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伯爵、新しい日々に戸惑う 1

 王都での爵位授与式。その前後の道中、旅行は極楽浄土としか言い様のないものだった。ユース王子周辺やレティア姫——ではなく王子——のことなど不安は残るが、流れに身を任せるしかなさそう。


 旅行中にエトワールとの決まり事がはっきりした。再確認したものもあるし、新しく増えた項目もある。


 ☆★


 朝の礼拝は可能な限り一緒に行く。


 食事は可能な限り一緒に摂る。


 フィラントの昼食は基本的にお弁当。


 同じ部屋で寝る。一緒に寝る際はなるべく夫婦の営みをする。明るくするのは基本的に禁止。


 人目があるところでキス禁止。鍵をかけた室内などでないとダメ。


 浮気禁止。


 喧嘩をしたらお互いに謝る。その日のうちに仲直りをする。


 屋敷管理は決められた予算内でエトワールと従者がする。エトワールは屋敷裏にハーブ園、野菜畑、鶏小屋を作りたいらしい。


 財産管理はフィラントと執事がする。社交費とは別にエトワールにお小遣いを支給する。


 節約のために従者はこれ以上増やさないで、自分達で頑張る。


 休みの日はなるべく夫婦で過ごす。まずは料理、ピクニック、散策、チェスを共通の趣味に出来るか検討する。


 記憶を無くすまで酒を飲むのは禁止。


 嫌なことは必ず嫌だと言う。


 いざという時の逃亡資金の積立、逃亡先の調査をする。


 以上。今のところ、お互いを好きになる努力をする方法。仲良く楽しく暮らす約束事。適宜、改変と追加をする。


 何だこれ。何故こうなった。


 エトワールに贅沢させて、にこにこ笑う姿を外から眺めようと思っていた。なのに、予想外の生活が始まっている。

 


 ☆★


 

 アストライア領地に戻ってきて1週間。レグルスが山のような仕事を溜めていやがった。フィラントの代理に残していった、フィラントの側近ロクサスは忙殺されていたらしい。


 間も無く深夜である。フィラントがエトワールと楽しんでいた間、可哀想なロクサスは領事館に缶詰め。


 副官政務室にロクサスと2人きり。机の上に資料が山積み。この1週間、騎士の仕事に領主補佐官の仕事に追われて休みを取れていない。


「何故、この量の仕事を引き受けたロクサス卿」


 フィラントの問いかけに、ロクサスがガシガシと金色の短髪を掻いた。


「おだてられて、つい……。レグルス様は褒め上手です。自分が優秀になったと錯覚してしまって、あれよあれよと言う間にこの量に」


「あの方はいつもそう。自分はちゃっかり楽をする。何だか憎めないし、上に立つ才能というやつだ」


 レグルスとユース王子は似ている。双子みたいに育ったからか、元々生来の性格なのか分からないが似ている。


「しかし、予算計画書の修正。水路改修内容確認に資材試算。フィラント様って騎士なのに、どうしてこんな仕事が出来るんです? そもそも、騎士から伯爵なんて聞いたことありません」


「生きるために何でもした。それで運良くこういう能力を買われた。まあ、実力に見合ってなかったり、後ろ盾が失脚すればあっという間に転落する」


「レグルス様は実力主義ですからね。フィラント様の側近役の話を持ちかけられた時、耳を疑いました」


 ロクサス・ミラマーレ子爵は没落寸前の貧乏人。頭は良い。レグルスにはそう言われた。彼が側近になって1ヶ月半、賢いのは分かりつつあるが貧乏の方はまだピンとこない。


 目の前のことを懸命にこなすだけ。ロクサスとフィラントは同じ考えを持っていそう。そういう雰囲気。


 しかし、と思い出す。ユース王子が失脚すれば、フィラントも今の地位、役職から居なくなる。貧乏が本当ならこの生真面目そうな男と家族はどうなるのだろう?


 相手の生活になど今まで興味が湧かなかった。ロクサスが側近になってから、ただの一度もそんなことを考えなかった。なのに今は気になる。エトワールならきっと気にする。


「ロクサス卿。こんなに帰りが遅くなって家は大丈夫なのか? 妻が怒るとか……。いや、こんな時間になってしまったから今更か……」


「私は独身ですよフィラント様。話していませんでしたね。しっかり者の兄弟が家を管理してくれているので大丈夫です。もうすぐ終わりますし、お気遣いありがとうございます」


 ふわり、と愛嬌のある笑顔になったロクサスにフィラントはエトワールを思い出した。


「フィラント様? 何か失礼なことを言いました?」


 ロクサスが怯んだ。


「いや、妻がすみませんよりありがとうの方が良いと言っていて、その通りだなと……」


 妻、と口にするのは全然慣れない。そもそも、エトワール自身や彼女との生活の何もかもに慣れない。


「フィラント様は奥様とそういう話をするんですね。だからですかね。以前より表情が柔らかいです。いやあ、もっと恐ろしい方だと思っていたのに違ったので気が楽です」


 ロクサスが呑気そうに笑った。それもエトワールのようだなと思った。彼女や彼からしたら、フィラントは取り入らないといけない相手なのに、そういう空気を感じない。自分こそ気が楽。


 以前より表情が柔らかい? 違った? 自分では分からない。


「王都で聞いたのだが派閥争いが加速しているらしい。ユース王子に何かあれば、俺は彼を連れて逃げる。カンタベリ一族はまあ生き延びるだろう。ロクサス卿、逃げ場を作っておくと良い」


 え? というようにロクサスが目を丸めた。


「私と君は金銭関係で繋がっているだけ。どちらの派閥につくも好きにしろ。牙を剥くなら薙ぎ払うし、そうでなければ邪魔しない。ただ、レグルス様は裏切り者を好まない。何かあってこちらの陣営から消えるなら、何も企てないでそっと消えると良い」


「何でそんな話……」


「側近なのだから1番信頼するべき。仕事振りは良いし人柄も良い。ある日突然私が居なくなって、君が路頭に迷うのは困る」


 コンコン、と部屋にノック音が響いた。


「フィラント副隊長、5番隊ルデルです」


「入れ」


 暴動か盗賊騒ぎでもあったのか? フィラントは立ち上がった。下っ端騎士ルデルは手にバスケットを持っている。


「奥様より夜食です。奥様が夜に出掛けられようとして、止めたカルロス小隊長に持って行くように言われました」


 ルデルはビクビクしながらもハキハキ喋った。彼はフィラントにバスケットを差し出した。日頃、下っ端の若手騎士を締めつけているので怖がられている。こういう態度をされるのは、まあ仕方ない。


「ありがとうサー・ルデル。夜勤、気をつけろよ」


 少し目を大きくした後、ルデルは騎士挨拶をして去っていった。ソファに腰を下ろして、膝の上にバスケットを乗せた。エトワール、ここに来ようとしていたのか。危険なので深夜の外出は禁止と決まり事に追加しよう。


「夜食とは羨ましいですね」


「いや、君の分もあるだろう」


「ええ、勿論それを期待しています」


 ロクサスのこういうところはレグルスに似ている。


 バスケットの中に手紙が入っていた。宛名は「ロクサス卿へ」となっていた。


 え?



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