伯爵、振り回される 3
アストライア街から王都まで4日。フィラントはエトワールと会えなかった。王宮騎士に見張られ続けて、時折レティア王子が演出なのか騒いでフィラントを呼び出し、宥めるフリをさせられた。
王宮騎士が姫君を野宿させる事などなく、途中途中の街で宿に泊まった。見張りの王宮騎士は大変不満そうだが、レティア姫が執着している——という芝居——相手のフィラントはかなり優遇されている。個室が与えられ、食事も3食。
自分が無事なのでエトワールも無事。今の状況でエトワールに被害はいかない。そう言い聞かせても、日に日に恐怖は増した。最近、苦ではなくなってきた食事は途轍もなく苦痛で夜もロクに眠れなかった。
エトワールは眠れているのだろうか? 腹が減るのは嫌いなエトワールが、食事抜きだったりしないだろうか?
王都に到着すると、馬車は城ではなくて王都郊外へと向かった。降ろされた場所には、フィラントの屋敷程の大きさの屋敷があった。青い屋根で3階建て。
屋敷前で、フィラントはようやくエトワールの姿を確認出来た。怪我1つなさそう。着替えているし、髪型も変わっている。血色も良い。酷い待遇とは正反対のようだ。良かった……。
エトワールが無事で、元気な様子を確認出来て、安堵で倒れそうになった。
「エトワール、もっと色々教えてくれる?」
死んだ目をした近衛騎士ガラハッド、アルトリウス、アテナ、ミネーヴァに囲まれるレティア王子がエトワールにニコニコ笑いかけている。
……どういうことだ?
「ええ、レティア様。あの、そうですね……音楽を聴きながらトランプは大変楽しかったです」
にこやかに笑うエトワールが、こちらを向いた。パァッと花が咲いたような笑顔。フィラントは目眩に襲われた。
エトワールは胸の前で手を振ってから、トトトッとフィラントに駆け寄ってきた。転ぶ、そう思ったし、エトワールの体もぐらりと揺れた。手を伸ばして良いのか判断がつかなくて、フィラントは棒立ちになってしまった。
エトワールの体を支えたのはレティア王子だった。
「貴女、そそっかしいのね。ミネーヴァ! アテナ! 何故傍観しているの! 私の友人を見捨てるなんて許しませんよ! それにフィラント! 貴女の奥様なのに手を差し出さないなんて酷いわ!」
目を釣り上げたレティア王子が、ツカツカとフィラントへ近寄ってきた。
エトワールはレティア姫の友人。いつの間にか、話の方向性が変わったらしい。どう反応するべきなのか判断がつかない。
「良いですかフィラント。私、100年の恋も冷めました。エトワールから全部聞きましたよ。私から逃げたくてたまらなかったなんて、この大嘘つき。お兄様の手前、優しくして愛まで囁いていたなんて! 通りでこんなにも美しくて愛らしい私に指1本触れなかった筈だわ!」
目を細めてフィラントを見据えると、レティア王子はくるりと体を回転させ、フィラントに背を向けた。
「グラフトン公爵は大嘘つきね。何がフィラント卿はレティア姫との婚姻を諦めていないよ。そもそも、嫌がられていたなんて最低最悪」
レティア王子が振り返った。さらら、と烏羽色の髪が広がる。腰に手を当てて、フィラントを睨んできた。
「良いですかフィラント。貴方ごときに袖にされたなんて大恥晒し。絶対に吹聴するんじゃないわよ。私に捨てられた。いえ、私とは挨拶以外話したこともないと言うように。恋仲だったなんて口にしたら、処刑台へ送りますからね!」
可愛らしい膨れっ面を作った後、レティア姫は大きなため息をついた。
「はあ、罪状叩きつけて無理矢理連行なんて気が狂っていたわ。あれだわ。月のものの血生臭ささで悪魔に憑かれたのね」
フィラントの頬が引きつった。こんな大それた騒動を起こして、そんな言い訳なんて通用しない。
普通は。
「まあ、冤罪だったと誰かに頭を下げさせれば良いわ」
はあああああ! なんていう姫……演技だ演技。聞いている王宮騎士は無表情である。軽蔑などの悪感情を表に出さないという気概だろう。
まあ、レティア姫ならやりかねない。朝三暮四。ころころ変わる気分に、激しい好き嫌い。気分屋で自己中心的な我儘姫というのが、レティア姫である。
何をしても、何を言っても、周りが取り繕う。レティア姫の我儘は聞き流されたり、適当にあしらわれる。それが、レティア王子が作り上げた虚像と立場。かなり、強かな人物である。それに、演技力の高さにはやはり感心してしまう。
「フィラント、責任を取りなさい。私に相応しい相手を見繕うのよ。そうしたら、方々に貴方の事を賞賛してあげる。それで手打ちね」
ふんっ、と鼻を鳴らすとレティア王子はフィラントに再度背を向けた。
「行きましょうエトワール。いくら貴女が良い伴侶だと褒めても、成り上がる為に女を道具にするような男からは逃げた方が良いわ。まあ、貴女が話す結婚生活は面白いわ。もっと聞かせて頂戴」
レティア王子がエトワールに近寄った。エトワールと腕を組んで、屋敷へと向かって歩き出す。
見繕うのよ……グラフトン公爵とフィラントが渡り合う為のお膳立てか。
「誤解ですレティア様。フィラント様は大変親切で優しいです。歩み寄ってくれています。あの、処刑台送りになんてしないで欲しいです。フィラント様は、レティア様の初恋を無下に出来なかっただけです。大変、悩んでいました」
「それは、恋は盲目というものよエトワール。私と同じ。ロクに話した事もないのに、どうしてのぼせていたのかしら。まあ、でもそういう解釈も出来るのね。貴女は私に臆したりしないし、それでいて正直だから話を聞く気になれるわ。それに、庶民って面白いのね」
ふふふ、とエトワールに体を擦り寄せたレティア王子。無性に腹立たしい。外見は美少女だが、こいつは男。エトワールにベタベタ、イチャイチャ、気安く触るな。
おまけに、打ち合わせもなく芝居内容を変えやがって。こんなの、どう合わせればいいんだ。レティア王子とエトワールは打ち合わせをしたらしい。酷い棒読みではなくなったのは、練習したからか? エトワールに何て苦労をさせる!
レティア姫がエトワールを気に入っているという態度で近くに置くことで、エトワールの安全を保障するということか? それなら……いや、苛々が止まらない。腹立たしい。しかし、レティア王子に合わせるしかない。
「ガラハッド、私は城には戻らないでこの別荘で過ごすわ。私の結婚を利用して、貴族達が権力闘争するのはうんざり。あれだわ、いっそそこらの平民の妻になって降嫁しましょう。この間、そういう小説を読んだわ」
レティア王子が、エトワールと腕を組んで鼻歌混じりで歩いていく。
「国中の男が対象ね。いいえ、国外もよ。私は次こそ本物の恋をするのよ。あれよ。輝き姫のように、求婚者に試練を与えましょう」
突拍子もない発言に、フィラントは耳を疑った。王宮騎士も次々と目を丸めている。
恋に憧れる愛くるしいお姫様の姿、というような演技。明るい未来に表情を明るくして、大輪の花のような笑顔。王宮騎士の何人かが、苦笑したり、見惚れたりしている。レティア王子はどこからどう見ても姫にしか見えない。
「あのー、そういうのは良くないかと……。そもそも輝き姫は結婚しません」
エトワールがおずおずとレティア姫に苦言を呈した。輝き姫って何のことだ? それも小説か?
「あら、エトワール。輝き姫を知っているの? しかし、私を批判するなんて良い根性をしていますね。ますます気に入ったわ。私の周りには左様でございます夫人や令嬢しかいないのよ。つまらないし、退屈。ミネーヴァ! アテナ! 疲れているのに、早く私を休ませる手筈を整えなさい!」
言いたい放題、やりたい放題。しかし、誰もレティア姫に文句を言わない。言えない。国王陛下の愛娘は、大抵のことを許される。口や態度は大きいが、結局大それたことは出来ないからだ。
「フィラント、私に誠心誠意謝罪なさい。アルトリウス、グラフトン公爵を呼んで頂戴。彼にも詫びてもらいます」
ミネーヴァがレティア王子とエトワールを屋敷へと連れて行く。
命じられたアルトリウスが、騎士挨拶をしてから他の騎士達と共に去っていった。王宮騎士はガラハッドが何やら指示を出して、選出した数名とアテナが残った。加えて、レティア王子とエトワールの間近にいるミネーヴァ。
「軽く打ち合わせる」
ガラハッドに耳打ちされた。この場に残された者が、レティア王子の味方なのだろう。
フィラントはガラハッドに屋敷へと促された。




