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伯爵夫人、試される

 深夜です。フィラント様はまだ帰りません。お仕事後にレグルス様のお屋敷へ行って晩酌すると伝令を聞いています。


 先に寝ても良いのですが、そうすると今日は1日フィラント様とキス出来ません。それにフィラント様は酔うと女性好きになるようなので、酔っ払いフィラント様には会っておくべきです。


 ニコニコと満面の笑みで、私を猫可愛がりしてくれます。あの素晴らしい夜をもう1度!


 私はそんな邪な気持ちで読書をしながら、フィラント様を待っていました。寝室の寝台の布団の中。座ってランタンの灯りで読書。夜に本を読めるなんて、なんとも贅沢なひと時。節約し過ぎるとフィラント様が気にするので、ランタンを使っています。


 それにしても、紅葉草子は面白いです。異国の文化というのは興味深い。しかし政治のしがらみや恋なんかは他国でも似たようなものみたい。


 私はいつの間にか寝ていました。朝日の眩しさで目を開いたら、目の前にユース王子様の顔がありました。


「き、きゃあ! ユー……、いえフェンリスお兄様! な、な、何故寝室に⁈」


 化粧なしの寝起きの顔。酔ったフィラント様に可愛がられたくて選んだ割と胸元露わな大胆寝間着。私は布団を引き寄せて、出来るだけ隠れました。


「えー……。つまんないなエトワールちゃん。何で私だって分かったの?」


 ユース王子様におでこを指で弾かれました。何で? 何でってどういうことです? 見れば分かります。


 質問や返事をする前にユース王子様は部屋から出て行きました。それで、直ぐ戻ってきました。


 ユース王子はフィラント様を連れてきました。ほら、フィラントとユース王子様に何か言われています。


 フィラント様はいつも髪を全部上げて額を露わにしているのに、ユース王子様と同じ髪型。今のフィラント様とユース王子様は同じ服装をしています。フィラント様の勤務服です。


 か、格好良い……。いつもは凛々しいフィラント様が少し幼くて丸い雰囲気。前髪の違いでこんなに印象が違うのですね。


 それにしても、今のフィラント様とユース王子様は並ぶと良く似ています。知り合った頃より日焼けが薄くなっているので、肌の色が一緒。


 これだけ似ていると、兄弟という嘘は誰もが信じるでしょう。


「エトワールちゃん? エトワールちゃん?」


「へっ? あ、はい! 何でございましょう! 朝食でしょうか? 料理人に指示して参ります!」


 立ちたいのですが、格好が格好なので布団から出られません。


「腹が立つほど私に興味が無い娘だな。これだけ似ているのに騙されないし、つまらない。予想と違う! フィラント、私は昼前までフィラント・シュテルン卿として遊ぶ。戻ってくるまでここから出るなよ」


 腰に手を当てると、ユース王子様は私を睨みました。


「君を伴ってと思ったけど、使い物にならなそうだから止めた。エトワールちゃんが隣にいたら、フィラントじゃないってバレる」


 ヒラヒラと手を振りながら、ユース王子様は部屋から出て行きました。


「あー、エトワール。フェンリスは街の視察と俺の仕事振りの確認。情報収集なんかをするのだと思う。あと、羽伸ばし。かなり疲れているみたいだから、暴言は気にしないでくれ」


 暴言? 使い物にならないという台詞?


 気にしないでもなにも、ユース王子様は私にとても優しいです。多分、大好きなフィラント様の妻だから。フィラント様を大事にしていれば、ユース王子様は私に酷いことをしない。そう、ヒシヒシと感じています。


 フィラント様が私に近づいてきます。どうしましょう。ドキドキ、ドキドキ、動悸が激しいです。いつも私の胸はフィラント様でときめいていますが、普段よりも更に凄いことになっています。


「エトワール? 熱でもあります?」


「熱? いえ……あの……普段……普段も格好良いのですが……その……髪……その髪型……似合っています……」


 恥ずかしくてフィラント様の目が見れません。


 とりあえず、もう隠れている必要はないので布団から出ました。物凄く照れますが、今の寝巻き姿は絶対にフィラント様を誘惑出来るはずです。


 意を決して着たのだから、見てもらいたい。出来ればキスとか、触って欲しいです。


 もじもじ、クネクネしてしまいます。気持ち悪がられたらどうしましょう? やはり、この寝巻きは止めておけば良かった? フィラント様から何の反応もありません。


 私はそうっとフィラント様を見上げました。無表情で私を見つめています。


「あの……。フローラと選んだ新しい寝巻き、似合わないですか?」


 フィラント様の顔を覗き込むと、軽く顔を横に振られました。目を逸らされて、その後は顔も背けられました。


「いえ……。あの、風邪を引きますよ」


 そっと胸元を隠されました。朝からイチャイチャしてくれたのは新婚旅行の時だけです。あの時は、今と何が違いましたっけ? フィラント様がお酒を飲んだ次の日なのは同じ。私の髪型も同様。寝起きなのも一緒。


「私、頑丈なので平気です。こういうデザインは嫌いなのですね。フィラント様の夜勤の際に使います。朝食を持ってきますね」


 昨夜から期待していた分、激しく落胆。


 はああああ……。恋人までの道のりは遠いです。そもそも、誘惑なんてしなくても「おはようのキス」とかしたいです。起き抜けにニッコリと笑いかけてくれるだけでも良いです。


 いえ、毎日幸せです。私は日に日に欲張りになっています。


「朝食はフェンリスと済ませました」


 足を踏み出して、フィラント様の横をすり抜けようとしたら、そっと手を取られました。


「そうなのですね。何でしょう?」


「着替えてから部屋を出て下さい」


 落ち込んでいたので、自分の今の格好がどんななのか忘れていました。またそそっかしい欠点を見せてしまった。


「そそっかしくて、すみません。ご指摘ありがとうございます」


 何故かフィラント様にギュッと手を握られました。片手だったのが両手になりました。引き寄せられます。そっと頬に手を当てられて、私は泳いでいた視線をフィラント様に向けました。


 ……。


 ……?


 ⁈


「い、嫌っ! ユー……フェンリス様! いつ入れ替わったのですか⁈」


 照れを克服して顔を直視したのと、距離が近くなったのでフィラント様ではないと気がつきました。瞳の色合い、眉のところの傷跡がない。それに雰囲気。目の前にいるのはフィラント様ではありません。


 1度部屋の外に出た時⁈


 思わず手を払いのけていました。そうしてから、あまりにも不敬な態度を取ったことに慄きました。全身から血の気が引いていくのが、自分でもよく分かります。


「あはははは! 距離が近いと分かるのか。私もフィラントも中々演技派だろう?」


 突然、ユース王子様に足払いされました。


「きゃっ!」


 倒れる前に、ユース王子様の腕に抱えられました。


「フィラントは私の為なら何でもする。なのに君を駒にするのは嫌だって。初めて命令拒否された。エトワールちゃん、その意味分かる? 私とフィラントの為に自分で考えたことを始めたみたいだけど、お転婆はしないように」


 体を抱き上げられ、ポイっと寝台に投げられました。命令拒否? 何の話ですか⁈


「フィラントはどんどん自己主張すれば良い。なので、彼をよろしくエトワールちゃん。このやり取り、フィラントに話して良いからね」


 また額を指で弾かれました。あっと思ったら、ユース王子様は私に一気に近寄って首にキス。


 何で⁈ しかも痛いです!


「本当にこの私が嫌なのか。珍獣娘め。まっ、フィラントとしては良かったのか」


 あはははは、と高笑いしながらユース王子様は私から離れていきました。吸われたのか、噛まれたのか軽く痛む首元を抑えます。乱暴されないと分かっていても怖かった……。


 ユース王子様はそのまま部屋から出ていきました。


 結局、ユース王子様は何が目的だったのでしょう?


 私は寝台の上にぼんやりと座り続けました。

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