騎士、動転が続く
応接室からレグルスの妻フローラ様とエトワール令嬢が出ていったのを確認すると、俺は深いため息を吐いた。
「図ったのですねレグルス様」
「だから、レグルスで良いぞフィラント。まあ、図った。いやあ、天使を探してみたら貧乏子爵のご令嬢。これは運命的というか丁度良いと父上に手を回してやった」
ほれほれ、座れ。そうレグルスに促されてソファに腰掛けた。
「顔真っ赤だぞフィラント。あんな短い時間に迫ったのか?」
「そ、そんなことしません! 大体、どういうことですか? 手違いなんて嘘ですよね?」
「嘘で本当だ。彼女の到着は明後日の予定だった。結婚前から一緒に暮らすと、愉快かなと。俺は新婚だから友人といえど来月まで宿泊させないぞ」
ニヤニヤ笑いのレグルス。ユース王子と企てやがった。何が新婚、レグルス様とフローラ様が結婚してもう4年目だ。
「ぶすくれるなよフィラント 。生真面目だから嫁入り前の娘に手を出さんだろう? いやあ、楽しいだろうな。明日からの君」
「当たり前です! 泊めてくれないなら、手頃な宿屋を探して交渉します。あんまり揶揄って遊ぶとフローラ様にある事ない事告げ口しますよ」
「おいおいフィラント 。初恋を叶えてやった友人の背中を刺さないでくれ。フローラを使うと流石に怒るぞ」
レグルスに軽く睨まれる。フローラ様くらいしか、俺が使える対レグルス兵器は無い。本気で怒らせそう。俺が頷くと、レグルスはさっと笑顔になった。
「変な噂になると困るから宿に泊まったりするな。と言いたいが今の顔を見たかっただけだ。式が終わるまで屋敷整備の為に毎日自分の屋敷に顔を出して、夜はこの屋敷に帰ってこい」
おもちゃにするな! と叫びたいが我慢。取り乱すと余計に遊ばれる。
「アストライア領地に別荘を建てたシュテルン子爵。娘のエトワールが見聞を広げにきて、君と恋に落ちて電撃結婚。そういう筋書きだから、なぞってくれ。なぞらなくても婚姻は決定だけど君の外聞を良くしておきたい。私の右腕にするからな。シュテルン子爵、叔父上の対抗派閥に属していてさ、そこそこ大変だったんだぞ」
「公爵様の対立派閥? なのに、そこまでしてくれたんですか? それに右腕ですか?」
「そりゃあ君が真面目な勤勉家で信頼出来る男だからだ。友が身分違いの恋に焦がれるのは見てられないので、先回りした」
感激したのもつかの間、レグルスはニヤニヤしている。
「これで一生、レグルス様の下僕。そういう事ですね」
「その通り! いやあ、それにな、これで堂々と友になれるんだフィラント ! ユース王子と3人、仲良く楽しく生きていこう。苦楽を共にしてきたけど、君の負担は大きかった。大戦争や僻地に出征させられた時は、2度と会えないだろうと辛かった」
心底嬉しそうなレグルスに、俺は胸を熱くした。確かに、伯爵となればレグルスやユース王子と気さくに話すのに、こそこそしなくて良い。ここまで気にかけてもらえ、幸せを祈られるとは嬉しいことこの上ない。
「ありがとうございますレグルス様。いや、ありがとう、レグルス」
「まあね。常に感謝してくれ。で、フィラント。何が顔は覚えてないだ。あれだけの美少女だから、縁談話が既に出てたぞ。貧乏子爵のご令嬢なら政略結婚の心得を教わって育っている。なにせ、指示には何でも従います。学んできたことを最大限発揮します。だからな」
またニヤニヤ笑いのレグルス。
「いや、本当に声しか覚えていませんでした……。あんなに愛らしい人だとは……眩しくて直視が難しいです……。野蛮な騎士だと、既に怯えられているようで……」
「まあ、粗相をしたら追い出される。下手すると親ごと踏み潰される。おまけにフィラントは無骨な騎士か狡猾な野心家と思われているだろう。立場的には怯えて当然。まあ、励め。口説き落とせ。ユース王子や私を見てきたのだから、出来るだろう?」
俺はブンブンと首を横に振った。その後、エトワール様との今朝のやり取りをレグルスに話した。
「うわあ、最悪。あれだな、お前に色恋のイロハを教えてやろう。では、私と共に挨拶回りだ。可愛い可愛い君の天使、シュテルン伯爵夫人エトワールちゃんはフローラが面倒を見てくれる」
立ち上がったレグルスに手招きされた。今日何度目のニヤニヤ笑い。こんな状態で挨拶回りに行くのか。
「よろしくお願い致します」
「あはははは! 君は顔に出やすいからもう少し演技力を磨けフィラント。貴族社会に馴染めば妻を口説くくらい簡単になるさ」
自分でも顔がぶすくてれいるのが分かる。確かに、これは直すべき。俺は笑顔を作った。
「気持ち悪い程の苦笑いだなフィラント。まあ、野心家と思われなくて良いかもしれん」
俺はこの日、領事館に聖堂、警務館に騎士宿舎、果ては領地に属する近隣農村にまで連れていかれた。
——私の秘書官、それからアストライア騎士団副隊長を務めるフィラント・シュテルン。間も無く伯爵となる騎士です
レグルスは誰に対しても、俺をそう紹介した。親しみ、羨望、嫌悪に畏怖。様々な目を向けられてどっと疲れた。
途中、暴漢からレグルスを守り、市場で盗賊団をぶっ飛ばしたので余計に疲労が増えた。ただ、上司になるゼロース騎士隊長が俺と同じような経緯を持つ子爵で、初対面から気が合ったのは幸運。
夜、レグルスとゼロース隊長と酒を飲み、レグルスに延々と女性への扱いを講義されたのが1番疲れた。ゼロース隊長と話した、騎士団強化計画や治安向上論は花が咲いて楽しかった。この話題、レグルスも真面目な表情で参加していた。レグルスは飄々としているが仕事熱心な男。
すっかり深夜になり、俺は疲労困憊ながらも中々高揚していた。
——捨て駒から駒にすることにした
何て誇らしい。励みに励みたい。
俺の脳内はすっかり仕事のことで一杯になっていた。馬車を降りて、広い庭の中央を進む。その間レグルスと肩を組んで、アストライア領地の未来を語り合った。しかし、レグルスの屋敷へ入った瞬間、全身の筋肉という筋肉が停止した。
……。
……天使? 目がチカチカする。
「お帰りなさいませ旦那様」
「お帰りなさいませフィラント様」
純白でレースが沢山ついている寝巻き姿の美女2人。天使が迎えにくるとは俺は23歳にして死んだらしい。
疲労と睡眠不足、それに驚愕に照れで、俺は倒れた。




