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伯爵、振り回される 2

 馬車が再び動き出し、フィラントは苛々で爆発しそうだった。我慢しろと自身に言い聞かせる。


 アストライア街へ現れた王宮騎士と2台の馬車は少し離れて行動している。


 近くにいるのは騎士2人に馬車の操者1人くらいなので、逃げられるだろう。レティア王子はキスの際にフィラントに小型ナイフを手渡してきた。


——信じてくれ。


 そう告げて。


 足首のベルトに渡された小型ナイフを固定した。同じところに隠し針も仕込んである。この件にユース王子やカンタベリ派閥の誰かが関与していないと分かったので、逃げるのが上策。但し、エトワールが居なければの話だ。


 暴れるのは簡単。しかし、別の馬車にいるエトワールを傷1つつけさせないで救出出来ると思えない。


 カンタベリ派閥、グラフトン派閥などの派閥争いになんて興味なかった。しかし、今後一切グラフトン卿に従うか。レティア王子が味方なら、彼を殴る道も探せるだろう。


 大した駒ではないフィラントを裏切らせようというのは、ユース王子がフィラントを精神的支柱と言ってくれた事と関係があるのだろう。迂闊というか、信じていなかったので、これはしっぺ返し。


 問題は、レティア王子をどこまで信頼して良いのかということ。ただ、今のフィラントは「レティア姫は王子である」という切り札を持っている。


 怒りに任せて暴れるのは得策ではない。落ち着いて、どう動くべきか見定めないとならない。


 ユース王子への裏切り行為だけは禁止。それだけは無理。エトワールと天秤にかけて……迷う。いざという時に迷わないように、優劣を考えておかないとならない。


 ユース王子とエトワール……。唯一無二の友で大恩人のユース王子と、エトワール……。選べそうもない……。


「そのまま大人しくしていて下さい。レティア姫様の様子でもう察したでしょうが、貴方の任務はレティア姫様を宥めて、丸め込むことです」


 金髪騎士に睨まれたが、そんなに恐ろしくない。貴族騎士なのだろう。殺気がまるでない。蔑みの強い視線。好きで奴隷だった訳ではない。成り上がったのもそう。ゴルダガ戦線での功績も、その前の戦役の働きにより評価されたのも、死にたくなくて必死だっただけ。


 貴族騎士の嫉妬、軽蔑、差別意識にはうんざりする。


 ああ……。エトワールとあのまま平穏に暮らしていたかった。胸の奥の痛みが強くて、吐き気がしてくる。弱々しいところを見せてはならない。フィラントは背筋を伸ばして、奥歯を噛み、笑顔を取り繕った。


「その任務はグラフトン卿からの指示で合っていますか? 王宮騎士に強い権限を持っているのは、グラフトン卿です。偽りの嫌疑で、出頭命令なんて真似は他の者には出来ないかと。妻に傷1つでもつけられたら従いません。勝手に妻を巻き込んだ時点であまり従いたくないですけどね」


「夫婦揃って死ぬのが望みか?」


 金髪騎士が鼻を鳴らした。敬語はどうした。伯爵と王宮騎士なら、伯爵の方が遥かに目上。まあ、これが王都における自分に対する評価なのだろう。身に覚えのない誹謗中傷が飛び交っているに違いない。


 フィラントも似たような態度を返した。


「俺が死ぬとレティア様も死ぬみたいです。先程はナイフを出して大変でした」


 フィラントは隠した小型ナイフを金髪騎士へと差し出した。これで、針は見つかりにくくなるだろう。ナイフを乱暴に取り上げられた。


「屋敷に財産、何もかもを差し押さえた。反逆罪の嫌疑による出頭。元の仕事には戻れん。従うつもりがあるならよく考えて話せ」


「財や仕事などそのうち消えると思っていました。妻に傷1つつけない。先に逃……いえ、逃したフリをされては困る。日に1度、無事な様子を見せろ。少しでも変だと思ったらレティア姫にあれこれ吹き込む。最悪殺す。法廷で俺が誰に命じられて、そんなことをしたかと証言するのか楽しみだな」


 金髪騎士が目を細めた。隣の黒髪に白毛混じりの騎士は無表情のまま。上官は黒髪の方か。情報を聞き出すなら、敵対心を隠さない上に、ベラベラ喋りそうな金髪騎士だ。


 優位に立ってエトワールの身の安全を確保しないとならない。


「レティア姫に取り入って気に入らない者を全員蹴落とす。そもそも、俺はゴルダガ戦線の英雄として国王陛下に気に入られている。人に頼み事をするのに相手の神経を逆撫でするとは阿呆な奴もいたものだな」


「調子に乗るな! この卑しい成り上がり者が!」


 金髪騎士に睨まれたので、睨み返した。殴りかかってこないということは、やはりフィラントの立場はある程度優勢。


「止めろアルトリウス。フィラント卿、我等はどういう話か分かっていません。そう、敵意剥き出しにされても困ります。レティア姫様を無事に城へ連れ戻す。それが私達と貴方の役目です」


「離せガラハッド。頭に血が上っただけだ。レティア姫様は気が狂っている。こんな男の何を気にいった。あの気難し屋を貴様はいつ口説いていたんだ。我儘の後押しをするグラフトン卿もどうかしている」


 うーん……。この金髪騎士とグラフトン卿は繋がっていなさそう。フィラントが蹴落とす相手を自分だと解釈したような様子。


 この男を挑発しても無駄。フィラントは金髪騎士から顔を背けた。隣の上官であろう騎士の反応は……無い。こちらは優秀そう。つついても無駄だろう。あまり下手なことは言えない。もう、言い過ぎたかもしれない。


 沈む寸前の太陽を眺めながら、フィラントは情報整理をした。


 国王陛下の体調不良により、次の国王争いが水面下で起こっているという。長男、王太子リチャード王子を推すのはカンタベリ公爵。次男、ビルマ王子と血縁関係であるグラフトン公爵は王太子であるリチャード王子を蹴落としたい。


 カンタベリ公爵とグラフトン公爵は、建国当時から派閥を作ってバチバチ睨み合ってきているという。アルタイル王族と共に国を興した賢者の末裔。難民を救い住処を与えた聖なる一族か……。


 ユース王子はビルマ王子よりはリチャード王子派。表向きはビルマ王子とも親しくしていて、放蕩王子を演じてのらくらと権力闘争から逃げていた。


 リチャード王子は引きこもり気味で影が薄い。だからビルマ王子がのさばっている。


 ユース王子はビルマ王子を推せと言われ続けてきたが、完璧には立ち回りきれていない。それでレグルスは要職から外れ、フィラントはゴルダガ戦線へと送られた。


 そもそも、以前から似たような事は何度もあった。ユース王子と親しい従者はグラフトン公爵に手を回されて、度々王都から追い出されている。面倒臭がりで遊ぶのが好きなユース王子なら、脅迫で囲える。グラフトン公爵の判断は大間違い。ユース王子は公の場では、仮面を被って生きてきた。


 ビルマ王子、グラフトン公爵からの長年の仕打ちによりユース王子はついに激怒。本格的にリチャード王子とカンタベリ公爵派閥へと傾いた。


 グラフトン公爵はそれに気がついて、ユース王子を潰そうとしているのだろう。ユース王子の聡明さや、情の深さなど、どこまで把握しているんだか。未だ性格を見抜けず、単にユース王子を事なかれ主義で自己保身の塊などと思っているかもしれない。


 そこに、レティア王子が便乗した。グラフトン公爵が動くように煽ったのだろう。あんの、大嘘つき王子! やはり、グラフトン公爵よりマシではない。巻き込みやがった!


 権力闘争など嫌いで、面倒で、参加したくない。そもそも参加するような立場や地位ではなかったので深く考えてこなかった。


 伯爵授与の時点で、考えるべきだった……。


 1番の謎はレティア姫。何故、王子が姫なのか。1人娘で国王陛下に溺愛されているが、政治的影響力はほぼない我儘で気難し屋なお姫様。それが、本当は王子で……性格も違いそう。


 そのレティア姫がフィラントと結婚したくて仕方なくて、死ぬと騒いで、王宮騎士やこの場にいない貴族かなんかと共に「フィラント伯爵に国家反逆罪嫌疑で出頭命令」を出させた。駆け落ちしたいとゴネて付いてきた。


 表向きはそういうことらしい。で、グラフトン公爵がこの件に関与している。出頭命令、脅迫作戦をレティア姫に吹き込んだ。そういうことになっているらしい。


 その理由はフィラントを脅迫して、レティア姫を穏便に宥めさせて、ついでにグラフトン卿の息子と結婚するように説得させる為。フィラントをユース王子から裏切らせる為。


——君が私の頭脳(ブレーン)にして優秀な手足だと気がついた者がいる。それに精神的支柱だってこともね。私が君とレグルスを王都から出したのは先回りだ。フィラント、とっとと出世して帰ってきてくれ。この城は敵だらけで中々辛い


 表立って親しくしてはこれなかった。ユース王子が幼い頃からフィラントを気にかけて友人として扱ってくれていた事を知っている者が、情報を流した。カンタベリ派閥にも裏切り者がいるに違いない。今更、その事に思い至った。


 権力争いは身分の低い自分なんかとは無関係。無意識にそう判断して、ユース王子に寄りかかり過ぎだった。


 謝って、力になりたいが……これからどうなるのだろう? ユース王子の目的こそ確認しないとならない。リチャード王子を祭り上げて、自分と従者の盾にする。ビルマ王子とグラフトン公爵に反撃。しかし、そんなことをしていると、市民革命や他国に侵略されるという懸念もしていた。


 グラフトン公爵はフィラントにどういう交渉を持ちかけてくるのか……。レティア王子を信じて良いのか……。


 今の状況はそんなところか。


 太陽が丘へと飲み込まれていく。血塗られた世界だな。


 エトワールと海岸で見た、鮮やかで美麗な日没は違った。あの日、輝かんばかりに美しい夕焼けとエトワールの笑顔で、フィラントは息が出来ないほど幸福だと感じた。


 エトワールは怯えているだろう。こんなことになる前に手離すべきだった。エトワールはこれでもまだ、一緒に逃げようと言ってくれるだろうか?


 ユース王子は逃げない。王都の従者を残しては逃亡しない。ユース王子は王権争いだけではなく、国の未来をきちんと見据えている。3人、いや4人の王子の中で最も王になるべきはユース王子ではないだろうか? 贔屓目だが、フィラントはそう思う。


 エトワールを安全な場所へ逃がして、思い出を胸にユース王子を支える。


 グラグラと気持ちが揺れる。エトワールと別れる……。


 エトワールと交流しだしてまだ3ヶ月少々。まさか、ユース王子と天秤にかける程にまで存在が大きくなるとは……。別れを想像するだけで、ここまで張り裂けそうな気持ちを抱くとは思っていなかった。


 太陽が消え去り、暗闇が訪れた。


 考えても、今はもう何も出来ない。フィラントは目を閉じた。

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