伯爵、新しい日々に戸惑う 2
エトワールからの差し入れ。バスケットの中にフィラントへではなく側近ロクサスへの手紙。おまけにバスケットの中身は肉を挟んだサンドイッチ。フィラントは食べたくないもの。エトワールは嫌がらせなんてしない。
つまり、これはロクサスへの差し入れか? 1人分にしては量が多い。3人分くらいある。種類もそう。野菜と肉類のサンドイッチが3種類、3個ずつ。
フィラントは無言で手紙をロクサスに渡した。
物凄くモヤモヤする。苛々もした。何故、エトワールはフィラントの妻なのにロクサスへ差し入れをする。それぞれになら理解出来る。なのに、ロクサスにだけ。自然と視線が落ちた。
バスケットの中にもう1枚封筒が入っていた。宛名はフィラントになっている。
【フィラント様へ。さすがにそろそろ帰宅するとルミエルが言うので、待っています。今日も深夜までになるなら、夕食を摂りに1度ご帰宅下さい。働き過ぎは体に悪いです。ご自愛下さい】
待っています……。深夜までになるなら? 待て、この差し入れは何時に渡されたものだ? ルデルのあのビビリ様にサッといなくなったのは遅くなったからじゃないか? あいつは面倒くさがりな上にフィラントを恐れて、中々近寄ってこない。
「フィラント様、奥様が妹と弟と3人でどうぞと……」
ロクサスに手紙を差し出されたので目を通した。エトワールからロクサスへの手紙には、家族が心配するので1度家で休んでまた働いて下さい。そういうことが書いてあった。
手を付けていた書類の目処はもう立っている。それに、エトワールに今日はそろそろ早く帰れると話をしていた。フィラントは慌ててロクサスを連れて領事館を後にした。
徒歩で帰るとごにょごにょ言うロクサスを引っ掴んで馬に乗せた。
「ここ最近、毎度のことながら主人に送ってもらうとは変な気分です」
「どうせ途中だ。主人か。俺はそれに慣れない」
サッとロクサスを彼の屋敷前に置いて、フィラントは急ぎめで帰宅した。
屋敷の灯はすっかり消えている。もう真夜中、当然だ。
門番はフィラントの部下。今夜は名を知らない若手騎士だった。軽く挨拶をして玄関へと向かう。門から玄関まで無駄に遠い。
そっと玄関扉を開いて潜ると、真っ暗ではなかった。ソファ脇のテーブルに置いてあるランタンが橙色の光を放っている。
驚いたことに玄関ホールのソファにエトワールが座っていた。おまけに左右に子供。3人で1枚の毛布を掛けている。
床とフィラントの靴でコツコツと音が鳴る。エトワール達の前に行く前に、彼女は目を開いた。
「まあフィラント様。すみません、待ちきれなくて寝てしまいました」
そっと立ち上がったエトワールはランタンを持ってトトトッと走ってきた。また走っている。今日も転……ばなかった。エトワールは転ばないでフィラントの前までやってきた。
「遅くまでお疲れ……」
ぐうううううう。
フィラントではない。なので、エトワールだろう。小さな腹の虫。エトワールは俯いてお腹を抱えた。
「空腹は苦手なのではなかったですか?」
「そうです。我慢出来るのは1週間です。食事は可能な限り一緒に摂る。そう、約束しましたよ。今日はそこそこ早いと言っていましたし特に連絡もありませんでしたので」
恥ずかしそうに身を捩ると、エトワールはフィラントに背中を向けた。
待っていてくれたのか。胸が熱い。家があって、そこで人が待っているというのも感激の日々なのに……。連絡をしなかったことを責められもしない。どう謝って、礼を言おう。
「大変。こんなに寒いところで寝かしてしまうなんて。風邪をひいてしまうわ」
エトワールはまたトトトッと走り出した。
「ごめんなさいねスヴェン君、オリビアちゃん。お部屋を用意してあるから部屋で寝ましょうね」
スヴェンとオリビア、誰だ? エトワールに揺すられた男の子が眠そうに目をこすりながら起きた。
「寝てしまいました。すみませんエトワール奥様。オリビア、起きろ」
男の子が女の子の体を揺する。スヴェン君とオリビアちゃんなので、男の子がスヴェンで女の子はオリビアだろう。体格的にオリビアの方が幼子。2人とも10歳前後に見える。
「ぐっすりね」
よいしょ、というようにエトワールがオリビアを抱き上げた。
「あの、奥様。僕が持ちます」
「いえいえ。それで、フィラント様。ロクサス卿は? あまりにも遅いので弟と妹を預かりますねと伝令を頼んだのですが。まさか、まだお仕事を?」
エトワールが振り返った。このスヴェンとオリビアはロクサスの弟と妹なのか。
「夜最後の鐘に合わせて差し入れも頼んだので、帰られるかと思ってここで待っていました。そうしたら、つい寝てしまいまして。すみません」
「ついさっき彼を家まで送ったばかりです」
「そうなのですか。置き手紙をしておいて良かったですねスヴェン君。2人とも明日の朝送りますからね。あったかくして寝ましょうね」
歩き出したエトワールはよろよろしている。オリビアを代わりに抱っこしようにも、フィラントには子供の扱い方なんて分からない。
「いえ、家に帰ります」
「こんな夜更けに危ないわ。それに外はうんと寒いわよ。お兄様を朝食に招きますからね」
恐縮しているスヴェンに、寝ているのにエトワールの首にギュッと抱きついているオリビア。
エトワールが母親に見える。巡回などで見たことがある光景。家族団欒というやつ。それが目の前で繰り広げられているのはいつものことだが、自分の屋敷でというのは奇妙な感覚。そもそもこの自分の屋敷というのにも慣れていない。
エトワール達をぼんやり眺めていたら、玄関ホールにノッカーの音が響いた。タイミング的にロクサスだろうと思ったら、やはりそうだった。
スヴェンと並んでエトワールに謝罪したり、帰ると発言したロクサスを、エトワールはあっという間に寝室に招いていった。
どうして良いのか分からなくて、フィラントはエトワール達の後ろに黙って立っていた。ロクサス達を3階の客間に入れると、エトワールと目が合った。
「フィラント様、遅くなりました。手際が悪くてすみません。先に寛いでいてもらうべきでした。今、お食事の準備をします。そうだ、食堂まで降りるのは疲れていて大変でしょうから部屋まで運びますね。スープくらい胃に入れないと体に悪いです」
駆け出しそうなエトワールの手を、フィラントはそっと掴んだ。
「次は食事や休むのを待ってなくて良いです。すみませんでした」
「待っていてありがとうエトワール。君と一緒に食事をしたかった。と、言ってくれたら私は有頂天になりますよ。帰ってきた時、私を見て笑ってくれたので嬉しかったです」
ふふふっと笑ったエトワールをフィラントは思わず抱きしめていた。




