれば、幸福は3倍になります」
階段を降りていると、反対側からやって来るユース王子様と遭遇しました。ユース王子様は目を見開いて、よろめきました。倒れなかったので安堵。まるで幽霊を見たような顔。
「何で戻ってきたの?」
「優雅な幽閉生活でした。とても恐ろしいと思えなかったです。次もそうかもしれません。ユースお兄様、私のことも大切にして守ってくれますよね? 大事な弟の愛する妻ですもの」
瞬間、ユース王子様は大笑いしました。振り返ってみるとフィラント様は……嫌そうな顔で固まっていました。いえ、耳が真っ赤ですので照れです。
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こうして、私とフィラント様はアストライア街へ帰れることになりました。




