伯爵夫婦、料理をする
さて、フィラント様と初めて一緒に台所に入りました。今日は料理人が全員出勤しています。
オットー、ダニエル、ドナ。私達の屋敷の料理長はオットーです。3人とも中年で金髪ですが見た目は丸い、逆三角形、細長いと三者三様。
渡している予算内でいつも美味しい、そして見た目の良い食事を提供してくれています。
3人共、フィラント様のお弁当を届けることまでしてくれます。
今日の夕食はミルクスープだそうです。楽しみ。オットー達は夕食の仕込みはもう少し日が傾いてからで、保存食作りをするそうです。私達にスペースを空けてくれています。
私は実家から持ってきた、お気に入りの白いエプロンを身に付けました。フィラント様は、ドナのエプロンを借りました。
「まずは包丁の持ち方ですが……」
私は言いかけて、口を閉ざしました。
「フィラント様、それですと誰かに斬りかかりそうです」
どう見ても、包丁が剣に見える構え方。私はフィラント様の袖を少し引っ張りました。雰囲気が正直怖いです。
「え? ああ、すみません。つい」
まな板の上に包丁を置くと、フィラント様は俯きました。
「このように持ちます。それで、猫の手です」
胸の前で猫の手をしてみたら、フィラント様は顔をしかめました。子供向けの言い方をしたから、怒ったのかもしれません。
そう思ったら、フィラント様は口元を手で覆って耳を赤くしました。何故、照れたのでしょう? 照れではなくて怒り……には思えません。フィラント様の纏う空気は柔らかいですもの。
「私、変なことを申しました?」
「いえ、そういう持ち方をすれば良いのですね」
皮を剥いて洗っておいた玉ねぎを半分に切ります。片割れをフィラント様の前におきました。
「サンドイッチに挟むのに薄く切ります。薄く均一が良いです。こういう手をしておけば、手を切り難いです」
トントン、トントン、と先に玉ねぎをスライスして見せます。フィラント様が真似しました。
トントントントントントン。フィラント様、実に器用です。私よりも早くて正確。
「ああ、こういうことは得意かもしれません」
……。笑顔が素敵。フィラント様が微笑を浮かべたので見惚れて手が止まっていました。
「エトワール?」
「フィラント様は器用ですね」
私は慌てて手を動かしました。顔が熱いので、赤くなっているかもしれません。恥ずかしい。
「次は人参を千切りしてみましょう」
フィラント様が苦手なのは真っ赤な物。人参は大丈夫です。トマトを使わないので人参を仕入れてきました。
千切りも……フィラント様は大変お上手です。
「刃物は得意かもしれません。それにしても、その……」
顔を寄せられて、ドキッとしました。
「今の格好、珍しいし可愛いですね」
何て言いました? 私がフィラント様を見上げたら、フィラント様は無表情で人参の千切りを始めていました。
夜の欲情している時ではなくて、昼間に褒められました! 新婚旅行で距離が近くなったから、恋人まであと7歩だったはずです。何もしていないけど、あと6歩になったのかも。
社交辞令の練習かもしれませんが、大変気分が良いのでそう思い込みましょう。
「ありがとうございます。参考までに服装です? 髪です? 化粧です?」
また可愛いと言ってもらいたいので、確認しておきたいです。
「え? いや、あの……全体的に……」
プイッとそっぽを向かれてしまいました。やはり、フィラント様の耳は赤いので照れているようです。私も何だか照れてきました。
全体的に? 今日の髪型と化粧は再現するべきだと、覚えておきましょう。
さて、浮かれて手を止めたままだとサンドイッチは出来ません。
レタスを切ります。エビを剥いて焼きます。卵を茹でて殻を剥く。卵は全部刻みます。ハムを少しだけ用意しました。フィラント様、ハムは見るのは苦手ではないそうです。でも苦手そうな目をしていました。
切ったハムは小皿に入れて、布を被せておきましょう。フィラント様の気分を害したくありません。
「今日は贅沢なソースを作ってみる予定です。王都の古本に載っていた白ソースです。オットーが作ってみて、先日フィラント様が美味しかったと言っていたサンドイッチに使ったものです」
最近、たまに食事が美味しいというフィラント様。食事が苦手なのは精神的なものからきているのだろうというのは、ヴィクトリア談。なので、多分良い傾向です。
「新鮮なバター、卵黄、塩、ナツメグ、ヴィネガー少々をまとまるまでよく混ぜます」
材料を器に入れるのは私。オットーにあらかじめ量を測っておいてもらいました。木ベラで行う力仕事はフィラント様に任せます。夫婦で共同作業。
「指示されれば出来ますけど、自分で最初から最後なんて出来る気がしないです」
木ベラで白ソースの材料を混ぜ混ぜしながら、フィラント様が呟きました。
「オットー、ダニエル、ドナ。買い出しからこういう力作業のものまで料理とは大変だな。賃金や予算は足りているのか?」
フィラント様が器を持ったまま、体の向きを料理人達の方へ変えました。突然話しかけられた3人はビックリしています。
タラを干したり、塩漬けにすると言っていて3人。魚を捌いていました。生臭くないようにハーブを置いてくれています。サササッと内臓とか血の付いたものを隠したオットーに感心です。
「血なら、見るのも匂いも慣れているから気にするな。ありがとう。で、不足はあるのか?」
「晩餐会やお茶会なども無いですし、旦那様と奥様は小食ですので予算は余っています。給金も沢山いただいております……」
オットーがおずおずと答えました。
「最低限と思っているのに余るとはやり繰り上手なのだな。繰り越し金はないようにしなさい。余りは自分達や従者に使うと良い」
そう言った後、フィラント様は私を見ました。
「あー、節約だからそれは止めた方が良いです?」
「明らかなケチは良くないとフォンやルミエルが言っていました。だから増やす方法を考えているのです。なので、それで良いと思います」
フィラント様の腕が抱えている器の中、混ぜていた材料がまとまってきた気がします。
スプーンですくって、味を確認。やっぱり、美味しい。フィラント様にもスプーンを差し出そうとしましたが、手が塞がっています。
フィラント様、体を屈めてパクッとスプーンを口に入れました。
「今日はあまり味が良く分かりません。美味しかったです?」
「え? ええ……」
今のは、かなり恥ずかしかったです。従者の前で「はい、あーん」とは、そんなつもり無かったのに。
「あ、あ、あの、皆さん。余った予算があれば白ソースみたいな新しいレシピに挑戦してみて下さいね」
私は動揺しているのに、フィラント様は涼しい顔をしています。料理人達3人にクスクス笑われました。3人共、お母様やお父様のような目付きをしています。私の片想いは、従者全員に知られています。
なのにフィラント様は気がつかないのですよね。昨夜も「本当に嫌なら嫌と言って下さい」と言われてから、頭を撫でられました。
大好きです! と言うのは淑女ではありません。女性はそんなこと言ってはいけないのです。いえ、多分隠れて言うのは良いのでしょうけど困り顔をされたら大泣きしそう。そうしたら、こんな風に暮らせないでしょう。
「サンドイッチとはこんなに手間が掛かっているのか。パンも焼いて……。ん? エトワール、パンはどうするんです?」
「パンは私が焼いてあります旦那様」
ドナが隣の食料庫に移動。少ししてパンを持って戻ってきました。
美味しそうな香りで、お腹が減ってきます。
完成した白ソースは半分に分けました。卵とエビを混ぜたもの。人参の千切りを混ぜたもの。
野菜だけのサンドイッチ。エビと卵のサンドイッチ。フィラント様は彩り良く上手に作りました。実にキチっとしています。
フィラント様が食べないハムを入れたサンドイッチは私製。配置が歪です。私、もう少し器用になりたいです。
とっても残念なことに、フィラント様はレグルス様に呼ばれてしまいました。ピクニックは延期。
朝早くて夜遅い。休日出勤や急な呼び出し。領主と共に視察遠征や、騎士として領地郊外へ泊まりの巡回もあるそうです。
フィラント様は忙し過ぎると思います。休まる家作りをしているつもりですが、効果はいつ分かるのでしょうか?
我が家が落ち着くから帰ってきた。いいえ。いっそエトワールの顔が見たくて急いで帰ってきた。そう言ってもらえたら、更に幸せだと思います。




