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伯爵夫人、嫉妬する

 結婚生活は2ヶ月を少し過ぎました。


 本日は快晴。大きな窓の側はとても温かいです。真っ白いテーブルクラスの上に、美味しいアップルパイとハーブティ。


 フローラと2人でのんびりお茶会です。話している内容は穏やかな内容ではありません。


「エトワールとミレーはフィラント様と女性が親しそうにしていたのを目撃した、と」


「そうなのフローラ。にこやかに笑っていたわ。おまけに帰宅したフィラント様のシャツに口紅みたいなものが付いていたのよ」


 私はアップルパイにフォークをブスッと突き刺しそうでした。


 浮気禁止って約束したのに、結婚3ヶ月も待経たずに浮気です! 恋人まであと少しか、もうそのくらい親しいと思っていたのに!!


 一昨日、侍女ミレーと孤児院訪問をしてその帰り道に目撃しました。夕暮れ時です。


 フィラント様、とても綺麗な凛とした美人と歩いて談笑していました。私の前で時々しか笑わないのに、その女の人にとても素敵な笑顔。酒場に2人で入っていきました。


 サシャと親しいサー・マルクが護衛役を買って出てくれるし、街の騎士団は私を見つけるとすぐ集まって護衛をしてくれます。フィラント様のおかげです。なので、治安が良いと言えない街中でも割と自由に歩けるようになったのですが、衝撃的な目撃。


「意外だけど、フィラント様はレグルス様の友人だから腑に落ちるわ。浮気男は君だけだと誰にでも言えるのよ」


 遠い目のフローラ。レグルス様は浮気者。そう言っていたことを思い出しました。レグルス様とフローラは伯爵家同士では珍しい恋愛結婚。しかしお互い微妙に家のことも考えて、の恋愛結婚らしいです。


「いいえフローラ。私だけなんて言われたことないわ……。好きも愛しているもない……」


 フィラント様は市内で大人気ですが、一方で怖がられてもいます。表情が乏しいか険しいからです。それに圧倒的な強さに威圧感。家と、勤務中のフィラント様はまるで別人。なので、妻の私はちょこちょこ心配されます。


 その度に私はフィラント様の優しい素敵なところを披露し、惚気、悪い虫がつかないように愛妻家のレッテル貼りをしています。


 フィラント・シュテルンは愛妻家。妻に夢中。そういうことにしたら、少しは女性避けになるでしょう。


 と、思っていたのに……。浅はかな嘘は見破られるものみたい。


「フィラント様はエトワールをとても大事に思っているように見えるわ。だから、遊びよ遊び。男の人は1人じゃ物足りないのよ。いいえ、女性にもいるわね」


「そうよ。フィラント様はそれはもう、うんと私を甘やかしてくれているわ。でも、愛ではないの。同情と欲情と誠意。そこに漬け込んで浮気禁止って約束を交わしたのに……」


「浮気禁止という約束をしたの?」


 そういえば、と私はフィラント様と決まり事を作った話をしました。急に決まった新婚旅行。帰ってきてから商売をすることと、フィラント様の誕生日祝いの準備に夢中でした。


「へえ、色々と決めたのね。その約束を盾にして問いただしたら?」


 フローラの目は「元気を出して」というように、温かいです。


 口に入れた焼きたてのアップルパイ。美味しいはずなのに、胸が踊りません。一昨日から胸が苦しくて仕方なりません。


「そのつもりです。恋人に近づいている筈が逆だったなんて……。私は自惚れ屋のお馬鹿さんだった……」


 俯いた時、日没を知らせる鐘の音が聴こえてきました。


「まあ、こんな時間。今日は日が沈む頃に珍しくレグルス様が帰ってくるそうなの。エトワール、続きはまた今度で良いかしら?」


「私も帰るわ。フィラント様に言われているの。なるべく日没前に帰ること。夜の街には護衛付きでも出ないように」


 私は席を立ち、片付けをしたい気持ちを押し殺し、フローラに会釈しました。


「執事がそろそろ馬車を手配してくれているだろうから、気をつけて帰ってね。そうだ、レグルス様から結婚祝いを預かっているのよ」


 立ち上がったフローラ。扉付近にいた侍女が壁際のテーブル上に置いてあった紙袋を持ってきて手渡しました。


「結婚祝いは寝室の家具を貰ったわ」


「追加を思いついたって。最近のレグルス様、仕事の話かフィラント様のことばかりよ。浮気することを忘れてくれているわ」


 嬉しそうに笑うとフローラは私の背中をトントンと叩いてくれました。


「可愛くメソメソした方が効果ありよ。ヒステリックに怒ると逃げるから」


「私、怒る自信があるわ……」


 フローラから紙袋を受け取り、領主邸を後にしました。


 自宅に帰り部屋で着替えが終わった時に、丁度フィラント様も戻られました。


「お帰りなさいませフィラント様。玄関ホールでお出迎え出来なくてすみませんでした」


「最近、エトワールはすみませんが多いですね」


 私から目を逸らしているフィラント様。ほんの少し眉間に皺を作っている無表情。この顔が1番、何を考えているか分かりません。


「自分では気がつきませんでした。それだけ粗相をしているということです。もっと励みます」


 妙に嫌な空気。自分の心臓が煩いです。


「粗相? 出迎えなんて必要ないです」


 何ですって⁈ 今、何て言いました? 妻の仕事をしなくて良い、愛人を連れてくると言われました。自然と頬が引きつります。


「エトワール?」


「分かりました。出迎えてもらいたい方をお呼び下さい。私は離れと屋敷外、もしくは1階、どこに退がれば良いのでしょうか? まさか地下室ですか?」


 フィラント様、決断が早過ぎです。一昨日の美人は、あれです。フィラント様を野戦病院で世話したという彼の想い人です。私と同じで再会したのでしょう。アストライア街は人の出入りが激しいですもの。


 私と一緒に働いていた方に、あのような女性はいましたっけ? 私にはありがとうで、彼女には愛しているとは、フィラント様の心を鷲掴みした方法を教えてもらいたいです。聞いた瞬間、悔しいのと悲しくて倒暴れるかもしれませんけど……。


 すごすご引き下がるのは癪です。それに、フィラント様は私に酷いことは出来ません。


「表向き恋愛結婚なのに3ヶ月もなくて離縁は外聞が悪いと思いますよ。フィラント・シュテルン伯爵は愛妻家という話も街中で聞きますし……」


「はっ? り、離縁? 待て、待て、エトワール。いきなりどうしたんですか?」


 どうした? どうしたってフィラント様がそういう話を始めたのではないですか!


「どうしたって、妻の仕事をしなくて良い。愛人を連れてくる。そう言ったではないですか……」


 すっかり仲良し夫婦。「愛しているエトワール」まであと少しだと思っていたのに……。他国の何とかという王子に取り入る道具にしないと決めたのも、愛ではなく同情ですか! 愛しているって意味だと思ったのに!


「そんなこと一言も口にしていません」


 低い静かな声。そっと肩に触られて、私はフィラント様を見上げました。険しい表情ですが、眉尻が下がっている気がします。


 これは、怒っているのではなくて戸惑いか何かです。フィラント様の怒り顔は相当怖いです。まだ、私には向けられたことがありません。


「出迎えなんて必要ないってそういう意味になるんです?」


 知らないで、たまたま使っただけ。そういうことみたいです。私は小さく頷きました。


「愛人なんて作りません。俺は君と約束しましたよ……」


 そっと抱きしめられました。


 では、一昨日の女性は誰ですか? あの口紅の……またついている! それに香水の匂い! 嘘つき! 嘘をつくならきちんと隠して下さい! 私は思わずフィラント様のシャツを握りしめていました。


 ヒステリックに怒っては逃げられる、そうフローラに言われました。メソメソ……全然泣けません。


 私の中には、フィラント様の恋人への対抗心と嫉妬心という炎しか湧き上がってきません。

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