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伯爵、振り回される 1

 王宮騎士が突如現れて、出頭命令。大人しく従えと馬車に乗せられた。


 実に奇妙である。武器の所持確認もされず、縄で縛られることもなく、ただ馬車へと乗せられた。


 監視は3人。1人だけ甲冑の兜を被っていて顔が見えない。残り2人は見知らぬ顔。白髪と黒髪が半々の壮年と、短い金髪をきっちりと七三分けにしている壮年。3人揃って腕章は近衛騎士。王族、公爵などの護衛をする騎士が何故わざわざフィラントを捕縛しにきた。担当が違う。


「涼しい顔ですねフィラント」


 兜で顔の見えない騎士の声に、フィラントは冷や汗をかいた。


 レティア姫⁈ いや、王子か。レティアは女名。本名はなんなんだ? 巨大な秘密を知ったが、やはり女の声にしか聞こえない。レティア王子が兜を脱いだ。


 烏羽色の艶やかで真っ直ぐな長い髪。何かの花のような香りが馬車内に広がる。作られた人形のように、完璧と言えるほどまでに美しい姫君。これが男……。


(わたくし)から逃げようとするからです。戦場に逃げ、次は当て付けのように結婚。あのような、何もかも(わたくし)に劣る娘など最低最悪。日が経つにつれて我慢ならなくなりました」


 眉間に皺を寄せて、冷笑を浮かべたレティア王子。この猿芝居はどういう意味だ? 国王陛下の愛娘とはいえ、レティア姫にこんな権力があるのか? フィラントはどんな陰謀に巻き込まれているんだ?


——君がゴルダガ戦線に送られたのは私への嫌がらせ。あと、レティアが君と結婚したいとゴネたから


 王都での爵位授与式の際、ユース王子に告げられた言葉が蘇る。そうだ、このレティア王子は何故かフィラントと結婚したいとゴネたらしい。男で、ユース王子の騎士で、レティア姫とは接点無しのフィラントと何故?


 レティア王子はフィラントに王都から去れと忠告してきた。隠し通路を使って街へ1人でやってきてまでして、フィラントとエトワールの前に現れた。その理由をユース王子が探ると言っていたので、任せていた。


 他力本願を悔いるが、フィラントにはレティア王子と接触不可能だったので、調べても無駄だっただろう。ユース王子を恨むのはお門違い。多分、ユース王子は全力であれこれ立ち回ってくれている。


「あー……」


「お黙り! このような侮辱、決して許しません」


 迫真の演技とはまさにこの事。物凄い剣幕でフィラントを睨みつけたレティア王子に感服。狂気の愛というようにフィラントへ近寄ってくるのには、驚愕しかない。


 そういえば、と思い出す。以前にも1度、このような眼差しをされて手を伸ばされた。ゴルダガ戦線前に、晩餐会の警護をした時のことだ。随分前から、何かの駒にと標的にされていたのか。


「このまま西へ亡命します。逆らうと鶏臭い小娘ごと斬首よ」


 唇を妖艶な形にしてふふふ、あははははと高笑いすると、レティア王子に頬を打たれた。訳が分からないので、黙っているしかない。レティア王子がおいおいと泣き出した。


 両手で顔を覆い、体を震わせて泣き続けているレティア王子にフィラントはまた感心してしまった。どう見ても女で、どうみてもフィラントが憎い、というように見える。


 2人の壮年王宮騎士を見ると、彼等は死んだ目をしていた。金髪騎士にレティア王子を顎で示された。同情が滲んでいるような瞳に、微かな苛立ちの火も感じる。


「レティア姫様、落ち着いて下さい。王都へ戻り、フィラント卿と共に国王陛下に嘆願されるのでしょう? 駆け落ちなど、直ぐに連れ戻されます。フィラント卿はそれこそ斬首ですよ。予定通り、王都へ帰りますよ」


 金髪騎士がレティア王子に声を掛けると、レティア王子は顔から手を離して彼を睨みつけた。


「一家臣の癖に(わたくし)に意見など申すな!」


 金切り声に耳を塞ぎたくなる。これで本当に王子か? 王都のカフェで触らされた股間のモノは偽物か?


「2人に……少し2人にして頂戴……」


 レティア王子はさめざめと泣きだし、再び両掌で顔を覆った。顔を見合わせた王宮騎士が、無言で馬車を降りた。去り際、金髪騎士に耳打ちされた。


「説得しろ。城に連れ戻せ。死ぬと大騒ぎしてこの状況。姫様を懐柔しろ。さもなきゃ、反逆罪が成立するぞ」


 ようやく、どういう芝居なのかハッキリした。で、レティア王子はフィラントをこのまま何に使う気なんだ?


 王宮騎士が馬車から去ると、レティア王子が勢い良く抱きついてきた。エトワール並みに細い腕がフィラントの首をきつく締め付ける。甘ったるい香水の匂いがフィラントを包んだ。男というのは嘘なんじゃないか?


「これ、やるよ。必要なら使え。今、自分の立場がどうなっているのか全然調べてないだろう。とりあえず、俺の手駒として役に立ってもらうからな」


 王都で聞いた低めの声に男言葉。耳元での囁き声に、ああやはり男なのだなと思った。フィラントと駆け落ちしたい女の声色ではない。手に何か握らされた。指で探った感触だと、金属製の何か。見えるように手を動かした。鞘に納まっている小型ナイフ。


「死ぬと騒いだレティア姫を宥めて、ナイフを回収したとか言え。フィラント、俺はこのままだとグラフトン公爵の息子と結婚させられる。婚約間近なんだ。男だってバレる訳にはいかない。俺は色々考えてカンタベリ派閥に取り入ることにした」


 それが、フィラントの捕縛と何の関係がある。抱きつかれているので、レティア王子の表情の確認は出来ない。声は微かに震えている。体も同様。切羽詰まっているようだ。


「ユース兄上が何を考えているか分からない。せっかく、重大な秘密を伝えたのに全然接触してこない。それとも、お前が口を噤んでいるのか? その辺り、しっかり確認させてもらう。俺に逆らうと、大事な妻が酷い目に合うからな」


 エトワールはやはり人質なのか。フィラントの心臓が嫌な音を立てて鳴り始めた。立ち回りを間違えると、エトワールを害される。


「俺はなにもかもユース王子に話しています」


「ふんっ、どうだか。さっきの話でレティア姫が何をしたのかは理解しただろう? グラフトン公爵は君にこう命じる。レティア姫の機嫌を取って、説得しろ。愛人になるとか何とか言いくるめて、息子と結婚すると言わせろ」


「ユース王子とカンタベリ公爵を裏切れというのがこの出頭命令なんですね……」


「そっ。俺を姫だと思って、おまけに君と結婚したかったという話を利用したグラフトン公爵の策略だ。逆らうとどうなるか君なら想像つくよな? 助けるのに協力してやるから、君も私に協力しろ。取引だ。俺は前からユース兄上に従いたかった。でも、中々好機が無かった」


 レティア王子はレティア姫として、なにを考えて生きてきたのだろう? そもそも、彼はなぜ王子ではなく姫となったんだ? 誰が知っている話だ?


 グラフトン公爵の策略というが、レティア王子も誘導したに違いない。わざと嵌めた。この野郎と思ったが、エトワールが人質なので迂闊な事は言えない。


「レティア姫がフィラント・セルウスと結婚。それでユース兄上へのごますりにするはずが、グラフトン公爵が君をゴルダガ戦線に送った。ユース兄上はレティア姫に怒っただろう。正体を明かして取り入るつもりが、無視されている。わざわざユース兄上お気に入りの君に接触したのに……」


 レティア姫と結婚していたら、ユース王子へのごますりになる理由がサッパリ分からない。いや、フィラントの立場の確保か。王族の婿——それも男の婿——という、恐ろしい地位が用意されるところだったのか。


 ユース王子はレティア姫に怒っているような素振りは見せていない。少なくともフィラントの前では。


「だからこの強攻策。絶対にユース兄上は君に接触する。頼む、ユース兄上と俺を取り持ってくれ」


 王都というか、城内ではどんな権力闘争が繰り広げられているんだ? ここまで巻き込まれるなんて想定外。レティア王子が接触してきた際に、もっと深く考えれば良かった。


 西の大国、ドメキア王国の王子がレティア姫を側室に迎えたいという話をレティア王子は知らないのか? グラフトン公爵も知らないんじゃないか?


 ユース王子は何を企てている。


 いつもだ。目の前のことで精一杯で、あれこれ流されて、重要なことを聞きそびれ、落とし穴を見逃す。今まではどうにでもなれという気持ちだっだが、今回は後悔が強い。今のフィラントには守るべき存在がいた。俺の阿呆。大馬鹿野郎。


 ゴンゴン、ゴンゴン!


 レティア王子がフィラントの首に抱きついたまま、馬車の扉を蹴り飛ばした。


 次の瞬間、物凄く嫌そうな顔のレティア王子にキスされた。押し倒される。華奢な体だが、やはり男という力。


 馬車の扉が開かれた。


「フィラント! (わたくし)を拒否するならこの場で死ぬわ! 人でなし! 大嘘つき! お前の妻も殺してやる! 酷いわ……(わたくし)の胸を焦がしておいて……そんなこと言われたら……逃げられ……」


 レティア王子に胸をボコボコと殴られた。いかにも女性の暴力という仕草。儚げな泣き顔もそう。


 レティア姫を宥める金髪騎士に、白髪交じり騎士と、初対面の割と大柄な女騎士。


 男並みに髪の短い、切れ長な目をした女騎士の向こうにエトワールが立っていた。隣には小柄な女騎士。


「レ、レ、レティア……ひめ……ひめさま。ぎそうけっこんでして……はくしゃくになれば……ひめさまとけっこん……できまして……」


 エトワール、何か指示されたのだろう。しかし、あまりにも棒読みである。頬を引きつらせていて、目も泳いでいる。


 一先ず、エトワールが無事でホッとした。フィラントと目が合った瞬間、エトワールはニコリと笑い、小さく手を振ってきた。


 瞬間、レティア王子が体を引きずるようにして馬車から降りて、エトワールに向かって走り出した。


「黙りなさい泥棒猫! 貴女の声も姿も……偽装結婚? その話、聞かせて頂戴」


 レティア王子はエトワールの両肩を掴んだ。


 この場の誰がレティア王子の味方で、どいつがグラフトン公爵の者だ? 近衛騎士はおそらくレティア姫の監視役。レティア姫が王子だとは知らない。


 女騎士はどうなんだ? 彼女の腕章はやはり近衛騎士。女騎士はレティア姫の従者で、数名しか存在しない。レティア姫同様に城から出ることはほぼ無い。十中八九、レティア王子派だろう。


 エトワールがレティア王子に、別の馬車へと引きずり込まれていく。小柄な女騎士とレティア王子とエトワールの3人を乗せて、馬車が走り出した。手も足も出せない状況が、こんなにも悔しくて情けなかった事はない。


 フィラントは王宮騎士に羽交い締めにされ、アスラトライア街からここまで乗っていた馬車へと再度乗せられた。

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