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伯爵、妻に慄く

 ミネーヴァに案内されたのは2階の客間。部屋の壁には階段が隠されていた。階段を降り続けると、廊下が現れた。階段の段数からして、恐らく地下である。行き止まりまでに扉が3つあった。最奥の部屋に案内された。


 扉は金属製。内側から閂を掛けられるようになっている。他に鍵は無い。部屋は小綺麗で、調度品も美しく中々豪華。誰かを閉じ込めるのではなく、危険から身を守る為の部屋なのだろう。


 ミネーヴァはフィラントとエトワールを部屋に招くと、フィラントに羊皮紙を差し出した。受け取ると、今度はミネーヴァが帯刀している剣を鞘ごと渡された。武器は欲しいので、素直に受け取る。


 味方だと思って良いのか、油断させたいのか、悩むところ。レティア王子をどこまで信用して良いのか……。


「そちらは屋敷の見取り図です。隠し通路まで書いてあります。ここは、かつてレティア様が母君と住まわれていた屋敷で、今は別荘です」


 フィラントが羊皮紙を受け取ると、ミネーヴァは騎士挨拶をしてきた。


「これより、2人の護衛役兼世話役となります。レティア様の命令です。長らく引き離されていましたから、2人だけで話をしたいでしょう。失礼致します」


 サッと身を翻すと、ミネーヴァは部屋から出て行った。フィラントは腕にしがみついているエトワールをソファへ座らせた。帯刀して、それから扉に閂を掛けに行く。扉に耳をつけて様子見。


 コツコツと靴音が遠ざかっていく。少し聞くのが遅くなったが、15歩で止まった。ここまで23歩だったので、ミネーヴァの停止位置は隠し階段の辺りだろう。


 フィラントは扉から耳を離した。手渡された屋敷の見取り図に目を通す。この部屋からは3箇所、外へ続く通路がある。安全なのかは不明。フィラントとエトワールは、この地下室に閉じ込められたと考えることも出来る。


「外へ行けるのか確認して……いえ……」


 言いかけて、フィラントは口を閉じた。目を離した時に、エトワールに何かあったら最悪。かといって、外へ出られるのか確認するのも危険が無いとは言い切れないので、エトワールを連れて行きたくない。


 つまり、どうするべきなのか判断がつかない。


 悩んでいると、ソファから立ち上がったエトワールが駆け寄ってきた。走り出してつまずくエトワールをよく見るので、慌てて近寄る。エトワールは転ばなかった。フィラントが手に持つ屋敷の見取り図を覗き込んできた。


「通路が3箇所ありますねフィラント様。本当に外へ出られると思います? 出た瞬間、誰か待ち構えていて捕まえられるとかあり得ますよね? 外からも入って来れるのでしょうか? それだと隠し部屋の意味がありませんね」


 不安そうな表情で見つめられるのかと思ったら、エトワールはにこやかに笑った。何故、笑える……。


 瞬間、フィラントはエトワールを抱きしめていた。こんなことをしている場合ではないかもしれないのに、止められなかった。


「エトワール……すみません……俺のせいで……恐ろしい思いをさせてしまいました……」


 頬が冷たい。そう思ったら、自分の涙だった。足に力が入らなくなり、フィラントはエトワールを抱き竦めたまま体を沈めた。


「こんなに心配されるなんて、私は果報者です……」


 顔が見たくて、エトワールから少し体を離した。顔を覗き込む。自制が出来なくて、フィラントはエトワールにキスしていた。エトワールの存在を確かめるようにそっと唇に唇を寄せ、次は噛み付くように。


 いっそこのまま押し倒したいが、そんな場合ではない。フィラントは理性を総動員させて、エトワールから離れた。


 目を閉じて、何度か深呼吸。目を開くとエトワールは真っ赤な顔で、ぼーっとしていた。


「あ、あの、こんな時にすみません……つい……。外へ出られるか確認して、問題ないようならエトワールを逃す手筈を整えます」


 コテン、とエトワールが首を傾けた。


「私を逃す?」


「ええ、エトワールを安全な場所へ避難させます。ある程度人材は確保してあります。ご両親の所へ行けば、俺の友人が家族揃って……」


「嫌です。そもそも、お父様とお母様は今頃家に居ません。夫婦水入らずの旅行に出て、そのまま引越しです」


 嫌です? 話の途中で拒否された。


 え? 引越し?


「私、王都から帰ってすぐにお父様に手紙を書きました。フィラント様が2重密偵(スパイ)とかさせられたら困ると。そうしたら、肌に合わない貴族は辞めると。元々、お父様は私の為に貴族で居続けてくれていました」


 フィラントは愕然とした。


「一先ず、煌国へ行くと言っていました。でも、まだ何処に引っ越したのか知りません」


 何だって⁈ なら、エトワールを何処へ逃せば良い? 最近、エトワールはやけに煌国の書籍を読んだりしていると思ったらそういうことか。


「あの、アストライア街の行商団が傭兵を欲しています。煌国や大蛇連合国に出入りする、少し大きな団体です。フィラント様なら大歓迎だそうです」


 え? 行商団?


「エトワール、君はそんな事までしていたのか?」


 鶏を飼い始め、ハーブを育てて売ると言い出し、何やら行商などと親しそうな雰囲気だったが、こういうことか。


「サー・マルクに剣やナイフの使い方も教わりましたよ。サシャとサー・マルクは幼馴染なんです。サシャ、ああ見えて強いんですよ」


 そう言うとエトワールはポケットから小型ナイフを出した。


 はあああああ⁈


 こんな物騒な物をいつ、どこで仕入れた⁈ マルクか。それか市場。マルクと親しげな理由はそういうことだったのか。


 エトワールは「どうぞ」と小型ナイフをフィラントへと渡してきた。


「練習でも手が震えるので使い物になりません。反抗しませんという意味で、ミネーヴァに渡しましたが返ってきました。なので、レティア様が私達の味方なのは嘘臭く無いです。でも、逃げ道は確保しておくべきですよね? 隠し通路、確認しましょう」


 フィラントは床にへたり込んだ。ポケットにナイフを忍ばせておくなど、そんな危険な真似をしていたのか。おまけにポケットから出して相手に渡す?


 エトワールは更にポケットから何かを出した。差し出されたのは宝飾品だった。首飾りが2つ、耳飾り、それに指輪が3つ。


「嫁入り道具とお小遣いで買ったものです。売れば小金になりますよね?」


 自慢げに笑うと、エトワールはフィラントの手を取った。両手を両手で包まれる。


「私、ちゃんと準備していましたよ。足手まといにならないように自分なりに頑張りました。演技力とか磨かないといけませんね」


 きつく握られた手に、エトワールが顔を寄せた。まるで祈るような仕草。


「死が2人を分かつまで……。忘れないで下さいね……。私も愛していますよ……。決して離れません……」


 小さな呟きに、フィラントは眩暈を覚えた。


 私も?


 ()()


 ()()


 焼け焦げる程に胸が熱くなり、また頬が濡れた。


 ガタン。そう、心の中で何かが音を立てた。


 エトワールとユース王子を乗せた天秤が傾い音だと、そう思った。

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