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伯爵夫人、必死に考える

 屋敷に突然、王宮騎士が現れて出頭しなさいと命じられました。出頭って、私は何もした覚えがありませんよ!


 突如現れた強面の騎士達にそんなこと言えません。驚愕と恐怖で縮こまっていたら、あれよあれよという間に王宮騎士の馬に乗せられていました。


 頭の中真っ白。


 そう思ったら、脳内は更に白くなりました。大通りを行進した王宮騎士はフィラント様に国家反逆罪の嫌疑を持っていると告げて、出頭を命じました。


「フィラント・シュテルン! 国家反逆罪の嫌疑あり出頭願う!」


 王宮騎士の偉い人であろう、先頭に立つ騎士がそう叫んだのです。


 フィラント様は即座に武器を地面へ捨てました。


「国王陛下及び第3王子に忠誠を誓った身! 心臓貫かれようとも反逆などしません! 我が身は潔白! 素直に出頭致します!」


 威風凛々とした態度での無罪主張。堂々たる態度に余裕の笑み。


 フィラント様は速やかに馬から降りて、相手に最大の敬意を示す挨拶をしました。片膝をついて、首を差し出しすような所作です。


 これには思わず見惚れてしまいました。市民は王宮騎士を不審がり、フィラント様を心配するような者が多いです。王宮騎士を非難するような罵詈雑言も飛び交います。しかし、それを止めさせたのはフィラント様です。


 連行というより、王宮騎士を従えるみたいで、格好良すぎです。しかし、そう思えたのもつかの間でした。街を出た瞬間、私とほんの少し話をした後にフィラント様は乱暴に扱われて、待機していた馬車へと押し込められました。


 私は別の馬車へとても丁寧に乗せられました。


 状況不明だが伯爵という立場上、まずは連行されて牢に入れられる。直ぐ手打ちや拷問などは無い筈。逆らわずに従順でいるように。それが、先程のフィラント様からの言いつけ。信じて大人しくしているしかありません。そもそも、小娘の私には抵抗など無謀。


 しかし、妙です。恐ろしい事件の幕開け、かと思ったのに少し違う雰囲気。フィラント様と別行動ですが、そんな風に少し話をする機会を与えられました。さり気ないようで、そうでもなかったです。フィラント様も実に涼しい顔。


 馬車の中も割と穏やかな雰囲気。私の監視役の女騎士は大変態度や眼差しがとても優しいです。おまけに、マカロンをくれました。


 馬車の中で、桃色のマカロンが入った袋を渡されて、どうして良いのか分かりません。


 お父様やお母様と暮らしていた際に、収賄罪で捕縛された貴族を街中で見ましたが、このような扱いはされていませんでした。


 私、人を汚物のように見る視線や雰囲気くらい分かります。金髪を引っ詰めた小柄で可愛らしい女騎士と、がっしりとした体格の切れ長目元にホクロが印象的な女騎士。男性のように、髪が短いです。2人して唇を結んで、私を見ませんが柔らかい敵意のない様子。


 男性騎士だと、乱暴されたりするかもしれませんが女性です。私の正面に並んで座る2人から威圧感はないです。小柄な女騎士が私にマカロンが入った袋を無言で渡しただけで、後は私を見ないで無視しています。


「あのー……。これはどういう事でしょうか?」


 意を決して、聞いてみました。


 返事、ありません。


 マカロンの入った袋を渡す時も無言でしたし、私と会話するのを禁止されているのでしょう。誰に?


「このマカロンというものは大変美味しいのですが、一緒に食べ……ませんよね……」


 2人とも、無表情で窓の外を見ています。


 悪意のあの字も伝わってこない2人の女騎士。高級品のお菓子。国家反逆罪の嫌疑ありというのは、何かの演出? でないと、私への扱いや2人の女騎士の態度はおかし過ぎます。


 せっかくいただいたので美味しく頂戴……。


——姉さん、すぐ毒殺とかされそう


 レティア姫——王子ですが王子だとレイスとか? レティアだと女名です——の言葉が蘇りました。


 袋の中のマカロンをそっと指で触ってみて、肌に変化をきたすものではないか確認。一応、ハンカチで取り出します。匂いも変ではありません。


「あのー……。もしも毒殺とかされるのなら、遺言とかは許されます?」


 これも無視です。


 マカロンに毒が入っているなら、食べないでいると無理矢理食べさせられる? しかし、そんな空気ではない。馬車内に緊迫感が全然ないのです。


 黙ってマカロンを見つめていても、何の反応も見せない2人。


 無抵抗が大切らしいですが、こんなに扱いが良いと逃げてみたくなります。しかし、私は足が遅いし直ぐに転びます。


 いざという時に護身用のナイフで相手の目を刺す練習をしてあります。サー・マルクとサシャに教えてもらいました。練習の際、そんな恐ろしい所業は出来ないと手が震えるばかりで無意味でした。


 どう考えても逃亡は却下せざるを得ません。今のところ私を害すつもりのない相手なのに、逆上させてしまうかも。


 護身用ナイフは役に立たない。低姿勢が大切なら隠し持っていてはいけません。私はポケットから小型ナイフを出して、足元に置きました。


 小柄な女騎士がチラッとナイフを見ました。直ぐに視線を窓の向こうに戻します。やはり変。普通、武器を所持していないか確かめると思いますが、そんなことされていません。今も、怒鳴られたりぶたれたって良さそうなのに何もない。昔、私を預かっていた叔母さんや叔父さんなら私を殴っていたところです。


 私がポケットに手を入れた時点で殴られています。


 お腹が減りすぎて台所に侵入して、盗む前に怒鳴られて蹴られことを思い出しました。あのような表情や雰囲気を恐ろしい相手というのです。女騎士2人は全然違います。


 どんどん、害されない証拠ばかり揃うので、益々怖くなくなってきました。


「あの……あの、何故このように手厚く扱われているのですか? こんなに多いマカロンは食べきれませんので、一緒に食べませんか? 残すのは、用意した方に不敬でしょう。しかし、奇妙な状況で食べ物が喉を通りません」


 またもや無視。煩い、黙れという風に怒鳴られませんでした。まったくもって状況不明。


 変な味がしたら吐き出そうと、とりあえずマカロンをほんの少し齧ってみました。王都で食べたものと同じ味。甘くて美味しい。


 サクサクの表面に毒はなさそうです。


 少し待ってみて、体に反応がないか確認。何ともありません。中身のクリームのところも食べてみます。また体に異変がないか待機。


 異常ありません。


 毒殺されないようです。そもそも、私に毒殺される理由なんてありません。フィラント様だって、悪いことは何にもしていません。国王陛下の命令通り、アストライア領地の治安向上とレグルス様の補佐仕事に励んでいます。むしろ働きぶりを讃えられるべきです。


 マカロンを一つ食べきって、ハンカチをポケットにしまいました。残りのマカロンが入っている袋を小柄な女騎士へと差し出します。


「3人しかいませんし、食べませんか? 大変美味しいお菓子です。先程申したように、残すのは用意してくださった方に失礼です。作った方にも、材料を育てた者にも悪いです。でも、こんなに食べられません。助けて下さい」

 

 やぱり無視です。仕方がないので、小柄な女騎士の膝の上に袋を置きました。


 え? というように目を丸めたので内心、してやったりと思いました。全然、反応してくれないとどうして良いのか分かりませんもの。

 

 マカロン入りの袋が戻ってきました。押し返します。小柄な女騎士は顔をしかめましたけど、全然怖くないです。困っているようにしか見えません。


「毒は入っていませんでしたし、逮捕者にこのような良い品の差し入れなど変です。逮捕は嘘ですか? ユース王子様の依頼です? 私と話すのは禁止なのですか? 女性で騎士って初めてお会いしました。特別試験があるんです?」


 大柄な女騎士が私の方へ体を向けました。キッと睨まれて、私は縮こまりました。今のはかなり敵意か怒りが滲んでいる目付き。聞かないと分からないと思いましたが、質問し過ぎたみたいです。


 怖くないからと調子に乗り過ぎました。私の阿呆。


 マカロン入りの袋が返ってきました。


 これ、食べないとどうなるのでしょう? 食欲なんてありません。フィラント様、とても心配してくれているでしょう。


 エトワールは大変元気で、見張りの方は優しい雰囲気で、高級品の差し入れもあります。


 伝えられれば良いのに。


 いいえ。このような状況は、やはり奇妙奇天烈。悪いことがあって、ユース王子様が保護してくれた。出頭命令はお芝居。そんなところでしょう。


 投降する際のフィラント様の、あまりにも潔くて格好良い姿に余裕綽々な笑み。あの笑顔は私への合図。お芝居だから大丈夫。そういう意味。だからこんなに恐怖が薄いのでしょう。


 なら安心。


「おい、何故この状況で寝ようとする! 中身をきちんと見ろ! 苛々する女だな!」


 怒鳴られて、私は目を開きました。大きい方の女騎士が激怒という表情です。これは怖くて小さな悲鳴が出ました。


「ちょっとアテナ。黙りなさい。貴女は喋らないようにって言われているでしょう?」


「しかしミネーヴァ。いや、そうだ。つい……」


 2人の名前が判明しました。黙りなさいってことは、やはり私と会話禁止みたいです。貴女はってことは、ミネーヴァという女騎士は私と話してくれる?


 袋の中を覗くと、小さな紙が入っていました。


【常に言われた通りの台詞を喋ること。もっともらしく話すように】


「あの、こちらは誰……」


 アテナに口を押さえられました。アテナは顎で私の背後を示しました。馬車を操作している方に聞かれたら困るということ?


 やはり、何かのお芝居みたいです。それで、味方では無い人もいる。そういうこと?


 きちんと説明してくれないと、分かりません! フィラント様の足を引っ張ったらどうしましょう。


 私の口に、アテナがマカロンを放り投げました。喋らず黙っていろということでしょう。サクサク、サクサク、マカロンを齧りながら、私は途方に暮れました。


 やはり、マカロンは美味しいだけ。毒殺されないのは確実なようです。

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