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伯爵、尾行中に思いつく

 ユース王子がエトワールを攫って暇。レグルスに指定されている本を書斎で読むべきだが、フィラントは談話室に居座っている。


 妙に苛々して落ち着かない。本を持って来てページをめくっているが、頭に入ってこない。


 ユース王子はいつもあの調子なので、仕方がない。それよりもマルク。何故、エトワールと親しい。旅行中に仲良くなったのか?


 気がついたら、フィラントは朝市に来ていた。そしてエトワール達を発見。それで、王宮騎士と遭遇してしまった。お互い目立たない格好だが、護衛同士なので分かる。


 結婚した夜に、フィラントにカフリンクスを渡してきた男。未だに名前が思い出せない。


「知り合い風でいますか」


 先に口を開いたのは、王宮騎士だった。


「そうですね。フィーで頼みます」


「なら私はダグで。安直ですかね?」


 割と親しげな雰囲気で笑いかけられた。安直も何も名前を覚えていない。おまけに何故か隣に並ばれた。他の王宮騎士らしき雰囲気の者はもっとユース王子に近い。市民に馴染んでいるが、ザッと見た感じでは5人いる。


「フェンリスは他国との交易事業に力を入れたいらしいです。煌国がそれで成功しているからと」


 ユース王子がアストライアへ来た理由はそれか。


「そんな話、したことが無かったので知りませんでした」


「てっきり話をされているのかと」


「フェンリスは自分の目的を話さないことの方が多いです」


 ふと見たら、マルクの他にジェラールが増えていた。エトワールは戸惑っているような表情。ジェラールはやたらと近い距離に見える。


 ユース王子がジェラールから庇うようにエトワールの腰を抱いて引き寄せた。今にも頬にキスしそうなくらい近い。無性に腹が立つ。


「おおお、フィラント副隊長ではないですか! 先日は娘が世話になりました」


 背後から男に声をかけられて、振り返った。太った短髪中年には全く見覚えがない。娘? 誰のことだ? 戸惑っていたら、通り過ぎようとした婦人に名を呼ばれた。痩せた背の高い婦人と、太った小さな婦人。こちらも知らない者達。


「サー・フィラント! 聞いて下さいよ。西地区に他所の街から来たギャングが住み着き始めたらしいんですよ」


「西地区に新婚の息子と嫁が住んでいるんです。あの辺りが住み辛くなると、また前みたいに荒んできます」


 中年男性はフィラントに紙袋を押し付け、婦人達にはヤイヤイ西地区のギャングを追い出してくれと懇願された。


 そうこうしていたら、エトワール達を見失った。ダグも消えている。


 そもそも、なんでコソコソと後をつけていたのか。手に持つ紙袋の中身はリンゴだった。赤い物はあまり見たくない。しかし、エトワールはリンゴ好きなので料理人に剥いてもらおう。エトワールはきっと笑顔を見せてくれる。


 無邪気なエトワールの笑顔を思い出したら、苛立ちが減った。最近、フィラントの世界はエトワールで形成されているんじゃないかと思う。何故、こんなにエトワールの挙動や表情に心を揺さぶられるのだろう。


 せっかくの休みなので、エトワールに贈る首飾りでも探そうとフィラントは露店の商品を見ていくことにした。


 有事の際の逃亡資金を貯めておこうと話し合ったので、蓄音機の購入は諦めた。宝石なら持ち運びしやすいし、いざという時に売ったり賄賂に使える。


「見ていって下さい旦那! えっ? サー、サー・フィラント! い、いえ、フィラント卿!」


 王都で会った商人にまた遭遇した。露店の品はそんなに変わっていない。あの日、見なかった品物もない。品数が少なくなっているので、多少売れたのだろう。


 エトワールに贈った首飾りの宝石と似たものは、あと2つある。ルビーのようで虹色のものと、サファイアのようで虹色のもの。サファイアは青だがこれは水色。どちらもエトワールの瞳とは似ていない。


 それにどちらも大した飾りのない首飾り。この間購入したものの方が大粒だし、留め具も花飾りのようになっていて豪華。


「ああ、また貴方ですか。今日はサー・フィラントで良いです。この街の騎士団に所属しているので。この間、私が買ったものは覚えています?」


「勿論でございます! 先週からこのアストライア街に来たのですが、伯爵騎士夫人が付けていたものが欲しいと2つ売れました! とても自慢していただいたようで、ありがとうございます」


 満面の笑みの商人。伯爵騎士? エトワールもそのような事を言っていた。


 あの首飾り、エトワールは毎日身に付けてくれているが、自慢もしているのか。知らなかった。自然と頬が緩む。


「ここだけの話、奥様が上手に褒めてくださったのでかなり高値で売れました。宝石認定もされていないのにです。裕福層の庶民向けと思っていたのに大儲けです」


 商人に虹色がかった赤と水色の首飾りを差し出された。


「同じ方法で儲けたいってことか」


「いえ、岩窟龍国で仕入れた物はこれで最後ですから御礼です。そもそも、助けていただいた恩返しもしていませんでしたので」


 相当儲かったのか、商人は艶々の笑顔。さあ、さあどうぞ! という様子なので貰えるものは貰うかとフィラントは首飾りを受け取った。


 大儲けか……。採掘場所は岩窟龍国。交易仲介者になれば儲かるのでは? 確かフィラントはこの商人にそう言った。


 この石がまだ宝石認定されていないなら、ユース王子やレグルス経由でどうにかして貰えば、一気に価格が跳ね上がる。あと、ユース王子に使ってもらうとか……。


 ユース王子は他国との交易を目論んでいる。岩窟龍国は煌国に吸収されるらしいし、その前に交渉しておけば大国煌国とのパイプが出来るか? フィラントには無理でもユース王子やレグルスなら何か考えつくだろう。


 いざという時の、亡命先確保の第1歩にもなるか?


 買える。見返りに駄賃を貰えばエトワールに蓄音機を買える! エトワールに贈った首飾りと同じ宝石が手に入ったら、耳飾りか髪飾りを仕立てよう。今貰った宝石もエトワールに渡すが、石を揃えた方が見栄えが良い。


「息子共々、餓死するくらいなら人様から盗もうとしました……。あの時恵んでいただいて、お言葉ももらい、気持ちを入れ替えて良かったです。しかし、岩窟龍国方面への道のりは険しくて死ぬかと思いました」


 恵んだ? そうだったか? 記憶にない。


「種や家畜を仕入れて、生まれ故郷に戻ろうかと。それならどうにか居場所が作れるかもと。息子に定住地や学を与えてやりたいんです」


 身の上話に興味はない。軽く聞き流していたが、彼は岩窟龍国の皇子と面識がある。彼を使わないとならないと気がついた。


「岩窟龍国に行くかもしれないから、しばらく逗留しろ。さもなきゃ宝石泥棒の件で牢に放り込む。部屋が余っているから、目処が立つまで俺の屋敷に住み込め」


 フィラントは商人を引っ掴んで、レグルスの所、領事館へと向かった。


 レグルスは領主室にて、フィラントとロクサスが提出した予算計画書の修正確認をしていた。


「いやあ、フィラント! これは素晴らしい修正だ。でも他にも頼みたいことがある。友のピンチに手助け……ではないのか。どちらさま?」


 縮こまっている商人をレグルスは怪訝そうに眺めた。まあ、身なりがあまり綺麗ではないので仕方ない。


 フィラントはザッと思いついた事をレグルスに話した。その時、商人の名前がカシムという事を知った。


 レグルスなら上手く転がすだろう。レグルスは乗り気なよう。カシムはいきなり領主に会わせられて、萎縮している。ロクに喋れていない。


「ふーん。それは良い話かも。例の方に相談するまで彼を預かっておいて」


 ユース王子と色々と考えたら、フィラントは呼び出しを受けるだろう。


 カシムが小さな悲鳴を上げた。逃げられたら困るので、腕を組んでおく。空いているから、良い部屋を与えておこう。スヴェン教育のついでにカシムの息子とやらにも学問を教えさせれば、多分味方になるはず。


 人の感情の機微や子供の扱いは分からないので、フォンとルミエルに丸投げする。どうせレグルスもあの2人に相談か命令するだろう。


「レグルス。俺は蓄音機とこのカシムから買った石と同じものをいくつか欲しい。その分くらいは働く」


「蓄音機? 君の財産ならすぐ買えるだろう? あの首飾りは、まあ気持ちはよく分かる。エトワール夫人、とっても気に入っているみたいだからね」


 フィラントはレグルスのニヤニヤ笑いを無視した。多分、フィラントの照れや羞恥は見抜かれている。必死に表情を取り繕っているが、レグルスのニヤつきはそういうことだろう。


「いつ没落するか分からないから節約することにしたんだ。今日こそ休むからもう帰る。彼はきちんと預かっておく」


 これやって、といつもの決まり文句が始まる前にフィラントはカシムを連れて領主室を後にした。


 

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